ブラストキャノンの触媒
ポーラが回復魔法を出し惜しみなく使い出すと同時に、叛乱軍による攻撃は苛烈さを増していった。
ブラストキャノンは再装填まで10分ほどが掛かるのだが、再装填完了とともにすぐさま発射される。
街灯もなく夜半まで明かりが点いているような店もない。
そんな、静けさと闇に包まれたドリームメイカーの街に炸裂音が響き渡る。
『重傷者ァッ! 退かんか!』
『腹がえぐれちまってる! 女神様のとこに急げ!』
『おいおい、連中が突っ込んできたぞ!』
『はよ入れ替われ!』
必死で回復魔法を使い続けるポーラにもわかる。敵はなりふり構わず攻め込んでくるようになったのだと。
再装填が終わった際に、仲間が攻め込んでいてもその背中からためらいなく砲弾を撃ち込んでくる。こちらの防衛ラインでいちばん分厚くなっているがこの宮殿正面だとはいえ、人数には限りがある。
『ブラストキャノン、なんとかならないのか!』
『これでもなんとかやってますよ!』
『クソッ、身体を張って押し返せ! 女神様のとこまで行かせるなよ!』
砲弾によって防具だけでなく武器まで吹っ飛んでしまっている。暗闇にそれを探しに行くわけにもいかず、倒した敵から槍を奪って攻撃する者もある。
(でも、大丈夫)
次から次へと回復させていきながらポーラは確信している。
(あの大砲は、ラヴィアちゃんがなんとかしてくれる……!)
そこは宮殿での戦闘から少々離れた場所——大通りに、携帯用の机や作業台を広げている部隊があった。
『次の装填準備!』
『やってますよ。でもペースが速すぎます、これじゃ薬剤調合が追いつかない』
『さっさとやれ! 味方がやられてるんだぞ』
『いや、ブラストキャノンは脅しに使うだけで、撃ち込んでもせいぜい1発って言ってたの、主任ですよね……?』
『事情が変わったのだ! ルーデンド様の命令に従え!』
『はい、はい、やってますって。あせらせないでください。調合をミスったら、辺り一帯吹っ飛びますよ?』
『ッ!』
叛乱軍の後方でブラストキャノンの砲弾や、爆薬を生成しているのである。
ブラストキャノンは魔術兵器だ。火薬をベースに、魔術を併用することで攻撃力を上げている。
だが火薬に魔術を施す作業は難しく、作り置きができないのが難点だった。
これが軍船備え付けのブラストキャノンならば話が違う。最初から、遠征で使用することを考えているので手軽に爆薬を造れるようになっている。
今回のようにブラストキャノンを荷車に載せて移動し、機動的に攻撃する——なんてことは今まで想定していなかったのである。
だから、技術者として30人も連れてきているのに稼働しているブラストキャノンはたった1基となっていた。他にも5基あるのだが、それらは「見せキャノン」である。見せるだけとは言っても本物は本物なので技術者がついていなければならない——無駄な人員だ。
『砲弾はあといくつある?』
辺り一帯吹っ飛ぶ、と聞いて、顔を青くした主任が去っていくと、作業者はため息を吐きながら仲間に声をかけた。
『30はありますよ。十分過ぎますよ』
『問題は魔術触媒か。薄めながら使うか』
『や、でも30全部使う前提ですか?』
『砲弾が残っているのに触媒使い切ってもう撃てませんなんてなったら大目玉だ』
『まあ……そうですね。次の調合終わったようですけど』
『最終確認しよう。こういうときこそ落ち着いてやらねば』
作業者は魔術触媒から手を離し、調合をしている技術者のほうへと歩いていった。
「…………」
そのすぐそば、明かりの届かない闇——どこにでも闇はあった。闇に溶け込んでいる人物に、技術者の誰ひとりとして気づくはずもなかった。
慣れない屋外での調合作業。深夜というふだんは活動していない時間帯に暗い手元。さらには、歴史を変えるべくクーデターを開始したというこのシチュエーション。
