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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第5章 腐敗の塔と無垢なる騎士

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地下の研究所

 ヒカルはまず右手の小部屋を調べていくことにした。見る前から予想はしていたのだが、


「やっぱり仮眠室か」


 ベッドがあるだけの仮眠室だった。1つのベッドで眠りこけている男がいたので念のためソウルボードを確認してみるが、取り立てて数値は高くなかった。名前にも不審な点はない——見た目からして単なる研究員だ。

 地下も気になるが、次にヒカルは正面の大部屋を調べることにする。両開きの扉がありその向こうから大勢の人間の気配がある。

 そっ……とドアを開ける。


「!」


 思っていた以上に広く、さほど明るくはない。

 天井は2階層分あり、その高さから煌々とした魔導ランプが明かりを投げ下ろしている。

 あちこちに大机が点在しており、机と机は書棚が仕切っていた。そこを、白衣を着た研究員が歩き回っている。


「——魔力反応は低いな。むしろないと言っても……」

「——青目魚の鱗と同じ光という話がありましたが、原理は違うようで……」

「——在庫が少々足りなくなってきていますな……」


 あちこちで小声で話し合ったり、あるいは単に独り言のようであったりするから、一種異様なざわめきだった。白衣を着ているという以外は人種もバラバラだ。人間もいれば亜人もいるしエルフもいれば魔族のような者もいる。老若男女問わずという感じである。

 体育館ほども広いここには少なくとも4、50人はいそうだ。壁際には一定間隔で武装した男たちが直立不動している。神殿騎士ではない。


(なんだ? なんの研究をしている?)


 若干暗めとはいえ、きちんと明かりはある。いくら「隠密」を発動しているとは言っても近づくのははばかられる。白衣の中に紛れ込んだ黒服——まるで絵本のスイミーみたいな状態になってしまう。


(どうする——)


 ヒカルが迷ったときだ。

 ガランガランガラガラガランと鈍い鐘の音が響いた。


「————」


 研究員たちが一斉にヒカルのほうを見た。


「な——」


 なんでバレた? ここには魔力的な発動もなければトラップもなかったはずだ。第一自分は今動いていない。そんな自分を見破れるほどのなにかがここに——。


「メシだぞー」


 と、ヒカルの背後のドアが開き、山盛りになったパンとスープの入った寸胴がカートに載せられてやってきた。


「——え? あっ」


 ヒカルは即座に跳躍し、壁際に避難する。ヒカルなど最初からいなかったようにカートは押され、部屋の中央へと運ばれていく——研究員たちはそのカートを(・・・・)凝視していた。


(お、驚かせやがって……あれは夕飯を報せる鐘かよ……)


 ぐったりしそうになるヒカルだったが、これは自分が悪い。中を見ることに集中しすぎて周囲に「魔力探知」を展開するのを怠っていたからだ。

 そしてあれだけ注目を浴びても破られなかった「隠密」のすごさを改めて実感する。

 今がチャンスだ。研究員だけでなく武装した男たち——おそらく警備員たちもカートへと集まっている。「ほら、全員食うんだ」「食わずに倒れられたら困るんだよ」と研究員の背中を押しながら。

 ヒカルはその隙にテーブルへと近づき、試薬や紙片を確認する。試薬についてはわからないものもあったが、なかなか希少なものが多いようだ。


(……これ、エルフの隠れ里にあるって言われてる「世界樹」の枝じゃないのか? 尋常じゃない魔力量だぞ)


 それひとつで100万ギランはくだらないだろうというものがごろごろしている。

 紙片を見ていくと、研究員の書きつけであったり過去の論文であったりした。


(! これって全部——あれ(・・)に関するものばかりだ)


 ここでこの話題が出てくるとは思いもしなかった。

 ヒカルは内心舌打ちする。


(コウを連れてくればよかった。こんなに——「聖魔」に関する話題ばかりなら)


 そう、書かれてある内容で頻出するワードは「聖魔」だったのだ。

 ヒカルはざっと広間内に視線を走らせる。夕飯を受け取った研究員たちは広々としたエリアが確保されている中央で食べているようだ。その場に座り込む研究員ばかりである。


(奇人とか変人ばかり集めてるのか? うーん……)


 人選基準が気になるヒカルである。


(仮説でしかないけど、この人たちって「研究さえさせてくれればなんでもいい。研究だけが生きがい」とかそんな感じの人たちなのかな?)


