天ノ遣
申し訳ありません、「遺跡へと続く道」と「「谷」の探索」との間の文章を投稿漏れておりました(1500文字程度)。
これを「放送塔とラジオ局」として追加しておきました。
ヒカルは「職業」を【広域探知神:グランドソナー】に切り替えていた。1秒に1回、正面からぐるりと1周させて周囲を「魔力探知」する。潜水艦のソナーのイメージだ。これならば脳の負担が少ない。
「魔力探知」と「生命探知」を1秒ごとに併用することで得られる情報も増える。もっとも「魔力探知」はレベル3で半径1キロメートルほど、「生命探知」はレベル1で半径100メートルほどしか探れないが。
「魔力探知」で、いまだ塔の上にいるらしいケイティやセリカたちの存在を確認できた。他に気になる生き物は感じ取れない。
ただ——この洞窟の先に、魔力的な反応があった。生命ではなく、魔術の痕跡だ。トラップの可能性もあるので気を引き締める。
「行こう」
ヒカルを先頭に、ラヴィアとポーラが続く。3人並んでも問題ないほどの広さだったが足場が悪く、安全を確認しながら進んだ方がいいだろうという判断だ。洞窟内は湿っており天井からぽたりと滴が垂れることもあった。
10メートルも進むと暗くなっていく。腰にくくりつけてある魔導ランプを点けて進んでいく。
「も、モンスターとかいませんよねぇ……?」
「ああ。そういった気配は感じられない」
応えると、ポーラはほっと息を吐いたようだった。
正確には「ヒカルの探知に反応はしない」というだけなので、探知能力以上の隠密能力を持った生命がいた場合は、お手上げだ。もっとも、こんな生き物のいない洞窟で息を殺している生き物なんていないだろうが。
(探知はもっと上げたほうがいいかもな……。常識的に考えれば「隠れているヤツはいない」んだけど、どうしても疑心暗鬼になる。「生命探知」か「魔力探知」のどちらかを最大にしておけば安心度が違う)
ちなみに「魔力探知」のMAXは5で、今は3だ。ヒカルのソウルボードには残り2ポイント残っている。
(……でも使ってしまうのが怖い)
なにかあったときにポイントがゼロなのも困る。
(結局のところ、もっと「魂の位階」を上げなければいけないってことか。僕はまだ42だ。セリカが100オーバーなんだから3ケタは目指せる)
「魂の位階」で100を超えている人間など、他に見たことがなかったが。さらに言えばヒカルと同じく40を超えている人間も、ウンケン、ローレンス、ソリューズなどごく少数なのだが。
「——扉だ」
ヒカルはラヴィアたちを手で制止する。洞窟の入口からだいぶ歩いてきており、ここには光が届いていない。だがヒカルの魔導ランプは10メートルほど先に、金属製の扉を浮かび上がらせている。
近寄ってみるが魔力的な反応はない。
「…………」
「ヒカル、どうしたの? なにか気になることでも?」
「いや……カギもトラップもない……ただの扉だ。それが気になる」
錆の浮いた金属扉は、取っ手がついており、それなりに大きな建物のドアとして機能しそうだ。
扉の周囲は壁があるのだが——どうもネコハの街と同じ、漆喰を使った壁らしい。腐食してところどころ崩れ落ちている。壁は洞窟の幅いっぱいに広がっていて、地面にめり込んでいるようですらあった。
ヒカルは天井付近を見上げる。おそらくここは——あの「相輪」があった場所の真下だ。
(なんなんだ、これは……。まるで、壁と扉のあったところに「後から洞窟ができた」みたいだ。いや、まさか——「相輪」があるっていうことは、「相輪」の下に五重塔のようなものが存在しているのか? その塔がここに埋まっていると?)
