王都の動き
「ヒカル……いいのよ。そこまであなたが責任を感じなくてもいい」
「これはただのワガママだ」
そう、ただのワガママだった。
騎士が死罪になることは自業自得だ。
ヒカルは確かにラヴィアを救うに当たって「誰も殺さない」ことを約束した。その後、関係者がどうなろうと「知ったことではない」はずだ。
約束した相手であるラヴィア自身が「責任を感じなくてもいい」と言っているのだ。
しかし、
「……後悔したくない、いや、単に気にくわないだけかな」
「気にくわない?」
「せっかく僕が見逃したのに、どうして関係ないヤツらが殺すのか。ちょっとここのやり方にイラついた」
「…………はあ」
ラヴィアはため息をついた。
「あなたって……すごく自信家よね」
「イヤになった?」
「ううん。それも含めてヒカルだと思うわ。そこまで言うならヒカルの好きにしてもいい。でも、約束して欲しいの——無理はしないと。危険を冒さないと」
「わかった」
ラヴィアを宿に送り届けてからヒカルは騎士団の駐留施設へと向かった。モルグスタット伯爵邸はさすがに引き払っているだろうと踏んでのことだ。
その読みは当たり、王都からの調査官を含め、イーストやその他の騎士は駐留施設にいた。
駐留施設——とは言っても、伯爵邸に勝るとも劣らないお屋敷である。
「……彼はバカなのですか?」
その一室に、3人がいた。
青地に白のストライプが入った上着。これが調査官のトレードマークである。耳の上をばっさり短くしていて、ソフトモヒカンのようになっている。髪は全体的に短く、鋭利な印象を周囲に与える。
調査官の向かいに座っているのが、騎士2名だ。イーストとともに行動していた騎士である。
「お茶をお持ちしました」
「ああ。ありがとう」
コンテナを押してメイドが入ってきた。
こう、夜遅くまで業務が続くと喉が渇く。調査官は夏の日であっても熱く淹れたお茶を好む。
メイドが出て行くのを確認して調査官が口を開く。
「彼は……男爵家の次男でしたか」
「ええ。官位貴族ですけどね」
領地を持たない貴族を「官位貴族」と呼ぶ。
ポーンソニア王国では一定以上の官職に就くには「貴族でなければならない」という法律があるため、有能な者を官職に就けるために領地を与えず爵位のみを与える官位貴族という制度ができた。
爵位は一代限りでなく、毎年の年俸も領地の有無にかかわらず一定であるため、有能な人間にとって「貴族位」は魅力あるものだった。
とはいえ放っておくと貴族ばかりが増えてしまうことになる。ゆえに領地持ちの貴族に、なるべく官位貴族を婚姻によって吸収するよう指導がなされているのだが。
「父親は騎士団関係者ではありませんよね? 資料には『国税局参与』とあります。実質国税取り立て実務を預かるナンバー2でしょう」
「厳格な父だと聞いています。イーストに算術の才能がないことを早くに見抜き、騎士にしたのだとか」
「騎士団の中ではどういう評価ですか」
「すごいですよ。あいつほど鍛錬に打ち込む者はいません」
「……鍛錬に打ち込んでも盗賊に負けていれば世話はないでしょうに」
「そこですよ! イーストが盗賊に負けたというのがどうしても信じられない……」
「本人が『少年の盗賊に負けた』と言っているんです」
「うーん」
騎士がうなると、もうひとりの——女たらしの騎士が口を挟んだ。
「なにか、真実を話せない事情がある、とか?」
「その可能性はナシと考えていただいてよろしいでしょう。偽証を判別できる魔法を通じても、彼は、彼にとっての真実を話していました」
「……となると、幻覚などで騙されている、ってことはありうるわけですね? ようはイーストが『真実』だと勘違いしていればいいんですから」
「はい。あり得ることだと思います」
調査官が、イーストに手厳しい人間ではないとわかってホッとしたのか騎士ふたりが肩の力を抜く。
「……勘違いしないでいただきたいのですが、あくまで小官の任務は真実を明らかにすることです。騎士団の名誉を守ることではありません」
「わかってますって! なあ」
「ああ」
「……理解しておられるならいいのですがね……ところで、モルグスタット伯爵殺害事件についてですが」
