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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第4章 国家は踊る

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「職業」談義

「ちなみにヒカル、『鞘』についてなんだがよぉ——お前さんがここに持ってくるまでに隠してた方法は使えねぇってことなんだよな?」


 レニウッドが聞いてくる。さすがにそこは気づくのだろう、わざわざ目を閉じてもらってからヒカルはこの脇差しを取り出したのだ。

「次元竜の文箱」はかなりレアなものらしいし、入手先もクインブランド皇国のカグライ皇帝だ。秘密にしておいたほうがいいだろう。


「ああ。一応、この脇差しそのものを隠すことはできるんだけど、その方法は教えられないんだ。素材も加工できないもの……だと思う」

「そうか、わかった。それとこの脇差しだったか? これァどこのモンだい?」

「その説明も必要だったね」


 ヒカルはこれをフォレスティア連合国のスカラーザードという街で発見したことをレニウッドに教えた。元はツブラの遺跡から発掘されたものだと思う、とも。

 脇差しはこの世界では珍しい武器だ。太田勝樹がこの世界にやってきてから造ったものだろうとは思えたが、どういう意図で脇差しを造ったかまでは「備忘録」には書いていなかった。彼はどちらかと言えば日本の知識を平和利用したかったようだし。


「ふむ……片刃の剣にしてはちょっとおもしれぇ(こしら)えだな。シミターやサーベルともまた違うし」

「脇差しは預けたほうがいいか?」

「いや、これほどの逸品を預かるのはこえぇな。採寸だけさしてもらおう」


 レニウッドがそそくさと準備を始めると、今度はドドロノが聞いてくる。


「ヒカルぅ! ローブには他に希望はないのかの?」

「予算以外だと……そうだな」


 ヒカルはポーラの容姿をドドロノに伝える。

 明るい緑の髪。身長や背格好など。


「あとは——そうだ、アレは使えるかな?」

「アレとはなんじゃ?」

「竜石」

「りゅ——」

「これくらいのサイズなんだけど」


 ドドロノの顔がビシッ、と固まった。

 ヒカルの手はラグビーボールほどのサイズを示している。


「は、ははは……ワシをからかうものではないぞぉ! そんなサイズの竜石があったら大騒ぎじゃからな。国の宝物庫にあるかどうかというレベルじゃ」

「あー……そうか、そういう扱いか」


 ヒカルは納得した。ウゥン・エル・ポルタン大森林で倒したアースドラゴン亜種の竜石はいまだにスカラーザードの住居に置きっぱなしだ。


「……ヒカル、まさかとは思うが、ほんとうに竜石を持っておるのか?」

「あったとしたら、使い道はある?」

「…………そうじゃな。仮に、の話じゃぞ? 防具ではなく武器にするべきじゃろうな。特に杖がよい。魔力を増幅させ、魔法の威力を高められる」

「なるほど」


 ヒカルはちらりとラヴィアを見る。今のラヴィアの「業火の恩恵(フレイムゴスペル)」ですら相当の威力だ。あれを強化して、いったいなにと戦うのかという気もする。


「じゃあ、ローブについてはドドロノにお任せで」

「うむ、わかったぞい!」


 採寸の終わった脇差しを受け取って武器工房を出る。

 そろそろ夕暮れ時だ。ホテルに戻ってポーラを誘い、「パスタマジック」へと向かう。しきりにポーラは「おふたりでお食事してきてください!」と遠慮していたが、ポーラひとりを置いていっても彼女のことが気になってしまう。

 3人で「パスタマジック」に入ると、他に客はいなかった。時間がまだ早いせいもあるのかもしれないがポーンドから住民が離脱しているのは顕著なようだ。


「お、おおおおおおお! ヒカル!」


 クマのような店長は、入ってきたのがヒカルだと気がつくと大喜びでやってきた。


「ありがとう! お前の持ってきたニンニクは最高だ! ありがとう、ありがとう!」

「それはどうも——って抱きつくな! 男に抱きしめられる趣味はない——臭い! 臭いから! ニンニク食べすぎだろ!」


 店長から漂うニンニク臭は尋常ではなかった。

 明らかに、ヒカルが渡した以上のニンニクを摂取している。


「料理に取り入れたんだが、あのニンニクはほんとうにすごい。味にインパクトと奥行きを与えてくれる。使いすぎるとニオイが強すぎるし、火加減を間違えると焦がすという、その使い方の難しさもまたたまらん!」

