「東方四星」の実力
突然の闖入者に驚いたのはルダンシャ代表を始め、兵士たちだ。だが兵士たちの中には「東方四星」の名を知る者もいた。
「『東方四星』? ポーンソニアの冒険者じゃないか! なぜフォレスザードに」
「ランクBだと聞いたことがある」
「ランクBだからなんだ! 取り乱すな!」
兵士は警戒を強めるが、サーラはすました顔だった。
「冒険者風情が横から出てきて鬱陶しいったらないわ! 3人まとめて押さえつけなさい!!」
キンと甲高い声でルダンシャ代表が号令すると、兵士たちが動き出す。広い室内とはいえ所詮屋内。あっという間にその距離は縮められるだろう。
「さ、サーラさん!」
「——そろそろいいかな〜?」
「なにがです——ひゃっ!?」
リュカは自分の腰に、サーラの手が回されたことに気づいた。空いた反対の手でサーラはポケットから黒い球を取り出し床にたたきつける。
噴出する紫煙が瞬く間に彼女たちの姿を隠す。それどころか兵士たちの視界を奪っていく。
「なんだ、これは!?」
「入口を塞げ! 逃げられるぞ!」
「同士討ちに注意しろ!!」
「おうっ!!」
訓練された兵士たちは口元を手で覆い、注意深く目を凝らす。
そんな中、リュカはサーラに引き寄せられるまま走り出した。
「わ、わ、わ、わ!?」
「煙吸うと咳き込んじゃうから、息止めてね? 30秒くらいできる〜?」
こくこくとうなずいたリュカだったが、サーラのやろうとしていることがわからない。いつの間にかサーラは老女の手も引いて、部屋の反対側——大通りに面した窓に立っていた。
リュカは目を瞠る。窓にべっとりと、赤い塗料がついていた。こんなものついていた記憶はない。サーラが出現する直前につけたであろうことは明白だった。
サーラは窓を開く。外から空気が流れ込んで煙が薄れていく。
「窓から脱出するのか!?」
「バカめ! ここは3階だぞ!!」
兵士たちもこちらが見えるようになったらしい。彼らの言うとおり、このフロアは3階だ。真下に大通り。クッションになるようなものもなければ、伝って降りるような街路樹もない。
飛び降りたらただでは済まない。
「じゃ、跳ぼっか〜」
ただでは済まないというのに、サーラはなんともないように言う。
「…………」
リュカは、サーラから差し出された手をつかんだ。
サーラを信じた。
なぜ信じたのかと言われればわからない。窮地に現れた人だからか、単なる勘か、あるいはこのまま母に捕らえられるくらいならと考えた結果の「あきらめ」かもしれない。
「ひ、姫様、なりません! 危険です」
兵士が駈け寄ってくる。あと数秒でここにたどり着く。
「私……行きます!」
「あい」
「——えっ?」
リュカは自分の身体が宙に浮くのを感じた——サーラが、ぶん投げたのだ。彼女の細身のどこにそんな力があるのかというほどの勢いでリュカの身体が宙に投げ出された。
「あ、わ、あ——」
身体は大地に向かって加速していく。両手で空中をもがいたが、なにかをつかむことはできない。
落ちていく。そのまま地面にぶつかればどうなってしまうか——リュカはぎゅっと目を閉じた。
「『歌うはやむことなき旅の歌、歩みを止めぬ風の旅人よ、我が力となれ——空圧結幕』」
落下するリュカの身体になにかがまとわりついた。服を、頬を、髪を、指先を引っ張っていくような感覚。それは周囲に生じた空気の塊だった。
落下速度は大きく減じていき、やがてゼロになる——リュカのつま先が地面に触れた瞬間、膨張した風船の口から空気が出ていくように圧縮された空気が拡散していく。
「————」
なにが起きたのかわかっていないリュカは、目をぱちぱちすることしかできなかった。
「サーラのやることはいつもめちゃくちゃなのだわ!」
「まぁ、まぁ、いいではありませんか。セリカさんなら対応できると考えてのことでしょうし。サーラさんの信頼の証ですよ」
「ものは言いようということね! でもあの赤い塗料の合図を見逃してたらどうするつもりなのよ!」
