表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第1章 「隠密」とスキルツリーで異世界を生きよう
17/415

森での出会い

 空きっ腹を抱えて微光毒草を探しに入った森よりもずっと——深い森だ、という感じがあった。

 厚い葉の屋根は高く、足下はふかふかの腐葉土による絨毯である。

 木々の表面は苔がみっちり生えていて、そこここにぼんやりとした(もや)が漂っていた。


(グリーンウルフだ)


 この森にもいるのか。

 遠目に、のっそりのっそりと歩いている緑の狼が見える。

 くぁ、とあくびをしているあたり、油断しきっていた。


 チチチ、ピィィピィィ、ピィヨロ。


 鳥のさえずりがうるさいほどに聞こえてきた。時折枝から枝へと渡っていく鳥があった。

 グリーンウルフもちらりとその鳥に目をくれた。


「——ッ!?」


 次の瞬間、グリーンウルフの視界は暗転した。

 そのままどさりと横倒しに倒れた。


「……ふうぅ……」


 その首には一本の短刀が、柄までめり込んでいた。

 切っ先は一撃で脊椎を断っていた。


 ふつうならばあり得ない場所に刺さっている。

 こんなところに刺すのなら、至近距離まで近寄らなければならない。

 グリーンウルフは知覚に優れたモンスターでその知覚範囲は200メートルと言われている。


 こんなふうに、人間が真横に立っていて気がつかないわけがないのだ。


「……収まった……」


 ヒカルは手のひらを胸に当てるともう一度ため息をついた。


「まさか1体で位階が上がるとはね」


 位階が上がったことによる衝動、というか、反動がヒカルを襲っていた。

 ポイントは温存だ。

 ヒカルの計画では「最低3ポイント」は「使わずに」確保しておく必要がある。


「……肉も持って帰れない。ごめんな。僕はお前を殺しただけだ」


 この場を離れれば「隠密」の効果も薄れてグリーンウルフの血のニオイが森に広がるだろう。

 そうすれば他の動物が、虫が、死体を食うはずだ。

 ヒカルは「腕力の短刀」を引き抜いて、血をぬぐった。そして森を奥へと進む。


(強すぎる)


「隠密」スキルのおかげで、相手から察知すらされずに殺すことができる。

 そしてヒカルはさらに強くなる。


 次に2体のグリーンウルフを殺すとさらに位階が上昇した。

 これで位階は7。

 早いペースだ。

 他の冒険者たちは位階を上げるのになにをもたもたしているのか——と言いたいところだが、ウンケンの言ったとおりグリーンウルフは「強敵」に当たるようだ。


 モンスターは他にもいる。

 レッドホーンラビットより一回り小さいヌートリア——茶色いネズミのような動物——的なモンスター。

 青色のトノサマバッタ(30センチ大)。

 花粉を飛ばして攻撃してくる食人植物。


 脅威度は低い。「隠密」のないヒカルでも1対1なら勝てそうだ。とはいえヤツらは群れているのだが。


(ああいうモンスターは「経験値」が低いんだろうな)


