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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第2章 冒険者ヒカル

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精霊魔法の力

ラヴィア救出後に手錠が外れる描写が抜けていましたので追加修正してあります。街に戻ったタイミングで取れていました。

「集団遮断」を使ってラヴィアとともに街の外へ出る。

 しばらく街道沿いを歩いてから街道を外れていく——なだらかな丘を越えて、街道からは直接見えないところへとやってきた。

 周囲は低木の広がる平原だ。虫や小鳥はいるが、とりあえずモンスターは見えない。

 モンスターが来たとしても障害物が多いので姿を消しやすい。一度死角に入れば「集団遮断」で逃げられる。


「ヒカル、この草原はどこまで広がっているのかしら?」

「多少の起伏はあるものの、馬で丸一日駈けるくらいしないと尽きないね」

「そんなに……すごい……」


 風が吹いてヒカルたちの間をすり抜けていく。

 これまでならラヴィアの銀色の髪をなびかせただろう。でも今の彼女は、ハンチングキャップをかぶり、髪も短い。それは少しだけ寂しい光景だった。


「……ちょっと暑いな」


 太陽光が強い。ヒカルは、自分の「黒」の上下以外にも服が必要だなと思った。


「これからどうする? 魔法を……使う?」

「その前にソウルカードを見せてもらいたいんだけど、いいかな」

「もちろん」



【ソウルカード】

 【名】ラヴィア

 【記録】ポーンソニア王国ツムギエルカ神殿

 【神事】太陽神の祭典(6)

 【職業】---



 冒険者ギルドカードとは違うなと思った。

 ヒカルのカードはこんな感じだ。



【冒険者ギルドカード】

 【名】ヒカル

 【記録】ポーンソニア王国ポーンド冒険者ギルド

 【ランク】G

 【職業】隠密神:闇を纏う者



「ラヴィア……名前が」

「あっ」


 ラヴィアの家名である「モルグスタット」が消えている。


「…………」


 ラヴィアはしばらくソウルカードを見つめていたが、


「……わたしは自由だから」

「そうだな」

「それで、ヒカルはどうしてカードを見たがったの?」


 もう伯爵家のことは吹っ切れているのだろう。


「『職業』の部分がどうなってるのか見てみたくて。——その前にちなみに『神事』の数字ってなんだ?」

「祭典への寄付の回数だと思う」

「寄付?」

「神殿で毎年行う祭典に寄付をするとソウルカードに履歴をつけてくれるの。太陽神様にその信心が届くんですって」


 ヒカルはうなる。ソウルカードやギルドカードの「職業」を通じて、確かに恩恵を得ることができる。

 しかしそこに「中間業者」は存在しない。寄付をもらったからと「職業」にオマケしてくれるような存在はいないのだ。


「なあ、それって——」

「たぶんただのお金儲けの方便ね」

「気づいているのか」

「それは、そう。神殿の偉い人たちはみんないい服を着て、太っているもの」

「…………」


 どうも神殿内部は腐っているらしい。

 ヒカルには関係ないことだからいいのだが。


「わかった。それで『職業』にはどんなものがある? 今は選択していないようだけど」

「えっと……あの、ヒカル?」

「なに」

「ひかないでね?」


 ラヴィアは地面の露出しているところに書き出した。


【凡精霊魔法使役神:初級精霊魔法使い】

【広域貴血族救済神:ノブレス】

【魔法理創造神:魔力の理に挑む者】

【火炎精霊神:フレイムメイガス】


「……という感じなんだけれど」


 一通り眺めて、ヒカルはうなずいた。


「『魔力の理』ってなんなんだ?」

「えっ、そこ?」

「気になってるんだ」


 ラヴィアのソウルボードには「魔力の理」にポイントが振られていた。2も。

 魔法に関してはローランドの知識がそこそこあったのだが、どうにも独学らしく、ところどころ知識の欠落があるように感じられた。知識が体系的ではないのだ。そのぶん深掘りしているところはすごいのだが。


