東方四星の考え
東方四星が借りているという宿の部屋へとやってきた。レストランなどのオープンスペースでお話するとなると、東方四星があまりに目立つ。目立たない場所をヒカルが希望すると、宿に、ということになった。
ベッドを4つ置いたらほとんどスペースがないほどの狭い部屋だった。
「ランクB冒険者なんだからもっといい部屋に泊まっているのかと思っていた」
ソリューズが苦笑する。
「いくらお金を持っていても、ボーダーザードには宿が少ないからね。むしろテントではなく宿を提供してもらえただけでも特別待遇みたいなんだ。——さあ、座って」
「どこに?」
「ベッドかなあ」
「…………」
すでに4人はそれぞれのベッドに腰を下ろしている。ヒカルは入口のドア前に立っていたような形だ。
「……ここでいい」
そう言うと、ソリューズは面白がるような顔をしたが、彼女よりも先にセリカが口を開く。
「聞きたいことがあるわ!」
「質問は構わないけど、必ずしも答えるとは限らないとだけ先に言っておくよ。今のところ僕とあなたたちは友好的な関係にないから」
強めの口調で言ったが、ソリューズは相変わらず面白そうな顔をしているし、サーラは寝転がって知恵の輪みたいなもので遊び始めるし、シュフィはにっこりしながら首をかしげるし、セリカは意に介した様子もなく、
「それで構わないわ!」
と言った。
年の功か、あるいは人生の経験値か、向こうの方が一枚上手のようだ。
「やれやれ……それでなにを聞きたいんだ?」
「あの火魔法はなんなの!」
てっきり日本のことを聞かれるのかと思っていたヒカルだったが、セリカはヒカルの考えていたことを見通していたようで、『あとで、他のメンバーがいないときに聞くわ』と日本語で言った。
「……そんなに長く拘束されるつもりはないんだけど。まあ、いい。——モンスターを追い払った火魔法については『業火の恩恵』だよ。さほど珍しい魔法ではないんだろう?」
「上級の火魔法ね! 確かによく知られた魔法だけれど、使える人間は少ないわ! それを連発できるなんて聞いたことないもの!」
「そう。でもそれについてはノーコメント」
「魔力量がでたらめに多い理由は!?」
「ノーコメント」
「火魔法と彼女が伯爵殺害に関与していることとは関係があるの!?」
「ないし、伯爵を殺したのはラヴィアじゃない」
「じゃあ誰!?」
「ノーコメント」
「あなたは犯人を知っているということ!?」
「ノーコメント」
「ラヴィア嬢を逃がしたのはあなた!?」
「ノーコメント」
「むうう!」
「——ポーラ=ノーラさんの回復魔法についても教えてくださいませんか?」
そこへシュフィが言った。
「僕は回復魔法に詳しくない」
「そうですか。ではご説明しますね。ポーラさんは一部が欠損した身体を回復させ、石化状態も完治させました。ポーンソニア王国基準で考えても、国内屈指の実力者と言えるでしょう。手前みそで恐縮ですが、わたくしが全力で魔法を使えばできるかどうかという水準です。もちろんその魔法を使った後はふらふらになって倒れてしまうでしょうね」
「…………」
ヒカルは頭が痛くなった。ポーラのヤツ、なにをやらかしたんだと言いたい。
「……あなたはポーラをどこで見たんだ?」
「傷を負った冒険者が運び込まれている公会堂です。多くの方の治療は終わりましたが……他の方は……」
シュフィの言葉の歯切れが悪くなる。
手遅れの者たちは死んでしまったのだろう。
このシュフィ=ブルームフィールドという回復魔法使いは、聖人君子かと言いたくなるほどに献身的に傷病者治療に当たるらしい——とヒカルが東方四星について集めた情報にもあった。
それが、今ここにいるのだから、彼女がやらなければいけない仕事は終わったということだろう。あるいは魔力を回復させているか。
「さっきも言ったとおり、僕は回復魔法に詳しくない。だから、なんとも言えない」
「そう、ですか……。ポーラさんの力があれば、もっと多くの人の命を救えたかもしれないのに……」
その物言いに、ヒカルは眉をひそめた。
「ポーラが使ったという回復魔法に値段をつけるとしたらいくらになる?」
「え?」
「ふつう、冒険者が傷を負った場合はポーションで治すか、回復魔法使いに頼んで治すかするわけだろう? どちらも無料じゃない」
「多くの場合は、そうです」
「死ぬはずの命を救ったらいくらになるのか。そしてその冒険者は支払うことができるのか。僕はそれが知りたい」
「……お金のない者は死ぬべきだと?」
にこやかだったシュフィが、一転してヒカルをにらむ。
ほんわかした美人のまなざしは、なかなかに鋭い。
「冒険者は『自己責任』が大原則だ。あなたのしている『無償の治療行為』は『尊い』と言われるのかもしれない。でもたとえば、地竜の偵察に向かったサーラが重傷を負って帰ってきたとき——あなたの魔力が枯渇していたらどうするつもりだったんだ?」
