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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第5章 腐敗の塔と無垢なる騎士

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外務卿のスカウト

 ポーンソニア王国王女と王太子による内戦、その調停会議は終盤にさしかかっていた。

 内戦で有利に立っている王女側は王太子の廃嫡と要塞都市レザーエルカの開放を求め、その対価として反逆者たちの命と財産、地位を保証するとした。大幅な譲歩ではあるが、内戦後に国を成り立たせるために貴族を処罰できないという内情もあった。

 一方の王太子は王国を2分し、2王家による分割統治を主張。あまりに非現実的な主張ではあり、最初から落としどころを提示していた王女側の主張に「赤の司祭」も肩入れしていた。


「ふぅ……疲れたのぉ」


 アギアポール滞在中の居室として、「塔」の内部に住むことを許可されている外務卿は、部屋に戻るなりイスに身を預ける。疲労を吐き出すように大きく息を吐いた。


「しかし驚きましたね。中立を謳うビオス宗主国がこちらの意見に賛成してくれるとは」


 使節のメンバーが言う。


「ほっほっ。彼らとしてもさっさと片づけてしまいたいんじゃよ。内戦が続くことは教会にとってマイナスだし、調停を成功させて、その後の復興で寄付金をもらうのがいちばん得がある」

「統治上の正統性は気にしない、と……」

「この国と我が国とは、ヴィレオセアンあるいはアインビストを挟んでおろう。距離的に遠いということも無関心につながっておる。——とはいえ、今回の調停は最初から対等であったことがよかった。教皇聖下がなぜ、あのような条件で親書を届けさせたのかはわからぬが……」

「10日以内、というアレですか」

「あの条件をクリアできたからこそ、教皇聖下の不興を買うこともなく調停のテーブルに臨めたということは大きいのう」


 そのとき、コンコンと部屋のドアがノックされた。


「外務卿、冒険者のヒカルという者が来ていますが」

「おお、ウワサをすれば影。通してくだされ」

「いいのですか? その……低ランクの冒険者ですが」

「もちろん、構わぬよ。これで調停がまとまれば陰の立て役者は彼になる」


 するとしばらくして黒髪黒目の少年冒険者が部屋へと入ってきた。


「君がヒカルかの」

「ええ」


 にこやかな外務卿の問いに、平然と答える少年。貴族に対する平民の態度としてはあまりに不敬であるがゆえに使節のメンバー、それに護衛騎士は顔色を変える。


「貴様、外務卿の前でその態度は——」

「よい、よい、そのままで」


 外務卿がとりなしたが、メンバーたちは不服そうだ。そんな様子などまったく気にしないでヒカルは懐から封書を取り出す。


「サインをもらえますか? 期日内に配達ができたというサインです。これで僕の依頼は達成になりますから」

「ほっほっ、構わぬよ」


 すたすたと歩いて外務卿に封書を差し出すヒカル。それを見てメンバーたちはさらに怒りを募らせる。貴族に、直接なにかを渡すなどということはふつうあり得ないのだ。お付きの人間に渡し、その人間が安全性を確認してから主人である貴族に手渡す。だがその貴族である外務卿が上機嫌に受け取っている以上どうしようもない。

 外務卿は書類に記載されている内容を確認し、それからさらさらさらと羽根ペンを走らせた。


「これでよかろう」

「ありがとうございます。では、僕はこれで——」

「ああ、これこれ」


 立ち去ろうとしたヒカルを呼び止める外務卿。


「君に聞きたかったんじゃが、どんな方法を使って、7日という短い時間で親書を届けることができたのかの?」

「……冒険者が、自分の飯の種を教えるとでも?」

「貴様! 度重なる無礼、許さぬぞ!」


 不遜とも見えるヒカルの態度に、さすがに激昂したメンバーが叫ぶと護衛騎士も剣の柄に手をかけた。


「…………」


 それを冷たい目で見渡す少年だったが、


「止さぬか!!」


 外務卿は一喝する。

 ふだん温厚な外務卿とは思えない声に、びくりと身を震わせる周囲の面々。


「……すまぬなあ、ヒカル。このような他国においてなお、貴族のメンツなどというものを気にする者は存外多いのだ」

「いえ、構いませんよ。でも残念ですね……貴族位にある者が傲慢であることはよくあるんでしょうけど、官僚は実力本位で選抜されるものだと思っていましたから」

「ほっほっ、なかなか面白い。なれば君はどうする?」

「そもそも他国に来て調停会議をしているんだから使えるものはなんでも利用すべきでしょう。それを、無礼がどうのと言うのはナンセンスですよ——公式の場ならともかく」

「ふむう……よくわかっておるのう。どうじゃ? クジャストリア陛下のために働いてみる気は?」


 主である外務卿に叱られ、口を出せない面々はなぜ叱られたのかも理解できない。のみならず外務卿はヒカルをスカウトしようとしている——さらにわけがわからなくなる。


「……僕はただの子どもですよ? もの好きですね」

「これまでの受け答えは学のある者にしかできんよ。しかも冒険者として高難度ミッションもこなすことができる。ワシでなくとも目をつける人間は多かろう。お主も知っていよう、クジャストリア陛下が新たな王国を立ち上げようとしているのじゃ。これから人材はどんどん必要になる」

