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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第1章 「隠密」とスキルツリーで異世界を生きよう

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移送の手配

日間ランキング4位、週間ランキング2位をいただきました。ありがとうございます。ありがとうございます。

前作が半年かかって完結し、貯まったポイントが4日で抜かれるという驚異に震えています。

 ヒカルの質問に、パイをナイフでカットしていたジルの手が止まる。


「……それ、どこから聞いたの?」

「立ち話で耳にした」

「いやいやいやあり得ないでしょ! 前にも言ったけど、これってかなり高レベルの機密なんだよ!?」

「それで小さな女の子が犯人なんだろ?」

「————」


 今度こそジルの口がぽかんと開いて言葉が止まった。


「……どうなんだ?」

「い、言えないよ。アタシはそんなこと」

「ほら、メニューだ。なにが食べたい?」

「言っていいことと悪いことがあるわ。守秘義務に抵触するからこれ以上は……」

「僕が聞いたことを悪用しそうだって思うか?」

「ごめん……」

「……いや、こっちこそ。この言い方は卑怯だった。あなたは善意で僕の質問に答えてくれている。だけれどそのせいであなたが不利益を被ることはよくない」

「…………」


 さて、どうするか——ヒカルは背もたれに身体を預けながら考える。


(これ以上聞けないとなると、やっぱり屋敷に侵入するしかないかな……)


 すると、ジルが、


「……ねえ、どうしてそんなことを知りたがるの? 確かにこれはビッグニュースだけど、ふつうは興味ないでしょう。伯爵様が殺されたかどうかなんて」

「それは——」

「ねえ、ヒカルくん。あなたはどこかのボンボンで、勢い任せで家出して、生きていくために冒険者をやってる……そうだよね? アタシの推測、間違ってないよね?」

「……そうだな。大体そんなところだよ。僕は他に生きていく術がない」


 続けて言うなら「帰るべき家もない」のだけれど。


「実家が、モルグスタット伯爵となにか関係があるの?」

「いや、ない」

「じゃあどうしてそんなに気にするの?」


 しくじったな、とヒカルは内心で唇を噛む。

 ヒカルが想像していた以上に、モルグスタット伯爵の案件はトップシークレットだったらしい。


「友だちが……ひどい目に遭った」

「……友だちが?」

「ああ。モルグスタット伯爵に迫害されたと言ってもいい。だから、彼が死んだのか、どうなのか、知りたい」

「————」


 ジルがこちらを見てくる。

 ヒカルも彼女を見返そうと思って、一瞬考える。

 確か、ウソをつく人間は2パターンの反応があり、ひとつはまったく相手を見ない、相手の顔を見ることができない。もうひとつは「信じさせよう」として相手の目をはっきり見る。

 ちらり、とジルの目を見て小さくうなずき、後は水を飲むようにした。


「……うん、ヒカルくんの言うことに悪意は感じられない」


 そう言えばジルは「人の裏の感情に敏感」とかいうことを言っていたな、とヒカルは思い返す。

 意識的にウソをついていない演出をしたが、する必要はなかったかもしれない。


「どうせ公になることだから、これだけなら言ってもいいかな……3日後、ある人物が王都に護送される。もうこれだけだからね」


 ジルはため息交じりに言った。


(「ある人物」……犯人、か。あの少女だな。しかも3日後——この情報を冒険者ギルドが知っているということは)


「まさか、冒険者が護送の任務に当たるのか? どうして——」


 ジルは「これ以上は言わない」とばかりに、ぱくぱくとパイを食べている。

 ナイフで器用に一口サイズに切って口に運ぶ。

 その動きは非常にスムーズで職人芸のようでもある。


(伯爵邸には騎士がいた。騎士は一般兵よりもはるか格上の存在だ。そんな彼らがいるのにどうして冒険者が護送をする? ……これはまだなにか裏がありそうだ)


 そうこうしているうちに「ツイントルネードジュース」が運ばれてきた。

 丸いメロンのような形をした、金属製の器。

 そこにストローが刺さっている——2本。


「はい」

「……ん?」

「はい、って」

「いや、これ、え? ストロー2本刺さってないか?」

「そうよ。『ツイン』でしょ?」

「いやいやいやいや」


 カップル飲みだ! バカップルが飲むヤツだ!