「実は……わたしも詳しくないの。魔法は勝手に成長しただけだから」

「勝手に? どういうことだ?」

「それを説明する前に、わたしの魔法を見てくれる?」


 ヒカルはうなずいた。それは今日ここに来た目的でもあるからだ。


「……ふぅ」


 魔法とは——ほとんどの魔法が「精霊魔法」を指す。

 この世界の自然を構成する、そのバックボーンが「精霊」であるという考えだ。

 ソウルボードにある「精霊適性」。その先の種類が「火」「風」「土」「水」であるように、この4元素の精霊が存在すると考えられている。

「自らの魔力」を媒介に「精霊に干渉する」ことで「超自然的な現象を引き起こす」のが精霊魔法というわけだ。


 一方で回復魔法のようなものもある。ポーラが使うそれだ。これは「自らの魔力」を媒介に「相手に干渉する」ことで「相手の自然治癒力を倍加させる」というわけだ。

 精霊魔法とは、干渉する相手が違うだけで、使用する魔力そのものは同じだった。


「『我が呼び声に応えよ精霊。原初の明かりたる焔もて、焼き尽くせ』」


 さて、精霊魔法を使用するには呪文の詠唱が必要となる。

 これは太古の昔に精霊と人間が取り決めした文言であるらしく、絶対不変である、というのが常識だった。

 ヒカルとしてはソウルボードの「精霊適性」の先に「魔法創造」なんていうものがあるので「絶対不変ではないんじゃ?」とは思っているが、それはさておき。


 ラヴィアが発声した内容は、イーストがヒカルに放った魔法と同じだ。

 あれは、指輪にあらかじめ込められていた「火」の精霊に近しい魔力を解き放つだけのものだったが——。


「!」


 ラヴィアが詠唱を終えた瞬間、彼女の上空に直径3メートルほどの火球が現れた。

 滞空している。

 それだけでヒカルの肌がちりちりと焼かれるように熱い。


 火球は前方に飛来する。水風船が地面に落ちたように火が広がった。

 直後、熱せられた空気が上昇し、バキュームのように周囲の空気を吸い込む。

 火勢は渦を巻いた火柱となって立ち上る——その高さは5メートルほどにも達した。


 そうして、火は消えた。

 最初に燃え広がった箇所以外、草は焼けていない。

 この初夏の、青々とした草——水分を吸った草は完全に炭化していた。


「……これが、『ファイアブレス』。火魔法の中でも初級の魔法(・・・・・)なの」


 まるで悪いことをして、それを咎められた子どものような顔でラヴィアは言った。


「まいったね、これは。想像していたけど、実際に目にすると驚くよ」

「想像……していた?」

「まあ」


 ラヴィアの「精霊適性」「火」は5だった。

 そこに謎のスキル「魔力の理」2がある。

 Cランク冒険者ノグサの「剣」が4で「土」が3だった。救国の英雄らしいウンケンが「小剣」6だとすると、「5」というのはかなりのものだということになる。

 もちろん「武装習熟」と「精霊適性」ではまったく違う種類のレベルではあるのだろうが。


「じゃあ、ヒカルはわたしのことを……恐れない? 怖がらない?」

「もちろん」

「————」


 胸に手を当て、ふぅぅぅぅと長く息を吐いたラヴィア。


「……よかった。ほんとうはとても緊張していたの。この力を見たらヒカルが……わたしから離れてしまうかもしれないと」

「そんなことはない」


 ヒカルの「隠密」だって直接攻撃するものではないが、度合いとしてはラヴィアの魔法よりもはるかにヤバイ。


「ヒカル……」


 ラヴィアはヒカルの手を握って、額をヒカルの胸に当てた。つばのあるハンチングキャップが外れそうになる。


「……助けてくれたのがあなたでよかった。あなたなら、わたしを怖がらない。どこにも行かない……でしょう?」

「行かないよ。約束する」

「ヒカル……」


 潤んだ目でヒカルを見上げるラヴィアに、キスのひとつもしたくなったヒカルだが、


「——誰かこっちに来ているな。魔法を見られたかもしれない。逃げよう」


「集団遮断」を起動してその場を離れた。




「さっきの魔法なら何発くらい撃てる?」


 歩きながらヒカルはたずねた。


「そうね……休みなしで、30発くらいかしら」

「それはすごいな。僕にも魔法は使えるかな?」

「基本的に魔力を持っていない人間はいないから、訓練すればできると思うけど……」


 それなら、とヒカルは立ち止まって「ファイアブレス」の呪文を詠唱した。


「…………」

「…………」

「……出ない」