リュカの前に現れたのは黒く長い髪を持った——ヒカルのような色合いの髪を持った、魔法使いと、豊かな胸の冒険者らしき女性だった。
そして、
「髪の毛がぼさぼさだ——手荒な真似をして済まなかったね。でも、ほんとうに助けるべきかわからなかったから、ギリギリのギリギリまで様子を見ていたんだ。——この辺りは事情の説明不足だとして、責められるべきはヒカルくんだろうね」
リュカの髪をなでてくれた女性。明るい金髪をシニヨンにしており、その顔はちょっと見かけないような美貌を誇っていた。
胸につけている銀色の胸当てが輝いている。
「私はソリューズ=ランデ。冒険者だ。私たち『東方四星』はリュカ=ロードグラード=ルダンシャを守るために来た。君が、そうだね?」
すぐさまうなずいたリュカは、
「ヒカルさんが、あなたたちを?」
「——ヒカル『さん』か、なるほど、有力者の三女だと聞いていたけど、彼の知り合いであることは間違いないようだ。彼のツテは十分活かさせてもらおうかな」
そうこうしているうちにサーラが、老女を小脇に抱えて飛び降りてきた。セリカがまたも魔法で空気圧クッションを作り出し、衝撃を吸収している。
「ばあや!」
「ひ、姫様……腰が抜けましたよ、わたしゃ」
「おっと、窮地を脱して感激しているところ悪いけれど、急いでこの場を離れたい。追っ手は山ほどいるんだろう?」
「私たちを逃がしてください」
「もとより、そのつもりさ」
建物から兵士たちが飛びだしてくる。
「さて、その前に——一度、彼らの心を折っておかないとね」
ふらりと歩き出したソリューズの背中に、立ち上るような自信を見た。
それから1時間後——「東方四星」に守られたリュカと老女は、ルダンシャの追っ手を振り切って、行方をくらましたのだった。
シルベスターによる合同結婚式、クロードとリュカの結婚についてはルマニア、ユーラバから「7カ国会議で話すべき内容ではなく、キリハルとルダンシャで協議すべき」という反対意見が出た。
しかしながら筆頭大臣ゾフィーラは「キリハル、ルダンシャの2地域はすでに国家体ではなく、地域代表権しか持っていない。よって、地域を越えた決めごとについては上位組織である連合政府と代表者会議——つまりこの場で決めることが望ましい」と反論。最終的な投票結果は5:1で可決となった。
リーグの父、ビリオンは、「賛成」に1票を投じた。
今後始まるであろう合同結婚式そのものが大きなビジネスになること、また最初に首を突っ込んでおかないとルマニアにとって有利な決めごとを作れないことから、実利をとって「賛成」の体裁を整えたのだ。
(……これで合同結婚式は、父の監視下で進めることになってしまいましたね……。でも今は、一歩進んだことを喜びましょう。それよりも——心配なのはリュカさんです)
会議が終わったリーグを待っていたのはローイエだ。
もちろん、ローイエたちはリュカを発見することができなかった。彼女の宿に向かうと兵士が大量に集まっており物々しい雰囲気であったが、探りを入れると「行方不明」になっているらしい。
クロードがルダンシャ代表に突撃しようとしているのをミハイルとイヴァンのふたりが押さえ込んでいるところらしい。
「今から来てもらえませんか?」
「……私は、無理です。これから父と、会議についての振り返りがあります」
「ううう」
ローイエが情けない顔をしたので思わずリーグは苦笑する。
「連合のみんなに声をかけてください。もう、つながりを隠す必要はありませんから。特にシルベスターさんとエカテリーナさんは力になるはずです」
「わ、わかった!」
ローイエが走り去る。
これで、決着がつけばいいが——とリーグの胸には不安が立ちこめていた。しかしその日の夜遅く、ローイエから伝言があった。「全員無事合流。冒険者の助けあり」と。
「……冒険者?」
その言葉の意味するものがさっぱりわからず、リーグにしては珍しく長いこと首をひねっていた。
ヒカル(煙幕欲しいな……)





