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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第1章 「隠密」とスキルツリーで異世界を生きよう

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少女との再会

 銀髪は長く、薄い胸の上でキレイに切りそろえられている。

 右側に厚めに流している前髪の下、深い山奥にある神秘の湖がごとき青色の瞳がヒカルを捉えている。


 ——きれいだ。


 ヒカルからすれば現実離れしたように美しい少女だった。

 あの日——伯爵を殺した日に見かけたときはあまりに暗くてその容姿を吟味している余裕はなかった。


 あのときのパジャマ姿ではない。

 ワインレッドのワンピースだった。

 魔力灯が照らすぼんやりとしたオレンジ色の光の中で、彼女は本を読んでいたようだ。


 ヒカルは太陽神のお面をつけている。顔はしっかり隠れているはずだ。

「隠密」スキルをオフにする。「職業」を変更するのはギルドカードを出さなければいけないので面倒だった。


「君を……助けに来た」


 突然目の前に現れたように見えたのだろう、少女はびくりとする。


「あなたは……?」

「……君に助けられた者だ」

「そう――伯爵を殺してくれた人ね」


 そこまであっという間に察してしまうとは。

 いや、顔はともかく背格好ははっきり見られているから、すぐに悟られても不思議はない。


「……助けに来てくれてありがとう。でも、ここから出ることはできない」

「魔法の牢屋か?」

「魔力牢。そう。この魔力牢を構築したのは錬金術師ギルドのマスター。彼本人でないと開けることはできない」


 淡々と、彼女は言った。

 小さな鈴を転がしたような声に感情の揺らぎは見えない。

 自分が牢に囚われている、目の前に本物の犯人がいる、にもかかわらず――彼女の感情は揺れていない。


(あきらめか? そもそも感情がないのか……まさかね)


「……なるほどな。牢屋の『カギ』が生身の人間とは思わなかった」

「錬金術師ギルドのマスターを殺すことでもカギは開く。でも、あなたは彼を殺せない」

「どうしてそう思う?」

「あなたの心は濁っていないから。罪がない人間を殺すことはできない」

「……錬金術師ギルドのマスターは、極悪非道の死んで当然——という人間かもしれない」

「いいえ。彼は真人間。謹厳実直にして魔術の求道者」

「君はここから出たくないのか? 君は、僕を助けてくれた。僕は君を助ける理由がある。君が望むのなら――」

「望まない」

「どうして」

「わたしの目的は果たされたから」


 そのとき初めて、少女の心が揺れたようにヒカルには感じられた。


「あの男を、あなたが殺してくれたから」


 あらわになった感情は、安堵。

 伯爵が死んですっきりしたとでも言いたげな――。


「……あの伯爵は、ずいぶんな嫌われ者だったんだな」

「好きだった人間のほうがごく少数」

「そんなにか」

「わたしは、あの男の血がこの身に流れているというそれだけで死にたくなる」


 ヒカルはこのときようやく気がついた。


「君はモルグスタット伯爵の……娘なのか」


 彼女の父を殺したのだ、と。


「血のつながり、という1点においては」

「…………」

「そんな目で見ないで。あなたの親は、あなたを、家の中に閉じ込めた? 外出したのなんて何年前かしら……この屋敷に移ったときだから、4年前?」

「なっ……」


 彼女を、伯爵は軟禁していたというのか?

 なぜ?


 疑問がヒカルの頭に渦巻く――。


「――あの男は、わたしを恐れていたから。でもわたしだけの利用価値(・・・・・・・・・・)があったから処分するに処分できなかった」


 疑問に先回りするように彼女は言った。

 人間の命を「処分」と言った彼女の言葉選びは、おそらく日常的にモルグスタット伯爵が使っていた言葉なのだろうとヒカルは思った。


「小娘ひとり閉じ込めるのに錬金術師ギルドのマスターが来て、魔力牢を構築したのはなぜだと思う? それはね……」


 ヒカルは息を呑んだ。

 彼女の周囲に薄青い――彼女の瞳の色を薄めたような――燐光が集まりだしたのだ。

 空気の密度が変わる。

 ヒカルが息をするのも苦しいほどに。


「……わたしがとてつもない魔法を……破壊することしかできない魔法を使えるから」


 光が、フッ、と消えた。

 ヒカルの身体が軽くなったように感じられた。

 背中にびっしょりと汗をかいていた。あれは魔力の塊だとヒカルはわかっていた。「魔力探知」のスキルを発動させたのだ。すると、彼女の形がかき消えるほど――魔力牢一杯に魔力が満ちていたのだ。

 ソウルボードを確認したかったが発動しなかった。


(魔力牢のせいか……チッ)


 ソウルボードを使用しようとした瞬間、牢を構成する青色の文字が白く光った。妨害されている。

 彼女の魔力も魔力牢がシャットアウトしているようだ。

 もちろん鉄格子だけではなく壁や床、天井にも仕掛けが施されている。

 にもかかわらず、魔力牢の外にいるヒカルの周囲の空気まで変えた。とんでもない力だ。


「こんなところまで来てくれて……ありがとう。助けに来てくれる人がいるだなんて思わなかった。もちろん、それが当事者であるあなた……殺害犯だとはもっと思わなかったけど」