 位階を上昇させるのに数をこなさなければならないのだろう。

 そして問題は、冒険者に限らず一般人は「位階」を確認できない。なんとなくパワーアップしたぞ、という感覚であり、強さを数値化できないのだ。

 だから「位階(レベル)上げ」に対するモチベーションは低い。


 ヒカルは小型のモンスターは無視して、なるべくグリーンウルフを狙った。

 多くを殺して血のニオイが充満するとモンスターは警戒する。

 ヒカルの「探知」系スキルはまだまだレベルが低い。警戒したモンスターが姿を隠したりすると探すのに不便だ。


「……なんだ?」


 ヒカルは、持ってきたお弁当を食べていた。

 太陽はちょうどいちばん高いところ——正午になった頃合いだ。

 遠くから誰かの叫び声が聞こえた。



   *   *



 それ見たことか、とポーラは叫びたかった。


 ポーラは山奥の寒村から出てきた駈け出し冒険者である。

 幼なじみと隣村の若者で組んだパーティーである。

 平均年齢17歳。

 男ふたりは剣を振り回すことだけが得意で、英雄に憧れ、いつか自分たちも——とまでは言わないが、大金を稼いで豪邸を買って女をはべらせて暮らすことを夢見ている。

 女3人はそれぞれ考え方が違う。


 ピアは村長の娘だけあって責任感が強い。その割りに「形から」入るので、「冒険者らしく」髪を短く切って、言葉遣いも荒っぽい。

 両手で持つような大剣を振るって、


「ポーラはあたしが守ってやるよ!」


 なんて、ことあるごとに口にした。村にいたときは「ポーラちゃん、今日のお夕飯はなにかな?」とか言っていたのに。


 プリシーラは猟師を親に持つ生粋のハンターで、山に籠もると数日戻ってこないなんてのもざらだった。

 そのせいか無口。というかヌボーッとしている。

 ただ彼女の胸は控えめに言っても巨乳であるので、男どもの視線は彼女に釘付けだった。


 ポーラは他4人とはまったく違う。

 教会で生まれ育ち、田舎の教会とはいえ礼儀作法を叩き込まれた。

 おかげで見た目は清楚で着ている服もこぎれいだ。

 ——冷静沈着。

 ——傷を負ってもポーラが治してくれる。

 それが周囲の評価だ——そう、ポーラは回復魔法を使うことができた。教会で長年勤めた者は回復魔法に開眼することが多かったが、ポーラの場合は早熟だったと言っていい。


 だからこそピアに誘われたのだ。「冒険者になろう」と。

 寒村は危機に瀕していたからだ。

 ずばり、金がなくて。


「あたしたちが大金稼いで村に送ってやりゃあ、親父だって大喜びだろうよ!」


 なんてピアは大口を叩いていたが、ポーラは知っている。

 夜な夜な「帰りたい……」と布団の中で泣いているのを。


(帰ればよかったのよ!)


 ポーラは心で叫びたかった。

 叫びたくもなる——こんな状況になれば。


「斬っても斬ってもキリがねえ! どうなってんだ!」

「隙ができてるぞ!! ゴブリンどもが突っ込んでくる!」

「ゴブリンのくせに統制取れてんじゃねえか、くそったれ!」

「なぁにが楽勝案件だよバカヤロー!」

「グロリアちゃんに釘刺されたろーが!」

「しらねーよ!」


 囲まれていた。

 ゴブリン100体に。

「100」というのはポーラが勝手に決めた数値で、実際はもっと多そうだ。

 つまりそれくらい——はっきりした数がわからないほどに囲まれていた。


 深い深い森。

 この森では希少な植物が獲れる——儲かるぜ? とベテランらしい冒険者4人に話しかけられたのは昨日。

 男ふたりは目をギランマークにしてその話に食いつき、「しょうがねえなあ」なんて言いながらもピアも同意。金が欲しいのだ。こうなればパーティーの過半数であり、ベテランらしい冒険者の話に乗ることになった。

「前途有望な冒険者を導くのはベテランの務め」とか言われてピアたちはうれしそうだった。見え透いた世辞だと理解していたのはポーラだけだ。プリシーラはヌボーッとしていた。


 ひょっとしたら私たちの身体が目当てでは……なんていう可能性を検討したのもポーラだけだろう。

 しかし、ギルドを出がけに受付嬢に呼び出され「ベテラン」たちはなにかを言われたようだ。「釘を刺された」みたいなことを言っていた。そのおかげなのかわからないが、露骨にポーラたちを触ったりするようなことはなかった。揺れるプリシーラの胸に視線は釘付けだったが。


 酒場で夕飯を食べながら打ち合わせをし、飲み過ぎたせいで日も高くなってから出発。

 昼前になんとかこの森に着いた——それまではよかった。


 ベテランたちはしきりにポーラたちの目を惹こうと派手な剣技を使い、魔法をぶっ放した。

 おかげで小型のモンスターを10体は狩れた。

 だけれどプリシーラの表情はどんどん険しくなっていった。これは珍しいことだ。プリシーラが「ヌボーッ」以外の表情を見せるなんて。


 ——まずい。ポーラ。

 ——なにが?

