冒険と龍と教会と
風邪ひいて動けませんでした。5万ポイント突破とか調子乗ったせいでしょうか……。
「【冒険探索神:アドバンススカウト】……?」
サーラが見せたものは4文字神だった。この世界では非常に希少であり、これが出現するということは上級冒険者の仲間入りも間違いなしというもの。
一体どんな効果が……と思ってサーラを見ると、こちらを怪訝な顔で見ている。
「……君、全然驚かないね?」
「あ、ああー、いや、驚いてリアクションを忘れたんだ」
言いつくろったが、ふつうの冒険者としては驚くのが当然だったようだ。
「やっぱりヒカルは、同じレベルの『職業』を——」
「違うよ、『東方四星』なら4文字くらいはあるんだろうなって心構えもあったしさ……それでこれってどんな効果があるんだ?」
「それは教えられない——と言いたいところだけど、ほんとに知らないのぉ?」
「どういう意味?」
「『冒険』がつく『職業』は冒険者からしたら憧れじゃん? ……まあ自分で言うなって話だけどぉ、冒険者同士で『職業』関係の情報交換してたら必ず話題になるし〜」
「そうなのか……」
情報交換をする相手がヒカルにはいなかった。ショックである。ここにきて「お前全然友だちいなくね?」と言われたようなものなのだから。いや、ヒカルとしても進んで友だちを作ってはこなかったわけなのだが。
「ごめん。友だち少なそうだもんね、ヒカルって……」
「やかましい」
「まあ、ちょっと調べればわかることだから教えたげるよお。『冒険』関係の『職業』は、『冒険者ギルドの依頼を遂行するとき』に『大きな能力補正』の恩恵が与えられるんだよねえ」
「……なんだって?」
「わかっているので5種類あってさ。この『アドバンススカウト』なら、偵察任務において高い能力を発揮できる。あとは、【冒険戦闘神:アドベンチャーバトルマスター】、【冒険魔法神:スピリットアドベンチャラー】、【冒険感応神:導かれし者】、【冒険人生神:リスクマイライフ】ってのがあるね」
「…………」
うーむ、とヒカルは考え込む。
引っかかったのは「冒険者ギルドの依頼を遂行するとき」というフレーズだ。
(このシステムは「智神」の加護を得た者が作り上げたんだよな? つまりこの世界システムの根幹に位置しているものなんだよな? 物理法則と同じ位置づけだ。……でも冒険者ギルドは「人間」が作り、「人間」が運用しているものだ。なのに、この「システム」が「冒険者ギルド」に関与しているってことは——冒険者ギルドは「神が作った」、みたいじゃないか)
悩んでいるヒカルを放っておいてサーラが笑う。
「にしてもさあ、『リスクマイライフ』ってすごいよね。この『職業』持ちは常に危険がつきまとうけど、まず死なない——っていう、いいんだか悪いんだかわからない恩恵があるみたい。だからわざわざ危険度の高い依頼ばっかり受けるっていう」
「その、『冒険』がつく『職業』は5種類だけなのか?」
「んー、今のところ知ってる範囲だとね。物の本とかだと3種類とか4種類とかしかないけど、冒険者のネットワークのほうが情報入ってくるからさあ」
ヒカルはため息をついた。この世界ではまだまだ書籍の情報は遅れているらしい。
それもそうかもしれない。魔法や「職業」などという、およそ現代日本には存在しなかったテクノロジーがあるにもかかわらず、この世界の科学は発展していない。ひとえに、魔法や「職業」が便利だからだ。みんななにかしらの恩恵を受けているのだから、わざわざ研究開発する必要がないのである。
同様に、記録を残したりといった文化がないのも同じ理由だろう。
(そう考えると、あの地下ダンジョンにあったポエルンシニア王朝の書庫はもったいなかったな。かなりの記録が残っていたようだったのに)
そんなことを考えていると、
「はい、次はヒカルの番。なんの『職業』を見せてくれるのかなあ〜? 5文字くらいは当然あるよね? やっぱり4文字? まさかの……3文字だったりして〜!?」
2文字です、とは言えない。
ヒカルはギルドカードを操作して、当初の予定通り【下級天ノ遣神:レッサーエンジェル】を見せることにする。サーラはいろいろ知っていそうだから、なんらかの情報を得られるかもしれない。
「————」
ヒカルの予想は当たっていたが、予想もしない反応も返ってきた。
「ちょっ、これって——え、え!?」
カードを見て、それからヒカルを見る。
あれ? なんだか様子がおかしい——と思っていると、
「シュフィ! シュフィってば! ちょっと来——むごっ!?」
「おい、なにしようとしてる!?」
いきなり馬車を振り返って大声を上げたサーラの口を塞ぐ。
「サーラさん、いったいなにがどうし——」
奥から出てきたシュフィと、何事かと顔を出したソリューズが見たのは——のけぞるサーラに接近して手で口を塞ぐヒカルの姿だった。
「——ほんとうに、いったいなにがどうしたというのでしょうかねえ……?」
にこやかながらも静かな侮蔑と怒りを燃やしているシュフィの視線がヒカルに突き刺さった。
「おい……ちゃんと誤解は解けたんだろうな」
それから15分が経っていた。御者台にヒカルはひとり残り、サーラはシュフィとともに先ほど馬車の中へと入っていった。安定的に走っているときには御者は特になにをするでもないので座っているだけでいいらしい。ただし手綱には触るなというのと、対向から馬車が来たらすぐに教えるようにとだけ注意されていた。
戻ってきたサーラはげっそりしていた。