最初はそう考えていた。だが、こうして洞窟を見つけて入口までやってくると、「大穴を掘って」「五重塔を造り」「地面に埋める」という意味がよくわからなくなってくる。
(まあ、いい。まずは中を探索してみよう)
ドアを開いた。
「えっ」
すると——予想しなかったことが起きた。
「明るい……!?」
「魔導ランプですか、これ!?」
不意に建物内部が明るくなったのだ。この明かりには見覚えがある——古代ポエルンシニア王朝の城にあった明るさによく似ている。
聖魔を使った照明ではないか——。
「中に入ろう」
「ええ」
「あ、はいっ!」
室内は1辺が5メートル程度の正六角形だった。木製の窓枠、木製の棚、木製のテーブル——朱色が塗られていたのか、塗装は毛羽だって粉のように散っていた。
棚には巻物が収められており、よく整理されていた。テーブルにはなにも載っていない。ヒカルにはここが、寺の書庫のように感じられた。
枯れ草のようなニオイが鼻をついた。
「……変だ。外側があんなに崩れ落ちそうになっていたのに、中は整然としている……」
「でも、風化しているように見えるわ」
ラヴィアが剝き出しの石畳へと屈んだ。そこに落ちていた朱色の粉に触れる。塗料が落ちた跡のようだ。
「中は乾燥している——魔術で湿気を退け、経年劣化を遅らせているのか?」
「ええ……そうかも。そういった魔導具は確かにあるし。宝物庫とかに使うようなものだけれど」
部屋の隅に魔力反応があり、それが件の魔導具かもしれない。魔導具の魔力はだいぶ弱々しいが、今すぐなくなってどうこうなるようなものでもない。
「ヒカル様! ラヴィアさん! この巻物、全然読めません!」
ポーラが持ってきた巻物は日本語ではなかった。
「……わたしたちの使っている大陸共通語の、古語のようにも見えるわ」
「読めるのか、ラヴィア?」
「いいえ。でもこの手の文書を研究している人はいるはずよ」
「持ち帰れば読める人がいるかもしれないってことか」
ヒカルは部屋の隅に目を向ける——そこには2階に続く階段があった。
「持ち帰るものは後で選定しよう。まずはすべてのフロアを回りたい」
木製の階段は傾斜が急だった。足を載せるとぎぃぃぃと軋んだので冷や汗をかいたが、1人ずつ上れば問題なかった。
2階より上は床も木製だ。2階にはテーブルとイス、床には薄手の絨毯が敷かれてある。飾り棚には花瓶のようなものが並んであった。花瓶の花は当然枯れていた。
「まるでどこかのリビングルームだな……」
「あれはキッチンみたい」
壁際に設置されてあるのは流し台のように見えた。隣にある、位置的に言えば「食器棚」は閉じられている。
「——まだ上があるな。先にすべての階を見よう。そもそも、このフロアは見てもあまり意味がないみたいだし」
「居住区域なのかしら?」
「どうだろう」
部屋の反対側に上へと続く階段がある。木製の床に踏み出すと、ぎぃぃぃとまた軋むので慎重に進む。それから階段だ。時間をかけて3階へと向かう。
「さて、五重塔ならここが真ん中のフロアだけど——」
3階へと顔をひょっこりと出したヒカルは、言葉を失った。
「ヒカル?」
「ど、どうしましたか、ヒカル様」
「——いや」
これは予想外、とは言えなかった。心のどこかで「そういうこともあるかもしれない」と思っていた。
3階より上は、なかった。ここが最上階なのだ。各フロアの天井の高さを考えれば「相輪」までの高さで「五重塔」ではなく「三重塔」なのだともっと早くに気づいていてもよかった。
それはともかく——この最上階は、私室だった。
ベッドのような寝床がある。
ベッドサイドには大きな机が置かれてあり、木製のイスがこちらを向いていた。
人が、座っていた。
「気を強く持って上がってきてくれ——ミイラがいる」
「!」
「ひぇっ!?」
ヒカルは先に3階へ上がる。5メートルほどの距離を置いて、ミイラと相対する。
その眼窩にはもはや光はなく、白髪が頭に載っている程度だ。
完璧に乾いているが間違いなく人間のミイラだ。
「……和服みたいだ」
甚兵衛にきらびやかな帯をつけたような服を着ていた。その帯に刺繍された金糸も、長い年月を経てほつれている。
「ワフク? それはヒカルの——故郷のものなの?」
ラヴィアが上がってきてヒカルの横に並ぶ。階下からポーラが「私はちょっと遠慮しますぅ……」と怯えたような声が聞こえてきた。
「ああ」
この部屋には他に、テーブルや、カギ穴のついたチェストなどいろいろな品物がある。1つ1つの出来がよく、品もいい。この持ち主——おそらくこのミイラはそれなりの立場にあったのだろう。
ミイラの横、机に載っていた本が気になった。ミイラに近寄っていくがもちろんミイラが動き出すようなことはない。
本の表紙にはこう書いてあった——「備忘録 太田勝樹」と。
日本語で。
「……わたしは他のものを見てみるわ」
気を遣ったのか、ラヴィアはヒカルから離れていく。ヒカルはミイラの顔をチラリと見てから「備忘録」を開いた。
『この世界に来てからのことを記しておこうと思う。私は5年前、この世界にやってきた。あれからほんとうにいろいろなことがあった。でも、どうやら、信じたくはないが、日本に帰ることはできないらしい』
「……やっぱり、この人——太田さんは日本人の転移者か」
ヒカルは「備忘録」を読み進めていく。この転移者は昭和の後期に異世界転移したらしい。バブルの盛りに、酔っ払って坂道を転げ落ちて死んだ——と思ったらこの世界にいた。
辺境の村で拾われ、なんとかこちらの世界の言葉を覚えた。村の娘と結婚を勧められたが断った——太田は妻子を日本に残してきたからだ。
「…………」
記述のところどころに家族への思いが見え隠れする。ヒカルやセリカよりもはるかに強い、日本への執着があったようだ。
太田は転移後5年して、備忘録をつけ始めた。文字の色が変わっているのはまたしばらく日が経ってから書き足しているからだろう。辺境の村の温かな人たちとの交流、魔法に対する驚き、科学知識を使っての新たな魔術構築について書かれてある。魔術の回路については図解で書かれてあり、ローランドの知識をもってすると多少は理解できた。
それから「村人が喜ぶので大量に作った」という「天狗のお面」についても。
「アンタが作ったのか」
100もの「天狗のお面」が出土したと学院長から聞いたときには呆れたが、今となってみると違ったふうに感じられた。
太田は最初、ノスタルジーからお面を作ったのではないだろうか。それを、村人が喜ぶからといってそんなに大量に作るものなのか? そのお面を作っているときは、日本を思い出す時間だったのではないか?
