望まざる出会い
「……てめぇ、何者だ」
ポーンソニア王国特務部隊を名乗る男が、たずねる。
「僕のセリフなんだけど? ポーラから汚い手を離せ。彼女は僕がもらい受けることになっている」
もらい受ける、という言葉にポーラの頬が真っ赤になる。
「そそそんなヒカル様! もちろん私の心も身体も準備オーケーですけれども!」
「黙れ」
「はぁうっ。冷たいヒカル様も素敵……!」
なんだか喜んでいるポーラにヒカルが渋い顔をする。「……やっぱりこいつの能力をいじったのは間違いだったか……?」と自問自答。
だが、ヒカルはある——地面の一点に視線をやると、ピタリと止まった。
「——ラヴィアに会ったのか?」
その質問を聞いて、男がにたりとする。
「くくっ。そうかそうか。お前はラヴィアお嬢様のお友だちか? いや、ひょっとしてお嬢様の男か?」
「だったらなんだ」
「お嬢様は俺たちがもらい受けた」
先ほどのヒカルの言葉を使って当てつけるように言った。
「……なんだと?」
「その言葉のとおりだ。俺たちが、あの女を手に入れた。あの女はちゃんと『持ち主』に返すから安心、し、ろ……」
男の言葉尻が小さくなっていく。
それは——目の前の少年のせいだ。
あり得ない、と男は思った。
その少年の瞳がすぅと細くなり、凍てつかんばかりの空気が発せられる。
存在がどんどん大きくなって、男の首元に刃が伸びてきた——。
「っく!?」
ポーラを放して背後に飛んだ。だが、そこにはなにもなかった。
恐怖がもたらした幻影だったのだ。
そうだとわかったものの——男は認めない。
「んなワケねぇ……! 俺がこんなガキにびびるワケがねえ!」
汗が噴き出る。得体の知れない強さをこの少年に感じたが、それは男の常識からすればそれはあり得なかった。
少年が長命のエルフやマンノームであれば、見た目と年齢が一致しないためにあり得たかもしれない。だがどこからどう見ても人間の少年だ。そんな子どもが修羅場をくぐっているはずも、熟練の戦士であるはずもない。
男にとって「直感」がもたらしてくれた情報は貴重だった。
だが、それを自分で否定してしまった。
「ラヴィアを、ここに連れてこい。今すぐに」
「バカ言ってんじゃ——」
「すぐに連れてくれば許してやる。断るならお前を始末する」
「——ねえよ!」
男は懐から予備のナイフを取り出す。ヒカルへ向かって走る——蛇行するように。
素早い。
ふつうならば目で追うだけで精一杯の動きだ。しかも男は家の壁の側面を駈け上がるように足をかけると、宙へとジャンプした。
3メートル以上の高さ。
これで、相手はうろたえる。
一瞬の隙さえあればいい。そうすれば相手の命を刈り取ることなど容易だ。
「ガキが、死ね——」
ほんのわずか、少年が動いたように見えた。独特のステップで、ゆらりと陽炎が揺らめくような。
直後には、姿が消えた。
消えたと思うのと、男の身体に激痛が走ったのは同時だった。
飛来した石つぶては3つ。
2つは両目をつぶし、1つはナイフを握る手の親指を砕いた。
「ぐぎゃああ!?」
ナイフを取り落とし、着地の体勢も取れないまま男は地面に墜落した。
「……え?」
なにが起きたのか、ポーラにはさっぱりわからなかった。
ヒカルが消えたように見えた——と思うと男が墜落したのだから。
消えたはずのヒカルは、また空間の切れ間から出てきたかのように姿を現した。
「いてぇ、いてぇよ!」
「ラヴィアはどこだ」
「ぐうう!」
「答えろ」
「——うっ!?」
ヒカルが寝転がる男の腹に蹴りを入れた。
「ううっ……し、知らねぇ、仲間が連れてく手はずなんだ……俺は知らねぇ……」
「ヒカル様! さっき馬車につれていくとかなんとか言っていました!」
「知ってるんじゃないか」
「ぐうっ!?」
もう一発蹴りを入れられる。
「や、止めてくれ! すまなかった! 洗いざらい話すから!」
「さっさと言え」
「そ、その、馬車に乗せる手はずやらなんやらは、後ろのポケットに入っているから取って見てもらったほうが早い……」
「自分で取って出せ」
「お、お前が指を砕いたから手が動かねえんだよ!」
「…………」
「うぐっ!?」
ヒカルは男を蹴ってひっくり返す。
後ろには確かにポケットがあり、ボタンで留められてあった。
ヒカルが屈んでそこに手を伸ばした——ときだった。
「バァーカ!」
負傷していない男の手に握られていたのは粉末の入った紙袋。
おそらく、毒薬。
それをヒカルに向けて投げつける——。
「バカはお前だ」
「え?」
ヒカルはとっくに距離を取っていた。
男が隙を突いて動くことは想定していた。
男の投げた紙袋は、粉末をまき散らしながら誰もいない場所へと散る。男自身はその毒に免疫があるのかもしれない。あるいは捨て身の攻撃だったのかもしれない。
だけれどもヒカルがそれを知るよしはなかった。
「ち、違う、これはただ——」
男の最後の言葉だった。
額に石つぶてが直撃し、男の脳を揺らす。その場で失神した。
「ひ、ヒカル様……?」
「この男は殺しに迷いがなかった。両目がつぶされても相手を殺すことを優先できる。訓練されている。情報は絶対に漏らさないよ」
「————」
青ざめた顔でポーラは、すでに動かなくなった男を見下ろす。
刺激が強すぎたかもしれない。
そしてヒカル自身も——わずかに震えている指先を、ぎゅうと握りしめた。
一歩間違えば殺していた可能性が高い。
(動揺している場合か)
ヒカルはポーラに視線を向ける。
「ポーラ」
「は、はいっ」
「ラヴィアはどっちに連れられていった」
「あ、あっちです!」
「いつ」
「先ほど……数分前です」
数分前。
(どっちに行った?)