「いやあ……ヒカルはだいぶシュフィに嫌われたね」
「好かれようと思っていないからなんの問題もない。——それで、まさかと思うが僕の『職業』をしゃべったりはしてないだろうな?」
「話してないよお。ごめん、さっきはあわてちゃって……」
「なんなんだ。そんなにレアなのか?」
「知らないの!? ——知らないんだろうね、知らないからそんなに平気な顔で見せられるんだよね」
「教えてくれるんだろ?」
「うん……」
サーラは馬の手綱を握った。変わらぬ針葉樹林が周囲には広がっている。
シュフィを気遣ってか、ひそひそ声で言う。
「……【下級天ノ遣神:レッサーエンジェル】ってのはさ、シュフィがずっと探していた『職業』なんだ」
「探していた……って。探せば得られるようなものなのか?」
「ああ、違うよお。その『職業』持ちを探していたんだ」
「なぜ?」
ヒカルは背筋にぴりぴりとしたイヤな予感を覚えていた。
「シュフィは一応教会にも所属しているんだけど、教会に伝わる伝説があるんだよねえ。まあ長いから要約すると、『悪がはびこり、龍が死に、神へと刃が届かんとするとき、終末が訪れる。神の子である人よ、《天の遣い》を探し、悪を討て』——そんな感じ。シュフィは東方四星の一員としてあちこち回ってるけど、《天の遣い》を探すことも目的だったりするんだよねえ」
「——それがこの『職業』なのか?」
ヒカルはギルドカードを弄ぶ。すでに「職業」欄は「シビリアン」に戻してある。人畜無害のシビリアンである。
「たぶん。というか、教会はそう信じてるんだよねえ。過去に『天の遣い』に関連する『職業』が顕れた人がごくわずかいるみたいだけど、どうしてそれが出てきたのか、理由は不明みたい」
「そいつらは『悪』と戦ったのか?」
「ううん。教会にマークされて、ずっと囲われてたらしいよお」
「はっ!」
鼻で笑ってしまった。くだらない。教会の自己満足じゃないかとさえ思う。「悪」とは具体的になんなのか?「天の遣い」であることの意味は? 効果は? その検証もしていないのではないだろうか。していれば、教会も広く告知して「天の遣い」に関係しそうな「職業」持ちを集めているはずだ。
「ヒカルはさあ、その『職業』がどうやって出てきたか知ってるの〜?」
おそらく、アースドラゴン亜種を倒したことが関係している。しかしそれだけなのだろうか? 過去にドラゴン系のモンスターを倒した冒険者は山ほど——とまでは行かなくとも、かなりの人数いるはずだ。
(ん……伝説では「龍が死に」だっけ?)
龍と言えば、ポエルンシニア王朝の遺跡で龍を解き放ったことがあった。「聖魔球」を砕き、電流のようにほとばしる龍が空へと昇っていった。そして龍は言ったのだ、
————よくぞ封印を解いた。矮小なる異世界人よ————
と。
ヒカルが異世界から来ていることも知っている。なぜ? と問うこともできない。
(あの経験が関係しているのか? でも、あのあとに「レッサーエンジェル」が出現したんじゃない。あくまでもアースドラゴン亜種を倒してからだ。……もしかして、その両方が必要なのか?)
ならば、うなずける。竜を倒したことのある人間は多いだろうが、龍と接触したことのある人間は少ないだろう。ましてや、その両方ならば。
「わからないな。確証を得ることは難しいし、立証もできない。大体、サーラはそれを知ってどうする? 僕の秘密は誰にも話さない約束だろ?」
「ん〜〜好奇心を満足できるかなあ?」
こいつなかなか面白いな、とヒカルは思う。仲間の旅の主要な目的よりも自分の好奇心が先に来ている。
「とりあえず、この『職業』がどんな効果なのかはサーラも知らないんだな?」
「知らないよお。ていうか、眉唾だと思ってたしね。もしかして翼が生えたりする?」
「ない」
「頭の上に輪っかがつく?」
「ない」
天使のイメージってこっちの世界でも同じなんだな、とヒカルが思っていると、
「無性に蛇を食べたくなる?」
「ない。……蛇を食べるのか? 天使が?」
「え、食べるでしょお。天使って言ったら蛇食いでしょ」
まったく違うイメージだった。
「っていうかヒカルが天使って……うぷぷ」
「笑うな。僕だってむずがゆいんだ。——それで、このお遊びは終わりだな」
「あ、そうだねえ。でもさあ、ヒカルは絶対別の『職業』持ってるよね? 見せて!」
「ヤダ。というか交換だろ?」
「もうないもん!」
「もうないの?」
「ないよ! というか、ふつうは2つくらいで多くても5つとかだよ。3つってのはちょっと多いかな? ってくらい」
「へー」
「——ヒカル?」
そこへ馬車からラヴィアが顔を出した。昼寝から目を覚ましたらしい。
「おっと、ラヴィアが起きたから戻るわ。あとはよろしく、御者さん」
「くうっ、このリア充め!」
リア充、なんていう言葉もあるんだなあとそんなことを思いながら馬車へと入った。
馬車の中は御者台に比べるとずっと温かだった。
「……ヒカル、サーラさんと仲良くなったのね」
「仲よさそうに見えた?」
「ええ。ずるい……わたしもヒカルともっとお話ししたい」
家にいたときも、この旅程でもかなりラヴィアとは話をしているほうだと思っていたが、まだまだ足りないらしい。
そんなラヴィアがたまらなく可愛らしく思えた。
「リア充のオーラが馬車から漂ってくるう〜!」
御者台からそんな叫びが聞こえたとか、聞こえないとか。
徐々に世界観を明らかにしつつ、ようやく遺跡に到着します。





