東方四星と愉快痛快
ちょい長めです。
「いやぁ〜やっと着いたっていうか? 衛星都市とかゆーんだからマジすぐそこにあるって思うでしょマジ」
「ちょ、そんな近かったら王都に吸収されてるっしょー」
「それな」
午前の馬車でポーンドに到着した3人組を知っている人間は多くない。門を守る衛兵もまた、提示されたギルドカードを見て狐につままれたような顔をしているだけだ。
3人が去っていった後ろ姿をぼんやり見送る衛兵に、同僚がやってきて話しかける。
「おい、どうしたんだ? ぼけっとして」
「い、今の3人……ランクA……」
「あん?」
「ランクAの冒険者パーティーだった……」
「はぁ?」
再度説明されても同僚は、信じなかった。あの3人がこの王国唯一のランクA冒険者パーティー「愉快痛快」なのだとは。
冒険者ギルドでは夜明けとともにすでにジルとグロリアがスタンバイしていた。もうひとりの受付嬢であるオーロラには急遽「今日はあたしたちが朝から受付やりますから!」と伝えてある。
ちなみに本来もうひとりいる受付嬢——年に一度の帰省中だった彼女は、そのまま結婚が決まり受付嬢に復帰することはなかった。それを聞いた3人の受付嬢がどのような顔をしたのかは、誰も知らない。知らない方がいいだろう。
今日はヒカルが冒険者パーティーの登録に来るはずだ。それを見越してのジルとグロリアだったが、やってくるのはうだつの上がらない冒険者ばかり。つまり、常連だ。
「ねぇねぇジルちゃんさぁ、今度食事にでも行こうよ」
「グロリアさん! 今日も一段とおきれいで!」
「おいこら、割り込むな。今は俺がジルちゃんと話してる番だ」
「ちげぇだろ、てめぇは息がくせぇんだよ。どけ」
「あ? やんのか?」
「やんのかコラ」
軽いいがみ合いが始まるのもいつものことだ。
そのとき——冒険者ギルドに小柄な人影が現れた。
「ヒカルさ——」
言いかけたジルは、それがヒカル以上に小さいのにすぐ気がついた。2人目はそこそこの身長で、3人目は見上げるほどに大きい。
「——誰?」
首をかしげるジルは、グロリアに知っている人物かどうかたずねようとして、
「よ、ようこそいらっしゃいました!」
いつもよりトーンの高い声でグロリアが言うのを聞いた。というか、こんなに大きな声を出したグロリアを初めて見たジルである。しかもめっちゃ愛想がいい。カウンターから飛び出して3人組へと向かう。
(え? 誰? どこかの貴族か大金持ち?)
グロリアの性格を考えると貴族か富豪あたりがありそうだったが、どう見ても3人組は冒険者ふうの出で立ちだ。まあ、軽装ではあるが。
「あー、勤務中に悪いね。オイラたちはちょっと地図を借りに来ただけなんだ」
いちばん小さい青年がグロリアに話しかける。——ふとジルは、その小さい青年が、突然姿を消した前ギルドマスターのウンケンに似ているように感じられた。背格好だけかもしれないが。
(もしかしてマンノーム種族? でもマンノームってほとんどいないとか、前に聞いたような気がするけど……)
ジルがそんなことを考えていたときだった。
「おいおいおいおい坊ちゃんよぉ〜〜〜〜。なに順番すっとばしてグロリアちゃんの接待受けちゃってるわけぇ?」
「どこぞの金持ちかよコラァ」
「順番守れガキ!」
冒険者たちがあーだこーだ言い始める。
「止してください、皆さん! こちらの方は——」
グロリアが彼らを止めようとしたのを、真ん中の青年が止める。だいぶちゃらちゃらした感じの優男で、エルフだ。とんがった耳にピアスまでぶら下がっている。夜の街にいそう、というのがジルの正直な印象だ。
「こういうのってさー、同じ冒険者としてどうかと思うっていうか? こういうヤツらがいるから僕らの株も下がっちゃってことっしょー」
「あ? この色男、腕の一本も折られねぇとわからな——ふがっ!?」
バンッ、と音が鳴った。同時に、3人を囲むようにしていた冒険者が一斉に背後に飛んだ。数人は壁に激突し、残りはイスやテーブルを引き倒して転げた。
「ちょ、足下に気をつけなきゃ〜。ギルドの床は滑りやすい、って初歩中の初歩の知識だよ?」
「それな」
優男に同調する大男。
ジルが驚いたのは、冒険者が吹っ飛んだことももちろんそうなのだが、グロリアが「当然」という顔をしていたからだ。
「皆さん、こちらのお三方は、ポーンソニアを代表するランクA冒険者パーティー『愉快痛快』の皆様です。くれぐれも粗相のないようお願いします」
「ま、足を滑らせたいヤツがいれば粗相してもいいけどな」
背の低い男が言う。あくまで、これは暴力ではなく彼らが「足を滑らせた」ということにするようだ。明らかに無理があるように感じられたがこの場で文句を言える人間はおらず、ましてや優男がなにをしたかも誰にも見えなかった。
「愉快痛快」の3人はロビー内のブースへと移動する。グロリアがそそくさとお茶を淹れようとするので、
「ちょっとグロリア!」
「あ、ジルさん。カウンター業務はお願いしますねぇ」
「え——」
ランクAの対応は自分だけでやる、ということだろう。
(ヒカルくんのことが気になってたんじゃないの? もう!)