 ——大きな音を立てると大型のモンスターを呼び寄せる。


 それを耳にしたのだろう、ベテランは笑った。


 ——この森に大型のモンスターはいねえよ。もしいたとしてもこの俺が守ってやらあ!


 そう、大型のモンスターは確かにいなかった。

 だからこそベテランたちも調子よくモンスターを倒していたのだろう。負けじとピアたちもモンスターを攻撃していたが。

 そこまで言うのなら大丈夫なのだろうとポーラは思った。

 しかしイヤな予感が胸にうずまいていた。

 ポーラは昔からこういう「直感」に優れていた。だから何度かピアに、こっそりと「帰ろう」と提案した。そのたびにピアはこう言うのである——「ポーラはあたしが守ってやるよ!」と。


 ポーラの予感は正しかった。

 大型はいない——が、小型のモンスターはいた。

 しかも「1体見つけたら300体」と言われるゴブリンが——。


「ぐああっ!?」


 男メンバーのひとりが肩に矢を受ける。


「弓矢だと!? ゴブリンのくせによ!」


 ゴブリンは身長100センチ未満で頭でっかち。でっかちの割りに知能は低い。

 肌の色こそ人間に近いがどこか黄色がかっている。

 正面から戦えば簡単に勝てる相手だ。

 ただ、数で押されると厄介だ。


「げっ、おいおいおい、弓矢使うってことは完璧にこれゴブリンファミリーじゃねえか!」


 ファミリー? なにそれ? とポーラが思っていると、


「ってことは大型のまとめ役がいるぞ……」

「やれるか?」

「無理に決まってんだろ! この数をどうにかすることすら難しいんだぞ!」


 ベテランたちが騒ぎ出す。

 どうやら、このゴブリンたちは「マズイ」らしい。

 ボスがいるのだ。そのボスはベテランたちすら倒すのが難しい——。


「!?」


 ベテランたちの視線がこちらを向いた。

 その視線に、イヤなものを感じた。いやらしさや、敵意ではない——単に「道具」を見るかのような。


「お嬢ちゃんよお? ゴブリンの目的はわかるか?」

「えっ……い、いいえ、わかりません」


 言いながらベテランが近寄ってくる。ポーラを守ると言ったピアは前線で戦っている。


「繁殖だ」

「……はんしょく?」


 言葉の意味をすぐに理解できない。


「人間の女を捕まえて、子どもを産ませること。つまり俺たちじゃなくてお前さんが目的なんだ」

「えっ——」


 すぅ、と背筋が冷たくなる。頭からも血の気が引いて考えが鈍る。

 ゴブリンの目的が、自分?

 これから自分はゴブリンに殺されるのではなく——犯される?


