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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第5章 腐敗の塔と無垢なる騎士

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きゃいきゃいした店

 ポーンソニアの騎士イーストは「塔」にほど近い宿舎に案内された。そこは他国からの来賓が連れてきた、従者などが泊まる場所だった。騎士団長ローレンスの下で生き地獄のように苦しい訓練に耐えてきたイーストにとっては上等のねぐらだ。

 狭い部屋だったが身体を拭いて、先方の用意してくれた服に着替える。多少の堅苦しさはあるが騎士が着ていても十分おかしくない、浅黄色の平服だった。


「……ヒマだ」


 親書を届けたあとはやることがない。一応、ここまで来るのに消耗した装備の手入れや、騎士団へ報告する手紙をしたためたりはした。が、それらとて半日もあれば終わる。

 部屋のベッドに腰を下ろしたまま10分が経ったところでイーストは仮眠することにした。しかし、思いのほか身体は興奮しているようで眠気はやってこない。眠気がなくとも寝る訓練はしてきたが、今日は訓練日ではないから、たまには自分の身体の欲するままに行動するのもいいかと思い立ち上がった。


「街へ出てみよう」


 宿から外へ出ると、「塔」に急いでいたときには気づかなかった街の活気を感じた。ただポーンソニアよりもずっと整っており、それは不自然なほどだった。


「第6騎士隊のみんなはこの任務をうらやましがって『お土産を』とか言っていたな……なにがうらやましいものか。死ぬ思いをしたぞ」


 女と見ればすぐに手を出したがる同僚や、妻子持ちでやたら落ち着いている同僚の顔を思い出しながら街を歩く。モルグスタット伯爵邸で同じ警護任務に当たって以来、仲が良くなった間柄だ。

 騎士は、戦争以外にも外務卿とともに国外へ出る機会もあるが、それはあくまでも護衛任務だ。こんなふうな自由時間など基本的にはない。そう思うと贅沢な時間を過ごしているのかもしれない。


「……騎士団長はこういうときどうするのだろうか」


 きまじめな騎士である彼は、尊敬する——もはや崇拝に近い——騎士団長ローレンス=ディ=ファルコンのことを思い浮かべた。


「団長ならばきっと、鍛錬をするのだろうな……」


 ふと、足を止める。


「……やはり私も鍛錬すべきだ。うむ」


 そうして宿へ引き返そうとして——ぐるるると腹が鳴った。

 あまりに大きな音だったので、通りがかった女性がくすりと笑う。


「あ、そ、そのぅ——このあたりで美味しい食事の出るお店はないかな? 来たばかりで不案内なのだ……」


 すると女性は店までの道順を教えてくれた。


「あ、ありがとう」

「いいえ。聖ビヨンドのお導きのままに」


 女性は去っていった。それを見送ったイーストは、宿に帰ろうかと思ったが、とっさに口にした言葉とはいえ女性に道を教えてもらったその親切を無にしたくない。


「……ま、まあ、腹が減っては鍛錬もできない。それにここまでの道のりでろくな食事も取れなかったものな……食べに行くか」


 イーストは教わったとおりに歩いていく。だが、彼は気づかなかった。聞いた相手が若い女性だったということに。つまり教えてくれた店も——若い女性が集まるようなきゃいきゃいした店だったのだ。




「うぅん……そういった記載はまったくないわ」

「そうね。ヒカル様が見た聖魔武具というのは本格的に秘匿されているもの——ということなのかな」


 ラヴィアとポーラは角を突き合わせながらこそこそと話す。彼女たちがいたのは教会図書館の閲覧室だ。

 めぼしい本は大体当たったが、これぞという内容は見当たらなかった。ヒカルが見た聖魔武具や、聖魔に関する研究。これらは過去の教会の記録にあるのではないか——と思ったがまったくなかったのだ。聖魔武具などは希少性が高いアイテムだから、外国から運ばれるタイミングでなんらかの記録が残っていてもおかしくない。それに聖魔武具を作ったというルガンツの名もどこにも出てこない。


「ますます冒険者ランクを上げる必要がありそうね……」

「ランクCは遠いよねぇ」

「ヒカルはDだからあとちょっとだとは思うの。でもCにすると戦争への参加要請とか面倒も増える」


 冒険者ランクCになれば「冒険者の叡智」と呼ばれるギルド図書館に入ることができる。この図書館はアギアポールにあるのだが入館制限が冒険者ランクCなのである。

「隠密」を発動して行くことも考えたが、出入り口には魔導具による施錠がされているので不可能だった。窓にも鉄格子がはまっており、これまた魔導具によるトラップがかけられている。ヒカルの探知系スキルならなんらかの突破口を見つけられるかもしれなかったが、そのヒカルは別行動中。時間を掛けて本を読むことには付き合わせられない。

 ヒカルのためになにかしたいのに、ヒカルがいなければなにもできない——そんなジレンマである。


「……むう」

「……私、なかなかヒカル様のお役に立てないですね……」

「ポーラは十分助けてくれてる。むしろわたしの能力が中途半端なの」

「そんなこと。ラヴィアちゃんはヒカル様の心の支えになってる」

「それを言うならポーラだって。ポーラがいるだけで空気が柔らかくなるもの」

「いやいや」

「いやいやじゃない」


 ふたりで「そっちこそ」「いやいや」とか言っていたが、


「……こんなことしててもどうしようもないわ。ちょっと休憩しよう?」

「そう、だね。お腹空いたかも」

「ポーラはすぐにお腹が空く……」

「え、そ、そんなことないよぅ」

「うらやましい……カロリーはすべてあそこに貯め込まれる……」


 ラヴィアはポーラの胸を見る。明らかに大きい、というわけではないが、年齢相応に育っている。

 それに比べて自分の胸は——自己主張のない慎ましやかなものだ。


(ヒカルは「大きさなんて関係なくないか?」って言うけど……物語の英雄はみんな大きいおっぱいが好き……大きいに越したことはない……)