ヒカルはこの辺りの地図を思い浮かべる。「馬車」で逃げるのならば馬車を置いておける場所にいるはずだ。
仲間であるこの男を待っているだろうから急げば追いつけるはずだ。
【ソウルボード】ヒカル
年齢15 位階42
5
【生命力】
【魔力】
【筋力】
【筋力量】1
【武装習熟】
【投擲】10(MAX)
【天射】0
【敏捷性】
【瞬発力】2
【隠密】
【生命遮断】4
【魔力遮断】4
【知覚遮断】5(MAX)
【暗殺】3(MAX)
【狙撃】3
【集団遮断】4
【直感】
【直感】1
【探知】
【生命探知】1
【魔力探知】3
【探知拡張】1→3(MAX)
迷いなく「探知拡張」をMAXにする。
「魔力探知」を発動する。
(広い——っ!?)
すさまじく広い。ヒカルを中心に半径1キロほどを確認できる。
だがそれは「情報」として圧縮されてヒカルの脳内に流れ込んできた。
通常の視野ならば遠いものは小さくなり、境界があやふやになって見えなくなる。だが「情報」として入ってくると、1キロ先のものも目の前にあるものも同じ「情報」だ。それがヒカルの脳内リソースを一気に食い尽くす。
「……ぐう」
「ヒカル様!?」
急に地面に膝をついたヒカルへとポーラが駈け寄る。
「大丈夫……ちょっとめまいがしただけだ」
「で、でも」
「ラヴィアを見つけた」
「!」
ラヴィアの魔力については何度も「魔力探知」で確認している。ヒカルは彼女がいる場所を正確に把握した。
今からなら追いつける。
「ポーラ、君はここから離れて——」
「——君、この男を殺したのか?」
そのときだ。
剣を抜いたソリューズ=ランデが油断なくこちらに近づいてきた。
その横には臨戦態勢のサーラ、セリカ=タノウエもいっしょにいる。
(面倒な……)
舌打ちしたくなった。
「魔力探知」で何者かが来ているのはわかっていたが、彼女たちだとは思わなかった。
今「東方四星」の相手をしている余裕はない。
「理由を聞こうか。衛兵を呼ぶからここにいなさい——」
「ちょっと待ってソリューズ!」
ソリューズを止めたのはサーラだ。
彼女はヒカルをつま先からてっぺんまで見る。今、ヒカルは「隠密」を発揮していない。だからこそ気づいたのだろう。
あの日——ポーンドの郊外で、サーラが気配を消していたにもかかわらず、その姿を見破ったかもしれない、少年だと。
そしてサーラは先ほど起きたことを思い出す。アースドラゴンを倒したときに感じた、背中が冷たい、ぞくりとする感覚。
この少年に感じたのと同じ、感覚。
もしや、この少年がアースドラゴンを倒したのではないか——そう連想するにはあまりに条件が整っていたと。
「ね、ねぇ、君はもしかして——」
「その話は後だ」
ヒカルもまた同様だった。
サーラに気づかれたかもしれないと「直感」した。
だが今は時間がない。
「ここに倒れている男の仲間が僕のパートナーを誘拐した。だから昏倒させた。僕は今から僕のパートナーを追う」
「……君の話が真実かどうかは」
「ポーラ」
ヒカルはソリューズを無視してポーラへと向く。
「君は安全なところにいろ」
「わっ、わかりました」
そしてヒカルは走り出す——全速力で。
「待て! ——って早い」
「うわあ、もういなくなった……すごいにゃ。うちの全速力には劣るけど」
「サーラ、追って」
「ん……気は進まないけど」
サーラがヒカルを追って走り出す。
そして後には、ソリューズとポーラ、セリカが残された。
「さて……君はポーラというのかい? ちょっと話を聞かせて欲しいのだが——」
「…………」
「どうしたんだい、セリカ」
珍しくセリカがなにも言わない。
「……あの男の子が『誘拐』と言ったのは、たぶんほんとうよ」
「どうしてそう思う?」
「さっきまでここにいたのは魔法使いの少女よ。誘拐する価値も十分にあるわ。そして彼女は救難信号を出していた」
「……なるほど」
セリカは去っていったヒカルのことを思い出した。
『それに……彼は日本人かしら』
つぶやいた。
日本語で。
ついに「東方四星」と接点を持ってしまったヒカル。
ヒカルが地面を見て気づいたなにかについては次回。





