凄みが利いてるウンケンさん
レッドホーンラビットの査定はジルではなく専門の人が行うということだった。
ジルがベルを鳴らすと、奥の部屋からひとりの老人がやってきた。
総白髪の長髪だ。頭の上でひとつお団子を作っているが、あとは流れるがままになっている。
鼻の下のヒゲ、あごひげとくっついて首から上が白髪の塊みたいになっていた。
身長は150センチくらい。ヒカルよりも頭半分小さい。
「ノーム……?」
ぽつりとヒカルがつぶやくと、ジルが横から囁いた。
「マンノームという種族よ。その辺りに触れられると怒るから黙ってて」
「はあ」
また面倒なヤツが来たのか、と思っていると、
「ジル! この忙しいときになんじゃ。もうすぐ王都からお客さんが来るのだぞ」
「わかってます。でもウンケンさんでしょう、レッドホーンラビットが獲れたら自分が査定するって言い張ってたのは」
「む?」
そのとき初めてウンケンの視線がヒカルへと向いた。
「……ほう」
油断なくヒカルの全身を確認したと思うと、そのままくるりときびすを返して奥へと進んでいった。
「この奥の廊下を通り抜けると、別棟があって。そこが解体場だから。ウンケンさんについていって」
ジルがヒカルの肩をトンと叩いてカウンターに戻っていく。その親しげな行為を見た冒険者たちが殺気立つ。
「……そういうのを止めろって言ったのに……」
脱力気味に、ヒカルはウンケンの後を追った。
解体場は、日本で見たなら「ずいぶん大きいガレージだな」と思うだろうような建物だった。
木造ながら、うまく梁が組まれているためにこの巨大な空間を確保できるのだろう。
剝き出しの梁からはフックつきチェーンがぶらさがっていて、ここで大型動物を吊して解体できるようだ。
「出してみな」
石造りのテーブルに、ヒカルは袋を置いた。
ウンケンは袋の中からレッドホーンラビットを取り出し、中を検分する。
「…………」
その間に、ヒカルはウンケンのソウルボードを呼び出す。
先ほどの油断のない物腰が気になっていたのだ。
そしてそのヒカルの直感は当たっていた。
【ソウルボード】ウンケン=フィ=バルザック
年齢211 位階51
47
【生命力】
【自然回復力】2
【スタミナ】5
【免疫】
【魔法耐性】1
【知覚鋭敏】
【嗅覚】1
【味覚】2
【魔力】
【魔力量】6
【筋力】
【筋力量】9
【武装習熟】
【小剣】6
【弓】3
【投擲】4
【鎧】2
【敏捷性】
【隠密】
【生命遮断】2
【魔力遮断】2
【知覚遮断】2
【集団遮断】1
【器用さ】
【器用さ】3
【道具習熟】
【薬器】2
【精神力】
【心の強さ】3
【直感】
【直感】4
【探知】
【生命探知】1
「は?」
思わず声が出てしまった。
「——なにが『は』じゃ?」
「あ、いや、なんでもない」
「…………」
ウンケンは胡乱な者を見るような目をしたが、レッドホーンラビットへと視線を戻した。
(いやいやいや、とんでもないぞこのジイさん。僕の持っていない上位の「隠密」系スキルもある。ポイントは1だけど……あれ? ちょっと待てよ——残りポイントがおかしくないか?)
ヒカルは慎重に計算する。
ウンケンの使用ポイントは「74」だ。残っているポイントは「47」。合計で121。
位階もすごいが年齢は211歳とさらに際立っている。1年に1ポイントだと残りポイントがおかしいことになる。
(……1/3だな。ちょうど211歳を3で割ると70ちょい。年齢「70」ポイント、位階「51」ポイントで121ポイント。計算は合う。……短命種族、長命種族といろいろある。付与されるポイントのタイミングが違うのか)
妙なところでバランスが取れているような気もする。
(にしても、「集団遮断」か。おそらく条件は「生命遮断」「魔力遮断」「知覚遮断」に2ずつってところかな。ていうかこの人……僕と同じ傾向のスキルセットだ。ローグタイプっていうのかな……)
ヒカルが知りたいのは、このウンケンという人物が「どれほどの実力者」として認められているかだ。
めちゃくちゃ特化したヒカルのスキルよりも、特定スキルにおいては低い。だがローグタイプとしては必要不可欠なスキルをきっちり伸ばしているように感じられる。
ウンケンがどの程度の実力者なのかがわかれば、ヒカルが自己評価をするモノサシになりそうなのだが。
「坊主」
「はい」
「ワシをじろじろ見て面白いか?」
どきりとする。
(「直感」4だな……僕がソウルボードを見ているとはさすがに思ってないはずだ)
「今まで冒険者ギルドにいなかった人だなって思って」
「……まあな」
「ふだんはなにをしている人?」
「お前には関係ない」
「ジルの態度からすると、ギルドマスターかなにか?」
「……ただの査定屋じゃ」
ヒカルの話のずらし方がよかったのか、ウンケンは自分を探られるのがイヤなようだ。
「さて、レッドホーンラビットの査定だが……お前、解体をしたことないだろう?」