ぺらり、と手元の調査書をめくる調査官。
「夜間、バルコニーより賊が侵入し、伯爵を殺害。その後、逃亡。殺害に使われたのは銘をつぶされた短刀、刃渡り32センチ。現場に残されてあった。警戒ベルが鳴ったために騎士2名——あなたと騎士イーストが現場に急行したが、すでに伯爵はこときれていた。現場には先に伯爵令嬢ラヴィア=ディ=モルグスタットがいた。……こちらがあなた方の上げた報告内容で間違いありませんね?」
「はい」
「となれば伯爵令嬢が第一発見者、つまり容疑者であることから彼女が王都に移送されることは特に問題のない指示であったと考えられますが」
「まあ……そうですね。でもあの子は殺していませんよ」
「なぜですか」
「返り血がありますよ、短刀だったら。あの子の服にそんなものはなかった」
「では聞きますが、警戒ベルを聞いてから伯爵の部屋に着くまでに掛かった時間はどれくらいですか」
騎士ふたりが顔を見合わせるが——当日行動していたのは片方だけだ。
「1分未満かな?」
「ま、屋敷のどこにいてもそれくらいで着くだろう」
女たらしの騎士も同意する。
「では、外から賊が侵入したと考えてください。当日は雨が降っていたので、バルコニーのガラス戸は閉まっていた。開けば当然伯爵も気づくでしょう。そこでベルを鳴らします。賊が伯爵に近寄って殺します。それから——あなたが現場に到着するより前に、伯爵令嬢がドアを開けて賊を確認しますが、賊はそれ以前に逃げた、ということですね?」
「あ……」
そこで騎士はおかしな点に気づいたらしい。
「ラヴィア嬢は、『賊は見ていない』と言ってたな……」
「ええ、報告書にもそう書いてあります。それほどの短時間で、抵抗する相手を殺して、逃げることは不可能でしょう。伯爵が接近に気づかなかった、とでも言うのですか? 窓が開けば雨音でわかるのに? それに——伯爵には、ほぼ、抵抗した様子がありません。ほんの少し言葉を発すれば身体を守れるマジックアイテムだってアクセサリーとして身につけていたのに」
「あの手のアイテムは密着されていると発動不可のはずだが……」
「ですから、密着されるまで発動させなかったのがおかしいんです」
「あっ、そうか」
「つまり、伯爵は密着するほど賊の接近を許した。賊は窓から侵入していない。こう考えると、接近を許すような相手はひとりしかいないでしょう? 実の娘です」
「…………」
「…………」
騎士ふたりが再度視線を交わす。
「今の推論におかしな点がある、とでも言いたげな顔ですね」
「……いや、確かに筋は通っていると思いますがね……どうも、しっくりこない。なあ?」
「そうなんですよ、調査官。実の娘なら、ふつうは接近を許しますよね。でも、実の娘はふつう親を殺さないですよ。ましてあんな可愛い子が……」
「見た目はどうでもいいだろ、バカ。——失礼しました、調査官。ええとですね、私たちも伯爵と親しいわけではないのです。ポーンドに滞在する、ほんの1日だけ警護する予定だったわけですし。ですがそんな1日だけでもわかることがあります」
「聞きましょう」
調査官の目が光る。
「伯爵は令嬢を警戒していた」
「警戒?」
「ラヴィア嬢は、この屋敷にここ数年留め置かれているそうですよ。外出も許されていなかったようです。王都にはここの数倍大きな屋敷があるというのに」
「軟禁されていたということですか? ……聞きようによっては『令嬢には伯爵を殺す動機がある』ともなりますね」
「ええ。ですがこのことは、『伯爵がラヴィア嬢を簡単に近づけない』ということにもつながりますよね?『密着するほど親しい間柄』なんてことは絶対にないですよ」
「わかりました。非常に参考になる意見です」
「……その割りに、メモを取ったりすることもないんですね」
「ええ」
調査官は調査書を閉じる。
「逃亡したことでほぼ確実に伯爵令嬢が犯人だと小官は考えています。王都からは、彼女の行方を追う手がかりになるものをなんでもいいから探し出せと、魔導通信で連絡が来ています」
「魔導通信って……いくらかけてるんですか」
