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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第5章 腐敗の塔と無垢なる騎士

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白銀の貌と獣人王と

 寝所に侵入者を許してしまうという王宮にあるまじき失態を演じたその日から、警備の量は倍に増えた。王の周囲に至っては5倍の人間が監視を強めている。いつもなら獣人王ゲルハルトのそばに侍っている女たちも遠ざけられ、ゲルハルトは苛立っていた。


「あァ〜あ、ッたく、なにが悲しくてむさ苦しいお前らに囲まれなきゃならねェんだ」

「しようがありますまい。これらは皆、王をお守りするにふさわしい精鋭たちですから」


 亀人族の老人が書類を集めながら言う。夕食も終わり、今の今まで書類仕事をゲルハルトにさせていたのだ。部屋の入口に2名、3枚ある窓に1名ずつの兵士が立っている。

 ゲルハルトもまた執務室を出ながら老人にたずねる。


「ンで? 開戦準備はどこまで進んだ」

「ほほう、気の早いことですな。春には行けましょう」

「春だとォ? ジジイ、てめぇ黙ってやがったな。遅すぎだ。年明けすぐにやんぞ」

「なにを言われます。ポーンソニアのほうが寒さが厳しいのですぞ、雪だって降るかもしれません」

「雪ごときに負ける我が軍じゃァねェ」

「勝ちを確実にするべきでしょう。亀人族に寒さはちと厳しい」

「うるせェ! 行くったら行くぞ!」

「やれやれ……困った御方ですね——と、どうしました?」


 ふとゲルハルトが立ち止まった。そこは王宮内でも最奥にある区画だ。この先には王の寝所や食堂などプライベートな空間があるが、中庭を挟んで反対側には臣下を集めて話をする王座の間がある。


「へ、陛下……?」


 この亀人族の老人が焦りを覚えるというのは非常に珍しいことだった——それほどまでに、今この瞬間、ゲルハルトから発せられた「殺気」はすさまじいものだった。護衛としてついてきているはずの兵士4人がカチカチと奥歯を鳴らせたほどの。

 不思議なのは老人を見ているのではなく——月光が照らす中庭の向こうを見ていたのだ。


「……とことん、ナメくさりやがって……」

「いかがなさいましたか、陛下」

「いるんだよ、ヤツが」

「は? ヤツ?」

「おそらく、俺の寝所に忍び込んだ張本人だ」

「なんですと!? 一体どこに——」

「王座の間だ」

「え、え!?」


 老人がなにかを言うよりも先にゲルハルトは動き出す。なんとか余裕を持とうと歩いてはいるがその歩幅は非常に大きい。老人が小走りになっても追いつけないほどの速度で中庭を突っ切っていく。

 護衛の制止も無視して、ゲルハルトは王座の間の扉を押し開いた。


 はたして——その者は、いた。


「……なかなか、悪くない座り心地だな」


 黒いフードを目深にかぶり、銀色の仮面が目元と鼻の頭までを隠し、右頬だけをすっぽり覆っている。縁取りに軽く紋様が彫り込まれてあるが基本的にはシンプルな銀色の仮面だった。

 少年、と言っていい声に、背格好だろう。

 高いところにつけられた窓から月光が差し込んでいて、少年を照らし出している。

 彼が座っている王座も、また。


「そこは、てめぇのような野郎が座っていいような場所じゃァねェんだよ……」


 恐ろしく低く、凍えるような声に、思わず老人が身を震わせた。護衛たちも蒼白になっている。あの獣人王を怒らせてしまった。「選王武会」3連覇という偉業を成し遂げた、今もなおアインビスト最強である男を、怒らせてしまった。

 老人はハッとする。


「その仮面、もしや——『ライジングフォールズ』の武具を奪ったというのもお前か?」


 アインビストのランクA冒険者パーティー「ライジングフォールズ」。彼らもまた今回のポーンソニア戦で自陣に加わっていた。だが、仮面をつけた侵入者によって武具を奪われたと主張し、内通者がいるかもしれないところで戦いたくないと戦線離脱したのだ。