 ジル自身も恥ずかしいのか頬が赤くなっている。


「言ったでしょ。アタシも飲んでみたかったけど、飲む相手がいなかったんだ、って!」

「あんだけ言い寄られてるんだから男なんて選びたい放題だろ?」

「だーかーらー、アイツらは下心ありありなのよ!」

「ああ、そういうことか……」


 ヒカルは納得する。


(僕は人畜無害に見えるからいいのか)


「わかった。それなら飲もう。ただあなたが先に飲んで。飽きたら僕が飲むから」

「…………」

「……まさかいっしょに飲みたいとか——」

「そ、そんなわけないでしょ? なにうぬぼれてんのよ!」


 ジルは抱え込むようにして「ツイントルネードジュース」を飲み始めた。


「はー美味しー。まったくもう!」


 などと言いながら結局彼女が全部ひとりで飲んだ。


 残:1,430ギラン(+7,500+α)




 その日の夜——日付も変わろうかという時間帯。

 モルグスタット伯爵邸の前に現れたのは黒い上下を着た少年——ヒカルである。

 マントはひっかかったりと邪魔になる可能性があるので置いてきた。

 ただ、その顔には今までなかったものがついている。


「お面」である。


 薄い金属板で造られたお面が神殿に売られていたのだ。

 人気のある「太陽神」「武神」「商売神」の像をかたどったもので、たったの10ギラン。

 ヒカルが買ったのは「太陽神」のもので、きりっとしたアゴのラインに、薄い眉が横に流れているものだ。彫りが深くないのでヒカルの顔にも合う。

 鈍い銀色で、目と鼻の部分が空いている。ヒカルは口にも空気穴をこじ開けた。


「さて、と……結局正面から行くしかないよな」


 ヒカルは、少女を救うつもりだった。

 モルグスタット暗殺を成功させたヒカルに、少女は逃げ道を示してくれた。その理由はわからない。


「……僕の代わりに殺害犯になってもらうってのは、気にくわないよな」


 背後の事情はまったくわからない。調査をしたかったけれどもヒカルに人脈的なツテはまったくない。直接警備兵に話を聞こうものなら疑われるだけだろう。

 実はこの時間まで、街にある警備兵の詰所に忍び込んで話を立ち聞きしてきた。

 しかし、空振り。

 彼らのもっぱらの話題は「酒」「バクチ」「女」に「上司の愚痴」だった。


「足が棒のようだよ……」


 1日歩き回るという慣れないことをしたせいでヒカルは疲労を感じていた。

 ソウルボードで「スタミナ」や「筋力量」にポイントを振りたいところだが、今のところポイントはゼロだ。

 ただ「収穫もまたゼロ」というわけではなかった。

 少女は、日本で言う警察機構——治安捜査庁の拘置所にはいなかった。警備兵の詰所にもいなかった。

 おそらく少女は伯爵邸にいる。


 正面の門は閉ざされているが通用口は施錠されていない。通用口にいる門番はヒカルが通り過ぎたことにまったく気づかない。

 前回来たときは雨だった。

 今は、青い——地球と比べるとかなり青さを感じる、月が屋敷を照らしている。


「ん」


 正面玄関のドアに、カギがかかっていた。前回はここから入れたのだ。


「……そりゃそうだよな。暗殺事件があったんだ。警備のレベルは上がっているはずだ」


 ヒカルはにやりとする。


「だけど、こっちの『隠密』レベルだって上がってるんだぞ?」


 すでにギルドカードの「職業」は「隠密神:闇を纏う者」だ。

 ヒカルは建物をぐるりと一周する。

 窓には木戸がはめられている。いざとなればこれを外すしかないだろう。中の窓ガラスは簡単なかんぬきが掛かっているものだろうから、窓ガラスを割る必要がある。

 なるべくなら痕跡は残したくないが——。


「あれは……?」


 ヒカルが目にしたのは、裏手の勝手口だ。

 そこがうっすら開いている。

 中から漏れる一条の光が、勝手口のそばに立つふたりの男女をほのかに照らす。


「——もう、行ってしまわれるのですか……?——」

「——任務が終われば王都に帰らねばならない——」

「——寂しい——」

「——すまない。きっと手紙を書くから——」


 男のほうは見覚えがないが、着ている服や腰に吊った剣からもおそらく騎士だろう。

 そして女はメイドだ。


(……ここの騎士って伯爵が無理に雇用してるんだっけ。そんなんじゃモチベーションも上がらないよな。だからってメイドをナンパしてんじゃねーよとは思うけども。そんなだから屋敷の主を暗殺されるんだよ)


