2国の対応
時間はわずかにさかのぼり、新年まであと2日と迫った朝のことである。
「アァァァァァァッ! クソが! なんなんだアイツは!!」
その日、多人国家アインビストの獣人王ゲルハルト=ヴァテクス=アンカーの機嫌は最悪だった。
今朝目覚めてみると、寝室のテーブルには紛失していた国宝「断絶の刃」が置かれてあったのだ。ご丁寧に由来まで添えて。
——この武具はビオス宗主国聖都アギアポール「塔」にあった。おそらく盗み出したのはランクA冒険者ライバー。彼は教皇エヴァンゲロスの手の者である。
ライバーはもともとアギアポール出身であることはゲルハルトたちも把握していた。だが彼は教会へ足を運ぶこともなく「ライジングフォールズ」のパーティーメンバーとも問題なく行動しているようだったので、ゲルハルトたちにとっては寝耳に水だった。
確かにライバーは宝物殿に入ったことがあるし、その資格もある。
今は、ポーンソニア侵攻から「抜ける」と言って首都へ戻ろうとしているライバーへと、事実確認のために小隊を差し向けたところだ。
そして添えられていた「由来」には追記があった。
——対価はもう、わかっているだろう? 白銀の貌
そう、「対価」である。あの侵入者が求めていたのは「ポーンソニア侵攻の中止」だ。
「なんでこんなにも簡単に侵入されるんだ!? ああッ!? テメェらは全員能なしか!?」
「も、申し訳ありません……」
戦士たちがうなだれる。
ゲルハルトがいるのは謁見の間である。王座はすでに新しいものに変えられてあった。侵入者が一度でも腰を下ろした王座など見たくもないというゲルハルトの命令で、急遽新たな王座が運ばれてきたのである。
だが仮にも王座。簡単に調達できるものではなく、それっぽい豪華な椅子が置かれているだけだった。今は急ピッチで新たな王座が作られているが、次の春に行われる「選王武会」——つまり新たな王を決める大会までにできあがるかどうか微妙なところである。
「選王武会」次第ではゲルハルトは王を追われる。新しい王座は文字通り新たな王に託されるかもしれない。
「王。お怒りはごもっともですが、それまでになさってくだされ」
とりなしたのは亀人族の老人である。うなだれていた戦士たち——王の寝室近辺の警護を任されていた者たちは「下がりなさい」と促され、しょげ返ったまま謁見の間を出て行った。
「彼らも手を抜いたわけではありません。王国戦士の中でも腕利きばかりを集めましたからな。あれ以上の護衛は存在しません。ねえ?」
老人がたずねると、居並ぶ各氏族代表は重々しくうなずいた。
「それに魔術で作動する罠を合計82箇所に仕掛けましたが、その1つも反応しませんでした。見事なものです」
亀人族の老人はすでに侵入者への対応をあきらめているふうである。それが、ゲルハルトは気に入らない。
「テメェは誰の味方なんだ!?」
「このジジイが申し上げますのは、結局のところ獣人王レベルの者が1小隊ほどいなければ、彼の者の侵入を許してしまうということです」
「全部が全部ヤツの手のひらの上ってワケかよ!? こっちの諜報部隊はポーンソニアで活動がうまくいかなくなるわ、抱えてた冒険者が裏切り者だわよォ!」
「ライバー殿が裏切り者かどうかはまだ決まっておりません」
「……いっそ、先にビオスを叩くか」
「獣人王! それはなりませんぞ。ジルアーテ様の奪還は多くの氏族の望みです」
亀人族を始め、いくつかのマイナーな氏族は竜人族に恩を感じているという歴史がある。竜人が王であった時代は長く、その間にマイナー氏族を取り立てて国政に関与させたのだ。ゲルハルトの先代王、その娘であるジルアーテがポーンソニアに囚われている可能性が高いという情報が入っていた。
「失礼いたします!! 陛下! 緊急連絡が入っております!」
謁見の間に飛び込んで来た兵士が入口で跪く。
「緊急連絡だとォ……?」
ゲルハルトが亀人族の老人にうなずきかける。老人もまたうなずいて返した。
「ここで言え」
「よ、よろしいのですか?」
「各氏族の代表が聞いてマズイことなんてひとつもねェ」
乱暴でキレっぽいゲルハルトだったが、情報はすぐに公開するためその透明性の高いやり方は支持されていた。隠し事を一切しないからこそ各氏族が従っているという部分もある。
「では申し上げます。ただいま、ポーンソニア王国王女クジャストリア様から、秘匿通信がありました。『王城にて保護しているすべてのアインビスト国民を解放したい』とのことです。第一陣として数名のリストがありまして……陛下?」
兵士が怪訝に思ったのも不思議ではない。ゲルハルトは王座に座ったまま頭を抱えたのだ。亀人族の老人もまた天を仰いでいる。
「おィ、ジジイ……」
「わかっております……念のため聞きますが、解放するという国民の中にジルアーテ様の名前は?」
「ハッ! 入っております!」
またも重苦しい沈黙に包まれる謁見の間。兵士は自分がなにかまずいことをしたのかと思ったが、亀人族の老人がやってきてポーンソニアから届いたという通信メッセージの写しを受け取ると、兵士を退室させた。
「……あのガキ、俺はぜってぇに許さねえからな。俺は自分をもてあそばれるのが大嫌いなんだ」
うめくようにゲルハルトは言う。
明らかにこれもシルバーフェイスの手引きだと思われた。そうとしか思えないタイミングだった。
「ジジイ。一度アギアポールの教皇様に会ってこい。場合によっては先にビオスと剣を交える」
「よろしいのですか? 陛下は『もてあそばれるのが大嫌い』と今、仰せになりましたが」
「それはそうだが、やられっぱなしは許せねェ」
「それを言うならポーンソニアも同じでは?」