 侵入者は小さく笑った。


「奪った? 心外だな……おれ(・・)はただ本来の持ち主に返しただけだ」


 それは「結果的に龍珠に閉じ込められていた児白龍を解放できた」という意味なのだが、ゲルハルトたちが真相を知っているわけがない。

 くくく、と仮面の少年は笑い、懐から8本のダガーを取り出すと床に放り投げた。


「まだるっこしいのは、止めた」


 それは、寝所に忍び込んだのは自分であると宣言したも同じだった。


「てめぇの狙いは戦争回避か?」

「ああ。だが、タダでとは言わんぞ——」

「じゃかァしい! この俺をコケにした罪をあがなえ!!」


 ドンッ、となにかが爆ぜるような音がした——ゲルハルトが床を蹴って走り出したのだ。数歩でトップスピードになる。その巨躯からは想像できぬほど俊敏な動きだ。


「……チッ」


 仮面の少年は懐からなにかを抜いた。その直後、少年と獣人王との間に——すでにふたりの距離は10メートルを切っていた——巨大な火球が現れた。


「ぐ、ぬぅっ!」

「陛下ぁ!!」


 ゲルハルトはその火球を右腕で殴り飛ばす——火球は形を崩し左右へ飛び散った。炎が絨毯や壁際の飾りを焼いていく。突如として出現した高温のせいで、室内外の空気圧が変わり、風が吹き荒れる。

 だがゲルハルトにそんなものに構っている余裕はなかった。王座にいたはずの少年が姿を消していたのである。


「……話くらい最後まで聞け」

「!?」


 声は、ゲルハルトの背後から聞こえた。ゲルハルトは振り返ったがそこにはすでに少年の姿はなかった——またしても、見失った。

 そしてこの瞬間、ゲルハルトは自分の誤解に気がついた。寝所への侵入者——つまりこの仮面の少年——は「幸運にも」ベッドに近づかなかったのだと思っていたが、ここまで至近距離まで近づくことができるのだ。およそ、2メートルほどの距離までは簡単に詰められるのだ。

 火球を殴り飛ばした右腕が鋭い痛みを発している。皮膚がただれ、深い火傷になっている。こんな攻撃にもまったく心当たりがない——詠唱のない精霊魔法、と言うのがいちばん正確だろうか? だがそんなもの聞いたこともない。


「陛下! ——お前たち、陛下を守れ!」

「ハッ!!」


 護衛が動き出し、獣人王を囲む。そして戦いの音を聞いたのか遠くからこちらへ走ってくる兵士たちの足音も聞こえる。


「話は最後まで聞けと、おれは言ったんだ」

「てめぇ!!!!」


 少年はまたも王座に座っていた。


「……『聖魔武具:断絶の刃』、その在処をおれは知っている」


 意外な申し出にゲルハルトが言葉を失う。その武器は、宝物殿にあったものだ。そしてゲルハルトが王になってから数年後に消え失せていた宝物である。

 この武器の消失——おそらく盗難について、ゲルハルトが心を痛めていることを皆知っている。唯我独尊のように見えるゲルハルトだが、過去の王に対しては深い尊敬の念を抱いている。


「お前が望むなら取り返してきてやろう」

「ハッ! てめぇが自分で盗んだんじゃあるめぇな」

「違うさ。聖魔武具は互いを呼び合う……だからおれも見つけられたというだけ」

「……どういう意味だ?」

「おれの聖魔武具の威力はたった今、味わったろう?」


 つい今し方、少年の放った火球——あの攻撃か、とゲルハルトは歯ぎしりする。こいつは聖魔武具を持っている——しかも使い方まで知っている。そう思うとゲルハルトの苛立ちはとてつもなく高まる。


「おれは、白銀の貌(シルバーフェイス)と言う」


 王座から立ち上がり——まるで臣下を睥睨するように少年は言った。


「『断絶の刃』を取り返してきてやる」

「欲しいなどとは一言も言ってねェッ!!」


 するとシルバーフェイスは薄く笑って見せた。


真実(・・)を知ったとき、お前はなにをなすべきか考えることになるだろう。民を見よ、国の将来を考えよ、次の『選王武会』で勝てるなどとは思わないことだ」

「なんだと!」

「さあ、おれはもちろんタダ働きなどするつもりはない。対価はもう、わかっているだろう?」


 シルバーフェイスは身体を揺らすと王座の背後へと消えていった。


「陛下! いかがなさいました!」


 王座の間に飛び込んで来た小隊は、室内に出火していることに気がつき、目を見開いた。

 それから兵士たちはシルバーフェイスの後を追ったが——王座の裏には誰もいなかった。

ゲルハルト治世下の唯一ともいうべき汚点(本人評価)が「断絶の刃」盗難だったりします。

ただほんとうにそれでゲルハルトが動くのか。

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