 その横をそろりと歩いていき、ヒカルは勝手口を開いて中へと滑り込んだ。

 ドアを開けた瞬間、光がふわっと広がったせいで男女はびくりと身体を震わせ、闇のほうへと逃げていく。

 中から誰かが来たと勘違いしたのだろう。

 ヒカルの姿がそこにはあったはずだがまるでそこだけ目に映らなかったかのような行動だった。


(相変わらず「隠密神」はすごいな)


 勝手口から入ると、すぐに倉庫があり、隣は厨房だった。

 弱い明かりが点っているだけで人気はない。

 ヒカルはずんずん進んでいった。「隠密」スキルのおかげで細かいことに気を遣う必要がなかった。

 2階へと進み、まずはモルグスタット伯爵の部屋へと向かう。


「む」


 がっちりと施錠されている。


(これはダメだ……僕のスキル的には「開錠」とか「罠解除」とか覚えたほうがいろいろとはかどる(・・・・)んだろうけど……そういう項目は今まで見てないんだよな)


 いずれにせよポイントもないのだが。


 壁に耳を押し当ててみる。音は聞こえない。

 廊下にはヒカル以外誰もいないのを確認し、コンコンとノックしてみる。


「……いないか」


 反応はやはりなかった。

 ヒカルはそれから隣の部屋を調べてみる。

 空室だった。

 しかしその隣には人の気配があった。


(女だ)


 部屋に入った瞬間、むわっと香水の香りがした。

 天蓋つきのゴージャスなベッドに、女が横たわっている。

 目鼻のはっきりした派手な感じのする女だ。ぐっすり寝ている。


(伯爵夫人……と言うには若すぎるよな)


 鏡台には指輪やネックレスの類が無造作に置かれてあった。


(愛人か? それか第2夫人とか……)


 指輪のひとつを手に取ってみる。暗くて色はわからないが、ヒカルの親指の先ほどもある宝石がついている。


(盗むのは簡単だけど、こういうものは売るときに足がつく。高価になればなるほどね)


 ヒカルは「まずは金を稼ごう」と決めたときに、ねずみ小僧よろしく「悪代官」だけをターゲットにその資金を盗むことも考えた。

 だが、いくつかの理由でダメだと結論づけた。


 1つは、金庫のカギを開けられないことだ。

 2つは、指輪などの貴金属は足がつくので盗んでも換金できないことだ。

 3つは、現金を盗むとしても大量の金貨は重量があるために持ち運べないことだ。


 少量ならそもそも冒険者ギルドで稼げばよく、盗みというリスクを冒す必要性がない。

 大量の金貨を運べる——これまた定番の「アイテムボックス」とか「次元収納」のようなものがないか、「ツイントルネードジュース」を飲んでいたジルに聞いてみたが、答えは、


「どこかの国の国宝であったような気がする」


 という程度だった。売り出されているようなものではないらしい。

 確かに、あったとしたら流通に大革命が起きている。地球であった「IT革命」のようなものがこの世界でも起きているはずだ。それはすなわち、この異世界がSFのように進化しているであろう可能性である。

 だけれど、あくまでも商人は馬車で荷物を運んでいるし、重い荷物は人を使って上げ下ろししている。

「智神」の「職業」持ちが造ったという「ソウルカード」システムはやはりオーバーテクノロジーなのだ。


 盗むという選択肢はない。

 なので、指輪を戻して廊下へと出た。

 他の部屋を調べると——1つだけ怪しい部屋があった。


(本だ……)


 壁に本棚が備え付けてあり、大量の本があった。そのほとんどは「冒険物語」だ。

 ベッドのサイズや内装のファンシーな感じからして部屋の主は十代だろう。


(あの少女の部屋だろうか)


 衣装棚を開けると、見覚えのあるパジャマが出てきた。


(やっぱり——うわ!?)