「……はい」
「切り方が悪い。なにを使ったんだ」
ヒカルが「腕力の短刀」を取り出すと、その刃をじっと見つめたウンケンはため息をつく。
「……バカもん。殺傷用の武器で解体をするな。専用のものを用意しなさい。内臓を抜くときに皮を傷つけ肉にまで刃が入っている。ここじゃ。血が染みこむとそれだけで味が悪くなる」
「ほんとうだ」
「腹の裂き方も美しくない。2、3時間で戻ってくるのなら解体せずに運んだ方がまだ価値が下がらん——」
言いながらウンケンはじろりとヒカルを見る。
「——のだが、その筋肉ではダメじゃな。重くて運べまい」
「まあ……そうだね」
「パーティーを組め、と言いたいところじゃが、それではお前の長所を殺すことになる。お前は相手に気づかれず行動することが得意なようだ」
「…………」
「しかし不思議なこともある。レッドホーンラビットは非常に鋭敏な感覚を持っておる。お前の装備は……ナイトウルフじゃろう? ナイトウルフ装備では気づかれるはずじゃ」
すっかり見抜かれている。
「……逃げるウサギが木の切り株に足をぶつけて転んだんだ」
「なんじゃと?」
「だから僕にも殺せた」
ヒカルはどうともとれるウソをついた。
この世界には「守株」なんて言葉はないだろう。「待ちぼうけ」の歌詞と言ってもいいが。
「ふん。単なるラッキーと言いたいわけじゃな?」
「そうでなかったとしても、冒険者の特技を探るのはよろしくないんじゃ? いや、ギルドマスターなら把握しておきたいと思うものなのかな」
「……かまをかけているつもりか?」
バレてら。さすが211歳。
内心でぺろりと舌を出すヒカル。
「査定額じゃが、傷がついているせいで右後ろ足の食肉としての価値が下がる。もったいなかったな。ここがいちばん美味いのに。じゃから肉としては7,000ギランで買い取る」
「わかった」
「……ほう? 素直じゃな」
それくらいにはなるだろうと思っていた。
所詮は素人の解体だ。
「ここでゴネて時間をつぶしてももったいないからね。時間はお金では買えない」
「そんなに生き急いでどうする?」
「マンノームのように200歳まで生きられるなら考えは変わるかもしれない」
「…………」
またもじろりとウンケンがにらんで来た。
余計なことを言ったかもしれないとヒカルは思った。
「……転んだウサギにしては身体がきれいじゃからな。皮の代金について聞かなくてもいいのか?」
意趣返しをしてきた。
ヒカルのウソなんてとっくに看破しているのだ。
「ウサギの皮なんてたいして価値がないんじゃないのか?」
「まあ、そうじゃな……500ギランというところか。上乗せしてやろう」
「それで?」
「それで、とは?」
「角の代金」
ここで初めてウンケンが笑ってみせた。
ただ、にやり、と口の端をゆがめただけだったが。
「さすがにそこはわかりよるか」
「資料庫で資料を読んだ。角が折れていないレッドホーンラビットは珍しい。その角には薬効があると」
「ただのいけ好かない小生意気なガキかと思っていたが、勤勉だの。勉強する時間が惜しくはないのか?」
「勉強は嫌いじゃない。勉強するガキが生意気だというのなら、文明の発達によって得られる恩恵にツバを吐くことになると思うけど」
「それが生意気じゃというとるんじゃ。くぁっははは!」
ウンケンが声を上げて笑った。
「ワシの空いている時間になら解体を教えてやってもいいぞ」
「——それは、願ったり叶ったりだ。いいのか?」
「明日の夕刻に来なさい」
「構わない。ありがたいよ」
「よし。それではな」
手を挙げて去ろうとするウンケン。
「——ってちょっと待て。角の査定がまだだぞ」
「なんじゃ。ごまかせたかと思ったんじゃが」
このクソジジイ……とヒカルの頬がひくつく。
だけれどウンケンは角に視線を当ててうーむとうなる。
「これほど見事に角が残っている個体は稀でな。基本『時価』で相場はない。ちと錬金術ギルドと薬師ギルドに当たる必要がある。いずれにせよ明日の夕刻にはわかるじゃろう。金はまとめてそのときに渡す」
「わかった。……ったく、ちょろまかそうとしないでくれよ」
ぼやくヒカルにウンケンは言った。
「『守株』なんちゅう古いことわざを引っ張り出したお前に言われとうはない」
ウンケンのことをジルに聞きたかったが、ジルの周囲には相変わらず冒険者が集まっていた。
ここでジルに突撃するような真似は当然しない。
むしろグロリアがヒカルに気がついてすすすと動いてきたので、逃げるようにギルドを後にした。
「守株」という言葉を知っている——それはヒカルにとって衝撃だった。
もちろん漢字が伝わっているわけではない。ただ、「守株」に限りなく近い言葉の言い回しをウンケンはしたのだ。
ウンケンにその言葉についてたずねても、「確か里の長老たちが使っていた」という程度しか情報が得られず、さらにはウンケンが子どものころに聞いたのだとか。