 難しい顔をしているラヴィアに、


「どうしたの、ラヴィアちゃん? 声が小さすぎて聞こえな——」

「ち、小さいんじゃないの! 発展途上なの!」


 バン、と机を叩きながら立ち上がってしまった。閲覧室を管理している「灰の修道」が頬をひくつかせながらこちらを見ていた——。


 教会図書館を出る。その背後にはさらに大きな「神殿図書館」があるのだが、こちらへの入館制限は「灰の修道」以上だ。ポーラも教会の娘であり見た目は修道女ではあるのだが、教会への正式登録が必要となる。これは結構面倒で、身元の保証や能力の確認といったハードルがある。まさに、これこそ「東方四星」のシュフィが望んでいた「ポーラの教会への取り込み」となるわけだ。

「神殿図書館」「ギルド図書館」の2大図書館があるというのに両方に入れないラヴィアはすさまじくストレスを溜め込んでいる——と言いたいところなのだが、実はさほどではない。

 アギアポールには古書も多く集まるために、古書店が多いのだ。その数100店舗以上で、2箇所に集まっている。宗教や美術などに強い「北の古書店街」と、物語や伝承、手記などに強い「東の古書店街」である。


「午後には古書店街に行ってみましょう」


 ラヴィアは言いながら、ヒカルのことを調べつつも自分の興味も満たせるこの予定が楽しみで仕方なかった。実はすでに昨日「東の古書店街」に行っていたのだが、3店舗回っただけで数時間が経過していた。

 古書を買う→読む→古書を売る→古書を買う、という無限コンボができることに気がついてラヴィアのテンションはたいそう高い。


「ラヴィアちゃんはほんとうに本が好きだよねぇ……」

「そういうポーラだって。『北の古書店街なら掘り出し物の聖人口伝があるかも……!』って言ってた」

「うっ」

「でも本音では『東』でロマンス物語を読みあさりたいのでは?」

「ううっ!」


 図星だった。恋愛小説が大好きなポーラである。

 問題があるとすれば古書店では立ち読みが歓迎されないので、買うか買わないかを、書を手にしてから1分程度で決めなければいけない。


「——それはそうと、今日はお昼どこにしようかな……」

「ラヴィアちゃんの行きたいところでいいよ?」

「むう。たまにはポーラの行きたいところにしよう」

「ええ〜〜! 私のお店選び……ピアやプリシーラには不評だったんだよね……」

「ますます楽しみ」

「うう、ラヴィアちゃんって意外と容赦ない……」


 そうしてポーラが選んだ店は——。


「なるほど。冒険者なら絶対来ない店ね」

「ほ、ほら! ラヴィアちゃんもイヤなんだよね!? ね!?」

「ううん。ヒカルがいたら来られないだろうから、ここでいい。入りましょう」


 ふたりで店に入る——と、客の大半が女性だった。

 青や緑、黄色のパステルカラーに塗られたテーブルは丸く、イスにはこんもりとしたクッションが縫われている。

 壁際には多くの飾り棚があり、ビーズで作られたぬいぐるみやスカーフなど、小物も販売されているようだ。

 観葉植物があちこちに置かれてあってそこを縫うように店員が歩いている。色とりどりのバンダナを頭に巻いた店員もまた当然女性だった。


「おふたり様ですかぁ?」


 店員がやってきてたずねる。褐色の肌に金色の目、それに尖った耳は、洞窟やダンジョンに集落を持つと言われているダークエルフの特徴そのものだった。アインビストほど歓迎されているわけではないが、ダークエルフや他の亜人種は、問題なくこの国で暮らしていけるのだろう。


「はい。2人です」

「えーっと、そのぉ……」


 なんだかダークエルフの店員が言い淀んでいる。


「席はちょっとだけ空いてるんですが、そちらでもいいですぅ?」

「? どういう意味ですか?」

「ま、まぁ、見てもらったほうが早いかもぉ」


 ユルイ口調の店員に連れられて中に入っていく。どのテーブルにも客が座っていて店が盛況であることは間違いない。恋人に連れてこられたらしい男は肩身が狭そうにしていたが。

 そんな店の中央に、ぽっかりと客のいない場所があった。


(なんで? ここだけお客がいない——)


 ラヴィアは疑問に思いかけたが、すぐに気づいた。

 ガツガツむしゃむしゃ——すごい勢いで食事をしている男がいたのだ。たったひとり、連れもなく。後ろ姿から見るに、騎士。食事時だというのに腰には剣を吊ったままだ。

 その食べる姿には、どこか鬼気迫るものがあった。


「えーっとぉ、そのあたりなら座れるんですよ」

「あー……」


 みんな、場違いなこの男がイヤで店を出て行ったのだろう。どうしよう、とポーラを見ようとしたときだ。


「————」


 男が、振り返った。じろりと、「誰が来たのか」とでも言いたげに。いや、あるいは、「俺の後ろに立つな」という意味かもしれない。それも含めてこの男は「騎士」なのだ。


「あ」


 ぽかん、とラヴィアは口を開いた。もぐもぐ……と咀嚼していた男もまた、動きが止まった。


「あ、あれ、どうしたの? もしかしてラヴィアちゃんの知り合い?」

「ラヴィア——」


 ガタッ、と男は立ち上がる。


「——ラヴィア=ディ=モルグスタット……!?」


 ラヴィアと騎士イーストは、ふたりともに予想だにしなかった場所で再会したのだった。

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