 頭に思い浮かぶのは学院のケイティ=コトビだ。彼女もやたら聖魔研究にこだわっていた。よくよく見ると研究員の中には派手な貴金属を身につけたり、顔に入れ墨があったりする——どうもコトビ出身らしい者がちらほらいた。

 研究肌の彼らに「聖魔の研究ができる。予算無尽蔵」と告げたら大喜びで来るのではないだろうか? ここに出入りしている彼らを薄気味悪く感じている小間使いたちもいた。彼らの、身だしなみにほとんど気を遣わない風体を見ればそれも理解できる。


(で、結局なんで「聖魔」を研究してるのか、だよな——)


 歩いていったヒカルは、書棚の陰になっていた扉を見つけた。入口以外に空気孔はあったが、他に扉がないのかと思っていたらこんなところにあった。

 カギは、ふだんはかけられているのだろうが今は外れていた。両開きの扉の、片側にぶら下がっているのだ。扉の横には武装した男が立っていて、早くメシを食いたそうに中央をちらちら見ている。


「おーい。そろそろ俺にも食わせろよ」

「——ああ、こっち取りに来い」

「へっへっ、そうこなくっちゃ」


 他の警備員が皿を用意していたらしく、男は扉の前から走っていく。


(チャンス)


 ヒカルはカギごと外すと扉の中へと滑り込んだ。これで外からカギをかけられることもないだろう。


「——ここは」


 無人の、小部屋だった。殺風景な部屋だが、絨毯だけは敷かれてあり、部屋の中央には檀がある。


「見覚えが……ある」


 檀は2つ。

 それぞれ上部に魔導ランプが点いていて、そこにだけ光が落ちている。

 こういったディスプレイの仕方。そこに置かれている——おそらく非常に高価なもの。


「……あそこだ。地下ダンジョン『古代神民の地下街』の最奥……旧ポエルンシニア王朝の王城、宝物庫にあった——」


 ヒカルはカギを下ろすと吸い寄せられるように歩いていく。

 そこに置かれていたのは、真っ黒な布と、巨大な——ハサミだった。



『空前絶後の魔導具師ルガンツの造りし、4種の聖魔武具のうち2種。1つは《断絶の刃》。聖魔テクノロジーを利用することであらゆるものを断ち切ることができると言われている。《断絶の刃》は邪神封印を解くだけの力があると期待されているため、利用できるようになった場合、非常に価値が高い。もう1つは《闇夜のマント》。聖魔テクノロジーによりあらゆるものを隠すと言われている。こちらの優先度は低い。両者とも材質は不明である。聖魔武具4種の残り2つは《全能の筒》、《黎明の聖杯》と、その名称だけが今に伝わっている』



 檀の横に置かれた紙には、そう書かれていた。

 真っ黒な布——おそらく「闇夜のマント」は単なる布にしか見えない。「魔力探知」にもなにも反応がない。ただその黒さは異様であり、魔導ランプの光の一切を吸収して、得体の知れない漆黒だけがそこにあった。

 一方の「断絶の刃」は、どう見てもハサミだった。ただしとてつもなく巨大だ。腕に固定装着できるようになっていて、刃渡り1メートルほどのハサミがその先にくっついている。


「……ゲームであったな。武器で『大ばさみ』ってなんだよ、って思ってたけどこういうことか……」


 日本にいたとき遊んだゲームのことをヒカルは思い出していた。

 それにしても——大きさを除けば単なるハサミにしか見えない。


「聖魔が入っていない状態、ということか」


 ヒカルは腰に吊ったホルスターからリヴォルヴァーを取り出した。


「……あの宝物庫でも書いてあったんだよな。『ルガンツ』『4種のうちの1つ』とかなんとかって。となるとこいつは——『全能の筒』か」


 あらゆる魔法を吸い込み、放つことができるのだから「全能」とも言えるかもしれない。回復魔法も支援魔法も弾丸に込めることができるのだ。呪魂魔法については試したことがないが。

 もうひとつある——あった、と言われる「黎明の聖杯」についてはなんのためのものなのかもまったくわからない。

 なんらかの経緯で4つのアイテムは散らばったのだ。そしてここには2つがある。


「ここの教皇聖下は軍事転用できそうなヤバイものを研究していたってことか。この2つのアイテムを使えるようになるために——聖魔を研究する場所だってことだ。それに……この大ばさみが使えるようになれば『邪神封印』を解ける、だって? いったいなにをやろうとしてる?」


 ヒカルは足下を見る。

 先ほどから感じているのだ——。


「……ここのさらに地下にある、とてつもない魔力反応(・・・・・・・・・・)に関係しているのか?」

ずいぶん長い伏線ですがようやく回収できました。

明日は作家仲間と飲んできます。予約がすんなり取れたと思ったら……そうか……明日はバレンタインデーだったか……。

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