覚悟のすすめ
**申し訳ありません。前話で「すべて初期項目をアンロックした」としながら「魔力」項目が抜けていましたので追記してあります。誤字の指摘などもありがとうございます。ただそちらはどこかの機会で一気に修正したいなと……。**
以下が前話に追加した「魔力」項目です。他の部分の記述はいじっていません。
【魔力】
【魔力量】0
【精霊適性】
【火】0
【風】0
【土】0
【水】0
【魔法創造】0
**生き物を殺す表現があります**
街を出て行ったヒカルだったが、それを心配している人物がいた。
門番である。
なぜならヒカルが出て行った直後に、6人の冒険者もヒカルを追うように出て行ったのだ。
「……すまんが、ちょっと付き合ってくれないか。確認したいことがある。所要時間は15分」
門の警備に当たっている部隊メンバーに声をかける。
彼らはすぐにうなずいて、門番に従った。
門番の予感は的中した。
しばらく進んだ先で、6人の冒険者が騒いでいるのだ。
「お、おい! いねえぞ!」
「あのガキ、どこ行きやがった!?」
「こんなちょっとの時間でいなくなるわけがねえだろ、なに見失ってんだよ!」
「それはお前だっていっしょだろうが!」
この物言い。
穏やかではない。
門番は彼らに近づいていく——油断なく。
「……君たち。なにを騒いでいる? それに今聞いたところ、先ほど出て行った少年になにか用があるようだね? どうして街の中で用事を済ませなかった?」
「え、え!? 警備兵!?」
冒険者たちは黙りこくる。
「ちょっと、詰所まで来てもらおうか」
「い、いや、それには及ばねえよ。なんもねーって! だよな!?」
「お、おう! なんもねえ!」
門番は吐き出す言葉に力を込める。
「これは治安命令だ。詰め所まで来なさい」
「ひっ——」
冒険者たちは、うなだれ、連行された。
でもってその後、屈強な兵士に囲まれ――、
「は? 受付嬢の歓心を買った腹いせに、上下関係を教えてやろうと思った? ……いい大人がそろいもそろってなにを考えてる!! そんなだから女に相手にされんのだ!!」
と説教されるハメになったのである。
ちなみにこの情報は、兵士から冒険者ギルドにもたらされ、
「ええええええええええ!?」
ジルの心配の種を増やすことになった。
そんな騒動などつゆ知らず、ぶらぶら草原を行くヒカル。
「レッドホーンラビットの生息分布は街のそばだ。離れれば離れるほど少なくなるという変わった特徴がある——まあ、街のそばは凶悪なモンスターがいないから弱いモンスターにとっては繁殖しやすいんだろうな」
それは先ほど資料庫で調べた情報だ。
生態や生息分布などが細かく記されてあった。
「だけど、討伐——というかハントするのは『きわめて難しい』だったか。その理由は……」
かなり遠いところで、草むらの向こうにちらりと見えた。
目的の、レッドホーンラビットだ。
兎にしては大きい。ミカン箱くらいだろうか?
そんな兎の頭に角が生えているのだ。真っ赤な角。
これが長ければ長いほど貴重らしいが、ほとんどは生きていく過程で折れるらしい。
現にヒカルが見つけたのも角が折れた個体だった。
「……ふむ」
距離にして100メートル弱。
ここでギルドカードの「職業」を「シビリアン」にしてみる。
特に変化なし。
次に「隠密」スキルを解除する。
「!」
ぴくり、とレッドホーンラビットが顔を持ち上げ、左右をきょろきょろしている。
「……この距離でも気づくのか」
ヒカルは再度「隠密」スキルをオンにして近づいていく。
レッドホーンラビットは、違和感を忘れたのか、地面に顔を突っ込んでなにかをしている。
その距離が50メートルを切って、さらに30メートルほどになったときだ。
「!」
レッドホーンラビットが顔を持ち上げた。
そして今度ははっきりとこちらを見た。
とんでもない速度で逃げていった。
「まさに脱兎……」
ぽつりとそんなことをつぶやいた。
「じゃなくて。僕の『隠密』スキルじゃ30メートルが限界か。結構『隠密』スキルは自信があったんだけど、アンチ『隠密』に特化したモンスターが相手だときついな」
むむ、とヒカルは唸る。
「待てよ? あのウサギ、はっきりとこっちを確認したよな? ということは僕がいる『方角』までわかっていたことになる。それがわかるのは——」
