「谷」の探索
「聖魔」というワードに反応したケイティが大喜びで遺物の調査を始める。日本語の記述は他になさそうだしセリカもまだ最上階にいるのでヒカルはラヴィアとポーラとともに地上に下りた。
考えを整理する時間が必要だったのだ。
(ラジオ局を造るということは、大人数に向けた放送を予定していたはずだ。この塔の建築だけでも結構な人間が参加している。だけれど、このツブラの遺跡は後になって「発見」された。ここにいた人たちはどうなったんだ——そんな簡単に歴史が途絶えたりするものか?)
ひとつ目の疑問は、「ラジオ局と途絶えた歴史の謎」だ。
(それに聖魔だ。聖魔というテクノロジーは過去に、一般的だったんだろうか?)
ふたつ目の疑問は、「聖魔とはなんなのか」だ。
(ラジオを知っている日本人として考えると、僕よりどれほど年上でもプラス100歳程度。壁に書かれた日本語にも旧字体はなかった。でもこの遺跡ができたのは数百年以上昔……やっぱり時間軸がずれてる)
三つ目の疑問——疑問ではなくほとんど答えは出ているのだが、「地球とこの世界の時間軸のズレ」。ヒカルとセリカの転移の時期はさほど変わらないのに、セリカは1年も前にこちらに来ていた。
「ヒカル」
考えているとラヴィアが話しかけてきた。
「もともとケイティ先生には協力するつもりだったと思うけれど、ツブラの伯爵にあそこまで教えてよかったの?」
「まあ、この国にはまとまってもらわないと困るしね。軋轢を残すくらいなら大盤振る舞いしようかなと。それに、僕と同郷の人間が残したものが気になっていたし……」
異世界にやってきてなにをなすべきか。
それはヒカルにとっても考えるべき大きなテーマだった。
「調査に協力しておけば、放っておいても向こうから『これを読んでくれ』って文書を持ってくるだろ? それを読めば、彼がなにをしようとしていたかわかるはずだ」
突然、ひとりぼっちで異世界に飛ばされて——人は、どんなことができるのか。
なにをしようと思うのか。
彼は、自分の映し鏡ではないのか。
「……ヒカル」
ラヴィアがそっと手を握ってきた。
「わたしはあなたのそばにいる」
「ああ、わかってるよ。ありがとう」
ヒカルが異世界人であることを知っているラヴィアは、ヒカルが寂しさを感じていると気を遣ったのかもしれなかった。
「わ、私もいます! ヒカル様!」
「……そうだな。ポーラも、ありがとう」
「え!?」
素直に感謝されるとは思っていなかったのか、ポーラはぎょっとしてのけぞると、それから顔を真っ赤にして、
「そそ、そそそそんな! 畏れ多いですぅ!」
ずざざざと背後に数歩後じさっていく。
「さて——と、思っていた以上になにもなかったな。まあ、中に残っていたものは全部引き上げた後だししょうがないか」
ケイティが調査を進めてはいるが、ヒカルができることはもうほとんどない(全部セリカに任せたともいう)。
見回すと背の低い山が続いており、眼下には針葉樹林帯、そして遠目にはネコハの街が見えた。
「ヒカル。その、ラジオ? というものはネコハの街に向けていたのかしら?」
「最初は僕もそう思ったんだけど、どうも『皿』の向きが違うんだよな。……いや、待てよ?『皿』の形状を考えるとやっぱり受信装置なんじゃないか?」
「うん?」
「ラジオ波の送信装置は金属製のアンテナだったような……あー、どうだったかな。——そうなるとあの『皿』の向きは……」
ヒカルは視線を投げる。
塔のてっぺんに取り付けられてあった「皿」は、山と山の間の谷のほうへと向いている。
(……また、「谷」だ)
来るときにも気になった場所だ。
「谷に行ってみよう」
ラヴィアと手をつないだまま、ヒカルが歩き出すと後ろからポーラもついてきた。
「おや、どちらまで行かれますか? お客人」
警備の兵士がたずねてくるので「ちょっと谷まで様子を見に」と伝えると、
「あちらにはなにもありませんよ? この一帯はしっかり調査された後ですからね。あそこに看板が出ているでしょう。あの先は地盤がゆるめなので気をつけてください」
と教えてくれた。特に止める気もないらしい。
谷へと歩いていく。塔からはそこそこの距離があり、ゆったりとした下り坂になっている。
すると、なるほど、確かに看板が出ていた。
鈍い金色の棒——輪っかのついている棒に、木の看板がくくりつけられている。立て札の棒と、看板との出来の違いが気になる。
『これより先、地盤脆弱』
文字を眺めたヒカルは、ふと気がつく。
「この軸棒……元々ここにあったものなんじゃないのか?」
「どういうこと?」
「だとしたら——これ」
看板を調べると、木の板は紐で結びつけられていただけだ。あの兵士たちがくっつけたもののようだ。
高さ1メートル程度の軸棒には直径15センチの輪っかが等間隔でくっついている。上端は金属のコブが連なっているが折れている跡がある。
「……もしかして、この金属は屋根の一部なんじゃないか?」
この形状を見たことがある。五重塔や寺社の建物の、頭にくっついている金属製の飾り、「相輪」だ。
ここにある棒は、正確な形状ではなく曖昧な造りになっているが、それこそが「記憶を元に造った」という裏付けになりはしないだろうか?