魔導通信とは各地の領主の館に設置された通信用の魔導具だった。
大量の魔力と触媒を利用するために、緊急時にしか使われないのが常だ。一度の通信で金貨数枚が飛ぶ。
ポーンドには領主の館がないが、騎士の駐留施設には設置されていた。
それを今回使ったというのだ——なにせ馬を飛ばせば王都からポーンドまで半日、いや4時間程度で着くのに。
「調査官殿には申し訳ないが、逃げられてから焦っても遅いですよ。それに私が考えるに、むしろ護送の冒険者でしょう、怪しいのは」
「騎士イーストもそう考えたのでしょう?」
「そうなりますね」
「これでランクCの冒険者と、騎士イーストを襲った盗賊がグルだとなれば、彼の恥も雪がれると思いますがね」
「! それはそうだ! だったらすぐに——」
「調査の手は伸びていますよ。——これは他言無用ですが、護送に当たった冒険者に、特務部隊が差し向けられたようです」
騎士ふたりが、一瞬言葉を失った。
「と、特務部隊ですか? あいつらって戦争の前線で活躍するようなヤツらでしょう?」
「相手は冒険者ですから、なにをしてくるかわかりません。冒険者は国家の権威など歯牙にもかけない輩でしょう」
「しかしやりすぎでは……」
「いいですか」
コン、と調査官はテーブルを指でつついた。
「本件は、国王陛下が注目されています。私は可及的速やかに調査をまとめ、王都にて報告しなければなりません。つまり明朝、ポーンドを出ます。それまでに必要な情報をすべて集めなければならないのです」
「う……」
「そ、そうですね……」
騎士ふたりが怯む。
「その如何によって騎士イーストが死罪となるかどうかもわかるでしょう。盗賊と冒険者がつながっているのか? ラヴィア嬢がほんとうに伯爵を殺したのか? ——もし仮に外から賊が侵入していたとしたら、あなたも、騎士イーストと同じように死罪ですよ」
「ひっ」
当日の夜、イーストとともに警護に当たっていた騎士が青ざめる。
「そ、それは勘弁してください。うちには妻も子どももいるんですよ」
「判断するのは私ではありません。ですが、今までの話の流れでいくつか不明瞭な点があります。矛盾を感じるのです。ですから、『偽証ではない』と証明するために魔導具の使用を許可してください。犯罪容疑者ではないあなた方に無理矢理使うわけにはいかないので」
「わ、わかりました。いいよな?」
「構わない」
テーブルに、ガラスのペンのようなものが取り出された。
偽証を見抜く魔法——それが込められた魔導具らしい。
(…………)
その一部始終を、見守っている人物に3人が気づくことはなかった。
メイドのワゴンとともに侵入したヒカルは、話し合いが終わるまでその場で話を聞いていた。
翌早朝。
日が昇ってから少しすると冒険者ギルドが開く。冬場ともなれば暗いうちから開けなければならず、この早朝業務はどの受付嬢も嫌がることだったが、オーロラは違う。ただ、淡々と開ける。むしろ冒険者がほとんどいない朝いちばんは好きなほうだった。
「……あら」
開けてすぐに入ってきた少年がいた。
他に冒険者もいないことからオーロラは彼に話しかける。
「ギルドになにか依頼ですか?」
少年が冒険者だとは思わなかったために、依頼をしにきたのだと考えた。
それくらい、彼は幼く見えた。
だが彼は冒険者ギルドカードを見せて言う。
「いや、依頼を受けに来たんだ」
「あ……そうでしたか。ごめんなさい……ヒカルさん、とおっしゃるのですね。初めて見るお顔でしたから」
「仕方ないと思うよ。僕も今まではジルさんやグロリアさんとしか仕事していなかったし」
すでに同僚ふたりから依頼を受注した経験があるらしいことにオーロラは驚いた。
「それで、えーっと、あなたは……」
「オーロラです。今後ともよろしくお願いします」
「あ、よろしくお願いします」
オーロラにつられ、ぺこりと頭を下げる仕草は年齢相応に見えるのだが。
「オーロラさん、依頼を探してるんですけど」
「どんなものがいいですか?」
少年はにっこりと笑った。
「王都への届け物とかがいいですね。一度、行ってみたいから」
王都の偉い人たち、逃げて!





