ふたりの「対等」
***残酷な表現が一部あります。
ガラスのように魔法陣が割れ、光を放ちながら砕け散る。
それをバネにするかのように炎はうねって飛んでいく。
かすった木々はその場で炭化した。
業火の大蛇は上昇したと思うと、一直線に集落の中心へと突き刺さる——。
瞬間。
爆風が、波のように広がる。まばゆい光とともに白に近い炎が半径30メートルほどに広がっていく。右回りの炎と左回りの炎が交互に、渦巻いている。
「っく」
あまりに強い風に、ヒカルはラヴィアを抱き寄せる。目を開けていられない。ラヴィアもまたヒカルに抱きつくがその力は頼りない——力が抜けている。
「ラヴィア! しっかり!」
「お、思った以上に、魔力が……」
ヒカルはラヴィアとともに大樹の陰に隠れた。そうこうしているうちに、炎は、魔力分の仕事をしたと言わんばかりに——ウソのように鎮火した。
むわっとした熱さと、焦げ臭いニオイがどっと押し寄せてくる。ヒカルはそっと大樹の陰から出た。
「……すごいな」
真円を描いて真っ黒な地面があった。木々は炭化し、白い煙を上げていた。地面には20センチ刻みでえぐれたような痕もある。そこにいたはずのゴブリンたちはもちろん全滅だ。
円の端ギリギリにいたゴブリンは、右腕右足だけを失って転げていた。血が出ていないのは完璧に炭化しているからだろう。
かろうじて魔法の範囲外にあった掘っ立て小屋も、余熱が風に吹かれてやってきて、燃え始めた。
ごく数名の元気なゴブリンは蜘蛛の子を散らすように森の中へと逃げ出した。
「!」
ヒカルはその瞬間、身体の奥底から湧き上がる、奇妙な感覚に震えた。叫び出したくなるようなそわそわする感覚——魂の位階が上がったのだ。
【ソウルボード】ヒカル
年齢15 位階19
2
【ソウルボード】ラヴィア
年齢14 位階11
5
ヒカルは位階が2、ラヴィアはなんと4も上がっていた。
「ラヴィア……大丈夫か?」
自分の腕の中で荒く息をついている少女は、ヒカルを見上げる。
「へ、平気よ……これくらい……想定以上に疲れたのは『職業』のせいかもしれないわ……。今まで『フレイムメイガス』を使ったことがなかったから」
「そうなのか?」
「……『フレイムメイガス』が出てきたのは、お屋敷で弱ったモンスターを殺し始めてからだから……そのころには、わたし、自分がただ利用されているだけなんだって気づいていて……それまでは『魔法理創造神:魔力の理に挑む者』が出ていたから、それを使って、いたの……あのときはここまでの魔法の威力じゃなかったし、魔力消費もここまできつくなかったから……」
ヒカルは得心した。「フレイムメイガス」の「職業」は伯爵に隠していたのだろう。それを自分に教えてくれたことは素直にうれしかった
となると、「魔力の理」スキルは、精霊魔法行使時の魔力消費に関わるのではないだろうか?
