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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第5章 腐敗の塔と無垢なる騎士

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手帳の語る言葉

「——ふむ、これだ!」


 がたん、とイスを鳴らして立ち上がったのは「青の騎士」コニアだ。


「見てください、『先触れとしてきた外交使者は礼儀上もてなす必要があるが絶対的な規定ではない。先触れは用件が済んだ場合は速やかに自国へ戻るか、後から来る外交使節に合流すべきであり、相手先に駐屯することは礼儀違反である』とあります。つまり冒険者ヒカルがアギアポールに駐屯しているのは向こうの都合であり、外交使者として扱う必要はないということです!」

「み、見つかりましたか」

「よかったですね、コニア様……」


 彼女の目の前には長机があり、多くの書物が積まれてあった。

 そのほとんどが外交や法令に関する書物や過去事例であり、コニアと同じように専門文書を読まされていた小間使いや「灰の修道」たちは疲れて前のめりに突っ伏した。


「みな、ありがとう!」


 無邪気にコニアが言うと、みんな笑顔になった。ここにいるのは純粋にコニアの人柄が好きで、彼女の力になりたいと思っている者ばかりだからだ。


「明日、冒険者ヒカルに会いに行こう」


 コニアは知らない。

 ヒカルが適当にへりくつをこねて外交だの権利だの言ったことを。

 もちろんそれを知らないほうが、コニアにとっても、その仲間たちにとっても幸せなことなのだろうが——。



   *   *



 ヒカルは「腕力の短刀」を抜くと、手帳をツンツンとつついた。すぐに離脱できる心構えはした上で。だが、特に問題はなさそうだ。

 手を伸ばして手帳を取る。「魔力探知」で周囲に誰もいないことを確認すると、部屋の隅に移動した。すでに部屋は薄暗い。魔導ランプを点けて手帳を確認する。

 革製の、使い込まれた手帳だ。赤色の紐で3重に巻かれており、紐は金属のクリップ状のもので留められている。どうやらこのクリップに魔力的な反応があるようだ。


「……隠されていた手帳、でもって魔術の仕込まれてる封。そりゃ、この手帳が燃えるとかそういうことだよな」


 布教の旅に出たという司祭の人間性にはあまり興味がない。わざわざ危険を冒して手帳を読む必要はないのだが。


「好奇心がうずく」


 ヒカルは腰に差していた「腕力の短刀」を抜く。


「……よし、行くぞ」


 紐をぶつりと切る——が、クリップからはなんの反応もなかった。


「ふう——」


 手帳を傾けてクリップと紐を地面に落とす。仮面が邪魔なので一度外して懐に入れる。

 ヒカルは最初の1ページ目を開いて——内容を見て、額に手を当てた。


『この手帳には魔術的な封印がなされている。私以外の人間が少しでも手帳に衝撃を与えれば手帳が燃え尽きるような仕組みだ。もしも魔術が発動しないのであれば、私がすでに死んでいるときだと思ってくれて構わない』


「ふむ……もし、司祭とやらが生きていたらさっきツンツンしたときに燃え上がっていたってことか。それにしても、もうちょっとトラップに関する知識が欲しいな……」


 ヒカルは本気で、トラップ解除のプロに教えを請おうと決意した。

 が、それはまだ先の話だ。せっかく開いたのだから今はこの手帳を読んでしまいたい。


『手帳を開いたのは我が盟友デニスであると信じたいが、もし仮に他の者であった場合、デニスに届けてはくれまいか。デニス=ルグリムはヴィレオセアンの首都、ヴィル=ツェントラで司祭を務めている。デニスはきっとあなたに多額の報酬を渡してくれるはずだ。くれぐれも内容は読まないように。あなたに、危険が及ぶからだ。是非ともお願いする。 ——スコット=フェアーズ』


 用意周到なことだ、とつぶやきながらヒカルはページをめくった。警告もなんのその、どこ吹く風である。多額の報酬と言われても今は金に困っていないというのもあるし、もはや手帳からは魔力反応はない。中身を確認するのに問題はないはずだ。


「……ふむ」


 ヒカルは手帳を読み進めていく。

 司祭、スコットの日記のような体裁だったが、それは途中から大きく変わっていく。


『「塔」に来てから2年が経ったが教皇聖下のお考えはわからないことが多い。「赤の司祭」のうちもう8割がアギアポール出身者だ。教会約款では半数が地方出身司祭となるよう決められているというのに』


『この春から予算執行に関する業務を引き継いだ。街に出て説教をする時間が減ったことを悔やんでいたが、引き受けて良かったと思うことも多い。予算執行は地方派司祭の最後の砦だ』