つまり——ここにいた日本人が造ったものではないか?
「屋根の一部と言ったの? 土に埋まっているのに?」
「——ラヴィア、それだ」
ヒカルは閃いた。
「建物が、この地下に埋まっているんだ」
ヒカルはすぐにもこのことをケイティたちに報せるべきか迷ったが、あくまでもこの金属の棒が「相輪」であるというのは思いつきだ。もう少し調べてみようと考えた。
(地面の下に何かが埋まっている——埋めたのならその部分の地盤が緩いのは当然だよな)
ヒカルは谷へと向かう。急な斜面や崖になっている場所を迂回して、谷底に下りる坂道があった。下りていくと水音が聞こえるようになり、薄暗くなる。谷底にまでは日光が届いていないらしい。途中、50センチ程度のイモリのようなモンスターが数匹現れたが、1匹をラヴィアの火魔法で焼くと、あわてて逃げ出していった。
「谷底への道は踏み固められてる。あの兵士が言ったとおり、ここには何度も来ているみたいだな」
「どうして何度も来るんですか、ヒカル様?」
「パトロールの一環じゃないかな。あの塔を守るのは、なにも人間相手だけじゃない。モンスターだって遺跡を壊す。谷底も確認してモンスターを討伐してるんだろう」
「なるほど」
「おかげで僕らも安全に見て回れるというわけだけど……」
10メートル程度の幅しかない谷底。細い川が流れているきりだ。水の勢いはよいようで、あちこちで瀬音が聞こえている。
「あの看板があったのはこっちだよな……。気をつけて、ラヴィア、ポーラ。足場は悪い」
兵士たちも谷底を歩くことまではしていないようだ。ごろごろとした石が転がっており、歩きにくい。この先に何かあるのかと言われると、わからない。「直感」に従ってここまで来てみたが、もちろん「勘」だって外れることがある。
5分ほど進んでみた。転びそうになるラヴィアに手を貸して、瀬に足を突っ込んで靴を濡らして。
だが、なにもない。
「……あの兵士の言ったとおりかな」
「なにもない?」
「んー……そうだね。よし、引き返そう——」
「ヒカル様。あそこにもぬらぬらしたリザードのようなモンスターがいます」
ポーラが見つけたのは、先ほどラヴィアが焼いたモンスターの仲間だった。斜面にへばりついていたそのイモリはヒカルたちを見るとささっと逃げていく。
「——え?」
目を疑った。
イモリの姿がかき消えたのだ。
「き、消えた? なんで? ——あっ!」
ヒカルはあわてて「魔力探知」を発動する。
「!! ある! そこに空洞が——」
見た目は何の変哲もない急斜面だ。崖と言ってもいいほど。
だが「魔力探知」にはハッキリと反応が出ている——青い幕となって斜面を覆っていたのだ。
「ラヴィア、洞窟を隠蔽する魔法なんていうのはあるのか?」
「魔法でも、魔導具でもあるわ」
「よし——ちょっと待っててくれ。調べてくる」
ヒカルはラヴィアとポーラを残し、ひとり、青い幕へと近づいていく。目の前にあるのは単なる土の斜面だが、手を伸ばすと手応えなくすぅっとめり込んだ。意を決して足を踏み出すと、その先へと入ることができた。
「ヒカル!?」
「ヒカル様が消えた!!」
「大丈夫——中に入っただけだから」
中は暗くなかった。洞窟の外からの光が入り込んでいるのだ。ヒカルからはあわてた様子でこちらにやってくるラヴィアとポーラの姿が見えている。
ふたりと合流し、3人で改めて洞窟に入る。洞窟の伸びている先は、明らかに看板のあった方角だ。
「わあ……こんなところに洞窟があったのね……まるで宝物を見つける冒険物語みたい」
「大発見じゃないですか!? 宝物、あるかもしれませんよ!?」
「どうするのヒカル?」
ラヴィアに聞かれ、ヒカルは笑った。
「もちろんケイティ先生たちに報せるよ。——でもその前に、軽く中を見るくらいはしてもいいよな? 第一発見者の特権として」