アレグロ王の宝物箱
書籍版「察知されない最強職3」が今月末、12月28日に発売されますー! 活動報告に公式へのリンクがありますので後で是非見てみてくださいませませ。
冒険者ギルドの資料室は2階の奥にあった。広々としてはいるがあまり使われていないようで、かび臭いニオイが漂っている。
簡単な掃除はされているがところどころにうっすらとホコリが積もっていた。
「……あまり、使用される方がいませんので」
壁面いっぱいに書棚となっており、他は閲覧用のテーブルが並んでいる。
確かに誰もいなかった。
「半分がファイル、半分がサンプルですか」
「はい。サンプルでも希少なものは盗難防止のため実物ではなく複製となっております。ではごゆっくりご覧ください。なにかあれば下におりますので」
ラヴィアにしっかりとくっつかれたヒカルに、だいぶ温度の下がった視線を向けながら受付嬢レーヌは去っていった。
「これ……いい加減放してもらえるかな」
「くっつきながらでも資料を読めるわ」
「読みづらいよぉ、ラヴィアちゃん」
「ほら、ポーラも困ってる」
「む〜〜〜」
唇をとがらせながら名残惜しそうにラヴィアが離れる。そういう甘え癖はラヴィアの可愛いところではあるのだが、今は資料が優先だ。
「じゃ、とりあえずファイルから見ていこうか——」
テーブルにはヴィル=ツェントラ近辺の地形図を広げ、資料をもとに活動できそうな範囲を確認していく。
資料を確認してわかったことは、日帰りで行ってこられるような場所には価値のありそうなものはない、ということだ。
早馬を使っても行きに半日。現地に2泊して帰りの馬に乗って帰る——これくらいが最短である。
行けそうな場所としては、海岸線に沿って北に行ったところにある「荒野」。荒野には肉質のよい大型トカゲが多く棲息しており、これがいい値段になるという。
西側は山脈が広がっており、露天掘りができる「宝石鉱山」がある。
南は「森林地帯」で薬草や果物、動物を狙うならここだ。
ヴィレオセアンにも「ダンジョン」があるのだが、首都からはかなり遠いので今回行くにはあまり現実的ではなさそうだ。
「うーん……『荒野』と『宝石鉱山』はナシかなぁ」
「あら、どうして?」
「早馬を使うなら荷物を運べないからだよ。肉も鉱石も重量があるからね……馬車を借りるならアリだけど、そうするとひとりは馬車につきっきりになるから機動力も生産量も落ちる」
「それもそうね……ひとりで馬車の番をするのは寂しいし」
ラヴィアとヒカルが話していると、
「あの、ヒカル様。これも依頼……なのでしょうか?」
「ん、依頼?」
ポーラが見せてきたのは少々古びたファイルだった。
そこには羊皮紙に書き込まれた——、
「……『200年前に絶滅したとされる礫蒸花の種、葉、花弁などを求む』、だって? 確かに依頼みたいだけど。うわっ、依頼の日付、これって30年以上も前じゃないか。こっちの依頼は26年前、これは52年前?」
「ん。この依頼、下の掲示板には貼ってなかった」
「そうなんですよ。どれもこれも古い依頼票ばっかりで」
「……これ、『塩漬け依頼』かもね」
ヒカルは推測した。
依頼として極めて難度が高く、達成可能か怪しいものをここにファイルしてあるのだ。依頼人も貴族の名前や、大きな商会の名前ばかりだ。ギルドとしても「できない依頼だから取り下げておきます」とは言えないようなものなのだろう。
「報酬もすごいな。『200万ギラン』、『120万ギラン』、こっちは『1,500万ギラン』だって」
ちなみに1,500万ギランの依頼は、親指大のルビーのはまったブローチが盗難にあったたために行方を探している——というものだった。
「そうか、こういう依頼もあるのか……しかも報酬がいい」
「でもヒカル。簡単に達成できないからここにファイリングされているんでしょう?」
「それはまあ、そうだね。でもこれなんて試してみる価値はあるんじゃないか?」
ヒカルが差し出したのはヴィル=ツェントラにある博物館からの依頼だった。
「えーっと?『当館に展示されている「アレグロ王の宝物箱」の解錠をお願いします』……?」
「宝箱を開けてくれってことみたいだね。報酬は『宝箱の中身』か『200万ギラン』かを選択できるって。ただし『宝箱の中身』を選んだ場合は、その内容の精査をさせて欲しいというのと、中身の価値が200万ギランを超えると判断された場合は、差額の半分を支払えばすべて受け取れる、と。これなら街の中だからすぐに行けるのもいい」
「……でもこういうのって、プロの解錠士とかが挑戦しているんじゃないの?」
ラヴィアの指摘はもっともだ。だが、
「僕に、ちょっとした策があるんだ」
「策……?」
「策ってなんですか、ヒカル様」
ヒカルはファイルから紙を抜き取りながら笑った。
「それは見てのお楽しみ」