「君を殺害犯に仕立てたのは誰だ?」

「誰でもいいわ」

「よくない。わからないことばかりだ。君は、今見せたような膨大な魔力を嫌っているんじゃないのか? どうして僕に見せた?」


 すると少女は小さく首をかしげつつ微笑んだ。


「それこそ、あなたが先に聞いたことの答えよ——わたしを殺害犯に仕立てた相手」

「? なんのことだ?」

「わたしは殺害犯として王都に連れて行かれるでしょう。そして国王陛下は臣下にこの力を見せつける。この力を知った国は、わたしを遠征軍の戦力に組み込むでしょう。『父親殺し』の大罪を償うため、という名目で。そうしたらわたしは――殺戮マシンになる。戦争の最前線で人を殺しつづけることになる。わたしは、そう遠くない未来に死ぬでしょう。わたしは『父親殺し』で『稀代の殺戮者』になる。それは歴史あるポーンソニア王国にとって汚点となりうる。わたしの存在は闇に葬られる」

「待て……君が言っているのは、まさか——君を殺害犯に仕立てたのは——」


 ヒカルは唇を湿らせた。


「国王だと、そう言いたいのか?」


 少女は肯定ではなく、こう言った。


「……せめてわたしを気にかけてくれたあなたには、知っていて欲しかった」


 すべて言い切った。

 満足した――そんな笑顔だった。


「…………」


 儚い、とヒカルは思った。

 どうして、この少女はこんなにも儚いのだろう。

 どうして、この少女は簡単に生きることをあきらめてしまったのだろう。


「今日はありがとう。そろそろ見回りが来る。帰ったほうがいいわ。……そしてもう、ここには来ないで。危険よ」


 自分と生きてきた世界が違いすぎるとヒカルは思った。

 ヒカルだって両親と疎遠だった。そのせいでひねくれて育った部分があるという自覚も多少はある。

 だが、彼女はどうだ?

 親の愛どころか、道具のような扱いだ。しかも腫れ物に触れるような扱い。


(道具は自由に生きることを望まないのか? 自分だけの人生を望まないのか?)


 ――違う。


 少女の両手は重ねられていた。

 その手がかすかに震えていた。


 ヒカルはお面を外した。

 あらわになったヒカルの素顔を少女が見つめる——少し、驚いたみたいだった。

 あの夜見た少年の姿と、多少変わっている(・・・・・・)のだから。

 今は完全に黒髪黒目の少年だった。


「……君の名前を聞きたい」


 視線を正面から返して、ヒカルはたずねた。


「忘れ去られる名前よ。聞く必要なんて――」

「僕はヒカルだ」

「…………」


 生きることをあきらめた?

 そんなことはない――そんなことは、あるわけない。


「君の名前を教えてくれ」


 あきらめているのなら、手が震えたりしない。

 あきらめているのなら、冒険小説なんて読まない。

 あきらめているのなら、名前を言うことに抵抗を感じない――名前を言うことで、希望を感じてしまうであろう自分を恐れたりはしない。


「……ラヴィア=ディ=モルグスタット…………いえ、わたしはラヴィア。ただのラヴィアよ」


 あきらめているのなら、彼女の頬を濡らしているものはなんだ?


「ラヴィア。必ず僕が――」

「ダメッ」


 ほとんど叫ぶようにラヴィアは言った。


「それ以上言わないで。言われたら期待してしまう。期待したら止まらなくなる。わたしは、わたしを縛るあの男が死んだだけで幸福だったの。これ以上を望んではいけないの」


 だけれどヒカルは止まらなかった。


「必ず僕が、君を助ける」


 ぽろぽろと彼女の瞳から涙がこぼれる。


「ダメ、ダメなの……」


 これから塗りつぶされる暗闇の人生を覚悟していたラヴィア。

 そこに手を差し伸べられてしまって――心のダムに溜められていた感情が決壊してしまったのかもしれない。


「確かに、僕は君の言うとおり無関係の人間を殺すことに抵抗が……ある。だから誰も殺さない。誰も殺さず君を逃亡させる。チャンスは王都に移送されるときだ。3日後。冒険者が護送に当たる」


 ラヴィアはそれには答えずにただ泣いている。涙が、止まらないように。

 ヒカルは手を差し伸べた。

 すると、魔力牢の手前で透明な壁に手が当たった。

 そこに手のひらを押し当てる。


「僕はね……どうも生意気らしいんだ。自信家だし、今言ったことも実現できると踏んでいる。君が、望むと望まないとにかかわらず僕は君を助ける。僕が突然、君の人生に現れて君の父を殺したように……僕は、君の人生に介入する」


 ラヴィアがよろけるようにヒカルの前へとやってきた。

 透明な壁を隔てて、ヒカルの手のひらの正面に自らの手を押し当てる。


「あなたを信じても、いいの? わたしはとてつもない重荷なんだよ?」

「構わない」

「わたしを救ってくれるなら、わたしのすべてをあなたにあげる――」


 構わない。

 ヒカルは重ねて言った。


「先に命を救われたのは、僕だ。貸しをつけたまま死なれるのは、気にくわないんだ」




 がちゃ、とカギが開けられ、騎士がふたり入ってきた。居眠りしていた騎士と、イーストだった。


「あーあ……ったく。ここに来てあんなふうにトラブるとは思わなかったな」

「任務だというのにふざけすぎなんだ」

「まあまあ、そうカリカリすんなって――おや、嬢ちゃんはすっかりおやすみだな」


 騎士が見ると、ラヴィアはベッドに入ってこちらに背を向けていた。


「…………」

「どうした? イースト」

「ふだん、この時間は本を読んでいたはずだが」

「さすがに疲れているんだろうよ」

「……それもそうだな」

「お前は嬢ちゃんを気にかけすぎなんだよ」

「気にかけずにいられるか……」


 話しているふたりは、気づかなかった。

 背を向けていた少女はまだ起きていたことに。その目が赤く泣きはらしていたために彼らを見なかったことに。

 そして、彼らの背後、ひとりの少年が地下倉庫から出て行ったことに。


 逃走計画実行まで、あと3日。


 残:1,390ギラン(+7,500+α)



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