「だから、わかるだろ?」

「やっ……」

「お前ひとりを放り込めば、俺たちはおそらく助かる。なっ?」

「やああああああ!!」


 腕をつかまれた。


「ポーラ!」


 矢を撃っていたプリシーラがこちらに走ってくる。それを他のベテランが阻む。


「やだ、やだ、やだぁぁぁあああああ」

「みんなの命を救えるんだ! 回復魔法使いの役目だろうが!」


 ふたりの男に横からつかまれ、無理矢理引きずられる。

 ピアもこちらに気がついたようだったが、4人目のベテランがそれを隠そうとする。

 少年ふたりはバカだ。なにが起きているのかまったくわかっていない。


「よし、行ってこい!」


 両腕を引っ張られ、前のめりに進むポーラ。

 向こう10メートルにはヨダレをたらしたゴブリンの群れ。

 錆びたナイフや、木の棍棒、石を握った原始的な姿。

 背中を蹴っ飛ばされて3メートルほど進んで、ポーラは転んだ。


「あ……」


 一瞬、驚いたゴブリンたちだったが、すぐに自分たちになにが「与えられた」のか理解して走り出す。

 涙でにじんだ視界で、ゴブリンたちがスローモーションのように見える。


 来るべきじゃなかった。


 もう言っても、遅い。

 それを言うなら最初から「冒険者」になんてなるべきではなかった。

 ピアにそそのかされたとも言えるが、結局、決断したのは自分だ。

 ポーラは教会で育った。他のパーティーメンバーと違うのは、彼女は「書物に触れる機会」があった。

 それは教会で使う聖書や解説書の類だけではない。村で文字を読める人間が少ないのであらゆる本が教会に納められていた。

 恋物語の類も。

 ポーラは夢中でそれらを読んだ。

 そうして願ったのだ——この村を出て、大きな街に行けば、紅顔の美少年が自分の前に現れると。運命的な出会いをしてふたりは恋に落ちるのだと。その妄想に興奮して寝付けなかったのは一晩や二晩ではない。自作の妄想小説だって書いた。主人公の名前を「ポラリア」としていたがどう見ても自分だ。


(ああ……私が、バカだった……夢を見た私がバカだった……)


 ゴブリンに襲われて犯される結末なんてどんな本にも書かれていなかった。

 このまま死ぬよりつらい目に遭うくらいなら、いっそこのまま死にたいと願った。

 後悔があるとしたら、せっかく書いたためにもったいなくて捨てられなかった自作小説がまだ教会にあるだろうことだ。あれだけは燃やして灰にして土に埋めるべきだった。


「ッ」


 ぎゅっと目をつぶる。

 ゴブリンが飛びかかってくる——。


「…………?」


 震えたままポーラは考える。あれ? ゴブリンが来ないぞ?


「……さっさと立て」

「え?」


 あわてて目を開けると——そこにはひとりの少年が立っていた。

 黒髪に黒目。

 黒色の上下を外套で包んでいる。

 ゴブリンの後頭部に突き刺した短刀を、引き抜いたところだった。


 突如として現れた少年。

 どこからやってきたのか、ポーラにもわからなかったのだ。ゴブリンだって動揺している。


(あった——)


 でもポーラにはわかっていたことがある。


(あった、「運命的」な出会い!!)



   *   *



 間一髪だったな、とヒカルは思った。

 見たところ後衛だ。ヒカルと同じような短刀しか持っていない。

 あと数秒遅れていたらこの少女はケガを負い、数分遅れていたら死ぬか、「なにか」されていた可能性がある。


「…………」

「距離を取れ。邪魔だ」

「…………」

「おい、聞いているのか?」

「……美少年」

「はあ?」

「いただきますぅぅぅぶべ!?」


 いきなり飛びかかってきた少女にヒカルはグーパンを入れる。


「な、なんなんだお前!」

「はふぅ……美少年からのご褒美ぃ……」


 これはヤバイヤツだとヒカルは瞬時に察した。ヤバイヤツを助けてしまった。転げてぷるぷるしながらもニヤニヤこっちを見ている。

 修道女っぽい清楚な見た目からは想像できないヤバさを感じた。


「ば、バカ野郎! ガキがなに邪魔してくれてんだよ!」


 すると冒険者から声が上がった。


「……邪魔?」

「ひとりが犠牲になれば逃げられるだろうが! 相手はゴブリンだぞ!?」

「ああ……なるほどね。そういうことか。女を蹴り飛ばしたからなにをしてんだと思ったんだ。囮にして自分だけは逃げようとしたというわけか?」

「——そ、それのなにが悪い」


 ぎくりとしながらも開き直る冒険者。


「なんだとぉ!? ポーラになにしてくれてんのよ!」

「……許さない」

「なに?」

「どーゆーこと?」


 少女ふたりは事情を察したようだが、少年ふたりはピンと来ていない。

 他の年食った冒険者たちは「囮作戦」を支持しているようだ。


(こいつら、昨日ギルドにいた若いパーティーか……いわんこっちゃない)


