遺跡へと続く道
文字通り「瞬殺」、だったらしい。東方四星と冒険者たちとの戦いは。
ソリューズの剣がピカッと輝くと男たちの剣が舞い上がり、あっという間に無力化、サーラも動いて詠唱を始めていた魔法使いを即座に沈黙させた。とにかくもうソリューズがすごかった——と、聞いてもいないのにクロエがヒカルに熱弁を振るった。
「お姉様……」
カウンターで受付嬢と話すソリューズの横顔を、うっとりと見つめるクロエ。なんだか開けてはいけない扉が開いてしまった気がするヒカルである。
ソリューズはその後、ギルドマスターと話をして、ギガントロックヴァイパーの討伐依頼を受けることにしたらしい。
「あたしは遺跡に行くわよ!」
翌日、朝。ホテルのラウンジで宣言したのはセリカだ。ソリューズ、サーラ、シュフィの3人でもギガントロックヴァイパーが相手ならば過剰戦力らしい。
食事を済ませると、「昨日は派手にやったそうじゃのう?」と訳知り顔で言ってくるボック伯爵と合流する。東方四星が勝手にやったことなのでしっかりと訂正しておく。
遺跡へは徒歩で向かう。
ボック伯爵を始め、お付きのメンバーももちろん徒歩だった。
ネコハの街を出て、山の裾野——針葉樹林帯へと入っていった。
『セリカのところのリーダーは性格悪いよな』
『昨日のこと? あれは必要な手続きよ。あたしたちって女ばっかり4人じゃない? そうすると侮ってくるヤツらが必ず出てくるのよ。王都中の冒険者ギルドをシメて回ったもんだわ』
ヒカルがこっそりと話しかけると、セリカは得意げに答えた。
『冒険者は良くも悪くも上下関係に敏感なの。モンスターが強いかどうかわからないと生き延びられないしね』
『それは一理ある……のか? バカにされるのがイヤってだけだろ?』
『違うんだなー。ああやって実力を示したおかげで、昨日もギルドマスターが出てきて直接話ができたでしょ? 情報収集するにはギルドマスターと話さなきゃ駄目なこともあるのよ。ギルドマスターは、ギルド間を結ぶ情報共有ネットワークの管理者だからね』
『そんなものがあるのか』
『特殊な媒体を使うみたいで、短文を送る1回の通信だけで金貨が飛んでくらしいけどね。それでも国の動向は把握しておかないといけないから、月1回は必ず通信してる』
高位の冒険者となるとその情報も教えてもらえるのだ、とセリカは言う。
『それで? なにか変わったことは聞けたのか?』
『ポーンソニアで国王が死んだみたいよ』
ヒカルの脳裏をよぎったのは、ウンケンのことだ。
『——暗殺か?』
『よくわかったわね。正解よ。暗殺者は殺されたらしいわ』
『そうか……』
死を覚悟して任務に赴いたウンケン。
彼は、クインブランド皇国とポーンソニア王国の2国の王を暗殺したことになる。
偉業……と言えなくもない。だが、彼の名前が歴史の表舞台に出てくることはない。知っているのはヒカル、クインブランドのカグライ皇帝、それに宰相くらいのものだろう。
ヒカルは瞑目した。ウンケンの魂は今ごろ天界で裁きを受けているころだろうか。
『それで、情報にはまだ続きがあるんだけど、聞きたい?』
『一応聞いておきたい』
『あら。てっきり王国には興味ないかと思ったのに』
『国王を始め、イヤなヤツらがいたってだけで、王国自体が嫌いなわけじゃない。——それで?』
『次期国王を巡って争いが始まったみたいよ。詳しい情報はないみたいだけど、第1王子が王都を追われて、要塞都市レザーエルカに避難したみたい』
レザーエルカ。その地名をヒカルも知識として知っている。
確か、ポーンソニアの衛星都市であるポーンド——ヒカルがこの世界に転移してきたその街——から、馬で10日ほど行った都市だ。
急峻な山脈を背後にした都市で、多人国家アインビストと隣接している国境の町でもある。