ヒカルに興味を示されればそれはそれで心中穏やかならぬジルだが、ヒカルを無視されるとそれはそれでムカっとする。複雑な心境だった。
ジルがカウンター業務を始める傍らで、ブースでは「愉快痛快」のリーダー、センクンがグロリアに事情を説明する。
ここに来た目的は「地図」を借りること。
詳細で正確な地図は軍事にも利用できる危険性があるため一般には出回らない。衛兵たちや冒険者ギルドなどには保管されているからそれを借りに来たのだ。
グロリアがたずねてもセンクンは地図を使う目的を話さなかった。
実のところ、王都では今、クインブランド皇国との同盟によってどう布陣すべきかを議論している。そこに、センクンが最初に提案した「ポーンド爆破」の作戦もあるはあるが、採用される確率は低そうだ。作戦が失敗したときの被害が大きすぎるからというのが理由だった。
生ぬるい、とセンクンは思った。
ならば、ポーンドがいつ落とされても対応できるようトラップを仕掛けておこうと動いたのだ。起爆しなければトラップは安全だとセンクンは考えている——クジャストリア王女たちはそう考えなかったようだが。
「——地図をお持ちします。少々お待ちください」
ランクA冒険者ともなると、ギルドは特別対応だ。ポーンドの冒険者ギルドではあずかり知らぬようなミッションを遂行していることはよくある。なにをおいても彼らの協力はすべきである——それは受付嬢として当然の対応だった。
グロリア自身としては、センクンがなにをやろうとしているのかどうしても知りたかったし、この後、街を案内するという名目でついて回ろうかと考えているのだが。
去っていくグロリアを見送ってからセンクンが言う。
「あーあ、このギルドの冒険者どものレベルもひっくいなあ〜。こんなんじゃ、アインビストに食われちまうよ」
「まーまー、ウチらと比べちゃかわいそうっしょー」
「それな」
いつもならそれで会話が終わるところなのだが、エルフのギリアムが思いついたようにポンと手を叩いた。
「あ、でもさー、ランクBの『東方四星』がいるっしょー? マジこれ合コンチャンスじゃね?」
「……お前ってほんっと女好きだよなあ」
「そう言うセンクンは金好きだよね〜!」
「それな」
と盛り上がっていると、冒険者ギルドの扉が開かれる。
「ウワサをすれば影、か……女ばっかりのパーティーが来た——」
センクンがちらりとそちらを見ながら言う——確かに入ってきたのは、ソリューズを先頭に、サーラ、シュフィ、そしてセリカと続く「東方四星」のメンバーだった。
彼女たちはポーンド防衛のためにいまだ留まり冒険者をまとめている。
ギルド内の雰囲気がいつもと違うことにさすがに気づいたのだろう、入口周辺で彼女たちは立ち止まる。
「妙な緊張感があるわね!」
両腕を組んでやたら偉そうにセリカが言った——ときだ。
ブースから立ち上がったセンクンが、つかつかとセリカの前へとやってくる。
何事かと、ソリューズがさりげなくセリカを守るように立とうとした、その前で、センクンは片膝をついた。
「こんな気持ちになったのは生まれて初めてだ……」
突然の物言いに、セリカが「?」と首をかしげる。
「夜を映したような、なめらかな漆黒の髪……あらゆる知性を内に秘めたような黒瞳! 先ほど耳にしたお声も、我が心を震わすほどに可愛らしい……。このセンクン、あなた様に一目惚れしたっ!!」
一瞬の沈黙の後、
「ちょ! センクン待って待ってそれって僕の仕事なんですけど〜〜〜マジウケル!!」
「それな」
ブースにいた「愉快痛快」の2名が爆笑し、
「なるほど……愛の告白のようだね。どうする、セリカ?」
ソリューズは淡々とセリカに答えを促した。
「断るわ!」
「!?」
即断に、センクンの顔に驚愕が走る。
「いいのかい、セリカ。確かこちらの青年はランクA冒険者のセンクンさんだよ」