「焦がすのは、火が通ってから入れてるせいだろ。常温の状態でオリーブオイルとニンニク、鷹の爪をいっしょにするんだ。そこからいっしょに火を通すと香りがうまく移る」

「なんだとぉ!? そんな技が!」

「だから抱きしめるなよ! 臭いって! アンタなら、どうせそのうち見つけた技だろ?」

「いやぁ、それでも誰かに教えてもらうってのはいいもんだよなあ! ヒカル、他にもなにか知ってることはないのか?」

「わ、わかったから——とりあえず座らせてくれ」


 ようやく席に通された。

 店長はヒカルたちにお茶を出すと、ヒカルの教えたやり方で料理をすると言って奥へと引っ込んだ。

 ヒカルとしてはパスタに関して知っていることは教えてやるつもりだった。自分が料理人として身を立てるつもりはなかったし、美味い料理がこの世界に普及したら、結局自分が得をする。


「ヒカル様は、お料理についてもお詳しいですね」

「ん? 知ってるだけで料理上手なわけではないけどな」

「それでもすごいです!」


 ポーラが目をきらきらさせてこっちを見てくる。この少女は自分を神格化させすぎだとヒカルは思う。


「あー……それでな、ポーラ。あと10日程度はポーンドに滞在することになった」

「先ほど見せていただいた武器の鞘ですか?」

「うん」


 ローブについてはできあがってからポーラに話すつもりだった。サプライズプレゼントというヤツである。

 パスタの最初の1品、ペペロンチーノが運ばれてくる。クマ店長が厨房に下がるとラヴィアの襟元にいたコウがじゅるるとヨダレをたらす。放っておくとラヴィアの服がべとべとになってしまうので、


「コウ……テーブルで食べるなよ? ここの中でなら食べててもいいけど」


 狭い店内には他に誰もいないので、ヒカルは「次元竜の文箱」を取り出した。


『えぇー? それって次元竜の胃袋だろ。その中に入るの、やだなぁ……』


 さすが、龍と竜は敵対しているだけはある。実のところコウが「珠」に封印されているときにはこの中に入れて運んだのだが、それについては言わないでおいたほうがいいだろう。


「じゃあメシはお預けだな」

『え!? おいらにいっぱいご飯食べさせてくれるって言ったじゃん!』

「その代わりお前も働くって言ってただろ。働いてないし。文句ばっかり言うし」

『うう……じゃあ、その、胃袋の中でもいいけど……』


 ボックス席なので、壁にソファチェアがくっついている。壁に「次元竜の文箱」を立てかけると、すごすごとコウが入っていき——顔だけひょっこり出した。


「店長が来たら中に引っ込めよ」

『はぁい……』

「ほら、ペペロンチーノだ」

『わぁい!』


 目の前に取り分けたパスタを置くと、がっついていく。

 白い毛がオリーブオイルでべたべたになるのだが、不思議なことに布でぬぐうと汚れがきれいに落ちる。だからコウは純白のままだ。


「——それで、ふたりには言ってなかったことがあるんだけど」


 食事を始めながらヒカルは切り出した。


「『職業』の【下級天ノ遣神:レッサーエンジェル】が【上級天ノ遣神:グレーターエンジェル】になってた」

「へぇ」

「えぇ!?」


 落ち着いているのがラヴィアで、食べようとしたパスタを食べずに叫んだのがポーラだ。


「え? あの、え? それって、あの、ビオス宗主国が国賓待遇で迎えるっていう『天の遣い』系職業なんですか? え? ヒカル様が? あ、でも、ヒカル様なら天使というのも納得できるかも?」

「落ち着けポーラ。お茶を飲め」

「あ、は、はい……」

「僕は東方四星のサーラから『天の遣い』系職業について聞いたんだけど、ポーラも知ってるくらい有名な話なのか?」

「私は村の教会で育ちましたから。——でも、今まで顕現している『天の遣い』は『レッサーエンジェル』だけだと私は聞きましたが……。地に生きる者の限界なので、『レッサーエンジェル』以上は存在しない、と」

「コウを助けたあとにそうなっていたから、おそらく龍種の解放や手助けが条件なんだろうな。そもそも龍種が困っていなければ現れない『職業』なんだろうし。——ちなみに教会はなんで『天の遣い』を優遇するんだ?」

「はい。ヒカル様は教会の教義についてどれくらいご存じですか?」

「……ほとんど知らないな。そこから教えてくれるとうれしい」


 ポーラが語ってくれたところによると、教会はこの世界の「神」を信奉している。

 この世界では「神」が身近——ソウルカードやギルドカードに「職業」として出てくるのでわかりやすい「神」なのである。それがゆえに、宗教が乱立しない。ごくわずか、精霊信仰や邪神信仰、その他の宗教が存在している程度だ。

 教会が与える恩恵としては、教会で働く人間には「回復魔法」が使えるようになるという。


「私も教会にいましたので『回復魔法』が使えるようになりました」

「……教会にいなくても神の聖性を信じていれば『回復魔法』を使えるようになるんじゃないか?」

「ヒカル様、そのとおりです。ご存じでしたか」

「いや——推測しただけだよ」


 ソウルボードの項目を見るに、「精神力」の「聖」の「回復魔法」という流れだ。「教会」という項目はないのである。もちろん「教会」はわかりやすく神を信仰しやすいというのはあるのだろうから、意味はある。


