白銀の貌
すみません。ご指摘いただきまして、「狙撃」は3でMAXなので記載しておきます。
ヒカルは裏路地を駈けていた。
もう一度だけ「魔力探知」を発動したが、めまいがするほどの情報量は相変わらずだった。訓練すればなんとかなるのかもしれないが、今どうこうできるものではない。
ラヴィアはちょうど、馬の多い場所にいた。馬車に乗せられようとしていた。
先ほど——ヒカルは地面を見て気がついた。
落ちていたのはラヴィアの上着の「ボタン」だ。
(「薔薇騎士の楽園」にあった)
それはラヴィアとエカテリーナが読んでいた本だ。ラヴィアに勧められてヒカルも読んでいた。少女趣味が強かったけれどもジェットコースターのように物語が展開して面白かった。
駆け落ちした貴族の娘が、実家からの追っ手に捕まる。そのとき服のボタンが取れてしまう。駆け落ちをした相手——騎士は、ボタンに気づいて、貴族の娘が何者かと争ったことを知る。
ラヴィアが意図的にボタンを落としたのなら、「誘拐」「実家からの追っ手」を意味する可能性が高い。
つまりポーンソニアからの追っ手だ。
(ここに来てまだ追っ手が来るとは思わなかったけど——)
なぜ気づかれたのかと言えば、ラヴィアが放った火魔法だろう。あれほどの魔法を使えることをポーンソニア王は知っているはずだ。追っ手は「魔法」を手がかりとしていたはずだ。
ヒカルが走って行くと馬車の停留所が見えてきた。
「!」
1台の馬車が急いで出ていくのが見える。
まさか、と思って「魔力探知」を展開する——と、
「ぐ……」
めまいとともに頭の中心に鋭い痛みが走る。だけれどハッキリした。あの馬車だ。あの馬車にラヴィアが乗っている。
ヒカルは「隠密」状態のまま走る。
馬車が加速していく。このままだと追いつけなくなる。
ソウルボードを開いた——。
御者台に座った特務部隊の背の低い男は、振り返り、声をかける。
「し、し、知らないからな。あいつを置いてけぼりに、す、するなんて」
「…………」
特務部隊の女は不愉快そうに鼻の頭にシワを寄せただけだった。
ラヴィアはそのふたりのやりとりを聞いている。頭からは布袋をかぶせられているために視界がない。両手両足には手錠をかけられ——魔導具のようだ——馬車内に転がされている。
すぐそこには女がいて、ラヴィアの一挙手一投足を監視している。
(……わたしがポーンドから護送されるときとは全然違う……)
あのときは間の抜けた冒険者が護送に当たっていた。だからこそヒカルも「隠密」によってラヴィアを解放することができた。
今回はそれが難しい。車内は薄暗いから、馬車の幌には幕のようなものが下りているのだろう。いかに姿が見えないと言っても、さすがに幌が開けば異常に気がつかれる。
それ以前に、ヒカルが気づいたかどうか——。
(きっと、気づいた)
ラヴィアには妙な確信があった。竜の討伐に向かったヒカルがいつ帰ってくるかも知る術はなかったけれども、ヒカルはきっと追ってくる。自分の残したメッセージに気づいてくれる。
唯一心配なのが、残していったポーラだった。
彼女を捜すギルド職員たちがいたようなので、最悪、ギルド職員に保護されればいいが——心配は心配だった。
「ま、ま、街を出た」
「…………」
御者台の男が言うが、女は無視している。
「い、いいのか? お、置いてけぼりにしたこと、逆恨み——」
「うるさい! ちゃんと前を見ていろ!」
鋭い声に、男だけでなくラヴィアもまたびくりとする。
沈黙が降りる。
すれ違う馬車があるのか、たまに他の馬車の音がする——。
「……あ、あ、あの」
「うるさいと言った」
「ちち、違う! あの……」
御者台の男がなにかを言おうとして戸惑っている。女はさらにイラついた声で言う。
「さっさと言え!」
「ばばば馬車が重い!」
「はあ?」
女が動く気配がして、車内が明るくなる。幕を開けたらしい。
「どういうこと」
「う、う、馬の足取りが重くなった……」
「…………」
「お、怒らないでよ!」
「……道」
「え?」
「……街を出て道が悪くなっただけでしょ」
「ちち、違う!」
「違わない」
「違う! 重量が増したんだ! ちょうど人ひとりぶんくらい——」
そのとき、だ。
馬がいなないて前足を大きく上げた。
「!」
「——襲撃!」
馬の耳がつぶされている。なにによってつぶされたのか、女は一瞬だけ見ることができた。
上から投擲された、なにかだ。
「上!」
女が御者台に立って幌の上を警戒するが、そこにはなにもいない。
馬がいなないた。
前足をへし折られていた。
馬が崩れ落ち、馬車が停まる。
「なにがあったの!?」
「み、見てない! わからない!」
街道の左右は、街から離れてちょうど茂みが濃くなってきたところだ。
そこに何者かが潜んでいる——女は考えた。
(だけど、誰が? あたしたちがボーダーザードに来ていることなんて誰も知らないはず。大体目的はなに? 行動には気をつけていた。恨まれて襲撃されるようなこともしていない。フォレスティア連合国の防諜組織の攻撃? あたしたちに手を出したら王国が黙ってないことくらい連合国だってわかってるでしょ?)
