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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第3章 学術都市と日輪の魔導師
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魔の手


「ようやく着いたか……」


 森を抜け出したヒカルは、平原の向こうに街を見た。

 土煙が上がっているが、喚声は聞こえてこない。戦いは終わっているのだろう。

 帰り道は、行きよりもずっと楽だった。警戒しなければならないアースドラゴンはもういないからだ。森の道に慣れたというのも大きい。


「位階もあがったし」


 1だけ上がっていた。


「戦利品も得たし、新弾丸の実験もできたしちょうどよかったな。それにしてもお腹が空いた」


 朝、ほんのわずか携帯食をかじった程度。

 それでもヒカルは早く帰ることを優先した。


「ラヴィアと昼ご飯を食べられるかな。ラヴィアの淹れたお茶も飲みたいし」


 戦いの終わったボーダーザードへと急いだ。



   *   *



 むん、と黒髪の少女は腕組みをして仁王立ちしていた。

 それを苦笑で見守るのは金髪をシニヨンでまとめた美しい「少女」——と「女性」のちょうど間くらい。

 ソリューズ=ランデはいつモンスターが襲来しても対応できるように銀色の胸当て、それにプロテクターはつけたままだった。


「セリカ。そんなにふてくされないで。可愛い顔が台無しだよ?」

「どうしても見つからないのよ!」

「あの魔法使いが?」

「そう!」


 いちいち偉そうにセリカ=タノウエは言ったが、ソリューズは彼女を微笑ましく見守っている。

 このふたり、年齢的には2つ程度しか違わないのに、ソリューズは「姉」というより「母」のように振る舞うこともある。

 今は「東方四星」のメンバーであるシュフィもサーラもいないために、ソリューズとセリカのふたりで行動していた。


「こんなに探してるのに!」


 パトロールよろしく、セリカは街を確認しながら歩いている。

 土壁の上で火魔法を連発していた——高レベル火魔法「業火の恩恵(フレイムゴスペル)」を連発していた、信じがたい魔法使いを探して。

 モンスターの波が収まったころには、気がつけば魔法使いは姿を消していたのだ。

 くまなく歩いた。冒険者ギルドの職員にも声をかけていたが、情報はナシだった。


「混乱状態だからね……見つけるのは難しいと思うよ」


 負傷者がまだ搬送されたり、避難から一転して街に舞い戻った住民たちでごった返したり、空き巣が出たと騒いだり。

 ボーダーザードは騒がしかった。


「それでもよ! このあたしが注意していたのに見つからないなんて!」

「あのフード付きマントの効果でしょ? あれほどの魔法使いなら自衛のために素性を隠すことはあり得るよ」

「冒険者なら報酬を受け取るはずよ!」

「冒険者じゃなかったとしたら?」

「…………」


 むう、と口をへの字に曲げるセリカ。よしよし、とソリューズが頭をなでると、ぱしっ、とそれを手で払う。


「ソリューズは……連合国にあれほどの魔法使いが潜んでいたというの?」


 真面目にたずねられて、ソリューズもまた考える。


「……わからないよ。私たちには他国の情報が少ない」

「冒険者ギルドの職員も知らないと言っていたわ。そんなの、あり得る? 3カ国の職員がいるのに誰も知らないのよ? 貴族の魔法使いだったとしても誰かしら知っていておかしくないわ。今を逃したら——もう会えないような気がする。それに、どうしても会わなければいけないような気がするのよ!」

