台風の目
塔の崩落によって地盤が沈んだため、ヒカルたちが渓谷から上がっていくと大騒ぎになっていた。ラジオ塔からも大慌てでケイティたちが下りてきた。ああいう高層の遺跡は地震なんかにめっぽう弱いからだ。
ヒカルは、渓谷には隠蔽された洞窟があり、その先に三重塔があったことを全員に説明した。伯爵は応援を呼んですぐにも発掘作業を始めると言った。新たな遺跡の発見はとんでもないビッグニュースになるらしい。
そしてその翌日、ボック伯爵に呼ばれてネコハの街の領主邸へと向かった。三重塔で起きたことを説明するためだ。面倒であったけれどもここでキッチリ説明しておけばそれ以上の義理はないだろう。やるべきことはやっておこうとヒカルは考えた。
「あなたが……ヒカルさんですか」
肌の青白い、胃の弱そうな男性が領主だった。
ヒカルは説明する。
三重塔は、あのラジオ塔建設を推進した男の住居だった。「聖魔」の研究を進めており、「聖魔」は「龍」が与えたエネルギーだった。
ラジオの説明は一応したが、ピンときた様子がなく、なんとなく「音声を遠くに伝える魔導具」と言ったところ納得してもらえた。「どうしてそれが娯楽になるのだ?」と真顔で聞かれたが。
——ちなみにこの辺りについては昨日のうちにケイティとセリカに話してある。セリカには、三重塔には太田勝樹という男のミイラがあったことも説明しておいた。ただ、「天の遣い」関連については伏せた。おそらく、セリカに話せばシュフィに伝わる。シュフィや教会という組織がなにを考えているのかヒカルにはまだわかりかねている。だから、それがはっきりするまでは言う必要はないと思ったのだ。
「『聖魔』というエネルギーの研究が進めば、魔導具に変わるものを造れるかもしれませんね……」
「うむ。ひょっとしたら他に発掘された遺物も、『聖魔』を動力源にしているのかもしれんな。だが……『聖魔』とやらを供給できなければ意味がない」
「確かに……」
ヒカルの話を聞いたボック伯爵と領主が話している。
いずれにせよ、「聖魔」の研究ができるかどうかは、巻物が無事でなければならない。裏切り者ルーヴィンヤードとポエルンシニア王朝のことはヒカルの推測——ほぼ確実に「事実」だろうが——であるので、これもまた伏せておいた。
進んだ軍事力を持つと暴走するのが人間だからだ。
「それで、ボック伯爵。あの塔の付近の遺跡にはいつ案内してくれるんです?」
「——なんのことだ?」
「え、ヒカル? あの付近には他に遺跡などないぞ」
ボック伯爵がとぼけ、ケイティが真顔で聞いてくる。
「言ったでしょう、地下の三重塔にはそこを住居としていた男がいたと。近くに村があったという記述もあったんです。大体、人跡未踏の森の中に塔を建てたりしないでしょう? 人里に近いところでないと建設の人手も足りない。そう考えると近くに集落があるのは当然です」
「……参ったな。まあ、隠し通せるものではないと思っておったが……確かに針葉樹林の中に遺跡がある」
「なんですと!? そのような発表はなかったではありませんか! あの塔は、孤高の魔術師が建てた塔だと——」
「集落の遺跡から多くの魔導具が発見されたのだよ。すべてを回収したはずだが、もしかしたら残っているかもしれぬ……そんな情報を公開したら盗掘されるに決まっておるし、目立つ塔だけを遺跡としておけば、警備も少なくて済むからの」
ボック伯爵が決まり悪そうに言う。領主は脂汗をハンカチで拭っている。
「……まあ、そんなところだろうとは思いましたよ。ただ僕の情報を聞くのに、そちらに隠し事があるというのが気にくわなかっただけです」
「それについてはすまぬな。安全上の配慮ということで、許して欲しい」
「他に隠してるものはもうありませんか?」
「ああ、ないぞ。必要とあれば出土品の目録を見せよう。ツブラ内部でしか閲覧できない完全版だ」
「——目録!! 完全版!!」
ガタッとケイティが立ち上がり、キラキラした目でヒカルを見てくる。
「あー……僕はいいので、ケイティ先生に見せてあげてください」
「いいのかい!?」
「はい。これで、僕がやるべきだった先生の研究協力は十分ですか?」
「いや、もう、十分過ぎる! すばらしい! 私の講義の単位は無条件であげよう!」
それはちゃんと考査してくれと言いたいところである。
ケイティはリヴォルヴァーの解析もすぐにできたし、弾丸の試作品も造ってくれている。今後も装備品の協力をお願いすることもあるだろう。
「君は見なくてもいいのかの?」
「どうせ僕が見に行かなくとも、解読できない文書を持ってくるつもりでしょう?」
「はっはっは! かなわんな、確かにそうなるだろう」
「まあ、それを渡されても僕が正しい翻訳をするかはわかりませんがね。そちらも情報を隠していたことですし」