彼らは冷静さを心がけながらも浮き足立っていたのは否めない。
「……魔術触媒が、少ないと言っていた」
闇から出てきたのはカバンを背負ったラヴィアだ。カバンの中にはコウが入っている。
ラヴィアはそろりそろりと魔術触媒が入っているらしき袋へと近づいていく。コウよりも小さな袋だから、ラヴィアひとりで持ち出すこともできるだろう。
技術者たちは5メートルほど離れた作業台で重量を計測したり少量を取り出して溶剤に入れて色を確認したりしている。
持ち出すなら、今だ。
『オイッ!!』
「!?」
袋に伸ばした手をあわてて引っ込める。
『まだ調合終わらんのか!』
『……見てのとおり、最終確認です』
『早く持ってこい!』
『はいはい……行こう』
技術者たちはタライに入っている爆薬を慎重に運んでいく。
そのときふと技術者のひとりが、
『……あれ? ここに置いといた触媒の袋、どこにいった?』
『急げ! ルーデンド様がお待ちなのだ!』
『あ、は、はいっ』
机には、先ほどまで置かれてあった袋がなくなっていた——彼らがそれに気がつくのは、5分後のことである。
「ハァッ、ハァ、ハァッ……お、驚いた……」
5分もあればラヴィアはさらに離れた闇に隠れることができる——のだが、彼女は路地裏でへたり込んでいた。ちゃんと、触媒の入っているらしき袋を抱えて。
先ほどびっくりして手は引いたが、自分ではないと確認してすぐさま袋を抱えて離脱したのだ。
「ヒ、ヒカルは、こんなに心臓に悪いことをいつもやってるの……?」
隠密活動中は夜遅くに帰ってくることばかりのヒカル。
そのせいで朝も遅くなりいっしょにいられる時間が短くなる。そのことで文句を言ったことはないのだが寂しいのも事実だった。
「こんな大変なら……もっと優しくしてあげよ」
密かに心に決めるラヴィアだった。
「とりあえずこれで、ブラストキャノンは使えなくなる……んだよね? ヒカルの言ったとおりにしたけど」
ラヴィアにとってみれば、「隠密」状態から火魔法を一発ぶちこみ、もろもろの資材を利用不可能にするほうがはるかに簡単ではある。だがヒカルの出発前に、こう言われていたのだ。
——もし叛乱軍がブラストキャノンを持ち出してきたら、キーとなる触媒や火薬、砲弾のどれかを持ち去ることで使用不能にしてほしい。できたら、でいいんだけど。
ラヴィアはその指示を忠実に実行した。
「ヒカルはこの後の展開も、読んでいるんだからすごい」
あらかじめ聞いていた筋書き。それは、想定よりも早く起きたという違いはあるものの、おおむね筋書き通りの推移となっている。
「あとは、わたしはここで待つだけ——っ!?」
そのときラヴィアはカバンが動くのを背中に感じた。
『む、んむぅ……』
「コウちゃん!?」
急いでカバンを下ろすとそこには前足で目をこすっているコウがいた。
眠そうだった目が一転してぱちりと開く。
『——ここ、どこ!? すごくよくない感じがするんだけど!』
「え……」
『近づいてくるよ! アイツらが!』
コウの目覚めは唐突で、彼が告げた言葉もまた唐突だった。
『そうだ、あと穴掘れる!? すっごく大きい穴!』
「ちょ、ちょっとコウちゃん、落ち着いて。なに、どうしたの?」
『どうしたもこうしたもーー』
ぎゅるるるる、と腹が鳴った。
『……まずは食事にしよう』
すごくイイ顔で言われた。
「ご飯? ここにご飯はないよ」
『なんっ、なんで……!?』
「あ、これならある」
『なになに』
「乾パン」
『…………』
「乾パン」
『…………まあ、それで手を打つよ。背に腹は代えられない』
「なんで上から目線」
〜5分後〜
『触媒の袋がないぞ!?』
『探せ!』
『ひぃ〜口の中がパサパサするぅ!』
「お水はないよ」