「ま、僕には荷が重そうなので止めておきます」

「そうか? 気が変わったらいつでもたずねて来るがよい」


 外務卿の、この生意気な冒険者への評価がとてつもなく高い。しかしヒカルはすっぱりと断る——「荷が重そう」とか言いながら全然心がこもっていない言い方で。それを聞いているだけの人たちはなにが起きているのか理解が追いつかない。

 そんなところへ廊下から声が聞こえてきた。


「ダ、ダメですよ! こちらは調停に関する機密情報もあるんです! 調停が終わるまでは何人たりとも立入禁止です!」

「私は公正中立であるビオス宗主国の『青の騎士』! ここで目にした情報は一切口外しないと誓うゆえに、通してもらおう! この部屋にいるヒカルという冒険者には『灰の修道』への暴行疑惑がある!」


 バン、と扉が開かれた。そこにいたのは——「青の騎士」コニア=メルコウリだった。




 時間は15分ほどさかのぼる。

 コニアは自分の執務室で考え込んでいた。


(なぜだ……なぜギルベルト様はあんなふうに……)


「灰の修道」であるシューヴァ=ブルームフィールドから聞いた、ギルベルトの、子どもに対する暴行事件。それをギルベルトに正すと悪びれもせずに自分がやったと言った。

 ギルベルトはある意味、コニアにとって憧れだった。このアギアポールで最強の騎士と言われ、あまりに速い太刀筋から「光剣のギルベルト」とか「剣閃瞬斬」などの異名でも呼ばれる。

 その出自ははっきりせず、本人も語っていないらしいが、ともかく腕一本で「青の騎士」まで上り詰めた騎士であることは間違いない。

 コニアの両親——地方教会の長である両親もギルベルトをたいそう褒めていた。コニアの地元で凶悪なモンスターが街を襲い、多くの被害者を出した事件があり、それを片づけたのも他ならぬギルベルトだった。

 当時、5歳だったコニアはギルベルトに会うことはできなかったが、彼の勇姿を多くの人たちから聞いた。そして彼女は「わたしもきしになる!」と言い出したのだ。

 結果としてコニアは剣の才能もあり、「塔」配属の「青の騎士」となることができた。


 ——コニアちゃんみたく地方教会の後ろ盾とかそーゆーのがないとさ、「青の騎士」になんてなれないわけよ。じゃ、そういうわけだから。


 ギルベルトに言われたとおり、自分が「青の騎士」になれたのは両親の推薦があったことも大きい。「青の騎士」となってから、やっかみでそう言われたことだって何度もあるし、努めて気にしないようにしてきた。

 ただ、ギルベルトに言われると——。


(ほんとうに、ギルベルト様は「青の騎士」になるためだけにがんばっておられたのだろうか……?)


「塔」に入ってから初めてギルベルトに会えたことをコニアは覚えている。しかしそのギルベルトは——酔っ払っていた。自分の執務室で泥酔していたのだ。

 その後、いろんな人からギルベルトの話を聞いた。彼は良くも悪くも目立つからみんなギルベルトのことを知っていた。そしてそのすべて、悪い話ばかりだった。

「飲んだくれ」「だらしない」「サボる」「仕事をしない」「剣も持っていない」「金にがめつい」「娼婦と歩いているのを見た」——コニアの地元を救ってくれた英雄の姿はどこにもなかったのだ。

 それでもコニアはギルベルトを信じていたのだ。今はただ、ちょっと休憩しているだけ、これまで全力疾走だったから休んでいるだけなのだ、と。ギルベルトも同じ人間なのだから、と。

 それなのに——「青の騎士」になることが目的なのだとしたら、ゴールなのだとしたら、ギルベルトはこれから堕落していくだけではないか。


「『青の騎士』は『塔』を守る剣。あらゆる騎士たちの模範となるべき存在——」


 父母に教わった言葉を口にする。ビオス宗主国でも辺境の街がコニアのふるさとだ。今も父母はそこで信仰の道を進み、迷える人々を導き、傷ついた者たちを癒しているのだろう。

 自分は信仰の中心地に来た。それなのに——それなのに、疑心に囚われ、敬意を踏みにじられ、道に迷っている。


「どうしたらいいのかな……お父さん、お母さん……」


 そこへ廊下を走る音が聞こえてきた。


「コニア様! 冒険者ヒカルがポーンソニア外務卿の居室にいるそうです!」

「!」


 立ち上がったコニアは、伝令としてやってきた神殿騎士を見やる。


(……なぜ? ヒカルが現れたら「塔」の門で止めるように指示しておいたのに、どうやって外務卿の部屋まで? それに、彼は自分が追われていることをわかっているはず——約束の時間に現れず、ホテルも引き払って身を隠しているのだから。それなのにどうして「塔」まで来たのかしら?)


 疑問がいくつも頭をよぎる。


「ど、どうしますか、コニア様」

「——行きましょう」


 考えている場合ではない。機会を逃せば取り戻せないのだ。

 コニアは神殿騎士を数人集め、外務卿の居室へと向かった。

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