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察知されない最強職《ルール・ブレイカー》  作者: 三上康明
第3章 学術都市と日輪の魔導師
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2通の報告

 アースドラゴン討伐さる——この報告がフォレスティア連合国連合政府に届くと、会議室の空気が緩んだように感じられた。

 女王マルケドは、報告にやってきた首都フォレスザード冒険者ギルドの幹部をねぎらう。


「冒険者ギルドよ、よくやった」

「は。当然のこととはいえ、ありがとうございます」

「して、どの国の冒険者が倒したのだ? 我が国の冒険者であれば凱旋パレードをやらねばならぬほどの功績だぞ」

「は。それがいまだわかっておりませんで……」

「わかっていない?」

「実は、魔導具を使った通信によって2通の連絡が来ております。1つは3カ国合同討伐チームからで、もう1つはボーダーザードのギルドマスターからです」

「ボーダーザード……今回の防衛に当たった街だな? その2通がなんなのだ?」

「討伐チームの本部長からは『討伐チームが討伐に成功』と。ボーダーザードは『街の防壁が最大の功績』と……」

「ふむ?」


 マルケドはちらりと視線を向ける。

 その先には国政相談役の7人がいた。

 連合7カ国を代表する、「国王の監視役」である。


「ボーダーザードは旧ルダンシャ領であったな」

「さようですな」

「今回の連絡はどういう意味があると見る?」

「ふむ。キリハル出身の女王陛下にレクチャーしますならば、こうなりましょう。ルダンシャの防壁は高く、ちょっとやそっとのモンスターなど相手にならぬ、と」


 鼻持ちならない言い方だ。しかもまったく参考にならない。

 キリハルの相談役がせせら笑う。


「アースドラゴンを防げる防壁とやらを見てみたいものですなあ」


 ルダンシャの相談役がムッとして言い返そうとしたのを、「まあまあ」と他の相談役がなだめる。

 この2人の諍いは日常茶飯事なのだ。キリハルとルダンシャが犬猿の仲であれば当然のこととも言える。

 ため息交じりにマルケドは冒険者ギルドの幹部へと向き直る。


「ともあれ、ご苦労であった。討伐に際して誰の功績が多であったのか、また報告書を上げてくれ。国として十分報いたい」

「は。ありがとうございます」

「これで建国記念式典も問題なく開催できよう」


 深々と頭を下げてギルドの幹部が出て行く。


「我が連合国に『竜殺し』たれるほどの実力者がいましたかな?」

「ポーンソニアの『剣聖』が出張ったということは?」

「はてさて、アースドラゴンなる存在が眉唾かもしれませんぞ。レッサーワイバーンと見間違えたとか」

「だとしたら嘆かわしいことだ」

「しかり」


 相談役たちが適当なことを言っている。マルケドの横に立つ筆頭大臣のゾフィーラはまるで彼らの話を聞いておらず、次の議題に関する資料を用意している。「相談役に相談なんかしても意味ないわよ」とでも言いたげな。


「そうそう」


 ルマニアの相談役がふと思い出したように言った。


「ボーダーザードで思い出しましたがな、どうやら……他国から(スパイ)が入り込んでいるらしいですな」

「どういうことだ?」


 さすがにそれは聞き逃せない。マルケドが視線を向けると、その反応を楽しむようにルマニアの相談役が答える。


「いや、なに、ボーダーザードはルダンシャの領地ですからな。小耳に挟んだ程度、ということですよ。私よりも詳しい適任者がおられましょう」


 水を向けられてルダンシャの相談役は泡を食ったような顔をする。


「あ……ま、まあ、そうですなあ……」


 知らないのだろう。スパイが入り込んだことなんて。

 情報をちらつかせて、相手が知っているかどうかを確認しているのだ。

 旧ルダンシャ領——それを彼はあたかも今も「ルダンシャの領地」であるかのように言い切ったが——であるにもかかわらず、ルマニアの情報網が広がっているとなるとそれは由々しき事態ではあった。

 ルマニアの影響力がどんどん増している。


(もしかしたら、先日、あたしの執務室を監視していたスパイはルマニアの者かしら?)