(——今、感傷に浸るのは止そう)
ヒカルは首を横に振って読み進めていく。
が、
「……?」
首をひねった。ところどころ、読めない文字が出てきたのである。それは「文字として書かれているにもかかわらず、認識できない」というもので、後付けでモザイクを掛けられているような気持ち悪い感覚だった。
魔術的な仕掛けだろうか?
とヒカルは思ったが、「魔力探知」にはまったく反応していない。もちろん、高度な隠蔽魔術ならばヒカルの探知ではわからないはずだが、誰も読めない「日本語」で書いた備忘録に、そのような魔術を施す意味がない。
その前後の文章は、こんな感じだった。
『今日は面白い出会いがあった。XXという巨大なXと出会ったのだ。ヤツはなかなか愉快で、私が異世界人であることをすぐに見抜いた。そしてXXXXであり使命を持っていて、私にも適性があると言う。私がXXXXとは笑える』
『XXのおかげで研究がだいぶ進んだ。XXの力はすばらしい。電気に似ている。これならラジオ局や無線の開発もできるかもしれない。私のような技術者にできるのはそういった開発くらいだ。この世界には進みすぎた技術かもしれないが、みんなすぐに使えるようになるだろう』
最後の「電気に似ている」という「XX」は「聖魔」のことかとヒカルは考える。だが「聖魔」という言葉を知っているのに、読めない。いったい何なのか——。
「ん?」
余白に落書きがあった。赤ん坊のような小さい子の絵だ。もしや太田はこの世界で結婚して子どもを産んだのか? と思ったが、そんな記述はどこにもない。子どもができればさすがに「備忘録」に出てくるだろう。
ではこの子どもの絵はなんなのか?
「この口にくわえてるのはラッパ……? 頭の上にマル……」
それで連想されるのは「天使」だ。
「————」
そこから、ヒカルがさらにある連想をするのに「直感」は必要なかった。ヒカルはギルドカードを取り出した。そして、「職業」を、【下級天ノ遣神:レッサーエンジェル】に変更する。
『今日は面白い出会いがあった。紫龍という巨大な龍と出会ったのだ。ヤツはなかなか愉快で、私が異世界人であることをすぐに見抜いた。そして天の遣いであり使命を持っていて、私にも適性があると言う。私が天の遣いとは笑える』
『紫龍のおかげで研究がだいぶ進んだ。聖魔の力はすばらしい。電気に似ている。これならラジオ局や無線の開発もできるかもしれない。私のような技術者にできるのはそういった開発くらいだ。この世界には進みすぎた技術かもしれないが、みんなすぐに使えるようになるだろう』
読めた。
モザイクがきれいになくなって、読めた。
(この「職業」の力なのか? 文字を読めるようになるのが? いや——違う。「天の遣い」とは「適性」なんだ。そして「資格」でもあるんだ。この世界の根幹に関わる「情報」に「アクセス」するための!)
情報は秘匿されており、限られた人間しか知ることができないのだろう。
「天」にまつわるもので、ヒカルはソウルボードの「天射」を思い出した。
【天射】……摂理を管理する神の領域に至る技術。ヒトをヒトたらしめる一部を失う。最大で5。
これもまた「神」に関わること。「天」「神」「遣い」——これらの情報が急に集まってくる。
それに「紫龍」だ。その「龍」は太田が異世界人であることをすぐに見抜いた。
————よくぞ封印を解いた。矮小なる異世界人よ————
それは古代ポエルンシニア王朝の遺跡で、「聖魔球」を破壊した後、空へと昇っていった龍が言った言葉だ。
(古代ポエルンシニア王朝は「神」から「巨人」を遣わされて崩壊した。「神」は仲間である「龍」を救う——「聖魔球」に閉じ込められた「龍」を救うべく「巨人」を遣わしたのか?)
今まで集めてきた情報が、急につながっていく。
ヒカルは「備忘録」を読み進める。ヒカルの推測は確信に近づいていく。
しかし驚きはそれだけでは終わらなかった。
ヒカルは、【下級天ノ遣神:レッサーエンジェル】の、ほんとうの「力」を知った。
『紫龍が私に「下級天ノ遣神」なる加護をくれると言った。ソウルカードに関するものらしいが、効果を聞いて耳を疑った。この「下級天ノ遣神」を信仰すると、天界の力をよりいっそう発揮することができるらしい。つまるところ、他の「職業」を重複して3つまで選択できるというのだ』
ようやくこの辺を明らかにできました。