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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第5章 腐敗の塔と無垢なる騎士

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最速の運び屋

「青の騎士」コニアは他の騎士3名とともに「塔」を訪れていた。直立不動する彼女たちの正面には、紫の衣に身を包んだでっぷりと太った男——「紫の貴顕」である男がいた。貴顕、すなわちこの国においては貴族のようなものである。

 帽子も紫だったが、宝石がごてごてとついているので形が崩れている。そんな帽子からはみ出しているのはひどいくせ毛だった。


「ほほう、もう先触れが到着したか。どれ、どれ——ふむ、ふむ」


 甲高い声でくせ毛の貴顕は言うと、コニアから書類を受け取ってぱらぱらとめくった。書類、とは言っても30枚ほどはある。しかもこの世界の製紙技術は現代日本のそれと比べるとかなり劣っているため、紙が分厚い。ぱらぱらめくると言うより「べらべらべらっ」とめくる感じだ。


「誰か」


 くせ毛が呼ぶと、小間使いが現れた。小間使いの割りに膝上丈のスカートといい、大きく開いた胸元といい、見る人が見れば「娼婦か?」と言ってしまうほど。だがくせ毛はまったく気にせず、さも当然であるかのように彼女の胸を鼻の下を伸ばしながら見つつ書類を手渡す。


「これをカティーナに渡して参れ。ほほ」

「はぁい」


 甘ったるい声で小間使いは言うと、流し目をたっぷりくれながら去っていく。その揺れる尻を目で追ってしまうのは男の性というものだろう。コニアの隣に立つ騎士3名はじーっと彼女が去っていくのを見つめていた。

 コニアだけは、形の良い眉をちょっとだけゆがめた。


「ほほ。それでは貴殿らには、使節到着後の警備を任せるとするか」

「はっ」

「手分けしてな。2名ずつ、王女側と王子側と分かれるがよい。神殿騎士は使いたいだけ使うがよろしい」

「はっ」


 コニアたち「青の騎士」の下に神殿騎士がいる。神殿騎士も、ここアギアポールにおいては青色を使った服を着るが、「青の騎士」はマントに青を許されている。それが大きな違いであり見分け方だ。

「灰の修道」だけは上下がなく、「塔」にも入ることができる。しかし入れるのは礼拝堂の一部だけであり、他の場所に入るには特別な許可が要る。


「会談の日時は追って伝える。それでは、帰ってよろしい」

「はっ」


 騎士3人はそのまま退出しようとしたが、コニアは、


「ひとつ、うかがってもよろしいでしょうか?」

「……なんだね?」


 くせ毛はわずかに気分を害されたような顔をした。彼から見れば「青の騎士」は目下の連中でしかなく、「紫の貴顕」に言われたことを「はい」と実行する存在であり、このように質問するなどあってはならないのだ。

 他の騎士3名も、コニアがなにを言い出すのかとハラハラした顔をする。


「先触れの件でございます。聞いたところ、王女側のみ『10日のうちに先触れを届けよ』という期限があったのだとか? これはどのような意味があるのでしょうか」


 コニアもまた、くせ毛の持って行かせた書類に目を通していた。そこには「10日という期限がなければもっとマシなことを書ける」といった内容の——実際の文面は相当回りくどいが——前書きがあったのだ。

 王国王都からアギアポールまで10日というのは、あまりに急ぎすぎだ。その証拠に、地理的にアギアポールに近い王太子側の先触れはまだ到着していない。


「その件は教皇聖下が直々にお決めになったこと」

「! 教皇聖下が!?」

「聖下のお考えは我々にはわからぬ。それでよいな?」

「……はっ」


 教皇聖下の名前を出されるともはやどうしようもない。コニアは、他の騎士3名と退出しながらふと気がつく。


(——ちょっと待って。あの書類が届いたのは昨日。つまり先触れは王国王都からアギアポールまで7日で踏破したということ?)


 足を止めたコニアに、他の騎士たちが、


「コニア殿、早く行きましょう」

「どうなされたのだ」


 コニアはちらりとくせ毛のいた部屋を見やるが、すでに部屋の扉は閉じられている——金箔の貼られた趣味の悪い扉である。


「貴兄らに聞きたいのです。ここから王国王都まで、馬を飛ばせばどれくらいで着くでしょうか」

「ふむ。10日という期限の話だな? コニア殿はやたらこだわるのだな」

「10日あれば着くだろう。なにせ我が愛馬は1日走り続けても疲れを知らぬ」

「お前の愛馬自慢はいい。——さ、行こう、コニア殿。これ以上の詮索は教皇聖下のお考えに疑問を投じることにもつながるぞ」

「っ! そ、そうでした……行きましょう」


 コニアが歩き出すと、騎士たちも歩き出す。彼らにとっても10日という期限は「厳しいけどやってやれないことはない」という基準らしい。だが、7日だったら? おそらくその異常性に気がつく。