 その下からはストライプ柄の下着が出てくる。

 あわてて棚を閉じるとバタンと大きな音が鳴った。


(やば)


 小走りにベッドの陰に隠れる。


「誰かいるのか?」


 すぐに部屋のドアが開かれる。

 魔力によって明かりが供給される魔導灯。これに指向性を持たせることで懐中電灯になる。

 明かりが部屋を舐めるように照らす。

 隠れているヒカルのつま先すれすれを明かりが走った。


「……本が倒れただけか」


 独り言のように言うと、その人物は去っていった。

 あの騎士だ、とヒカルは思った。少女を「犯人とする」ことに反対していた騎士だ。


「職務熱心なことだ」


 ヒカルは少女の部屋から出た。




 2階にはめぼしいものがなかったので1階へと下りる。

 すると——言い合うような声が聞こえてきた。


「——こんなときに不謹慎だとは思わないのか——」

「——お前がきまじめ過ぎるんだよ、イースト——」


 それは勝手口の方向から。

 先ほど少女の部屋へと飛び込んで来た騎士が、勝手口からメイドといっしょに戻ってきた騎士を見つけて咎めているようだ。


「——我々の任務はまだ継続中だぞ——」

「——任務が終われば帰らねばならない。だから今別れを告げているんだ——」

「——任務中にやるな——」

「——わかった、わかった。この警護任務の手柄は全部お前にやるから——」

「——手柄など関係ないだろうが。それに私が言いたいのはそういうことでは——」


 言い合いなら勝手にやってくれ、とばかりにヒカルは1階を探索する。

 だが言い合いが聞こえてしまったのか数人の使用人が目覚めてこちらへやってくる。

 それを部屋の隅でやり過ごし、入れ替わるようにヒカルは屋敷の奥へ。


(こっちは使用人の部屋っぽいな。ハズレか……ん?)


 通路の突き当たりに、地下へと続く階段があった。

 その階段脇には騎士のひとりが——きまじめなイーストという騎士とともに神殿にいたあの騎士だ——イスに座っていた。

 座ったまま、居眠りしていたのだが。


(これは好都合)


 腰からカギの束をぶら下げている。

 革紐で5本のカギをまとめた金属の輪を結んでいるのだ。

 騎士のそばに近寄って、ヒカルは革紐を解こうとした。


(ん……なんだこれ、固すぎる。ほどけない。革紐はどこにつながってる?)


 革紐はそのまま騎士のズボンの中に入り込んでいる。


(…………)


 絶望的な気持ちになった。

 ここに手を突っ込まなければいけないのか、と。


(い、いや、ひょっとしたらカギが開いているかもしれない)


 薄い可能性に望みをかけてヒカルは階段を下りていく。すると鉄の扉があった。

 もちろん、カギはかかっていた。


(ですよねー)


 ヒカルは階段を戻っていく。


(どうやって取り出す? 強引に引っ張ってみる? ……これは起こしてしまうよな。じゃあ、革紐を切る? 悪くはない。もし今日、救出ができなかったら警備をよりいっそう強められてしまうというデメリットはあるけど。あとは……粘土で型を取る、か。合い鍵を造ればいい。……合い鍵造るのにどれくらいで時間がかかるんだ? それにカギは5本あった。一気に合い鍵を造ってくれって言って業者は疑わずに造ってくれるか?)


 そんなことを考えていたときだ。


「おい。起きろって。なに寝てんだよ」


 イーストと言い合いをしていた騎士が、居眠りしていた騎士を起こすところだった。

 ヒカルは階段の陰に身を隠す。


「ん? あ、ああ……寝てたか」

「くくく。イーストに怒られるぞ?」

「くぁ……黙っててくれよ。頼むわ」

「わかった、わかった。そんで、嬢ちゃんの様子は?」

「ああ——そういや今晩はまだ見てないな」

「おいおい。さすがにチェックしないのはまずいぞ」

「今から行こう」


 のっそりと立ち上がった騎士がこちらに来る。


(え——)


 すっ、と血の気が引く。

 これはまずい。

 階段は途中で一度左に折れるが、一本道だ。

 狭く、ふたり並んでは下りられない。

 突き当たりはドア。隠れる場所はない。

 つまり——バレる。


(マズイ。どうする。どうする)


 ヒカルはとりあえず階段を下りて左に折れて息を殺す。


「くぁ〜あ。こうもなんもしてないと身体がなまるんだよなあ……」

「お前も来りゃよかったんだ。メイドといっしょに夜の運動も楽しいぜ?」

「あのなぁ……うちにゃ嫁も子どももいるんだよ」


 こつ、こつ、と階段を下りてくる。


(しくじった。こんな袋小路を見に行くんじゃなかった。だから追い込まれるんだ。くそっ……違う、今は後悔している場合じゃない。ここをどうやって切り抜けるか、だ)


 ヒカルの脳裏に、ある言葉がよみがえる。



【暗殺】……相手に気づかれず攻撃を行った場合、攻撃が致死性を持つよう補正が加わる。最大で3。



(ここは、下りてくる相手からは死角。『相手には気づかれず攻撃』できる……)