「ふう。『気がする』ばっかりね」

「あたしの勘は当たるのよ!」

「そう言いながらよく迷子になるのがセリカなんだよね」

「道への勘は外れるのよ!」


 ふたりはそんなことを言いながら街を歩いていく。

 すると、冒険者のひとりが声を上げた。


「あっ!『東方四星』だ!」

「今回はありがとうございました! お、俺たち、いっしょに戦えてめっちゃラッキーです!」


 すると、他の町民も「なんだなんだ」と視線を向けてくる。

 ソリューズはそういった冒険者にも慣れた様子で、


「協力して倒せてよかったね」


 とにこやかに答えた——が、今回は今までとは多少様子が違ったようだ。


「あのでっけぇ火魔法も『東方四星』のなんですよね!?」

「ああ、あれな! すごかったなあ! まさに……なんていうんだ? 大火炎?」

「バッカ。そりゃおめー……なんだ?」


 どうやらセリカが探している魔法使いと、セリカを混同しているらしい。


「あの魔法はあたしじゃないわ!」

「あっ、ソリューズさんが『太陽乙女』って呼ばれてるから、『小太陽』って感じじゃねえか?」

「聞きなさいよ!」


 セリカが否定したのを聞いてくれない冒険者たち。

 他の冒険者もやってきた。

 物知り顔のベテラン冒険者がこう言った。


「バッカ、おめー、ああいうのは『日輪』と言ったほうが格好いいんだ」

「日輪!『日輪の魔法使い』だ!」

「日輪! 日輪!」

「『東方四星』の日輪の魔法使い!」


 勘違いが広まっていく。


「だから、あたしじゃないって言ってるでしょ!」

「え……そ、そうなんですか?」


 ようやくひとりが気づいてくれたが、


「でもすごかったっすよ! あの日輪の魔法!」


 よくわかっていないらしい。


「日輪! 日輪!」

「日輪の魔法使い!」


 コールがどんどん広がっていく。


「だから……!」

「あきらめたら、セリカ? それより——ここを離れるよ」


 ソリューズの表情が強ばっている。

 セリカは間違いを訂正することをあきらめ——そのうち静まるだろうと考え——ソリューズに腕を引かれるまま冒険者たちから離れていく。

 彼らは主役が消えたことにも気づかず喜んでいる。モンスターの侵攻を退けた興奮にまだ浸っているのだろう。


「セリカ、気づいた?」

「気づいたわ。腐った泥水みたいな視線を感じたわ」


 そう、先ほどふたりは冒険者に囲まれていたときに、自分たちを見つめる視線に気づいたのだ。

 相手が誰なのかはわからない。視線は途中で消えたが、気持ち悪さは残っている。

「東方四星」として活動するようになって視線には敏感になっていた。彼女たちはとにかく目立つからだ。好奇心、嫉妬、色欲——様々な感情を視線によってぶつけられてきた。


「……あんな気分悪い視線、めったにないわね」


 セリカが言ったことに同意するようにソリューズもうなずく。


「こういうのを調べるのに役立つ、うちの便利なメンバーが今はいないからね」

「言ってるそばから、来たわよ!」


 セリカが指したほうから、人混みを縫ってすばやく動く人影があった。


「ただいま……」


 渋い顔をした、サーラだった。


「どうしたのよ! サーラがそんな顔をするなんて!」

「うん。なにがあった? まさか竜が来るの?」


 警戒するセリカとソリューズに、あわてて手を振るサーラ。


「ご、ゴメン。違うの。竜は死んだから問題ないよ。ただちょっと……調べなきゃいけないことができたみたい」

「こっちもそうよ!」

「そうなんだ、サーラ。この街に、相当な悪人が紛れ込んでる可能性がある。今後、モンスターと戦うときにそんなのが近くにいたらまずい。探せないか?」



   *   *



「あ、あ、あの、ええっと、あれ? あなたは……どちら様でしょうか?」


 しどろもどろのポーラにたずねられ、ラヴィアは「あ、しまった」と口に手を当てた。

 ポーラと会ったときには少年の格好をしていたことを思い出した。


「『ヒカルの相方』、こう言えばわかる?」

「え……え? え!? ええ!? え!? あのときの相方さんは確か——」


 ポーラの目がぐるぐる回る。そして、一点で止まる。


「そ、そういうことですか!」

「ええ、そうなの」

「女装するとは……! 業が深い……! でもそれがいいです! ぶぇへへ!」


 ぴきっ、とラヴィアが固まった。

 ラヴィアが「少年である」という前提は崩れないらしい。

 それから少々時間をかけて、ラヴィアは自分が女であることを納得させた。


「そうだったんですか……」


 すごく残念そうな顔をするポーラ。

 業が深いのはお前のほうだと言いたいところである。


「それで——今度はそっちのことを教えて。ヒカルがなにをしたの?」

「……言えません。ヒカル様が誰にも言うなって言ったから」


 ラヴィアは内心でうなずいた。

 これなら大丈夫だろう。簡単に秘密を漏らすこともない。

 ヒカルがやったことは想像がつく。ソウルボードを使ってポーラの能力を伸ばしたのだ。


「それじゃあ質問を変えるわ。お友だちふたりと別れるように言ったのはヒカル? これはわたしにも知る権利があると思う。今、わたしはヒカルとふたりで暮らしているから」

「えっ!?」


 ポーラは目を剥いたが、


「え、ええと……そ、そうです……」

「ヒカルはあなたを連れていくと言った?」

「はい……残りの人生を捧げろと……」


 うわあ、ヒカルらしい。

 そんなふうに感じるラヴィアだった。

 能力を異様に伸ばしたポーラを、野放しにできないと判断したのだろう。


「それであなたは、なにかやらかして目立ってしまった、と。あなたをギルド職員が探しているのはそのためね?」

「はい……」

「じゃあ、これをかぶって」


 ラヴィアはマントをはずしてポーラのものと交換した。ラヴィアのマントは隠蔽竜の革を使った特別製だ。これを装備しておけば「隠密」効果がある。ラヴィア自身は自分で「隠密」を発動すればいい。


「とりあえず、落ち着ける場所に移動してヒカルを待ちましょう——」

「やっぱな。俺の言ったとおりだったろ?」


 男の声が、聞こえてきた。


「伯爵令嬢、見〜っけ」


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