 マルケドは思い当たる。十中八九そうだろうとは思っていたが。

 こうして揺さぶりをかけてくるあたり、スパイをつぶされた腹いせをしているのかもしれない。


「他国のスパイとは具体的にどこか」

「おお、これはこれは、女王陛下がそこまで気になさるとは。恐縮でございます。また、詳細なる情報が入りましたらご連絡しましょう」

「…………」


 言う気がないなら言うんじゃない、と言いたいのをぐっとこらえる。

 こういうやりとりでは先に頭に血が上ったほうが負けだ。


「そう。では建国記念式典の準備が忙しいから、会議を進めます」


 マルケドはしかし余裕綽々だった。

 感情的にならないマルケドを、ルマニアの相談役は意外そうな顔で見ていたが——「やせ我慢か」とでも思ったのだろう、ふふんと笑うだけだった。

 実のところマルケドは、彼らが知らない情報を握っている——そう、「学生連合」と「合同結婚式」だ。

 きっと国政相談役の7人は、「なぜ事前にこの情報を取れなかったのか」と故国で叱責されることだろう。


(ざまーみろ)


 舌でも出してやりたい気分だった。



   *   *



 時間は少しさかのぼり、ヒカルがアースドラゴン亜種と接触する直前のこと。

 早朝、ボーダーザード。

 ポーラは小さなテントでうつらうつらしていた。


「……んっ……あれ、ポーラ……?」

「!」


 ハッとして目覚めたポーラは、うっすら目を開けているプリシーラに気がついた。


「プリシーラ……! 目が覚めたのね!」

「確か……ひどい、毒を受けたはず」

「大丈夫。もう大丈夫だから。お腹空いてない? 朝ご飯持ってくるから!」

「あ、ああ」


 ポーラがテントから出て行った。

 毒を受けたとき、プリシーラは死を覚悟していた。

 狩人として育てられたプリシーラは、どの程度の毒が人間を殺すのか理解している。あの毒は、まず間違いなく助からない毒だった。即死性ではないというだけで意識を手放したとき「ああ、自分は死ぬのだ」と思ったものだ。

 それがどうだろう——生きている。


「う……がふっ、げほっ!」

「ピア」

「ん。プリシーラ? あ……あれ? あたし生きてる!?」


 ふたり、身体を起こした。


「ど、どうなってんの? あたし、腹に穴が空いてたはずなんだけど!」

「いつも通りのぷよぷよしたお腹だ」

「ぷよぷよ言うんじゃねえよ! でも……確かに、傷が治ってる。ていうか傷なんてなかったほどに」


 そこへポーラが戻ってきた。


「あ——ピア! 目覚めたの!? よかったぁ……ほんとうに、よかったぁ……」


 ポーラが持っていたのは炊き出しで配布されているスープとパンだった。

 疑問がたっぷりあったピアとプリシーラだが、丸1日以上なにも食べていなかったので腹がぎゅるると鳴った。

 ふたりは食事にがっついた。

 それを、ポーラがうれしそうな——だけれどどこか寂しそうな顔で見ていた。


「……で、なにがあったの?」


 一通り食事が終わると、ようやく落ち着いてピアがポーラにたずねる。


「あの、ね……私、もうふたりとは冒険を続けられないことになったの」

「————」

「————」


 その言葉があまりに意外で予想外だったのだろう、ピアとプリシーラのふたりが固まる。


「な、な、なんでだよ……あたしが頼りないからか?」

「理由を教えて欲しい」


 ふたりが口々に言う。


「……ごめんなさい。理由は言えないの」

「なんでだよ!? せっかく命が助かったのに! これからだろ、あたしたち」

「もしかして——この傷の治療と関係が?」


 ヌボーッとしたプリシーラだったが勘は鋭かった。

 ピアもまたハッとする。


「傷の治療……の代わりに、ま、まさか、高価なポーションと引き替えにポーラが身を売ったのか? っざけんじゃねえ! どこのどいつだよ、そんな足下を見やがったのは!」

「そういうんじゃないよ。私は——幸せなの。ふたりが生きてる。それにふたりと離れることになっても私は幸せに生きていける」


 と思う、と付け加えたかったが言わないでおいた。

 ヒカルにくっついて行ってなにをするのだろう——不安なような、わくわくするような、奇妙な感覚だった。


「そんな……」

「決意は固いのね」

「うん」


 ピアは納得できていないようだったが、プリシーラは理解しようとしてくれていた。

 そのふたりのどちらも自分に対する思いやりと愛情がゆえだとポーラはわかっていた。だからこそうれしかった。


「——決めた」


 ピアが、ぱしんと膝を打った。


「ポーラがポーションの取引した相手をこの目で確かめてやる」

「え、ええ!?」

「ポーラを守るのはあたしだからな」

「ちょちょっと待って。ピアは勘違いしてる。ポーションの取引なんてしていないもの」

「そんなわけない! めちゃくちゃ高価なポーションだろ!? こんなにきれいに傷が塞がってるんだぞ!」

「違うって! ふたりを回復させたのは私の魔法——」


 思わず、口が滑った。


「え?」

「ポーラの魔法……なの?」


 ふたりがポーラを見つめていた。

 これは言い逃れできないヤツだ、ヒカル様には絶対に言うなと言われていたのに——ポーラは血の気が引く思いだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 仮に超高価なポーションの取引だったとしたら、会ってどうするつもりなのかな。 踏み倒すつもりにしか見えない。
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