「腕力の短刀」を握りしめる。


(初太刀で先頭を仕留める。幸い相手は鎧じゃなくて服。声もほとんど出ないはずだ。そのまま身体に隠れてこっちに引き倒す。なにが起きたのか後ろの騎士はわからないだろう。様子を見に来たところでもう一度……)


 殺す。


 と心に考えたとき、心臓の鼓動が高速になっていくのを感じた。

 彼らになにか罪があるわけではない。

 ただ、ヒカルが隠れるのに失敗したから殺すのだ。


「しかしポーンド勤務もようやく終わりかと思うと……」

「名残惜しいか?」


 自分にやれるか、という不安。

 うまくやれるのか、という不確実性。

 関係ない人間を殺すのか、という罪悪感。


「バカ。せいせいする」

「だよなあ、まったくだぜ」


 汗ばむ手で、短刀を握りしめた。

 あと、3段。


「戻ったら派手に酒場でも——」


 行く。



「騎士様!!」



 飛び出す瞬間、女の声が降ってきた。


「どういうことですか!? 今イースト様に聞きました! 騎士様は酒場の女にも声をかけてそこに泊まっていることもあるのだと——」

「へ!? あ、い、いや、なんのことかなぁ?」

「イースト様がウソをおっしゃったのですか!? それとも騎士様がウソをついているんですか!?」

「ま、待て、待て待て、落ち着いて。その包丁は下げよう、な?」


 先ほどのメイドらしい。

 こつこつこつと階段を登っていく騎士。


「おいおいおい……二股がバレたのか?」


 それに続いていくもうひとりの騎士。


(……行った……)


 ヒカルは全身で脱力した。その場に座り込んだ。

 息が荒くなる。身体から汗が噴出する。


(でも、ここで休んではいられない。同じことの繰り返しになる)


 ふにゃふにゃになりかかっている身体にムチを打ってヒカルもまた階段を登っていく。


「——信じられません!——」

「——俺が好きなのは君だけだよ、ほんとうだよ——」


 包丁を両手で構えたメイドと騎士が言い合っている。

 その後ろから、カギを持った騎士が歩いて行き——ドアを開けるために鍵束から抜いておいたのだろう、1本のカギをイスにちょんと置いてメイドへと向かった。


(今だ)


 ヒカルは階段から飛びだしてカギを手にした。

 その姿は誰にも気づかれない。

 階段を下りる。カギを使う。鉄の扉を押し開く。内側からロックできるのを確認すると、手ぬぐい代わりにしている布きれをドアに挟んで閉まらないようにする。階段を戻ってイスにカギを置いた。


「——危ないって、包丁は振り回しちゃダメだ——」

「——おいおい、ヤバイな——」

「——わあああああ——」


 そちらの騒動もしばらくかかりそうだ。

 ヒカルは階段を下りると鉄の扉から中へと侵入した。


(ふうううぅぅぅぅぅ……)


 危なかった。

 ヒカルは猛省した。自分のうかつさを。そして、覚悟が定まっていないことを。


(罪のない人間を殺す可能性……これは今後もつきまとう)


 ならばどうするのか。

 殺す覚悟をしておくべきなのか。


(……違う。たぶん僕は、理由の薄い人殺しをしたら歯止めが利かなくなる。面倒なことがあったら「殺せばいいじゃん」と思うだろう。だから僕は全力を尽くさなきゃいけない——余計な人間を殺さないで済むよう、全力を)


 そのためには事前にあらゆる可能性を検討すべきだ。

 現場ではできうる限りの注意を払うべきだ。


(よし、行こう)


 気持ちを切り替える。


(反省は、もう一度後でやろう。今は行動途中だ)




 そこは、物置代わりの倉庫だった。

 なにが入っているのかわからない、袋やら木箱やらが乱雑に積まれている。

 その奥に部屋がつながっていた。

 ヒカルの立っている位置からでもわかる——鉄格子があった。

 鉄格子の表面には古代文字が刻まれており、青白く光っていた。魔法による封印だ。


 牢屋だ。

 それも、めちゃくちゃ強固な。

 だけど牢屋の中は整っていた。

 クッションの効いたイス。

 壁には絵画がかけられ、ベッドもヒカルの泊まるビジネスホテルより質が良い。

 テーブルには本が積まれている——冒険小説の本だ。


「……誰かそこにいるの?」


 銀髪に青い目をした少女が、そこにはいた。

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