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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
間章 重ねるコトバ、重なるココロ

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学生連合の今

 結局ポーラは宿を取ることになった。というより、すでに宿を確保しておりヒカルとラヴィアが家に戻ると「では、あっちに移りますね!」と言って出て行ったのだ。止める隙もない。

 翌日、ヒカルはラヴィアとともに家を出て目と鼻の先の学院に向かった。ラヴィアが着ているのはスカラーザードにやってきた夏の間に仕立てた冬服だった。彼女の目と同じである青色のスカート。腰はベルトで留めてあり、腕の膨らみや装飾は抑えられている。布地は貴族が使うような上等な代物だが全体はシンプルで落ち着いていた。


「その服を着られてよかったよなあ」

「ええ、ほんとうに。……とは言ってもコートで隠れてしまうけど」


 外はまだまだ寒いので外套を羽織る必要がある。そうなると外歩きではすっかり服が隠れてしまう——それでも、新しい服を着られるのはラヴィアにとっても楽しいことらしい。


「ポーラは……やっぱり働くのかな」

「ええ……」


 宿代を稼ぐために働くとポーラは言っていた。ヒカルにおんぶに抱っこではいたくない、ということらしいが、クジャストリア王女の親書をビオス宗主国に届けたことで成功報酬含めて250万ギランが振り込まれてある。たとえヒカルに対する指名依頼であったとしてもヒカルとしてはこれは「みんなで稼いだお金」というイメージである。


「ポーラって結構ガンコだよなぁ」

「知らなかった? わたしとポーラは似てるのよ」


 言われてみるとラヴィアもガンコなところがある。

 ポーラをひとりで行動させるのは若干不安があったので——過保護かもしれないが、コウをつけることにした。いないよりもいたほうがマシだろう。

 コウは魔力を吸って力を取り戻そうとしているがポーラもそこそこ魔力を持っているから問題ないはずだ。ポーラのソウルボード上では「魔力量」6——ラヴィアの15が多すぎるだけでポーラも十分な魔力持ちと言える。


(なんだか懐かしい感じがあるな)


 学院の門は一応、開かれていた。ただしここにやってくる学生の姿はごく稀だ。教官たちはいるんだろうか——と思って校舎を見上げる。ちらつく雪の向こうに、明かりの点っている窓がいくつかあった。

 静かだった。

 武器の訓練が行われている訓練場には誰もおらず白布を広げたような雪が広がっている。校舎の廊下は薄暗く、ヒカルとラヴィアの足音だけが響いていた。光が漏れている部屋の扉はやけに暖かそうに見えた。

 ヒカルはケイティの研究室へとやってきた。ノックをする——。


「開いているよ」


 ケイティの声が聞こえてきた。研究員の多かった研究室だと記憶しているが、ヒカルの「魔力探知」には1人分の魔力しかなかった。

 ドアを開けてみるとやはりケイティしかいなかった。パリッとした印象のあるケイティだが、白衣は少々よれており、元々雑然とした研究室だったはずだが今や足の踏み場もないほどにレポートや素材が散乱している。

 ケイティは手元の研究素材に集中していてこちらに視線もくれない。


「何度来ても変わらないよ。私はこの冬はここで研究して過ごすから。事務棟の人数が減ることは構わないしなんならゼロになったっていい。君たちは規則上それはできないと言うし、私がいるせいで帰省できないと文句を言ってくるが、ここはそもそも学究の施設であり——」

「先生、僕ですよ。事務員じゃない」

「……?」


 きょとん、と顔を上げたケイティだったが、


「ヒ、ヒカル……くん……? お、おお、おおおおおお——!」


 立ち上がり、ふらふらとこちらへ歩いてくる。書物の山を蹴飛ばし、レポートに足を滑らせて前のめりにぶっ倒れた。


「先生!?」

「ふおお……」


 ヒカルが近寄ってケイティの手をつかんで引き起こすと、


「ヒカルくん! なんだねあの巨大な竜石は!?」

「あ、やっぱりそれですか」

「あれが脳裏をちらつくんだよ!? どうしてくれるんだ! 気を紛らすために研究をしていたのだけど、研究がはかどってはかどって仕方ない!」

「いいことじゃないですか?」


 言いながらヒカルは周囲を見渡す。


「そう言えば他の研究員は」

「ああ、彼らは帰省したり中央に行ったりだね。フォレスティアの冬は政治の冬だからね……」


 どこか寂しそうにケイティは言った。

 ここにいた研究員たちは、ケイティを尊敬しているというより個人的に近づきたいがために集まっているような印象をヒカルは受けていた。それが、単に「女性として好き」ならば冬だっていっしょにいただろう。むしろ長くいっしょにいられるチャンスだ。だが、ケイティの「立場」が魅力であれば——。