生命探知、あるいは、魔力探知を持っているということ。
「僕は『生命遮断』と『魔力遮断』をそれぞれ1ずつ振ってる。だからそれを超える探知手段を持っているってことだ。どれくらいのレベルなのかはわからないけど……まあ、いいか。次は『職業』効果も試そう」
レッドホーンラビットの次の個体を見つけるのに15分くらいかかった。
すでにギルドカードの「職業」は「隠密神:闇を纏う者」だ。
「……マジで?」
死角から近づいた、というのもある。
だが、これはどういうことだろう。
「フゴッ、フゴフゴ、フゴッ」
ヒカルの足下では体長60センチほどの兎が、土に顔を突っ込んでいる。
そう、ギルドカードの「職業」を変更しただけでここまで近づくことができたのだ。
今度のレッドホーンラビットは角が折れていなかった。資料庫で調べたところ、角が折れていない個体はレアだという。
「仕留めるか」
ぽつりとつぶやいてもそれすら聞こえていないようだ。
顔を土中に突っ込みながらフゴフゴ言いつつなにかを咀嚼している。虫とかミミズとかを食べるらしい。
「…………」
ヒカルは「腕力の短刀」を握りしめる。
これからこの生き物を殺す。
その覚悟をもって、街を出てきたはずだ。
それなのに——切っ先が震える。
「はっ……バカバカしい。人間ひとり殺しておいて、動物に心を揺すぶられるなんて……」
だけれど、モルグスタット伯爵には「殺される理由」があった。
レッドホーンラビットは「ヒカルと無関係」の存在だ。
「…………」
わかっている。
スーパーで売っているパックの牛肉には心を動かされないのに、屠殺の現場に行けば「かわいそう」とか思ってしまう、アレだ。
わかっている。
わかっているが——。
(バカだな。僕はほんとうに……)
両手を合わせた。
無駄だとわかっている。この世界には仏様なんていない。
それから「腕力の短刀」を引き抜き——一息にレッドホーンラビットの背中から、心臓を突き刺した。
なんの抵抗もなく切っ先はレッドホーンラビットの生命を刈り取った。「暗殺」スキルの効果だろう。
びくん、とレッドホーンラビットは震えて、そのままくたりとした。
あふれた血が大地に吸われていく。
ヒカルは膝から下の力が抜けていくような感覚を覚えた。それをぐっとこらえる。
短刀から手を離して、もう一度、両手を合わせた。
「バカだ、僕は」
ともう一度つぶやいて。
一度殺した以上は、早かった。
小川のそばで手際よく吊して血抜きをした。
腹を割いて内臓を取り出す。ここまでやっておくと、重量が軽くなるし、肉の味が良くなるそうだ。
ただし内臓でも、レッドホーンラビットは、心臓、腎臓の2つが高価格で買い取りされるということなのでそこは残しておく。
生活小物として買っておいた袋——ビニールのような魔物素材で、丸洗いできる——に放り込む。
石けんを使って手を洗う。
そうしてヒカルは街へと戻った。ちょうど昼時だったが、サンドイッチを食べる元気はなかった。
街へ入るとき、門番がなぜかヒカルの肩を叩いてうなずいてきた。
「?」
「冒険者ギルドに行きなさい」
「? はあ……」
自分がいない間になにかがあったらしい。
もとよりそのつもりなので、ヒカルも真っ直ぐ冒険者ギルドへと向かった。
「ヒカルく——」
冒険者ギルドに戻ると、カウンターにはジルとグロリアのふたりがいた。
ジルはヒカルを見てすぐにも走り出そうとしたが、ちらりとグロリアを見て、動きを止める。
そして何事もなかったかのように冒険者の応対を始めた。
「…………」
ただし、ちら、ちら、とこっちに視線を投げている。
その視線が語るところはわかっている。「こっちよ。こっちに来なさい。グロリアのほうに行くんじゃないわよ」と、目は口ほどに物を言う。
面倒だなと思いながらもここでグロリアへ向かったとしてもジルの機嫌をこじらせるだけだ。ヒカルは仕方なくジルのほうへと歩いて行く。
相変わらず冒険者が鈴なりになって彼女を——今はグロリアもいるので彼女たちを口説いている。
(こいつらほんとうに冒険者なのか? ヒマにもほどがある。でも、生物の本能からするとメスを確保するために昼日中から努力するのは間違っていない……のか?)