「とりあえずポーンソニアはレザーエルカをもらうから、後回しだ」
「『王国制圧』から『都市占拠』へとスケールダウンしましたな」
「バカ言ってンじゃねェ。あんな暗殺者がうろついてるのに危険地帯へ足を踏み入れるなんて無能のすることだ」
「レザーエルカの占拠で暗殺者がお怒りになりませんかね?」
「皮肉を言うな。どうせそのくらい、あのガキは見込んでるだろォがよ——違うか?」
「左様ですな。陛下のご賢察のとおりかと。この老体、教皇聖下にお目通り願ってまいりましょう」
「ジジイ。……生きて戻れよ」
ゲルハルトの、気遣うような言葉に亀人族の老人は薄い目を見開いた。
「これはこれは、皆の者聞いたか? この老体にもったいない陛下のお言葉じゃ。なんとしても生きて戻り、孫にまで自慢せねばなりませんの」
「抜かせ。すでに、ひ孫までいるだろうが。さっさと行って教皇に伝えてこい——俺たちをナメたツケは支払わせると」
「かしこまりました」
こうして、アインビストはビオス宗主国に詰問の使者を立てることになる——。
ポーンソニア王国の王城では、クジャストリアが17歳とは思えない深い深いため息をついていた。
それを聞いた筆頭側近である上位執務官が、
「陛下、お疲れですね」
「これが疲れないはずないでしょう……バルブス卿の言ったとおりにしましたが、まさかほんとうに、ジルアーテ様をお返しすることでアインビストが納得してくれるとは」
昨晩遅く、クジャストリアをたずねてきたのはガフラスティ=ヌィ=バルブスだ。旧ポエルンシニア王朝の生き残りの王族であり、彼が先代王を告発したことで貴族が真っ二つに割れたのも記憶に新しい。
その後、先代王が死に、クジャストリアはバルブス卿を抱えるグルッグシュルト辺境伯、それにこの部屋にもいる騎士団長ローレンスに推されて王位を得ようとしていた。
ガフラスティは辺境伯領に滞在していたが先日王都に移動した。そんな彼が、夜分遅くに来たと思うと、
——停戦への道筋じゃ!
と、真っ黒の布を振りかざしながらやってきたのだから驚くというものである。
どうもガフラスティは「シルバーフェイス」と名乗る少年から「闇夜のマント」を受け取ったという。ガフラスティはそれがポエルンシニア王朝にあった「聖魔武具」だと言い、同じ「聖魔武具」である「断絶の刃」を巡るビオスとアインビストの確執をひとしきり話した。
——ワシだって実物がなければ「聖魔武具」の話など信じぬ。じゃが、シルバーフェイスとやらはこれを残していったんじゃ。我が家に伝わる文献にも一致する「闇夜のマント」で間違いない! であればアインビストの獣人王は今、ビオスの教皇聖下へ怒りが向いているはずじゃ。ここで王国とアインビストとの間の確執も清算すべきじゃ!
それがジルアーテの返還、というわけだ。
すべては「先代王がやったこと」として王国がわびを入れる姿勢を見せれば、アインビストの振り上げた拳は行き先をなくすが、ビオス宗主国という格好の的があればそれでいい。
時間稼ぎに過ぎないが、クジャストリアに今いちばん必要なのは「時間」だ。クジャストリアの治世を浸透させるのに「時間」がなにより重要なのだ。
メッセージを送ったところで失うものはない。だったらやってみてはどうか——それがガフラスティの意見だった。
幸い、先ほど送ったメッセージには半日ほど経て「了承した」と返事があった。そしてジルアーテを含む、帰国を望む亜人たちの受け渡し方法についても書かれていた。
「でもこれで、レザーエルカは取られてしまうわね……」
受け渡し場所はレザーエルカとなっていた。他国の都市を指定するとは、すでにレザーエルカが「アインビスト領」であるかのような振る舞いである。
同席しているローレンスが口を開く。
「クジャストリア様。レザーエルカは確かに惜しいですが、幸いあの場所は農業に適しているわけでもないので、代替はいくらでもあります。まずは王都とレザーエルカの中間にあるポーンドの要塞化を進めることが重要でしょう」
「ええ……そのとおりね」
「次に、アインビストは今年『選王武会』があり、王が替わる可能性があります。向こうも落ち着くまでの時間が必要です。その間に十分な準備をしましょう。クインブランド皇帝のカグライ様との意思疎通もしなければなりません」
「この内乱は失うものばかりではなかったということね」
戦争をふっかけた先からの「同盟要請」は、困り果てていたクジャストリアにとって大いなる安堵となった。たとえそれが、アインビストの増大はクインブランドにとっても困るという事情であったとしても。
明るい兆しもある。ならばそちらを育てよう——クジャストリアは意識を変える。
(やはりこの方は王位にふさわしい)
(なんと見事な切り替え)
彼女の表情変化を見て取った上位執務官とローレンスは内心で賛辞を送る。たかだか17歳にできることではない。
「それにしても……白銀の貌ですか」
彼女はふと思い出した——騎士団長が王城内で襲われたあの夜、崩れる建物から彼女を救った少年のことを。
彼は確か銀色のお面、太陽神のお面をつけていた。
その素顔を偶然見た——どこか、もう近日では話も聞かないローランド=ヌィ=ザラシャの面影を彷彿とさせる顔を。
「……ローランドはどうしたのかしら……」
その疑問は独り言として空気に溶けて消えた。
クジャストリアが懐かしのローランド君を思い出します。この辺りについては次章で触れられるかなぁ……ずいぶん長い伏線になってしまいました。
次話でこの章が終わり、数話挟んでから新章に移る予定です。プロット? まだ全然できてないっすよ!!!!





