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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第4章 国家は踊る

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珠と脇差し

 宿の朝食を、ヒカルは半分寝ぼけた顔で食べていた。ドライフルーツを混ぜ込んだパンは固いのだが、バターで火を通している。そこに肉厚のベーコンとトマトを挟んだサンドイッチという朝食である。

 バターで焼いたせいなのか、その部分はしっとりと柔らかい。ベーコンからあふれる脂と塩気とも相まって、なかなかヘビーな朝食である。


「ダメだ、眠すぎる」


 ヒカルはそれでも最後のひとかけらを、甘酸っぱい果実のジュースで呑み込んだ。


「おやおや、昨晩はなにをしていたんだい? あんたはひょろひょろなんだから、もっと食べなきゃダメだよ。もう1つサンドイッチを食べる?」

「い、いえ……遠慮しておきます」


 でっぷりした宿の女主人には丁重に断った。


「今日はアインガンシュタットへの定期便は出ていますかね」

「ああ、今日は朝の9時、昼の3時の2回だ。——もう出るのかい?」

「ちょっと用事があるだけですから、部屋は取っておいてもらっていいですか」

「構わないよ」


 ヒカルは女主人に礼を言って宿を出た。

 馬車の停留所はなかなか混み合っていた。アインガンシュタット——多人国家アインビストの町だ。ポーンソニア王国にいちばん近い国境の町とも言える。

 ヒカルはアインビストに1度入国するつもりだった。理由はたった1つ、「龍珠の杖」である。これを確認するには「次元竜の文箱」から出さなければならない。そのタイミングでライバーたちがコンパスを確認していた場合、ポーンソニア内にまだ杖があることがわかってしまう。ならば、ヒカルがアインビスト方面にいたらどうなるか——間違いなくライジングフォールズはアインビストに一度戻るだろう。


「さて、と……昼寝でもしようかな」


 まだまだ朝なのだが。

 うまく馬車に潜り込んだヒカルはポーンソニアとアインビストの国境へと向かった。

 レザーエルカの街を出るときに念入りな荷物チェックがあったが、もちろん問題なく通った。魔法使いふうの男が持っていた杖は特に調べられていた。「龍珠の杖」を探しているのだろう。




「獣人どもが杖を盗んだのよ! そうに違いない!」

「……だから何度も違うと言っているだろう。それに、私は盗賊をライバー殿といっしょに追ったのだぞ」

「そうやって協力している振りをしたのよ!」


 会議室ではキャディが声を張り上げて「極虎」の面々を糾弾していた。しかし「極虎」のリーダーであるゴットホルトはまともに取り合わない。やれやれとため息をつくだけだ。

 一方のライジングフォールズは、ひどい二日酔いだったイグルーも昼食後には復活して、今は眉間にシワを寄せている。その姿に、昨日の余裕はない。バトロスは我関せずでぼーっとしていて、ライバーは相変わらずむっつりしている。


(これがランクAなのだからな……)


 ゴットホルトは自分のパーティーメンバーを見る。彼らは、朝から一方的に文句を言ってくるキャディにいい加減頭に来ている。爆発しないのはゴットホルトが冷静に対処しているからだ。彼がいなければどうなっていたことか。


「その、キャディ殿の杖でしたでしょうか? それについては王都ギィ=ポーンソニアを陥落させることができたなら、宝物庫の一級品を差し上げることができると思いますが。ねえ、陛下?」


 侍従長がとりなすように言うと、「陛下」と呼ばれたオーストリンもうなずく。

 だがキャディはキツイ視線を彼らに向け、


「ポーンソニアがあれ以上の杖を持っているわけないでしょうがっ! バカなんじゃないのアンタたちは!!」

「なっ!?」


 面罵した。

 ランクAとはいえ、冒険者が国の王族をバカにするとはとんでもないことである。だが侍従長も、オーストリンも、怒りに顔を赤くしながらも反撃できない。ライジングフォールズの力は、これからの一戦でどうしても必要なのだ。


「ああ、ああもう……ここはバカばっかりよ……」


 キャディは頭を抱える。彼女の目の前には目盛りのついていないコンパスが置かれてある。それは回転し続けており方角を指定していない。


(杖を探すための魔導具か?)