受付業務が一段落した瞬間を狙って、ヒカルは最前列へと割り込んだ。
「クエストの納品——」
「ちょうどいいところに来てくれたわね、冒険者ヒカル。そちらのブースで話があります」
「は?」
「そちらのブースで話があります」
「いや、あの」
「そちらのブースで話があります」
3回も言うと、ジルはさっさとブースへと歩いて行く。
「…………」
ヒカルへと突き刺さる冒険者たちの視線。
(……ほんとうに面倒だな。顔を覚えられても厄介だ。仮面でも買おう)
ブースに入ると、ジルが食い気味に言ってきた。
「ごめんなさい!」
両手をテーブルについて、頭まで下げている。
なんだありゃあ、と冒険者たちが声を上げている。
あいつら、ジルの行動にいちいち反応しすぎだろ。
それにグロリア。仕事しながら横目でめっちゃこっち見るなよ。
「……ごめん、意味がわからない」
「あなたは気づいていなかったと思うけど、実は、冒険者が6人、ヒカルくんを尾行していたの」
「それで?」
「彼らは……その、アタシのファンみたいで。それでアタシがヒカルくんに便宜を図りすぎていると考えたみたいで、ヒカルくんに嫌がらせしようとした」
(「嫌がらせ」ねえ。「暴力を振るう」の間違いだろう)
「まあ、知ってたけど。それが?」
「え?」
「それが、なに?」
「知ってたの?」
「知ってたよ。というか、バレバレだよ、あいつらの行動なんて。ここの冒険者ってちょっとレベルが低すぎない?」
「そ、そんなことないわよ! ツェルネンコなんて若手ではかなり腕利きって評判で、まだ冒険者ランクはEだけど未来を嘱望されていたわ」
(ええ……あいつが? スキルは「剣」に1とかだったはずだけど……1でもそこそこ強いのか?)
「『職業』だって『片手剣技巧神:テクニカルソードマン』を持っていたし」
「ああ……なるほど。『職業』がよかったのか。でもそれって5文字神だよな?」
「そう。戦闘にはかなり向いていたと言えるわね」
「…………」
ヒカルは考える。
(5文字神で注目されるのか……。やっぱり「職業」欄、ソウルボードについては誰にも言わないほうがいいな)
「ヒカルくん? どうかした?」
「……いや、なんでも」
「あ! わかった! 怖くなったんでしょ。そうよねー、冒険者に狙われてるってわかって、しかもそれが5文字神を持った腕利きだったとしたら怖くなるわよね。安心して! ヤツら、警備兵に素行の悪さを注意されて、しばらく監視されることになったから!」
「あ、そう」
まったく怖くはなかったが、ジルには適当に勘違いさせておく。
それにしても、門番が友好的な表情を浮かべていた理由がヒカルにはわかった。
ヒカルを追ってきた冒険者は明らかに挙動不審だった。だから警備兵に捕まったのだろう。
(僕からしたらたいした脅威じゃなかったわけだけど……それでもうざったかったし。それに)
誰かから心配され、誰かに守ってもらうというのは悪い気分ではなかった。
(菓子折でも持っていったほうがいいのかな? そういう文化もローランドの記憶にはあるみたいだしな)
「というわけで、安心してね。ちゃんとヒカルくんは守られているから!」
ジルがひょいと手を伸ばして頭をなでてくる。
ヒカルは一瞬思考が止まる。
は? なでられた?
「……非常に不愉快だ。気にくわない」
「えええ!? なんで!? ヒカルくんって異性じゃなくて同性が好きなタイプ? そういう価値観もあることは知っているけど……」
「違う。自分のなすことを当然相手も喜ぶと思って行動するんじゃない。言っておくけど、お前のそういう態度が要らぬ誤解を招くんだ。そして短絡的な冒険者を僕へと駆り立てる」
「あ……ご、ごめんなさい。今度は他の人の目がないところで頭をなでてあげるわ」
違う!!
そう言いたかったが、言ってもこれは通じないなとヒカルは思った。
頭が痛い。
「もういい。それで、そっちの話は終わりだな? そうしたら納品依頼の査定をお願いしたい」
「あ、はいはい。わかったわ——え?」
ジルがきょとんとする。
「レッドホーンラビットを狩った」
「う、ウソでしょ……そんなの、あり得ないわ」
「ウソじゃない。1羽だけだけどな」
ヒカルは足下に置いていた袋を開いて見せた。むわ、と獣と血のニオイが這い出てくる。
「……ヒカルくん」
ジルは驚愕とともに、こう言った。
「あなた、ほんとうにラッキーなのね」
と。
2日連続で日間1位をいただいてしまいました。子どもが昼寝した隙を突いて書いた甲斐があります。今後ともよろしくお願いします。