「邪に連なる呪魂魔法についてはどうなんだ?」

「他者への恨みや憤りが高まった者に発現すると言われていますね」

「ふーん……」


 ヒカルが思い出したのは、歴史学者にして古代ポエルンシニア王朝の生き残りであるガフラスティといっしょにいた、アグレイア=ヴァン=ホーテンスだ。彼女は自分に敵意を持つ人間を眠らせる呪魂魔法を使っていた。

 彼女はフォレスティア連合国の筆頭大臣、ゾフィーラ=ヴァン=ホーテンスの従姉妹だ。どんな経緯でアグレイアが呪魂魔法を使えるようになったのかは謎だが、邪神を信仰しなくても使えるようになるらしい。


「『支援魔法』についてはどうだ? これも教会にいれば使えるようになるのか?」

「いえ、支援魔法は教会内でも特別な訓練を受けて使えるようになります。『職業』の【凡支援魔法使役神:ニュービーバッファー】が出てくると使えると聞きました」

「へえ……じゃあポーラも『ニュービーバッファー』があるのか?」

「いえいえ! 私にはありませんよ。特別な訓練は王都など大都市でしかできませんし」

「いや、でも支援魔法使えるだろ」

「え?」

「え?」

「いえ、使えませんよ?」

「いやいや、使えるよ」


 ヒカルはポーラのソウルボードを確認するが、確かに「支援魔法」1となっている。


「お言葉ですがヒカル様、支援魔法は特別な訓練——」

「待って、ポーラ。ヒカルの言うことを信じてみて、試しに初級の支援魔法を使ってみたら」

「でも……」

「詠唱を知らなければ教えてあげる」


 なぜラヴィアが支援魔法の詠唱内容を知っているのかと言うと、冒険物語によく出てくるらしい。

 強大なモンスターと戦う勇者を支援する回復魔法使い。「聖女」とか呼ばれる存在は勇者と結ばれたり、王女に負けたりと、なかなか重要なポジションであるという。わかりやすい。

 ポーラはラヴィアから詠唱を教わると、目を閉じ、小さくつぶやくように詠唱を始める。


「『天にまします我らが神よ、その御名において奇跡を起こしたまえ。我が同胞に神の手によるひとなでを。身の丈を超えし(りょ)力をこの身に授けよ。我が身より捧げるはこの魔力』——」

「おっ」


 ヒカルは自分の身体に力がみなぎってくるのを感じた。今ならば限界以上にものを持ち上げられそうな全能感。


「できてるな」

「できてるわ」

「えええ!?」

「ポーラ、ギルドカードを見てみて」

「は、はい……」


 ギルドカードをチェックしたポーラは、ぴしりと固まった。


「さ、さ、三、三文字……」

「落ち着けポーラ。茶を飲め」

「落ち着いていられないですよっ!? 三文字神【回復魔神:エクストラヒーラー】が出てるんですが!?」

「ああ、まあ、うん。それはそうだろうなって思ってた」

「おめでとうポーラ」

「なんでおふたりはそんなに平気な顔なんですか!?」

「ていうか回復魔法の実力が上がってから一度もチェックしてなかったのかよ。そっちに驚きだわ」

「ええ!? ——ハッ、まさか支援魔法もヒカル様がなにか……」

「いや、それは最初から使える才能があったみたいだけど」

「えぇ……」


 驚きすぎてなんだかポーラがぐったりしている。ちなみに「ニュービーバッファー」はなかったらしい。


「三文字神なんて……そんな……伝説級の冒険者しか持てないと思っていたのに……まさか私に……」


 三文字神が出てきたのはヒカルがソウルボードをいじったのがいちばんの理由だろう。ラヴィアですら【火炎精霊神:フレイムメイガス】の4文字が最高「職業」だ。


「ポーラ、その『職業』を公開すればあらゆるパーティーから引っ張りだこだと思う。それこそランクAの冒険者パーティーも。教会の上層部からも——事実シュフィからも勧誘されていたんだろ?」

「はい……」


 むくりとポーラは顔を起こし、ヒカルを見る。


「でも……私はヒカル様のお役に立ちたい。こんなに、よくしていただいているのに、私……全然ヒカル様のお役に立ててない」

「——そうか」


 その言葉には嘘偽りはまったく感じられなかった。心からそう、ポーラが願っているのだろうとヒカルは感じ取れた。

 そんなに遠くない未来、ポーラには自分の秘密を話してもいいかもしれないとヒカルは思った。

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