 ゴットホルトは推測するが、改めて聞く気もしない。代わりに、


「杖の盗難の話は、また今度だ。オーストリン様、今は王都への進軍について議論すべきかと存じます」

「お、おお。そうであるな!」

「……すまないが、同行できない」


 ゴットホルトの提案にオーストリンが乗ってきたが、それに反対したのはイグルーだ。


「なんだと?」

「杖を盗んだ者が近くにいるかもしれない。そのような中、命を賭けて戦闘などできるはずがない」

「そうよ! ああ…………お兄ちゃん……お兄ちゃんだけが私を理解して…………」


 キャディがぶつぶつ言っているがそれはもはや誰も聞いていなかった。


「イグルー……貴様、自分がなにを言っているのか理解しているのか? こたびの戦闘は獣人王陛下直々の依頼だぞ」

「だからこそだ。——いや、待ってくれ。もしかして陛下が直々に、キャディの杖を盗めと言ったのかい?」

「貴様ァッ!!」

「止せ!」


 極虎のメンバーがさすがに爆発したが、ゴットホルトが制止する。ゴットホルト自身、敬愛する王を侮辱されて憤懣やるかたなしではあったが、ここで自分がブチ切れたらすべてが瓦解する。

 王命を遂行する——ただ1点、責任感だけが、ゴットホルトをして冷静さを保たせしめていた。


「……これこそ敵の戦略であろう。杖を盗み、我らを衝突させる」

「な、なるほど」


 オーストリンが首肯(しゅこう)する。


「クジャストリアは、ランクA冒険者を恐れこのような奇策を打ったということか」

「いやはや汚いですな」

「奇策とも呼べぬ下策でしょうぞ」

「王女も落ちたものだ」


 オーストリンに阿諛(あゆ)追従(ついしょう)する貴族たち。

 だがイグルーだけは渋い……いや、青い顔のままだ。


「なんと言われても、僕たちは同行しない。杖がキャディの手に戻るまでは」


 頑なである。ゴットホルトは眉根を寄せる。


(なんだ……そこまで拒否をするほどのことか? 本気で我らが杖を盗んだとでも思っているのか? いや、あの杖はそれほどの力を持ったものということか? あれがなければ十分に戦闘力を発揮できないほどの……。並々ならぬ気配を感じてはいたが……)


 ゴットホルトに「魔力探知」スキルはないが、「龍珠の杖」ほど強大な魔力を放出していればそれがとんでもない逸品であることくらいはわかる。

 それは別の言葉で言うと「覇気」とか「得体の知れない迫力」とかそういう言葉になる。


「……キャディ殿」


 そこへライバーが目を開いた。そして彼が指差した先には——コンパスがあった。


「ああああああああああああああ!!」


 キャディが大声を上げたので全員の視線が彼女に集まる。


「お兄ちゃん見て! 指してる! 針が杖の場所を指してるわ!!」


 先ほどまでくるりくるりと回っていたコンパスは、1箇所を指していた。

 それを見たイグルーは目を見開く。

 誰が見てもわかる、アインビスト方面だった。


「やはり、敵は身内にいたか——」


 その言葉は重々しく響いた。




 ヒカルは昼前に国境を越え、アインガンシュタットの街に着いた。着いてみると、急に人間以外の種族が増えていることに気がつく。歩いているのは獣人、エルフ、ドワーフといった定番の種族に、爬虫類が半分入っている亜人、悪魔の血が入っている魔人もいた。


(ここまで来るとモンスターと変わらないな)


 人語を解するだけで見た目はモンスターのように見える。が、そもそもモンスターの定義からして「人に危害を加える存在」なので、たいした区分でもないのかもしれない。人間だって殺せば魂の位階は上昇するのだ。

 町並みもまた少し変わっていた。砂岩を利用した塀が増え、屋根は白っぽい鱗——実際にモンスターの鱗らしい——を瓦のように配置している。背の高い建物は少なく、1つ1つの建物は横に広い。身を寄せ合うように立っていたフォレスティア連合国の建物を思い出すと、まったく違う印象だった。