(でも、これを説明しても……)


 異常だと知っても、彼らは「だからどうした」と思うだけだろう。先触れの異常性と、教会の教えにはなんの関係もないし、「塔」から下る任務とも関係がないからだ。


(……会ってみるべきかしら、先触れとしてやってきた冒険者に)


 会って、種明かしをしてもらえば、なんのことはないトリックなのかもしれない。


(いえ。このように教皇聖下のご指示にあれこれ思いをいたすことは不敬ね)


 コニアは自分の疑問にそっとフタをした。




 一方、小間使いの持った書類は教皇付きの上席秘書官カティーナ=マックパウリアの手を経て、教皇へと届けられた。


「内容は、見たかね」

「はい。王位簒奪戦をでっち上げる理由としては、想定の範囲内でございました。前王の血統を持ち出してきたあたりはなかなかオリジナリティのある設定ではありましたが」

「問題はこれが運ばれてきた速度だな」

「……異常です」

「まさしく。異常と言うほかない」


 コニア同様、教皇もまたこの書類が届けられた速度の異常性に気づいていた。むしろ、この異常性を発見するためにしかけた「期限」だったのだ。


「クジャストリア王女は惜しげもなく、自らの懐刀を送り込んできたというわけだな」

「おそらく。でなければアインビストの関所を越えることはできないでしょう。正面から行けば彼らは妨害するでしょうから。なんらかの高度『隠密』の使い手だと思われます」

「当然、これを持ってきた者の名前は控えておろうな」

「はい。ヒカルという名の冒険者だそうです」

「冒険者……聞いたことがない名だな」

「ランクはDということです」

「D? ふーむ……調べてみよ」

「はい。そう仰せになると思い、すでに手の者を派遣しております。ヒカルという者が王女の懐刀だとしたら、いかがなさいますか」


 ごしごしとヒゲをしごきながら教皇は考える。


「……腕の立つ者は何人いてもよい」

「かしこまりました。金を積んでみましょう。なびかなかった場合は——」

「天がしかるべき運命に導くであろう」

「はい」


 これは、隠語だった。詰まるところ「殺せ」ということだ。


「調停は適当にやれ。このままぶつかり合ってもいいし、国を分割してもこちらは関与しない。神殿は不関与を貫く」

「はい。調停役は誰にしましょう」

「紫……いや、赤で構わない。赤でヒマそうな者にやらせるがよい。間違っても、こそこそ嗅ぎ回る(・・・・)ような司祭にはやらせるなよ」

「重々承知しております」


 カティーナが部屋から出て行くと、教皇はテーブルに置かれたままの書類を見やる。


「ポーンソニアの内戦などくだらぬな……すでに技術を失った絞りカスの国だ。何代前だか知らぬが『前王の血統』のどこにオリジナリティがあるのだ。そもそもクジャストリアは王女ではないか」


 やれやれ、と言いながらベルを鳴らし、小間使いに書類を持ち去らせる。

 教皇は立ち上がり、窓のある部屋へと移った。そこから見下ろせるのはアギアポールの町並みだ。教皇の強い指導により、路上にゴミが落ちているということはまったくない。スラムのような薄汚い町並みもない——もっともスラムを強制的になくしたことで、金のない食い詰め者たちは街の外で夜盗と化してるのだが。


「美しい景色だ……この景色が大陸のどこに行っても見られるようでなければ困る」


 教皇の独り言を聞いている者はいない。


「そのためには神の僕たる余が、最強の力を、技術を、手に入れなければならぬ。古代ポエルンシニアを超えるような力を」


 教皇は知らなかった。カティーナが報告をはしょるために「前王」と言ったことを。正しくは「前王朝」であり「古代ポエルンシニア王朝」のことである。

 今までポーンソニアはポエルンシニア時代のことをおくびにも出さなかった。それは当然で、ポエルンシニア王家の血を引かない者が、築いた国だからでもある。

 カティーナがもう少し正確に話をしたら教皇の興味を惹いただろう。

 教皇が書類をちゃんと確認すればそこに書かれた「古代ポエルンシニア王朝」の文言を目にしただろう。

 だが、結果として教皇は見なかった。だから調停の内容にも関心がない。

 このことがなににどう影響するのかは現時点では誰にもわからなかった——もちろん、教皇にも。


次回は「龍の道」がどんなものかについて。ヒカルの視点に戻ります。

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