「……先生も、なかなか大変ですねぇ」

「まさか君に同情されるとはねぇ。まあ、このような入れ墨を入れている時点でコトビの男しか釣れないがね」


 ケイティの顔には炎の模様が入っている。ポーンド盗賊ギルドのケルベック——ケイティの兄——と同じだ。

 これはケイティたち一族の入れ墨のようで、知っている者からすれば「名門魔道具師」だとすぐにわかる。


「入れ墨を入れていても先生は美人だと思いますよ。まあ、研究に打ち込みすぎて周りが見えないのはだいぶ残念ですが」

「君は……褒め言葉を打ち消してあまりある言葉を付け加えたな。さあ、お茶でも淹れようか。ラヴィアくんも入りたまえ」

「あ、はい」


 レポートを拾い読みしているラヴィアは——彼女はここでも本の虫ぶりを発揮していたが——後ろ手にドアを閉めた。

 室内は暖かい。

 ケイティがお茶を淹れようとして茶葉をどっさりポットにぶち込んだので、その役目はラヴィアが引き受けた。ヒカルはケイティとともに室内を片づけていく——と、座ってお茶を飲むスペースくらいはできた。


「学生連合のみんながどうなっているか教えてもらえますか?」


 外套を脱いで身軽になったヒカルがたずねる。


「ああ……そうだね。わかりやすいところで言うと、ジャラザック領にクロードくんとリュカくんが身を寄せている」


 キリハル出身にして今回の合同結婚式の主役であるクロード、それにルダンシャ出身のリュカだ。

 彼女たちは祖国にいたら命を狙われることもあるのでジャラザックにいるのは当然と言えば当然だろう。


「クロードたちは元気ですか?」

「聞いたところだけれど、ジャラザック()アレクセイ=ヴォン=ジャルザード=ジャラザックに気に入られて毎日特訓しているみたいよ。アレクセイ様は、これまでまともに戦える相手がいなかったから、大喜びみたい」

「そ、そうですか」


 それもこれもヒカルがソウルボードをいじってクロードの剣技を上昇させたせいではあるが、そこまではさすがに面倒を見切れない。


「今では『北の剣聖』とか呼ばれているらしいよ」

「うーん、剣聖かぁ……」


 ヒカルは唸る。

 ポーンソニアにいた「剣聖」——ローレンス=ディ=ファルコンを知っているヒカルからすれば、いくらクロードが強くなったとはいえ「そこそこ」レベルに過ぎない。血道を上げるような努力で「大剣」6、「天剣」1にまで至ったローレンスとは比べられない。

 驚いたようにケイティは眉を上げた。


「不満かい? 仲間の名が上がるのは」

「いえ……そういうわけでは」


 不満、というより不安、なのだ。名が売れれば突っかかってくるヤツも増えるだろう。そのとき中途半端な実力では苦労する。


(なにかのタイミングで、上には上がいることを見せたほうがいいかもしれない。ただでさえフォレスティアは全体的に弱いんだよな……)


 ポーンソニア王国はクインブランド皇国と小競り合いを繰り返していたせいで、手練れが結構な数、いる。だがフォレスティアは長い間戦いはなかった——だからこそ国内で勢力争いをしていたとも言えるが。

 そのせいか、冒険者も含めて全体的なレベルが一段劣る。それこそ「剣」4でトップを取れてしまうのである。ポーンソニアなら騎士団の中でも隊長レベル——何人もいるレベルなのだ。


「リュカさんは問題ないんですかね?」

「リュカくんは結婚後を見据えて、ジャラザック内で人脈を作っているみたいだよ」


 さすが。心配するだけ無駄だった。


「イヴァンは気にする必要がないとして……」

「ひどい扱いだねぇ」


 どうせクロードとアレクセイ、それにミハイル教官に混じって訓練しているに決まっている。


「エカテリーナは?」


 と聞いたのはラヴィアだ。図書館の読書仲間として気になっているのだろう。


「ユーラバに帰省しているよ。今回の学生連合を議題にかけたときもそうだったけれど、ユーラバは全体的に日和見だったからね……彼女自身は目立たないように過ごしているんじゃないかな」

「先生、シルベスターも帰省してツブラですよね?」


 今度はヒカルが聞くと、ケイティはうなずいた。


「シルベスターくんは学院卒業後に当主の立場を継ぐと公表したわ。今冬が彼にとって本格的な政治と社交界デビューといったところね。ああ、同じようにリーグくんも緑鬼の氏族後継者だと指名されて、政治と社交界デビューを果たしたようだよ」

「そうですか……リーグが」


 飄々としていてなにを考えているかわかりにくいリーグだったが、その芯には100年後の連合国のヴィジョンがあった。

 シルベスターとは表向き敵対するしかないが、彼らのことだ、うまく陰でつながって大きなことを成し遂げるだろう。


「今度は私から君に質問があるのだけれど」


 とケイティが言った。

風邪ヲヒキマシタ・・

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