「そうね。精霊との関係性を深めたり、魔力放出について練習したりしないと、ふつうはできないみたい」

「ふつうは? ラヴィアは違ったのか?」

「わたしは——ええ、違ったの」


 言いにくそうにしていたが、隠し事もしたくないのかラヴィアは話してくれた。


 最初に彼女が魔法の適性に気がついたのは、彼女が6歳の時。

 そのころは彼女も、モルグスタット伯爵邸の本宅にいたそうだ。第2夫人の娘として。

 事件が起きたのは彼女のそばに馬がやってきたとき。

 なにか釘のようなものを踏んで馬が興奮し、暴れた。あわやラヴィアに触れてケガをさせてしまう——というとき、ラヴィアは身体に眠っていた魔力を放出した。

 単なる魔力放出。それは、地下牢でヒカルが初めてラヴィアと出会ったときのように周囲の空気を変えるくらいの力しかない。

 だがあまりに膨大な魔力だった。馬は昏倒し、御者やラヴィアにお付きの人々はぶっ倒れた。

 ただひとり、ラヴィアが立っていた。


 それから伯爵は、ラヴィアの力を知り、魔法を使わせることにした。

 彼女の前に連れてこられたのは縛られたゴブリンや大型の野獣だ。いくつかの精霊魔法の呪文を使ったところ「火」の相性がよかった。というより、なんの勉強も修練もしていないのに火魔法を使えてしまった。さらには強大な威力で。

 連れてこられたモンスターの類は、一発で息絶えた。

 恐れたのは伯爵や彼の家族だ。ラヴィアを隔離し、外出をすべて禁じた。ラヴィアが暴れたら生半可な人間では対処できない。騎士を、護衛役にしたのはこの頃からだ。ただしそれはラヴィアを守るためではなく、伯爵がラヴィアから自分の身を守るためだった。


 伯爵はラヴィアを軟禁しながら、彼女の利用方法を練っていたようだ。

 ヒカルは、ポーンソニア王国の戦争開始もモルグスタット伯爵の発案なのでは——そんな気がした。

 どうやったらそんなふうに、自らの娘を、実の娘を、道具のように扱えるのだろうか。

 これまでのラヴィアの境遇を思うと胸が塞ぐような思いだったが、そのぶん、これから楽しく過ごしたらいいと考えを切り替える。


「ラヴィア。『ファイアブレス』の魔法にどこまで干渉できる?」

「干渉?」

「イーストが僕に放ったのも同じ魔法だよな? だけどあれはラヴィアのようにコントロールされた火球とは違った。単にその辺の草を焼いただけだった」

「そういうことなら……出現位置とか飛んでいく方向とかは調整できると思う。でも、使用される魔力量は一定で、これは変えられないの」

「ふむ……同じ魔力量を使っているのに、ラヴィアの場合、出現する火球が大きいよな」

「だからこそ『戦力』として期待されたんだと思う」


 なるほど、とヒカルは思った。「火」5だな。これが上がれば上がるほど、火球は大きくなる——同じ魔力量で高い火魔法を使える。

 この世界の戦争がどんなものかはヒカルも知らないが、魔法はおそらくかなり高い戦力として計算されているだろう。先ほどのラヴィアの「ファイアブレス」が休みなく30発降ってくるのだとすると、相手の兵士からしたら絶望だろう。


「じゃあ、火球の形を変えることはできるか? あるいは圧縮したり拡散したり」

「……そういうことは考えたことがなかった」

「今度機会があったらやってみよう。あいにく、ここじゃ目立ちすぎて調査もできない」


 付近は草原だった。

 2羽の小鳥がさえずり、じゃれ合って飛んでいく。

 ここをまた燃やす気はヒカルにもない。


「『職業』の能力検証もまた別の機会だな……」

「ふふ」

「ん。どうした?」

「ヒカルって学者みたい。『検証』とか『調査』とか」

「そうかな? 疑問に思ったことって解消しないと気持ち悪くないか」

「多少はあるけど、ヒカルほど執着しないわ」

「そうだ。もうひとつ疑問があったんだけど——」

「ふふふ」

「……ごめん、今度にしようか?」

「いいの。質問して。わたしはヒカルに『すべてをあげる』って言ったの。わたしの経験も、知識も、全部上げる」


 ダイレクトなラヴィアの好意に、ヒカルはどきりとする。


「じゃ、じゃあ遠慮なく聞くよ。——最初からそれくらいの魔力量はあったのか?」


 ヒカルが気になったのは、ラヴィアのソウルボードのポイントが0だったことだ。位階が「6」になっているのは連れてこられたモンスターを殺したからだろう。実験とはいえ幼い女子にやらせることではないとヒカルも思うが、ともあれ彼女のソウルボードのポイントはどこかのタイミングで「魔力量」や「火」に振られた。