『ずいぶんいいところに逃げ込んだものよねー』
『知ってるのか?』
『行ったことあるもの。アインビストとの戦争を想定してるのが丸わかりで、分厚い城壁でぐるっと街を囲んでいるの。国境の関所も小さな要塞みたいになってるんだから。あれなら剣聖ローレンスが王女派閥についたとしても、落とせないわ』
『へぇ……』
ヒカルが感心していると、くいくいと服を引かれた。ラヴィアである——すこし、不機嫌そうな。日本語で話していたからだろう。
(ごめん、ちょっと他の人に聞かせないほうがいい情報だったからさ)
近くにはボック伯爵たちがいる。気のよさそうなボック伯爵だが、こちらの情報をまるで集めていないわけがない。昨日、東方四星が起こした騒ぎだってとっくに知っていたのだ。
(むう……)
(あとでちゃんと教えるよ……ちゃんと)
ヒカルはなんだか心に胸騒ぎがあった。「直感」1の仕事かもしれない。
王子と王女の戦いだけで終わらないような、そんな気がしていた。
それは歩き出してしばらくしたら、見えていた。
木々の上にひょこっとある、山のてっぺん。そこに生えている——塔。
山の上部は葉を落とした低木が続いていた。針葉樹林帯を抜けると一気に視界が広がる。
ちょうどヒカルたちは中腹におり、歩きだして1時間経ったので休憩である。
開けた場所で、座れそうな岩が転がっているだけの場所。それでも足を休めて水を飲むには十分だ。水筒で喉を潤すと、爽やかで心地よい。
「近いところに谷があるな」
「そうね……水も流れているみたい」
ヒカルが崖のようになっている谷を見つけると、ラヴィアも同意した。耳を澄ますとかすかに水の流れる音が聞こえる。
「で、あれが遺跡ってわけか」
ヒカルは山頂の塔を見やった。
円筒になっている塔だ。卒業証書を入れるケースを連想するほど、窓も何もついていないただの塔である。
そこへケイティがやってきた。
「なにか気づいたところはあるかね!?」
「先生……眼の色変えすぎですよ」
「す、すまない。そうだな、気が逸りすぎていたな……」
「まあ気づいたことはあるんですけどね」
「あるのか!?」
ヒカルはうなずいた。
「あたしもあるわ!」
いつのまにかやってきたセリカもまた、ヒカルと同じところに気づいたらしい——それくらいわかりやすい特徴があの塔にはあったのだ。
ヒカルが指差したのは、塔のてっぺんである。円形の周囲に沿ってつけられているのは巨大な「皿」だ。すでに錆びた金属製の皿は、傾いてこちらへと向いている。その数、4つ。
「あの『皿』は4つだけですか?」
「4つだけと聞いている。——まさか用途がわかるのかい? あれの用途は未解明なのだが!」
「むむ? まさかあの『巨人の笠』についてなにか知っておるのか!?」
今度はボック伯爵までやってきた。巨人の笠、などという名前までついているらしい。サイズも大きく、2、3メートルはありそうだ。
ヒカルはセリカに小声で聞く。
『たぶん電波の送信装置だよな』
『受信にも使えるんじゃないの?』
『一方的な送信だと思う。送受信するための中継塔にしてには、皿の向いている方向がこっち方面だけだし、それに』
ヒカルはボック伯爵に聞く。
「あの……『巨人の笠』でしたっけ? あれって他の場所にもありますか?」
「いや、あそこにしかない。他では出土されておらん」
やっぱり、とヒカルはうなずく。
『対になる送信装置がないってことは、一方的な送信装置なんだよ、あれは』
『それじゃあ、逆に受取手はなにを使って受信するの?』
『ここで出土したアイテムの目録に、ラジオみたいなものがあった』
『へぇ〜〜〜。よく作ったもんねぇ。やっぱり日本人かな?』
『たぶん』
ヒカルはちょっと考えてから、めちゃくちゃ期待している顔のケイティとボック伯爵に言った。
「えーと……僕らの推測が確かなら、情報を伝達する設備だと思います」