彼女の思考はわずかな時間のことだった。
しかし、その「わずかな時間」は、大きなロスだった。
(どうして、追撃が来ない——まさか!?)
背後の幕をめくり上げる。
そこにいるべき、護送対象——伯爵令嬢は、いなかった。
反対側の幕がうっすら開いていた。
馬を停めたヒカルは「生命探知」によって馬車内にラヴィア以外の人間がいないことを確認していた。「生命探知」1と「探知拡張」3の組み合わせでは、100メートル程度の範囲を確認できるようだ。これくらいならば多用しても負担は少ない。
ヒカルはすぐさま後ろから馬車に踏み込んでラヴィアを抱きかかえ、離脱。「集団遮断」のまま茂みに移って彼女の顔にかけられていた布袋を外す。
「ぷはっ」
「ごめん、遅くなった」
「ヒカル——いいの。来るってわかっていたから」
自信たっぷりの彼女の笑顔に、逆にヒカルがあっけにとられた。
「参ったな……そこまで信用されてるんだ、僕は」
「無限の信頼よ?」
「まあ、今後もその信頼には応えられるようがんばるよ」
「それよりヒカル。ポーラは?」
どうやって追ってきたのかを聞くよりも先にポーラを心配するあたりがラヴィアらしい。
「無事」
そう聞くと、ふう、とラヴィアが安堵の息を漏らした。
「君はここにいて『隠密』を使って。連中からこの手錠を外す『カギ』を奪う」
「ええ……わかったわ」
ヒカルはラヴィアから離れて動く。
すでに馬車内にラヴィアがいないことはバレているらしい。
特務部隊の男と女は、左右に散開して茂みに逃げ込んでいた。
敵がいるかもしれない茂みに入ったのは、街道にいて姿をさらすほうが危険だと判断したゆえだろう。
女のほうは「生命探知」には引っかからない——「生命遮断」1以上を持っているのだ。
ヒカルはまず、行き先がわかっている男のほうへと狙いを定めるべく歩き出して、痛みに足をしかめた。
(両脚に……反動か)
この馬車を追うために、ヒカルは「瞬発力」にポイントを振った。しかし肉体がまだ耐えられないようだった。
【ソウルボード】ヒカル
年齢15 位階42
2
【生命力】
【魔力】
【筋力】
【筋力量】1
【武装習熟】
【投擲】10(MAX)
【天射】0
【敏捷性】
【瞬発力】2→5
【隠密】
【生命遮断】4
【魔力遮断】4
【知覚遮断】5(MAX)
【暗殺】3(MAX)
【狙撃】3(MAX)
【集団遮断】4
【直感】
【直感】1
【探知】
【生命探知】1
【魔力探知】3
【探知拡張】3(MAX)
これまで見た中で最大の「瞬発力」はソリューズ=ランデの4だった。
それを超えるダッシュ力があれば大丈夫だろうという判断だ。
「筋力量」に振らなかったのは、緊急回避や奇襲に使える「瞬発力」のほうがヒカルの戦闘スタイルに合うというのが大きい。
手で石を「投擲」するのには「筋力量」が重要だが、今後リヴォルヴァーの弾丸を多く持てるようになれば使わなくなるだろうと考えていた。
この辺りのポイントシミュレーションは何度も行っていたから、とっさの判断も問題なかった。
事実、とてつもない加速で馬車に追いついた——その代償が、筋肉の痛みではあるのだが。
(そこか)
足音を殺しながら茂みを進んでいく男の背中が見えた。
この技術は学びたいところではある。
「おい」
「ひっ!?」