 ヒカルは内心で呆れていた。騙して人さらいに売る、とかに比べればまだマシだが、モンスターを相手に囮に使うっていうのは2番目くらいに最低行為だ。


「じゃあどうすんだ!? 大量のゴブリン相手に!」


 ため息混じりにヒカルは言った。


「そろそろ退却する」

「は?」

「ほら」


 ヒカルが言ったとおり、どこからともなく「ビヨオオオオ」という奇妙な笛の音が聞こえてきた。それを聞いたゴブリンたちは顔を見合わせると——蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「な、な、な、なん……」

「さっさと帰ったほうがいい。ここは危険だ」

「! そうだ! 撤収だ!」


 大剣を持った女が言うのが早いか、年食った冒険者4人組はさっさと走り出し、その後に少年ふたりが続いた。

 大剣女と弓女が、ヒカルの足下で幸せそうに殴られた頬をさすっている。


「……ありがとう。助かった」

「構わない。さっさと連れていけ」

「あんたは逃げないのか?」


 ヒカルは肩をすくめて見せた。


「……強いんだね」

「さっきの連中、帰り道気をつけろよ。お前たちに危害を加える可能性がある」

「えっ」

「いっしょに行動していた仲間を囮にしたんだ。ウワサが広まれば仕事ができなくなる。だけど、お前たちがそんなことを言わなければ(・・・・・・)ウワサも立たないだろ?」

「……どういうこと?」


 わからないでいる大剣女に、弓女が言う。


「口封じ」

「はああ!?」

「そういうこと。ああいう小物ほど追い詰められてなにをするかわからない」

「……仲間が2人、どこかに逃げていった。あいつらバカだからころっと騙されるかも」

「友だちか?」

「うーん……友だち、と言うより単に隣村の若者、かな?」

「追いかけてもいいし放っておいてもいい。僕の知ったことじゃない」

「あ、あの!」


 すると足下にいたヤバイ女が声を上げた。


「私、ポーラと言います! ポーラ=ノーラです! あなた様のお名前を教えてください!」

「……ヒカル」


 興奮状態から目が覚めたのだろうか、立ち上がったポーラ。とりあえずふつうに会話はできるようだ。


「ヒカル様……お願いがございます。湖まで私たちを連れて行ってくださいませんか?」

「そうだ。あたしからもお願いしたい。なっ、プリシーラ?」

「うん」


 ヒカルはため息をついた。そう言われるような気がしていたのだ。

 このまま放置するのも確かにもやもやする。命を救った直後に不慮の事故で死なれてはむなしい。

 だが、護衛となってはヒカルの能力は発揮されない。


「……わかった。それじゃ僕は離れたところで監視するから、好きに進んでくれ」

「いっしょに来てはくださらないのですか……?」


 両手を組んでうるんだ目でこちらを見てくるポーラ。

 緑がかった髪がかすかにその目を隠している。

 こうしていると清楚な少女なのだが、


「見えないところにいると言っただろう。それに……今さら純情っぽく言われても困るのだけど」

「うっ」

「そうよポーラ。今まで言わなかったけどあんたがちょっとおかしいのはあたしもプリシーラも知ってるんだからね」

「えっ……?」

「こっそり書いてる小説とか」

「ぎえええええええええ!?」


 鶏を絞め殺したときのような声でポーラは叫ぶと、卒倒した。




 ポーラを大剣女——ピアに任せて、ヒカルは距離を置いた。

 距離、とは言ってもせいぜい30メートルだ。その時点で「隠密」を発動すると彼女たちからは見えなくなる。


(予想外の手間が発生してしまったけど、予想以上のペースで「位階」が上がってるから問題ないな)


 ヒカルの「魂の位階」はすでに——12だった。

 これには理由がある。

 グリーンウルフを狩りまくったことで9まで上昇していた「位階」。そこでポーラたちの戦闘が起きたのだ。

 ヒカルは最初ポーラたちのほうへ向かおうとしたが、ゴブリンたちは100を超える数がいた。

 これはヒカルにとって最悪だ。1対1なら相手に気づかれず倒すこともできるが、群れられるとヒカルの「隠密」が生きない。1度も見つからず100体を「暗殺」するのはさすがに難しいだろうし、ここでぶっつけ本番の実験はできない。