知恵の輪みたいなものをいじる手を止めて、サーラがちらりとヒカルを見た。
「決まっています。わたくしの命を削って魔力に変換し、サーラを回復させるでしょう」
そんな方法があることをヒカルは知らなかった。
だが、知っていてもいなくてもヒカルの答えは変わらなかった。
「……バカバカしいな。あなたの寿命を減らすことを仲間が喜ぶと?」
「わたくしが後方に残ることの意義は、多くの命を救うことです。そしてそれは、東方四星のみんなの命をおろそかにすることとイコールではありません。救えるはずの命を救わないことこそ、力を持つ者の驕りです」
「僕はそう思わない。自己責任だとわかってやってきている冒険者を、上から目線で『救ってやる』という考えこそ驕りだ」
「手の届く範囲に拾える命があるのになぜ拾わないのです?」
「あなたの治療が喜ばれるのはそれがタダだからだ」
「無償であることと行為の結果は関係ないですし、それに——」
「はい、はい、そこまで」
ソリューズが手を2度叩いて議論を打ち切った。
「ふたりとも、知り合って間もないのに議論しても、うまくいかないよ。こういう話題はもうちょっとお互いを知ってからのほうがよかったね」
「……ええ、そうですわね」
「ふん」
筋金入りの博愛主義者だ——ヒカルは思った。
命は自分自身が責任を持って管理するしかないと考えているヒカルと、相容れるはずがなかった。
「わたくし、少々気が昂ぶっているようです。外の空気に当たってきます」
シュフィは言うと、ヒカルの横を通って外へと出ていった。すると気の抜けたような声でサーラが、
「珍しいにゃ〜。あんなふうにシュフィが感情を出すなんてねぇ」
「……そうなのか?」
「今回は結構な人数が死んだ。だからシュフィはシュフィなりに無力感を覚えていたんじゃないかなあ?」
サーラがむくりと起き上がった。
「——それはそうとヒカルくん。君が地竜を倒したの? あたしが地竜の偵察に出てたこと知ってるみたいだし」
「ノーコメント」
「ふーん。討伐報酬は莫大な金額になると思うけど?」
「金には困っていない。詮索されるほうがよほどイヤだね」
「はっはっ。手厳しいなあ。わかったよ。どうやって倒したのかすごく——すごーく気になるけどぉ、今は聞かないでおくね。ソリューズ、あたしシュフィの様子を見てくるよ」
「ああ。そうしてくれると助かる」
そうしてサーラも出て行った。
「それじゃ、もう僕も出て行っていいか?」
「いや、私からも1つ聞きたいことがあってね」
ソリューズが——いちばん手強い相手が、口を開く。
「君のパートナーを誘拐しようとした男……あれは王国特務部隊だ。特徴的な外套を使っているからね、わかるんだ。私は思うのだけど、君はポーンソニア国王に『報復』したいと、そう思っているのではないかな?」
「…………」
ヒカルは身構えた。
彼女たちはポーンソニア王国の冒険者であり、王国の内情に詳しい。
つまり——王家の味方である可能性がある。
「ああ、そう剣呑な空気を出さないで。特にそれについてどうこうする気はないから」
「——どうこうする気は、ない?」
「ソリューズは人が悪いわ! はっきり言えばいいのよ! あたしたちがポーンソニアを出ようとしていることを!」
「なんだって?」
話が飛びすぎる。
ソリューズはヒカルが国王を害しようとしても「なにもしない」と言う。
セリカはセリカで「ポーンソニアを出る」という——それはまるで、
「まるで……東方四星が王国を見限ったような言い方じゃないか」
「そのとおりね。話が早くて助かるな」
「なぜ?」
「それについて話をするのは、私が持ちかけようと思っていた取引をしてからにしようか?」
「取引とはなんだ」
「私は、ポーンソニア王国の内情について君に教えてあげる。きっと、君の報復にも役立つ情報ではないかと思う」
「…………」
一介の冒険者が国王に「報復」——そんな、現実味のない話を、ソリューズは当然であるかのように言う。もちろんヒカルだって本気なのだが。
「……僕になにをして欲しいんだ?」
「教えて欲しいの。この国——フォレスティア連合国のことを。私たちはポーンソニアから出たことがほとんどないからね」
「美味しい食べ物や美味しいお店を教えるのよ!」
「ははっ、セリカはそれでいいかもしれないけど、私は政情について聞きたい。これから長く住むかもしれないからね」
ソリューズは相変わらずにこやかだった。
「私たち東方四星は、拠点を、ポーンソニア王国から移すことにしたんだ。フォレスティアは移住先候補のひとつ」
ヒカルは、長くため息をついた。
いったい、ポーンソニアじゃなにが起きてるんだよ……とつぶやきつつ。
いい感じのところですが、実は大きなくくりでいう「章」はここで終わりになります。
次回からちょっと視点を変えて次の章に移っていく感じですね。
まあ、だからといって特に意味はないんですけども