(……僕以外にも、転生者がいる可能性がある)
それは驚きではあったが、一方で「当然かもしれない」という思いもあった。
ヒカルはローランドという天才少年によって連れてこられた。彼が用いた手法は魔法に近いが魔法ではない、「世界を渡る術」というものだった。
そんなものを「研究」できる素地があるのだから、他の世界に関する資料があるのだ。
(でも、だからと言って転生者を探す必要はないな)
ヒカルと同じ「ソウルボード」を使える、ということはないと思われる。なぜならヒカルの「ソウルボード」は天界の手前で、たまたま、「光がこぼれているずた袋」を奪うことで手に入れられたのだから。
他の転生者が仮にそういったものを持っていたとして、同じように「ソウルボード」を手に入れているとは考えられない。ローランドだって「固有の魔法や特技、スキル」というような言い方をした。
「さて、と……どうしようかな」
今日はもう街を出る気もない。
大通りのそばにある休憩スペースでサンドイッチを食べながら考える。
ヒカルの他にも、買い物中の主婦が立ち話をしていたり、お使いらしい男が居眠りしていたりと様々だ。
「この世界についてもっと知りたいんだよな……ローランドの知識は貴族のほうに偏っているし。でもその前に」
サンドイッチの最後のひとかけらを口に押し込んで、立ち上がる。
「宿を変えよう」
ちゃんとした布団が恋しくなっていた。
宿の旦那と女将、それに看板娘のやっているこぢんまりした宿——というのも魅力的ではあったが、おそらく、そんなに長くこの街に逗留することはないとヒカルは考えていた。
関係を深めると別れにくくなる。判断が鈍る。ジルとはだいぶ深く(そしてだいぶ一方的に)関係を構築しつつあるが、冒険者ギルドについては仕方ないと割り切るしかないだろう。
そんなわけで、やってきました「ビジネスホテル」。
マッチ箱のような建物。高さ5階、全部屋同じ間取りで個室のみ。
とはいえ、この世界ではまず「5階建て」という時点で高級である。さらには「個室」。共用施設だがスチームサウナもある。1泊、1,000ギランだった。ビギナー冒険者用素泊まり宿1泊100ギラン也と比べると実に10倍だ。
「ほんとーにお泊まりですかあ?」
1階にあったカウンターには、それっぽい制服を着たフロントがいた。
ヒカルを疑わしそうに……というより興味深そうに見てくる相手は、ネコミミである。
頭の上にひょこひょことふたつの耳。
薄いグリーンの髪はふんわり垂れて、後ろでひとつに縛られている。
「1泊1,000ギランだろ? とりあえず3泊頼む」
ヒカルは3,000ギランを取り出して、渡した。
ネコミミフロントは目をぱちぱちさせてそれを受け取る。その動きにしたがって耳もひょこひょこ動く。
(僕が読んだ小説にもあったな。ネコミミにやたら執着する異世界転生主人公。どうしてあんなふうに執着するんだろうね? リアルで猫を触ったことがないのか?)
「お客さん、お金持ちなんですねー。よく見るといい服着てますもんねー」
話し方がいちいちユルイ。
「そうかな? この装備を褒めてくれるのはうれしいけど」
ハイセンスドワーフのドドロノも喜ぶだろう。
「はいー。それで、当ホテルの注意点ですけどー。いちお、個室だしそこそこ防音は効いてるから、女の子は呼んでも構いませんがそっちの子のお泊まりはNGですからね?」
「……あの、今なんて?」
「あ、ごめんなさいー。お客さんは男の子を呼んじゃう感じ?」
「違う」
ジルといい、ネコミミフロントといい、なんでそういう勘違いをするんだ。
「あー、このホテルは……そういうことをする客が多いのか?」
「ふつー、そーじゃないですか?」
「…………ごめん、ここの(世界の)ふつーがよくわからないんだよ」
「あたしだってお客さんにお呼ばれしますよ?」
「え!?」
(マジで? ネコミミフロントさんも呼べるの!?)
俄然心臓がハッスルし始める。
先ほどまで「ネコミミに執着するのってなんなの?」と考えていたとは思えない態度である。
(い、いや、そりゃ僕だって男ですからね、うん)
自分で自分に言い訳してしまう。
「まー、呼ばれてもお断りしますけどねーアハハ!」
「……そ、それはそうだよな」
「なにか動揺してます?」
「動揺などしていない」
ヒカルの心臓、沈静化。
(そう。お金で解決するなんてよくないよ。よくないに決まってる。それに初めては、相手も初めてがいいよな……うん、知識不足がバレなくていいとかそういうんじゃなくてね。いやほんと。そういうのがいいよ、僕は)
「あー、でもー……」
身を乗り出して、ネコミミフロントがこっそり囁いた。
「お客さんなら、あたし呼ばれたらうれしいかもー……」
ヒカルは本気で財布ごと差し出そうかと思ってしまった。
残:1,830(+7,500+α)
5/25 ウンケンさんのポイントがおかしかったので修正