「狙撃」があれば別だろうが、手元に弓矢がない。


 しかしヒカルは幸運だった。ゴブリンたちを統率する存在が現れたのだ。

 他のゴブリンの倍以上の背丈——2メートルを超える身長の化け物ゴブリン。

 そのゴブリンの周囲には伝令役っぽい、角笛を持ったゴブリンが控えていた。


 ——敵が群れているなら、ボスを倒せば混乱するはずだ。


 ヒカルはボスの背後に近寄る。まったく気づかれない。その背中に「腕力の短刀」を突き立てる。

 内側に鎖帷子(くさりかたびら)のようなものを着込んでおり、一瞬ひやりとしたが、「暗殺」の効果か「筋力量」を1振っておいたのが良かったのか、短刀はボスゴブリンの命を刈り取った。

 驚いたのは、この後だ。

 ヒカルの全身を耐えがたいむずがゆさが襲ったのだ。身体の中心が熱くて、こらえてもこらえてもうなり声が漏れてしまう。

「魂の位階」の上昇によるものだろうとは思ったが、これほど強烈なのは初めてだった。

 ボスゴブリン1体で、「位階」は3、上昇した。


 そのせいでヒカルは他のゴブリンに気づかれたが、ボスを殺したヒカルを恐れたのか後じさっていく伝令ゴブリン。

 ヒカルは、「位階」が上がった反動が終わると、薄い笑みを浮かべながらその場を去った。


 背後から角笛が聞こえる。撤退か、あるいはボスが死んだことを伝える笛だろう。群れはいずれ瓦解する。

 だがその前に人間が殺されては意味がない——ヒカルは仕方なくソウルボードを開き「瞬発力」に1振った。

 ダッシュ速度がすさまじく上がった。中学校のころ陸上短距離で全国大会に出場していた生徒がクラスにいたが、その彼すら今は追い抜けるだろうと思った。

 その分、スタミナの消費は激しいが。

 ヒカルはこうしてポーラを救うことができた。


(これで残りポイントは6だ。明日の作戦決行のために「3」は残しておかなきゃいけないけど……)


 ヒカルは考えて、


(ポイントは、温存だな)


 そう決めた。




 ほどなくしてヒカルたちは湖へと至った。

 やたら熱っぽい視線を向けてくるポーラをつとめて無視して、ピアたちが、街道を歩いて行くのを見送った。

 街道には行商も多く通る。そこで襲われる可能性は限りなく低い。


「——よし、こっちはまたモンスター狩りだな」


 この日の夕方、湖を通りがかった早馬——なんと朝送ってくれた渋めのオッサンだった——に出会い、ヒカルは馬に乗って街に戻ることができた。


「なんだい、いい魚でも釣れたのか? それとも採集か?」


 オッサンに聞かれ、ヒカルは「なにも獲ってない」と答えた。


「んん? その割りに機嫌がよさそうじゃねえか」


 とは言ったが、オッサンの指摘は正しかった。

 ヒカルは上機嫌だった。

 倒したモンスターの数は、30を超えた。

 うち半分はグリーンウルフ。

 ゴブリン類はボスゴブリンと一般ゴブリンを1体ずつ倒した以外に、ちりぢりになっているゴブリンを片っ端から倒した。

 そして日も暮れるという時間にようやく出会えたのだ。

 フォレストバーバリアン——「森の番人」に。


「ちょっといいことがあっただけだよ」


 一撃、だった。

 フォレストバーバリアンすら「隠密」&「暗殺」コンボで一撃だ。

 そして「魂の位階」も1体で2も上がった。


「そうか? まあ、いいか。それじゃあ飛ばすぞ」

「ああ。早く帰って汚れを落としたい」


 夕陽が照らす草原の街道を、馬が駈け抜けていく。

 この日、ヒカルの「魂の位階」は16にまで上がっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >大剣女と弓女が、ヒカルの足下で幸せそうに殴られた頬をさすっている。 この文章は間違いですね。足元にいるのはポーラでしょ 「幸せそうに殴られた頬をさすっているポーラを見た」と書こうと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