「うっ……そ、それはだから、すまぬと言ったろう。なにかお礼を上乗せするから」
「冗談ですよ」
「冗談に聞こえん……」
ヒカルはケイティと、「ひとりにしておくと不安」と言う教官ミレイを残して領主邸を出た。あのミレイが逆にケイティを心配しているのがなんだか新鮮だった。
「じゃあ……今日はどうしようか」
領主邸を出てネコハの街をぶらぶら歩く。
「ネコ」
ラヴィアはネコを所望している。
「ネコがいいです!」
ポーラもネコを所望している。
「……あたしの意見を言う前に決まっちゃったじゃない!」
「セリカはどこか行きたいところがあったのか?」
「ないわ!」
「ないのかよ。じゃあ冒険者ギルドに行くか」
ギルドに着くと、一昨日よりも冒険者の数は少ないようだった。女子3人は温かい床の上でゴロゴロしているネコへと突撃し、ヒカルは空席を見つけてテーブルでお茶を飲むことにした。
(そう言えば……他の「職業」についても確認してみようと思ってたんだよな)
最初に設定したとおり、【下級天ノ遣神:レッサーエンジェル】を元に、「隠密」「投擲」「広域探査」のローグ3点セットだ。すぐに使わなさそうな「投擲」を、これまで使っていない「職業」に替えてみようと思った。
ちなみにこれらについてはまだラヴィアとポーラには話していない。ラヴィアには落ち着いたタイミングで話そうとは思っている。
(やっぱりこれだな)
3つ目として選んだのは【凡混沌神:台風の目】である。「凡」があるものは、必ず「凡」が取れた神が存在するようだ。この場合は上位の「混沌神」もおそらく存在する。どうやったら「凡」が取れるのかは不明だ。そもそもどうやって取得できたのかもわからないのだが。
(さて、どんな効果があるのかな——)
と、お茶の入ったカップを持ち上げたときだった。
「ま、マスター! ギルドマスターはいねぇか!」
汗だくで、身体のあちこちに細かい傷を負った冒険者が駈け込んできた。
「どうした」「なにがあった」「おい、アイツ確かギガントロックヴァイパーの討伐にくっついてったパーティーの……」と冒険者たちの声が聞こえる。
ギガントロックヴァイパー。
推奨討伐ランク「C以上」で、ネコハの冒険者ギルドで受注されずに放っておかれた討伐依頼モンスターだ。
東方四星の残り、ソリューズ、シュフィ、サーラの3人が討伐しに行った。ランクBの戦闘を見物できるということで、ついていった冒険者が割といるらしい——だからギルド内の冒険者が少ないのだろう。
「どうした」
タイミング良く奥からギルドマスターが出てくる。
駈け込んできた冒険者はカウンターにかじりつくようにして訴える。
「ギガントロックヴァイパーは大量発生してたんだ! 中には特殊個体のギガントロックリザード、ダブルネックヴァイパーまでいる!」
「なに!? 東方四星はどうなった!」
「集落まで退却して、防御を固めてる……あの村はほとんど防御設備なんて整ってない! 頼むよマスター、救援を出してくれ!」
聞き耳を立てていたヒカルは、突然の事態進展に驚いていた。
東方四星はずいぶん余裕がありそうだったのだが、それを上回るモンスターだったということだろうか?
「はははっ! 大見得切っておいてこのザマかよ。だから女の冒険者ってのは信用ならねぇなあ! どうせあのランクだって、どこぞのギルマスに身体を売って、もらったランクなんじゃねえの?」
ゲラゲラ笑っている男は、一昨日、ソリューズに絡んでいって速攻でたたきのめされた冒険者だ。彼は東方四星についていかなかったらしい——巻いている包帯などを見るに、ソリューズにやられたケガがひどかったせいかもしれないが。
「うちのパーティーが……なんだって?」
ゆらりと現れたのはセリカだ。彼女が漂わせている雰囲気——いや、垂れ流している魔力に、敏感な冒険者は青ざめて後じさる。「魔力探知」を発揮しているヒカルはセリカを包む魔力が、まるで巨人のように膨れ上がっていることに気がついていた。
だが、東方四星を笑った冒険者はそのあたりに鈍感なようで、
「自分のランク未満の蛇っころに返り討ちにあってんだから、笑われて当然だろうが! しかし惜しいな、蛇じゃなくてゴブリンやオークにやられたってんなら、今ごろ死ぬよりつらい思いでXXXXにXXXXされてるだろうによお!」
耳を塞ぎたくなるような下品な言葉を並べ立てている。
「あ?」
次の瞬間、笑っていた男のいるテーブルが吹っ飛んだ。壁に激突して、皿からテーブルからジョッキから四散する。
「ひッ!?」
「こ、こいつ、ギルド内で魔法使いやがった……!」
「魔法なのか!? 詠唱がなかったぞ!?」
「どっちにしろ犯人はこの黒髪女だ! 捕まえろ、お前ら、おい!」