「情報を? 地脈の魔素を利用して遠隔地のペンを動かす『リンガの羽根ペン』のようなものか?」
「や、それは知らないですけど……」
セリカが「ギルドが使っているものよ!」と教えてくれた。1回使うだけで金貨が飛んでいくという情報伝達魔導具は「リンガの羽根ペン」という名前らしい。
「あの皿が向いている方角の、不特定多数に情報を送る手段ですね。……まあ、実物を見てからまた説明させてください。違うかもしれませんけど」
「うむ!」
「ほお……情報伝達の設備、のう」
電波について説明しても、おそらく理解されないだろう。山頂へ向けて再出発しながらヒカルは考える。
(電気のない世界に、電気の説明するのってめちゃくちゃ難しいよな……)
魔力のような、別のエネルギーと説明したらいいだろうか? 厳密にはエネルギーではなく波長なのだが、波長の概念から説明するのも長くなる。
悩みながら山頂を目指す。これまでよりもスピードが上がっているのはけして気のせいではないだろう。
山頂についたヒカルは、塔の正面にある両開きの鉄扉の前へとやってきた。塔の隣にログハウスが3つあり、遺跡を警備する兵士が常駐しているようだ。
山頂なので景色がよい。さほど高くない——標高でも500メートル程度の山々が見える。すぐ近くに谷があって、そこを川が流れている。
(電波塔……川……)
なんだか無性に川が気になるが、先にこの塔を調べるのが先だ。
直径10メートルほど、石造りの巨大な塔である。鉄の扉を開いて中に入る——と、魔導ランプの明かりが点る。
中は想像以上に簡素な造りだった。
足下は土が露出しており、内壁沿いにらせん階段がついている。高さ50メートルほどの塔の最上階に続いているらしい。
屋上付近にある最上階まで吹き抜けているのだ。
地上階は壁面に棚がついていて、テーブルなどもあったが、それだけだ。
「ここで発見されたアイテムはすべて引き上げてある。『巨人の笠』とそれに伴う設備だけが備え付けでの、上にある」
「私はここまでしか来られなかったんだよ……」
こんななにもない空間だけ見せられ、「階段の上にはいいものがあるけど見せないよ」という意地悪プレイを受けたらしいケイティは複雑そうな顔をする。
「そ、それはなんとも……すまなかったのう」
「いいのです。今見られるならそれで。——さあヒカル、行こう!」
「いや。行かない」
「なに!?」
驚愕してケイティがヒカルを見るが、
「あー、すみません。先に行っててもらってもいいですよ。ちょっと壁の落書きを読んでからにします」
壁面には文字が書かれてあったのだ。長い年月を経てほとんど消えかかっていたが、読もうと思えば読めないこともない。
「よ、読めるのか……!?」
「ええ」
セリカはすでに壁際でその内容を読み始めていた。ヒカルも横に並ぶ——と、こう書かれてあった。
日本語で。
『記念すべき第1回ラジオ放送 タイトル案
「ハロー異世界」
「お役立ち情報スペシャル」
「今日と明日の天気予報」
「僕とキュリィアの熱々の日々」(これには横線が引かれて消されている)
「お悩み相談塾」(「塾」の横に「塾ってなんて言ったらいいんだ?」と書かれている)
「DJ紹介」
「広告募集」』
ヒカルは思ったことをそのまま口にしていた。
『なんていうか、発足したばかりの放送部がやってそうな内容だな』
『あたしは、やることだけ決まってるけどなにをしていいかわからないユーチューバーかと思ったわ』
『それは言い得て妙だ』
とか話していると、
「な、なにがここには書いてあるのだね!? ヒカル!」
「あー……さっき話した推測が正しかったようです」
ヒカルはため息をついた——なんて説明したらいいんだよ、と思いながら。
「ここはラジオ局です。それも素人運営の」