ヒカルが声をかけると、驚いて振り返った背の低い男——その顔にあったのはいびつな笑顔だった。
「くくっ、かかったな!」
男は両手に持っていたピンポン球ほどのものを投げつけた。
それは空中で発火して、爆炎を上げる。
魔法ではない。煙のニオイからして火薬の類だ。
「——あれ?」
だがヒカルはすでにそこにいない。
「こっちだ」
「!?」
いつの間に移動したのか、反対側から声が聞こえて男は振り返る。
「お、お、お前、何者だよ!?」
そこにいたのはフード付きの外套を目深にかぶった少年だ。
顔には銀色の仮面をつけている。
「何者か? ……そう言えば、なんて名乗ればいいんだろうな。僕は——そうだな……白銀の貌、とでも名乗ろうか」
ヒカルが初めて、仮面をつけた自分に名前をつけた瞬間だった。
この名は今後、世界を騒がせることになる——。
「へ、へぇ……——じゃあ、死ね!」
男が再度、爆炎を放ったあの球を投げつけようとする。
(わかってるよ、それは——フェイク)
本命はヒカルの背後から迫っている、女だ。
ヒカルは手にした石を男の鼻に投げつけ、そのまま振り向き、ヒカルへと忍び寄っていた女へと向かう。
「ぎゃああ!?」
「!?」
女が目を瞠る。
男が投げようとしていた球は暴発し、爆炎が男の手を焼いた。
両手に持っていた短剣。迫るヒカルに、女は短剣の一撃を繰り出す——が、ゆらりと揺れるとヒカルの姿はかき消えた。
「ッ!」
ヒカルが学んだ小剣講義の授業。
本来ならば何年も時間をかけて学ぶ体さばきだったが、ヒカルには「隠密神」のギルドカードがついている。ほんのわずかなフェイントすらその効果は何倍にもふくれあがる。
それほどまでに、「2文字神」の恩恵は大きい。
だがもちろん、特務部隊の女がその事実を知るはずもない。
「こっちだ」
「!!」
あり得ないはずの背後に声を聞いて、女は短剣を振り抜く。
が、そこにはすでに敵はいない。
「————」
直後、後頭部に衝撃を感じ——女は意識を失った。
「ふう……上手くいったな」
ヒカルが持っていたのは脇差しだ。だが、鞘をつけたまま。それで女の後頭部を殴った。
「暗殺」の影響があるために一歩間違えると殺してしまう可能性があったが、意識を刈り取ることに成功したようだ。この辺りの力加減はジャラザックの学生であるイヴァンたちとの模擬戦でかなり調整できるようになっていた。
爆炎で自爆した男は——しかし、その場から消えていた。
「……そういうことか」
男がいた場所に行って、気がつく。焦げたボロ布が落ちていた。これを燃やしていたようだ——自分の手が燃えたように見せかけて。
ヒカルが女の相手をしている間に、逃げたのだ。
「どんくさそうだったのに、いちばん油断ならないな……それも全部芝居だったのか?」
幸い、と言うべきか、女の懐を探るとラヴィアの手錠を外す鍵が出てきた。女は縛り上げて近くの木にくくりつけておいた。後で治安部隊に連絡しよう。
ラヴィアの手錠を早速外してあげた。
「痛いところはないか?」
「平気。ありがとう、ヒカル——やっぱりヒカルはわたしのヒーローね」
左腕に抱きつかれて歩きづらかったが、ラヴィアもきっと不安だったのだろうと考えて、ヒカルはなすがままにされた。
ふたりはボーダーザードの街まで戻った。