『おかしな予算項目がある。教皇聖下は「聖遺物の研究費」と仰せだが、聖遺物は管理すべきものであり研究対象ではない。どこの者ともしれぬ業者や研究者が地下の秘密通路から出入りしている。いったいなにが行われている?』


『同僚のグレイヴィ司祭が罷免された。「灰の修道」として地方へ行けと命令されたらしい。グレイヴィは私に言った。「罷免で済んでよかったのかもしれない。スコットよ、塔にいるだけが信仰の道ではない。”生きてさえいれば神を感じられる”」——聖ビヨンドの言葉を最後に付け加えて』


『嘆かわしい。嘆かわしい。嘆かわしい』


『金はどこに消えているのだ。これを明らかにせねば信徒の信頼を裏切ることになる。研究施設とやらを調べねばならぬ』


『コニア殿のような無垢なる者がいる、今だからこそ、まだ教会はやり直せる』


 それで記述は終わっていた。


「ふー……なかなか読み応えがあったな」


 結局なにをどうしてスコットがどうなったのかはわからないが、スコットは藪をつついて蛇を出したということは間違いないだろう。

 他のページは「塔」内部の見取り図や、スコットがおかしいと感じた予算項目についてのメモだった。見取り図に「研究施設入り口?」とメモがしてある場所があった。スコットはここに入ったに違いない。


「……きっとこの人、いい人だったんだろうな」


 文章の端々から、教会の未来に対する不安、聖人の教えに忠実であろうとする姿が見え隠れする。


「他に協力者を探せばよかったのに……いや、それすら危険だったのかな。どうも教皇派は全部敵みたいだし」


 教皇派司祭と地方司祭の戦い。

 地方司祭は尊敬を集められる人間が推薦されこの「塔」にやってくる。彼らからしたら、金で地位を買っているとも見える教皇派司祭たちが腐っているようにしか見えないし、教皇派からしたら聖人の教えを地で行く地方司祭がうざったいのだろう。アギアポールの住人だってバカではない。教皇派と地方司祭とどちらを尊敬するかと言えばわかりきっている。


「どこに行っても権力闘争、か……人間は業が深いよな」


 ヒカルは懐に手帳を突っ込み、魔導ランプを消す。


「……スコットさん、アンタに僕は借りがあるわけでもないし、会ったことすらない……」

 ヒカルはちょっと考える。

 ヒカルの知っている教会の人間はコニア、ゲロップ、シューヴァあたりだ。誰が教皇派なのかは明らかだろう。


「……まあ、でも」


 歩き出し、向かった先は——見取り図にあった「研究施設入り口?」の場所だ。


「アンタの代わりに教皇がなにを企んでるのか暴いてやるよ——ちょっとばかしここの連中は、気にくわない」


 ヒカルは銀の仮面を取り出し、再度顔につけた。廊下の明かりが仮面に反射して鈍く光った。




 壁も床も白いために、わかりづらい通路がある。この区画に入れる人間は限られており、掃除のための小間使いや見回りの神殿騎士も必要最小限となっている。

 表向きの理由は「希少な書物や記録の書庫」があるとしてある。実際に書庫もあるために十分なカムフラージュとなっているのだが、実態は違う。

 そのわかりづらい通路——先日、スコットが通り抜けた通路を抜けると、正面には木製の扉がある。カギは掛かっておらず、扉を開くと、らせん階段が現れる。階段が向かうのは下——地下だ。

 窓のない階段は完全なる闇だが、ぽつりぽつりと魔導ランプが照らしているのでなんとか下っていける。

 らせん階段は地下4階ぶんまで続くが、その途中に小部屋がある。小部屋には常に1人以上の人間が常駐し、のぞき窓から出入りする人間を確認している。ふだんから出入りする人間ですら、こんなところに部屋があることは知らないだろう。知ることができるのは、小部屋の監視員か、小部屋を作るよう指示した人間か、「探知」系スキルを持つ者くらいだ。

 小部屋には異常を知らせる装置があるので、もし侵入者があれば即座に地下の警備に連絡が行く。


(——これでスコットは捕まったのか)


 ヒカルは小部屋の前を通り抜けた。中の人間はまったく反応していないことから、当然かもしれないがヒカルの姿を視認できなかったのだろう。

 いちばん下までたどり着く。

 通路へと出た——ここはもう「白」い必要がないのか、石材をはめ込んだだけの薄暗い通路だ。

 通路は前、左右と3方向に伸びている。左の通路はさらに地下へとつながり、正面は大部屋につながっていそうだ。右は小部屋らしい扉がいくつか並んでいる。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 ヒカルは足を踏み出した。


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