「いいえ。魔法はほとんど使う機会がなかったけど、時々、増えていったような気がする」


 ラヴィアのソウルボードにおける「魔力量」項目は11という高い数値だった。

 ファイアブレスが初級魔法とは言え、30発も休みなしに撃てるのはこの魔力量の高さがゆえだろう。


「特別なことはなにかしたか?」

「いいえ」

「そうか……」


 自動的にポイントが振られていった、ということだろうか。そもそもソウルボードの考え方がそうなのだろう。

 人間の可能性が「ポイント」だ。これは年齢と同時に増え、魂の位階が上がることでも増える。

 その人間に秀でたことがあれば「才能」のような形で実力が上乗せされていく。ポイントが振られるのだ。

 ラヴィアの場合は相当偏って、精霊魔法の才能だけが伸びていったということだろう。

 それでも、本人の可能性が0になるまで魔法に注ぎ込まれるのなんていうのは、ある意味なんらかの呪いのようにも思えてしまうが。


「疑問は解けましたか、先生?」


 ヒカルの顔をのぞきこむようにラヴィアが聞いてくる。からかうようでもある。


「謎は深まるばかりだよ。だからこそ考えることは楽しいんだ、ラヴィアくん」


 にやりとしてヒカルは返した——。


「む」

「どうしたの?」

「静かに、あそこに……ヤツ(・・)がいる」

「ヤツ?」


 ヒカルが発見したのは、100メートルほど先の斜面で、草の根っこに顔を突っ込んでフゴフゴやっている、赤い角の例のヤツだった。


「倒して行こう。ちょっとした金稼ぎになるし」

「あれって……ウサギ?」

「レッドホーンラビット。ここで待てるか?」

「わたしも行ったらダメ?」

「……構わない。手を離すなよ」


 一瞬ヒカルが迷ったのは、単に近づいて短刀を刺すだけの行為をラヴィアに見せるのもどうなのかと思ったのだ。

 人によっては「残酷」とも見える。

 縛られたゴブリンや動物といった無抵抗な生き物をラヴィアは魔法で殺しているのも引っかかった。それは、彼女にとってつらい過去なのでは? 

 だけれど「冒険したい」とラヴィアは言った。それなら、生き物を殺して対価を得ることも当然慣れていかなければいけない。今さら気を遣うのも変だと思い直した。


 ヒカルは「集団遮断」を発動した上でレッドホーンラビットに近づいていく。

 距離はすぐに縮まる。

 後ろからずぶり。レッドホーンラビットはびくびくと身体を震わせたが、すぐにぐったりした。


「……すごい」


 ラヴィアはそれだけ言った。気分が高揚しているわけでも必要以上にショックを受けているわけでもない。

 多少は動揺しているようだが、「すごい」はヒカルの「隠密」に対する称賛だろう。

 これくらい精神が安定しているならいっしょに冒険しても問題なさそうだなとヒカルは思った。


「……?」


 ヒカルはふと、レッドホーンラビットが頭を突っ込んでいた土に気がついた。


(これは……もしかしてレッドホーンラビットの生態なのか? ……まあ、知ったところで僕は「隠密」一撃だから関係ないか)


「? ヒカル、どうしたの?」

「なんでもない。——こいつは血抜きだけして、丸ごと持って帰る」

「重くない?」

「1羽くらいなら問題ない」


 そのために筋力量に1振っているのだ。

 袋に詰め、軽々と持ち上げたヒカルをラヴィアは驚いて見る。


「さて、それじゃあ帰ろうか——」


 空は徐々に茜色に染まってきつつある。

 ヒカルがそう言いかけたときだった。


「ん」


 遠目に見えた森から、誰かが走り出てくる。

 あわてた様子で。


「……おいおい」


 彼女(・・)は森へ振り返り、メイスを構えて魔法を詠唱する。仲間が飛び出てくる——緑色の巨人、フォレストバーバリアンに追われるように。

 ポーラたちだった。

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[一言] 奴ら、トラブルメーカーだな ・・・・・・しつこいけど、少年2人はどうなったの? ゴブリン戦で役立たずだったから別れたのかな
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