そしてもうひとつのことにも気がつく。
パーティーとしてのふたりの相性はさほどよくないと思っていた。だが、この威力だ。潜伏できる移動砲台と思えば、とてつもない威力を発揮できる。
たとえば、戦争での奇襲。たとえば、留まっているモンスターの集団を討伐する場合。
ヒカルがその発想に、興奮とも恐怖ともつかない感覚を覚えていたとき、
「……ヒカル、わたしを置いていかないでくれる?」
その言葉を聞いて——冷水を浴びせられたような気持ちになった。
彼女の「大火力魔法」は、彼女にとって禁忌なのだ。その魔法によって、伯爵に利用され、邸宅に閉じ込められ、伯爵の死後は国王に利用されそうになった。
それを、使わせたのだ。
ラヴィアはヒカルの要請を断ることだってできた。でもそれはヒカルの機嫌を損ねかねない。ヒカルは「あくまでもダンジョン探索のため」と言いながら、聞きようによっては「役に立つことを示せ」とも聞こえたはずだ。
だからラヴィアは、禁忌である大火力の魔法を使った。モンスターとはいえ大量殺戮するために。
なんてことをさせたのだ。
無神経に——。
「……君を連れていく。当然だ。僕が最初、君を見捨てられないと思ったのは君が『冒険に憧れている』ことに気づいたからなんだぞ」
「そうなの……? それなら、良かった」
弱々しい笑顔の彼女に、手ぬぐいを取り出して汗をぬぐってやる。
「ラヴィア」
ここで、ごめん、と謝ることは簡単だった。ラヴィアはきっとその謝罪を受け入れてくれるだろう。
(でもそうじゃない。それじゃあ、ダメだ。僕はまた無神経にラヴィアを傷つけるかもしれない。それは——僕とラヴィアの関係が、対等じゃないからだ。ラヴィアはすべて手の内を明かしている。僕は彼女にいくつも隠し事をしている。だから僕は……無神経になる)
それを解消するには、ひとつしかない。
彼女と「同じ立場」で「対等」になることだ。
「君はいつか、僕から離れていくかもしれない。君が僕とは違う人生を望んだときに」
「…………」
「でもそれまでは、僕といっしょにいる間は、僕と対等でいて欲しい。だから……さ」
僕の秘密を話す。
そう口にしようとしたときだ。
「ダメよ……」
ラヴィアの細い人差し指がヒカルの唇に当てられた。
「あなたは、それ以上言わないで……わたしがあなたから受けた恩は、わたしが魔法を使うことくらいでは返しきれない……。だからあなたとわたしが対等である必要はないの」
もぞもぞと立ち上がったラヴィアは、多少ふらつくもののしっかりと両足で立った。
「わたしたちの冒険はまだ始まったばかりなの。こんな小さな出来事で、つまずいていられない」
「——そうか」
かなわないな、とヒカルは思った。
まさかラヴィアから「言うな」と言われるとは思わなかった。
ラヴィアは自分よりずっと強い。
「わかったよ、ラヴィア。行こう」
「ええ」
差し出した手をラヴィアはそっとつかんだ。
ヒカルとラヴィアは前と変わらず対等ではなかった。でも、つながった手の温もりをヒカルが感じたとき——以前よりもふたりの距離は縮まっているような気がした。
湖で早馬をつかまえると、ヒカルはラヴィアとともにポーンドの街へと戻った。
街に入るときにはもちろん「集団遮断」を使い、ラヴィアの存在を隠す。ヒカルは面倒ながらももう一度外に出て、ちゃんとギルドカードを門番に見せて中へと入った。
「おお、どうだった、王都は?」
門番が気さくに話しかけてくる。
「広かった」
「なんだなんだ。そりゃそうだろ。他にはなんかないのか? 道行く女がきれいだった、とか、かわいかった、とか、胸がデカかった、とか」
女のことばっかりかよ、と周囲の門番が笑う。
(——やはりここの人は、温かいな)
ここが最初の街でよかった、とヒカルは心底思った。
「僕には広すぎて、合わないな」
「……そうか? 冒険者にゃ、『一旗揚げる』って言ってポーンドを出てってはよ、帰らないヤツも多いからな。坊主もランクを上げるために王都に行ったんだろう?」
「そうだけど、ランクFから先はポーンドでもランクを上げることはできる」
「そうかそうか。ならばまたポーンドでがんばれ」
門番はうれしそうに言った。
彼や、王都ギルドの受付嬢が言うとおり、王都のほうが依頼も多いし大きな案件もある。だから王都に行ってしまう冒険者は後を絶たないのだろう。
だが一方で、王都の冒険者は今回のように戦争への参加要請が来たりもする。
(まあ、戦争で「一旗揚げる」と考えるヤツもいるんだろうけどな)
ヒカルとしてはポーンドのように、ある程度自分の目が届く範囲にすべてが収まっている街のほうが好みだった。
もちろんランクEになればダンジョン探索のためにここを離れるし、ラヴィアの身元を隠し続けなければならないようなら出国することも考えてはいるが。
「? どうしたの、ヒカル?」
「なにが?」
「なんだかうれしそう」
「——そうかな。そうかもしれないな」
門番とのやりとりを心にしまって、ヒカルはラヴィアとともに夕暮れのポーンドを歩いた。
向かうは冒険者ギルド。今日一日の収穫を納品するために。