全国民の避難
『——撃てェェッ!!』
艦上で指揮官である中隊長の号令が下ると、遠距離用のブラストキャノンが火を噴いた。
轟音からしばらくして遠くの空がパッと明るくなるのが見える。
彼らのいる場所はドリームメイカーのほぼ東端にあたる。モンスターが真北から来ているのでナナメに街を横切って砲撃している形だ。
一方、軍船の多くはすでに街の船着き場にやってきていた。
『全船、所定の位置に着きました! 通常より水位があるようですが許容範囲内です!』
『船団の経路がつながりました! 第1陣を移動できます!』
『よし。第1陣500人、移動開始』
『はい!!』
船着き場での指揮を執っているのはグルゥセルだった。
兵士が散っていくと、そこに残ったのはジン、ドラン、ズズンの3人だ。ジンと同じ地位の中隊長は、片方が砲撃指示で、もう片方が船団移動の指示をしている。
『ふぅぅ……ようやっと肩の荷が下りましたわ』
ジンの役目はあくまでも「確実にドリームメイカーと情報をやりとりすること」だ。情報通信の権限を与えるために中隊長にまで抜擢したが、本人としては荷が重いことこのうえなかった。
叛乱が実際に起き、モンスターも攻めてきたがこうして船団が間に合ったのだからジンの役目は果たしたと言えるだろう。
『我らの任務はまだ終わっていないぞ』
『それは……まあ、そうですけれども』
ブリッジから見下ろすと、白々と明け始めた空の下、港にはすでに300人を超える国民が避難してきていた。
全国民、1万人がここにやってくることになる。いかに早く彼らをはけるかが重要だ。
相変わらずの厳しい顔でグルゥセルが言う。
『……叛乱はともかく、ほんとうにモンスターの襲来があるとはな』
『俺も驚きました。あのシルバーフェイスはどこまで見えてんだっつう話ですよ』
『だが、彼のおかげで最悪の事態は免れそうではある』
『モンスターが攻めてきてる時点で最悪なんだと思いますけどねえ』
ジンではなくドランがぼやくと、
『それは違う。もしシルバーフェイスがいなかったとしても、我らは叛乱の芽を摘むことはできただろう。だが、モンスターについては予想もしていなかった。混乱を最小限にして叛乱を押さえ込めたとしても、その後の——1カ月後か、1年後かはわからないが、モンスターの襲撃はもっと大規模なものになっていた』
『それを、ここに来て間もないシルバーフェイスが推測したっていうのが理解不能なんですが』
『……彼は彼で我らが見えていないものを見ているようだ。実際にモンスターが襲ってきたことからも明らかだし、複数のヤママネキによる襲撃などドリームメイカー有史以来なかったことだ。であれば、「叛乱をエサにしてモンスターの襲撃を誘発する」という彼の方法は正しかったことになる』
『もし叛乱を未然に防いでいたら、モンスターの襲撃は「本来の予定通り」に行われることに——数体どころか数十体のヤママネキが押し寄せて、城壁をあっさり破壊してくるってことですかね』
『だけでなく、我らも逃亡の準備ができていなかったことだろう。同じ規模の襲撃であったとしても、逃亡準備が整っている今のほうがはるかに好条件だ』
グルゥセルの言葉を、理解できるもののなんとなく釈然としないジン、ドラン、ズズンの3人である。それもこれもすべてシルバーフェイスがなにを見て、なにを考えているのかがさっぱりわからないからだ。
『さあ、動け。今は行動すべきときだ』
『はい』
3人はブリッジを出て行った。
鐘の音が止むことはない。いよいよ「これは本物の避難警報だ」と理解した国民は、雪崩を打って船着き場を目指していた。
緊急避難の際の集合場所は、街の中にある重要施設などではなく「船着き場」だと決まっている。
『押さないで! 船に乗ったら指示に従って移動して!』
『ここまでが第1陣! 第2陣はあっちの入口から!』
うっすら明るくなってきた船着き場に、多くの人間がやってきたことで舞い上がるほこりが充満する。
避難民の中には寝間着のままのものもいたし、荷物を持っている者はごく少数だ。
大声を上げることもなく、列になってぞろぞろと歩いていけるのはこれまでに何度も避難訓練をした成果だろう。
『モンスターが来てるらしい』
『船に乗ってどこへ逃げるんだ』
『食料は……大丈夫そうだな』
それでも小声で話す住民たちを止めることなどできはしないが、取るものも取りあえず避難してきた、ある意味「ちゃんと訓練されている」住民は、誰よりも早く船の甲板に上がって安心する。
甲板には多くの物資が積んであった。
これならば住民を満載にしても1カ月は大丈夫なのでは——と思えるほどに。