冒険者ギルドを出た3人はヴィレオセアン国立博物館へと向かった。この依頼を受けるとレーヌに言って受注の手続きをしてもらう。本来なら依頼の受注は、依頼票をギルドカードにくっつけることで受注完了となる魔道具のシステムである。
これは紙に書かれた依頼票なので、魔道具であるギルドカードを使っての依頼受注ができないのだ。
ますます温度の下がった目ではあったがレーヌは淡々と依頼処理をして、ギルド発行の受注票を渡してくれた。
博物館があるのは役所が並ぶ一画だ。入場料で50ギランかかるのだが依頼票を見せると「あ〜」という妙な納得のされ方をしてお金を払うこともなく通された。
「たまにいるんですよねえ。この『未達成依頼』を持ってきてタダで博物館を見学していく冒険者さん」
「えっ、そうなんですか?」
「タダで博物館を見る裏技、として冒険者の間では有名なんでしょう?」
初老の係員は言うのだが、当然ヒカルは知るはずもない。
「いや、この街に来て間もないので、知りませんね。他に冒険者の知り合いもいませんし」
「そうなのかい? じゃあ、本気で『宝物箱』を開けるつもりで?」
驚いた係員は目を見開いたあと、
「ふっふふふ、はははははは。それは面白いねえ。がんばってみて」
「……はあ」
まったく期待されていない口調で言われた。
ともあれ3人は博物館へと入る。
(どこの世界も博物館は似ているな)
石材で作られた台座に鎧や剣などが展示されている。
見た目は立派ではない、鉄の精錬も甘い武具だったがどうやら大昔にこの辺り一帯を開拓した人が身につけていたものらしい。
ヴィレオセアンの歴史を振り返るようなものが展示されている。多くは武具や高位の人物が身につけていた装飾品だ。
レプリカではなく本物が多くて驚いたが、どうやら手を触れると大きな音が鳴る魔道具が仕込まれているらしい。なかなかハイテクだ。
「ん……あそこに人だかりができているな」
博物館は誰にでも開かれているので市民ばかりがやってきているが、どれも身なりがいいのは50ギランという金額を払う余裕があるからだろう。
「ヒカル様。あそこに『アレグロ王の宝物箱』って書いてありますけど」
「……僕もちょうどそれを見たところだよ」
人が集まっているその場所こそ、「アレグロ王の宝物箱」が展示されている場所だった。
立て看板がわざわざ設置してあることから、ここだけ他の展示物とは明らかに違うことが見て取れる。
「ふんぬっ!」
「おいおい、力自慢なんかじゃ開けられねえよ。どれ、俺にやらせろ」
「バカ、こっちが先だ。並んでたんだぞ。俺っちの解錠は天下一って評判なんだ」
「なんだなんだ盗賊自慢か。衛兵呼ぶぞ」
「呼べ呼べ。ぎゃっはっは」
どうにもガラの悪いヤツらが集まっている。そして察するに、彼らもまた「宝物箱」を開けようとしているようだ。
「もしかして依頼を受けた冒険者かしら?」
「かもしれないけど……誰が開けてもいいみたいだよ」
立て看板にはこう書かれていた。
——「アレグロ王の宝物箱」は特殊な魔道具であり、あらゆる衝撃に耐えます。また、万が一傷がついたとしても即座に修復されるため、どなたでも解錠にチャレンジいただけます。
この「アレグロ王の宝物箱」を開けることができた方は館員にご一報ください。中身の半分を所有する権利が与えられます。
「来館者全員に挑戦してもらおうってことか」
なんだかヒカルは、佐渡金山の展示スペースの最後にあるという「この箱の中から金の延べ棒を出すことができたら記念品を差し上げます」というアクリルボックスのことを思い出した。
片手がぎりぎり入る程度の穴から腕を入れて挑戦するのだが、金の延べ棒だけあってずっしり重く、片手では大人でも持ち上げるのは大変という代物だ。
おそらく本物の金ではなく、内側は鉛なのだろうけれど。
「ん? なんだ小僧。お前も挑戦するのか?」
ヒカルたちに気がついた男が振り返る。垢じみた服を着ている小汚い男で、他の男たちも似たり寄ったりだ。
さっき聞こえてきた話ではないが、表通りを歩けないような仕事をしている連中かもしれない。
「——いや、ただの見学者だよ」
そうしてヒカルはラヴィアとポーラの手を握って歩き出した。
後ろからねっとりとするような視線を感じる。
「かなりの上玉だぜ」
「ガキ過ぎんだろ」
「片方はいけるじゃねえか。冒険者だったらちょっといなくなってもかまいはしねえだろ」
不愉快な言葉が聞こえてくる。
(しくじったな。「隠密」を使っておけばよかった)
急ぎ足で離れながらヒカルは思った。
ずいぶん離れたところで「集団遮断」を使ったので向こうからはもはや視認できないだろう。
「なに、アイツら。すごくイヤな目でこっち見てた」
「ううう、気持ち悪かったです……」
ラヴィアもポーラも相当にイヤな思いをさせてしまった。
「ごめん、リサーチ不足だったよ。アイツらがいるからここは離れよう」
「でもヒカル。それならあきらめるの?」
「いやいやまさか」
ヒカルは即座に否定した。
「さっき見たんだけど、僕ならたぶん、あの箱を開けられる」