「そうなの? でも断るわ!」
自分がランクAだということを知ってもなお断られ、涙目になるセンクン。
「う、麗しの黒の君……理由を、理由を聞かせてよぉっ!」
センクンに泣きつかれてセリカは眉根を寄せる——タイミングで、
「うわ、こんな入口でなにやってるんだよ……」
入ってきてしまったのがヒカルだった。
ヒカルは、腕を組んでいるセリカとそのすぐ前で片膝をついている背の低い男を見て、奥のブースで爆笑している2人組を確認し、空気と化している他の冒険者が青い顔をしているのを視認してから、カウンターにいるジルに視線を投げた。
ジルは高速で首を横に振った。
なるほど。話がややこしくなるから入ってくるなということか。
「どうしたの、ヒカル」
「ヒカル様、入らないのですか?」
「出直したほうがいいみたいだ。よし、時間をつぶしに——」
回れ右してヒカルが出て行こうとしたときだ。
襟首をつかまれた。セリカに。
「あたしの恋人のヒカルよ! だからあなたの好意は受け取れないわ!」
「おい、なにを朝から血迷って——」
「なにを言うんだよ、黒の君! オイラのほうがこのなよっちいクソガキよりはるかに頼りになるし、金もあるよ! うなるほどの大金だよ!」
「そういうめんどくさいしがらみを持ちたくないのよ! あきらめて!」
「いやいや、さらっと僕がディスられてるんだが?」
「なるほど——そういうことか。わかった。見れば同じ黒髪……クソうらやましいガキだな……なにかしらの腐れ縁、あるいはなんらかの弱みを握られているってことだろ?」
「そういうことね!」
「おいコラセリカ」
ヒカルがさすがにムッとすると、
『日本の記憶があるんだから腐れ縁みたいなもんでしょ?』
『それはそうだけど、ていうかどういうことだよこれ?』
『ランクAの冒険者が告ってきて面倒だからヒカルを盾にして逃げようってとこ』
『はぁ? ランクA? そんなのに僕を巻き込むなよ』
『説明するのも面倒じゃない。あたしそこまでこっちの言葉上手じゃないし。この世界で関わり持ちたくないのよ』
その感情は、ヒカルにも少し理解できた。
一度、ヒカルもセリカも、すべてを失っている。その感覚があるから余計なものを持ちたくないのだ。日本に帰りたい、帰りたくないというのとは別の問題で。
「よーし、クソガキ。オイラを前に麗しの黒の君とイチャつくとは上等だ」
「クソガキ言うな。お前のほうがチビだろ」
「————」
いい加減イラッときているヒカルが言い返すと、センクンの顔が真っ赤になる。ブースにいる2人組がぶんぶんと首を横に振っていた。どうやら、触れてはいけないワードらしい。
「なんだ。『チビ』と言われるのがそんなにイヤなのか?」
「……コロス」
「おっと、それ以上は良くないよ。ここは冒険者ギルドだからね。冒険者同士の暴力が御法度なのはセンクン、君だってよく知っているだろ?」
ソリューズが間に入る。その後ろでサーラはと言うと拳を振り回して「やれ! やっちゃえ!」とか煽っているし、シュフィはシュフィでチッと舌打ちしていた。ヒカルがやられればポーラを仲間に引き込めると思っているのだろう。
「なら、オイラと勝負しろ! どっちが黒の君にふさわしいか見せつけてやる!」
「え? イヤだよ、面倒だ」
「イィィィ〜〜〜!!」
真っ赤からドス赤くなってきたセンクンが地団駄を踏む。周囲の冒険者からブーイングが上がる。
「ええ? これって勝負を受けなきゃいけない流れなの?」
「断るのはヒカルらしいわ!」
1回勝負でもすれば収まりそうな流れではあったが、いきなり巻き込まれた自分が戦う理由はなにひとつないとヒカルは思う。
「いや、だって僕が戦うメリットなんてひとつもないじゃないか」