物を見せて安心させるよう手配したのはグルゥセルだ。
『ん。このまま隣の船に移るのか?』
『見ろ。ずっと向こうまで船がつながってる』
『なるほどなあ、いちいち船着き場で船を入れ替えるより、一本道にして奥の船から乗せていったほうが早いってことか』
船は横になってつながっており、船と船の間にも臨時の橋が渡されている。住民たちはなお感心しながらどんどん奥へと進む。
川に浮かんでいるので少々揺れはするが歩いていくのに不安はさほどない。
『……って待て。ここが最後の船だろ?』
『なんで下ろすんだ!?』
『この先は川の南側じゃないか。確かこっちってなんにもない荒れ地なんだろ?』
一番奥の船の向こう——住民たちが生まれて一度も足を踏み入れたことのない大地が広がっている。
東の地平線に、曙光が現れた。
そこは——なるほど、「なにもない」と言う以外にない荒れ果てた大地が広がっていた。
ところどころに岩山がそびえているが、それだけで、地面も剥き出しになっており植物が生えたような気配がない。川縁だけは少々の植生があるようだが。
だが、臨時で作られた船着き場に向けて階段が取り付けられており、降りた先には荷馬車が10台以上用意されてあった。
『後がつかえている。頼むから行ってくれ』
兵士に言われるが、
『いやいやいや! なに言ってんだ!? 南の大地だぞ! この先にはなにもないんだろ!? まさか——人が住める場所があったのか!?』
『そんなところだ』
『そう、なのか……?』
先頭の避難住民たちは半信半疑で顔を見合わせる。
後ろからぞろぞろと避難民たちがやってきて、滞留しているのもわかる。
それにいくら軍船が大きいとは言え、全国民1万人を乗せることはできないだろう。
ならばどうするか——。
『避難先へは船ではなく陸路で移動するってことか?』
『ああ』
兵士がうなずき、先頭の住民たちも納得した——と言うより、もはや信用するしか道はない。
『行こう』
『おお』
ぞろぞろと今度は階段を下っていく。その先で、馬車の荷台にみっちりとのせられる。こんな状況でも年寄りや女子どもに座らせるあたりは小さいコミュニティとして成立してきたドリームメイカーならではのことだろう。
『第1陣第1班、移動開始します!』
馬車が動き出す。
住民たちの不安を載せて。
船の上では盛んに話し合っていた彼らも、馬車に乗ると途端に無口になった。今なにが起きているのか正確に把握できている人間は誰もいないし、兵士に聞いても決まり切った答えしか返ってこない。
いわく、
『緊急避難は緊急避難だ』
『例外はなく、全国民が避難する』
『安全が確認された場合、家に帰ることができる』
最後の答えを聞いて、みな納得した。
これまでもモンスターとの戦いはあったが、軍が討伐してくれた。もちろん犠牲は多く出してきたがそれでも乗り越えられないトラブルはなかった。
長くとも数日で帰れるはずだと考えてしまっても仕方ない。
『そろそろ到着だぞ』
と、御者台の兵士から声が掛かると、
『え、もう?』
『移動し始めて30分くらいしか経ってないだろ』
ざわざわと馬車の中が騒がしくなった。
やがてほんとうに馬車が停まり、最初の住民が馬車から降りた——。
『おお……』
そこにあったのはひときわ大きな岩山だった。
さらに、
『おお!』
簡易的ながらも無数の天幕が立てられてあった。
ちょうど、岩山の陰にあるから見えなかった場所である。
馬車から一通り住民を降ろすと、すぐに馬車は船着き場へと戻っていく。どうしていいかわからないでいる住民たちを前にして、一段高いところに立ったジンが声を張り上げた。
『協力ありがとう。皆さんにはここで、最長でも1カ月ほど生活をしてもらうことになる。だが安心して欲しい。食料は3カ月分用意してあるし、見ての通りモンスターが襲ってくるようなこともない』
ここで暮らす——そんな気はしていたが、実際に言われると不安が襲いかかってくる。さらに1カ月も! こんななにもない場所で、1カ月だ!
『不満はわかるが、最後まで聞いてくれ!』
両手を広げてジンがもう一度声を張り上げた。
『ここに留まるのは全国民の半数、5000人だ。残りは軍船で移動する』
残り半分とバラバラになるのかという顔でみんながジンを見つめ、それに怯みながらもジンは自信たっぷりをよそおって告げた。
『軍船は、残り5000人を移動させたあと、またここに戻ってくる。彼らと落ち合う場所は……原始大陸の海洋国家ヴィレオセアンだ』
ヒーロー文庫さんから2019年のカレンダーが届き、「察知されない最強職」を5月のイラストで取り上げてもらっていました。
これは……うれしいぜ……!