男たちは叫んだが、誰も動かない。セリカの膨大な魔力に怯えている者、彼女の怒りがもっともだと思う者、関わり合いになりたくない者と様々だ。
「いい加減にしろ!」
ギルドマスターが一喝する。
「今は緊急事態だ。冒険者同士で揉めることは許さん。今から、トラブルを誘引するような行動を起こした者は厳罰を与える!!」
「じゃ、じゃあ、あの女をさっさと捕まえて——」
「今からと言っただろうが、バカか!? ——おい、現状をすぐに教えろ」
ギルドマスターは強引に場を収拾すると、駈け込んできた冒険者に向き直る。
「わ、わかった。あの、正直東方四星の3人だけだったら勝てたんじゃないかって気がしてるんだ」
「どういうことだ?」
「ついてった冒険者が……その、東方四星が殺したギガントロックヴァイパーの素材を取ろうとしたんだ……」
その言葉に、ギルド内がざわつく。モンスターは倒した時点で所有権が発生する。それを奪ったのならばはっきりとした窃盗罪だ。
「でもギガントロックヴァイパーは生きてて、暴れた。それで冒険者の数人が毒に掛かったんだ」
「ギガントロックヴァイパーの毒は猛毒だ。ちょいとした盗みの罰としては、命を落とすとは重かったな……」
「い、いや、それが生きてる」
「なに!?」
「東方四星がヤツらを救ったんだ。シュフィちゃんが回復魔法を掛けて命をつないで、追撃してきたギガントロックヴァイパーの攻撃は、ソリューズちゃんが守った。でも、ソリューズちゃんまでケガをしちまった。そこに特殊個体が湧いて、大急ぎで集落まで退却を……」
「おいおいおいおい……他の冒険者の尻拭いまでしてくれたってことか?」
「へい」
「——それが、ソリューズよ」
セリカが言った。
「場所を教えなさい! あたしが行って、モンスターを全部倒してやるわ!」
「嬢ちゃんも東方四星のメンバーだったな? 頼む、ギルドとしてもバックアップしてやるから」
「時間を争うわ! 馬を用意して!」
ギルドの職員が外へと飛び出していく。ギルド内の冒険者たちも、興奮している者、怯えてはいるが興味を隠せない者、逃げ出す者と様々だ。
「集落の住民はどうなってるの!」
「あ、ああ、ソリューズちゃんの指示で、すでに避難を始めてる。——でもソリューズちゃんたちは、住民でなく自分たちにモンスターを引きつけようとして、わざと目立つように音を立てたりして……」
「想定以上に時間はなさそうね!」
馬の準備ができた、と職員が飛び込んでくると、セリカはヒカルを振り返った。
「——ヒカル」
言い出しにくそうな顔で。
「セリカ、ごめん。悪いけど」
「そ、そうよね! これはあたしたちパーティーの問題で——」
「僕は馬に乗れないんだ」
「——あなたたちには関係ない……え?」
「だから、誰かの後ろになら乗っていけるぞ。乗馬の上手い人はいますかね?」
ヒカルが聞くと、職員は数人の冒険者に「特別依頼」として2人乗りで集落まで馬を出すよう手配すると言った。
「い、いいの!?」
「いいぞ。——ラヴィア、ポーラも行こう」
「わかったわ」
「わ、私もですか!? でも私は——」
ヒカルはポーラに小声でささやいた。
「……今回は東方四星のヒーラーがいる。ポーラの魔法は全部シュフィがやったことにすればいい」
「……いいのですか?」
「……せいぜい恩を着せてやろう。いいチャンスだ」
東方四星のように知名度も実力もある冒険者は、利用価値が高い。それにシュフィはポーラにちょっかいをかけ過ぎており、うざったささえあった。であれば先にこちらが恩を着せたらどうか。シュフィのような性格ならば自重せざるを得ないだろう。
単純に、金を稼いでおきたいという打算もある。金は、いくらあっても困るものではないし、まだまだ遊んで暮らせるほどは溜まっていない。
そして——「3つの職業」を実戦で試すまたとないチャンスだ。
「ヒカル様が悪い顔をしています!」
「ポーラ、ヒカルはこれが素よ」
「……なかなかラヴィアも辛辣だな」
「ふふ。そういうところも含めてヒカルなんだし、わたしはヒカルの全部が好きだから、構わないのよ」
「そ、そうか」
いきなり「好き」とか言われて動揺するヒカルに、
「私もヒカル様が好きです!」
「わかったわかった」
「まったく動揺していない!?」
ポーラとヒカルが話していると、馬に同乗する冒険者も決まったようだ。
呆れたようにセリカが言った。
『あんたたち、緊張感まったくないわよね。地中の塔をぶっ壊しても平然としてるし』
『あれは壊したんじゃない、壊れたんだ。——行くぞ』
ヒカルたちは、ギガントロックヴァイパーと特殊個体が大量発生したという集落へと急行した。
「台風の目」の効力については次回少々。