「万が一オイラに勝ったら、ランクA以上の実力があるという証明になるだろうが、バカかよ! 万が一にもないけどな、バーカ!」
「ボキャブラリー大丈夫か。大体、実力が伴ってくればランクAになるんであって、ランクAを倒してランクAになるわけじゃないだろ。こんなのがランクAなの、この国?」
「ギギギ!」
今にもつかみかかってきそうな迫力だったが、センクンはこらえている。
ヒカルとしてもセンクンのソウルボードをすでに確認しているので、煽るだけ煽っているところである。
【ソウルボード】センクン
年齢55 位階47
0
【生命力】
【自然回復力】1
【スタミナ】1
【免疫】
【毒素免疫】2
【知覚鋭敏】
【視覚】1
【聴覚】1
【触覚】2
【魔力】
【魔力量】9
【精霊適性】
【魔法創造】2
【筋力】
【筋力量】2
【敏捷性】
【瞬発力】1
【柔軟性】3
【バランス】3
【隠密】
【生命遮断】2
【魔力遮断】2
【知覚遮断】2
【集団遮断】1
【器用さ】
【器用さ】11
【道具習熟】
【薬器】2
【精神力】
【カリスマ性】1
【直感】
【ひらめき】
【発明】3
かなりのレベルがあるということは、ちゃんとしたランクAだ。ライジングフォールズとは違う。
「魔力量」はあるが「精霊魔法」や「回復魔法」はなく、「魔法創造」がある。そして「隠密」タイプではあるが「武装習熟」はない。異様に「器用」で「発明」がある。
(トラップタイプだな)
すぐにヒカルは気がついた。要塞都市レザーエルカでの会議でも「愉快痛快」はトラップを仕掛けてくるという話をしていたし、まあ間違いないだろう。
トラップを仕掛ける相手で、しかも相手が他に攻撃手段を持っていない場合——ヒカルとはきわめて相性がいい。遠距離攻撃「投擲」で倒せるからだ。正直なところセンクンがどれほどのトラップの腕前があってもヒカルは負けるわけがないと思っている。
「お、オイラに勝ったら、100万ギランやる!」
その言葉に、冒険者たちがどよめく。「おいお前挑戦してみろよ」「バカ、ランクAに勝てるわけ……」「でも挑戦だけなら」という声が聞こえてきた。
ヒカルはため息をついた。
「1億ギランだ」
「——はぁ!? ふざけんなクソガキ! 1億ギランなんて大金——」
「さっき、唸るほどあるって言ってなかったっけ? それに万が一にも僕はお前に勝てないんだろ?」
「ギギギギギ……」
歯ぎしりしすぎてセンクンの奥歯がどうにかなってしまいそうではあった。
「まあ、1億ギランが厳しいなら100万ギランでも——」
「——やる」
「お」
「1億ギランを賭けてやる! ま、まあな、どのみち勝つのはオイラだからいくら賭けてもいいんだよな……おい受付嬢! 訓練場借りるぞ!」
のっしのっしとセンクンが歩いていく。
ヒカルが「よしっ」とガッツポーズを決めると、真っ青な顔でジルが走ってくる。
「だ、だ、ダメよヒカルくん! なに考えてるの!? 今から謝りなさい!」
東方四星も呆れていた、
「いやー……はは、まさか君が受けるとはね」
「勝ったらお金がっぽりだけどお、負けたらヤバイぞぉ」
「……どっちが勝ってもあまりうれしくないですわ」
『ねえ、勝負を仕掛けたのはあたしなんだから、半分もらう権利があるわよね?』
——セリカをのぞいて。
『どこまで強欲なんだよ……』
『お金はいくらあってもいいじゃない! ねっ? ホットドッグチェーン店を作りたいの!』
『ホットドッグぅ……?』
よくわからない理由だったが、結局、セリカには1割を渡すことで話がついた。
「——ヒカル。パーティー申請の用紙を書いておくわね」
「がんばってください、ヒカル様」
ラヴィアとポーラは平常運転だった。
グロリア「え? あれ? なんですかこの騒ぎ? え?」
ジル「ちょっとカウンターお願いね!」(訓練場へ走る)
グロリア「え?」