 ポーンソニアよりも南に位置し、砂漠などもある乾燥している国がアインビストだ。


「さて、と——食事でも買って、人気のない場所へ行こうかな」


 ヒカルは「龍珠の杖」を「次元竜の文箱」から出せる場所を探していた。アインガンシュタットの名物だというマッシュポテトに細切れのバラ肉が入った餡をぶっかけたものを買い、スプーンですくって食べながらぶらぶら歩いていく。ヒカルと同じように歩きながら食べている人が多いし、道も広いので特に問題はなかった。

 ポーンソニアよりも若干温暖であるとは言え、冬になれば当然寒い。屋台からはもうもうと湯気が上がっており、食欲が大いに刺激された。

 とはいえ——丼に大盛りのマッシュポテトを全部食べきれるのだろうか? という疑問はあるが。


「……このあたりならいいか」


 ヒカルが目をつけたのは神殿だった。この世界は一神教であり、神殿があり、そこで神の導きを伝える教会が併設されている。神殿は大きく、盛況だったが、裏手に回ると広々としており、他の大きな建物に遮られて人目もない。

 温かな陽射しが差し込んでいる。

 半分残っているマッシュポテトの器を横に置いて、ヒカルは座る。そして懐から「次元竜の文箱」を出し、蓋を取るとひっくり返す——すとん、と「龍珠の杖」が落ちてきた。

 今ごろコンパスがこちらの方向を指したころだろう。もっともヒカルは、キャディたちが会議の真っ最中だとは知るよしもないのだが。


「ふーむ……昼間に見ても火花ははっきり確認できるんだな」


 珠の中では相変わらず火花が散っている。やはり「聖魔球」に似ている。


「ということは龍に関するなにかなのか? あるいは『聖魔球』と同じく、龍を封印している……とか」


 ヒカルは珠を包んでいる木材をいじってみる。意外と簡単に珠は外れた。


「『魔力探知』で見ると……杖のほうにも多少は魔力があるみたいだな。でも珠に比べるとはるかに小さい。——ん」


 そのとき、腰に差している脇差しが、カタカタいうのをヒカルは感じた。昨晩は気づかなかった——あのときは走って逃げていたからだろう。

 珠を置いて脇差しを抜く。「魔力探知」が発動したままだったので、脇差しにまとわりついている魔力を再確認する。

 が、


「……ちょっと、減ってるか?」


 ギガントロックリザードを倒したせいか、あるいはその前からかはわからないが、魔力が減っているように感じられる。


「なんだか……この脇差しで珠を斬ったらなにかが起きるような気がするな」


 ヒカルが持っている「直感」1のせいかもしれない。が、なんとなく——ヒカルは脇差しの「意志」みたいなものを感じた。


「もともと杖は返すつもりだったんだけど……返すのに傷つけたらマズイよな。ていうか『聖魔球』のときみたいに大爆発が起きたらさらに困るし」


 脇差しと珠がじっとヒカルを見ているように感じられる。


「…………」


 じぃぃと見つめられている気がする。


「……ちょっとだけ。先っぽだけ当ててみよう」


 聞きようによっては卑猥なフレーズを口にして、ヒカルは立ち上がる。脇差しを構えて、置かれている珠へと切っ先を向けた。

 魔力が引き合っている——脇差しの切っ先から伸びた魔力が、珠の魔力に融合しているようにも見えた。


「えい」


 切っ先が珠の表面に触れた——瞬間。

 とてつもなくまばゆい光が、周囲を包んだ。


「くっ——」


 目を開けていられない。しかし10秒もすると光は収まっていく——そして、


「なんだ……?」


 そこにあったのは、白い、ふわふわしたなにか。

 それが「長くふわふわしたもの」が「丸まっていた」のだとヒカルはすぐに気がついた。

 にょろん、と、伸びたのである。

 長さは80センチほどだろうか——コートにつけるファーとかマフラーのように見えた。


「生き物!?」


 背後に跳んでヒカルが脇差しを構えると、


『……くっ』

「え——」


 しゃべった!?

 ヒカルが相手を見据えると、


『美味そうな匂いがするではないかァアア!!』


 そのふわふわした白い生き物は、ヒカルが残したマッシュポテトに飛びつくと、頭を突っ込むようにしてがっつき始めたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁもう分かったな 有り得ないエネルギーを生み出すのは龍が聖魔球に封じられているからだな
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