8話 初めての迷宮探索とボス戦
やっと主人公達は迷宮に入りました。
話を切るべき所を繋げて書いてしまったので、2話分くらいあります。
ジジイと手合わせをした次の日、俺達は遂に迷宮の一階層に来ていた。
そう!俺達は遂に迷宮に入ったのだ。
とてもテンションが上がる。
やっとだ。
何回も迷宮に入れる、入れるって言われてはトレーニングさせられての繰り返しだったからな……見事にジジイの餌に釣られた……。
そして、改めて迷宮の一階層を見渡す。
そこに存在していたのは何の飾り気の無い人間の子供が通れる程の大きさの小さな穴が無数に空いている部屋があるだけだった……。
こんなものなのか……?
俺は脳裏に疑問符を浮かべる。だが、色んな感情が篭って緊張していた為か然程それが気になると言う事は無かった。
ついに今までのトレーニングの成果を出す時が来たのだ。
俺は昂ぶっていた。
緊張するなと言う方が無理だろう。
「よし!ここが一階層かぁ……。緊張するなぁ……」
すると、ジジイが衝撃の発言をした。
「まぁ、緊張せんでもよい。ここら辺の敵の強さは元の世界の人間でも棒さえ有れば倒せるレベルじゃよ」
俺達の周囲の空気が僅かにピリついた。えええ!マジかよ……いや、何と無くそんな感じの予感はしていたんだが、何かガッカリだ。
「それじゃあ、俺達があれだけ訓練した意味無くね?」
「いやいや、お主達があれだけ訓練した意味は大いにあるぞい。どんな状況でも焦らずに安全に対処するためにはある程度の余裕も必要じゃよ」
ジジイは周りの殺気付いた空気を軽く流して笑った。強者の余裕である。確かにジジイが言っている事にも一理ある。
何たって俺達には実戦経験が足りない。
いきなり自分達と互角みたいな強さの敵と戦ってしまっては危なそうだ。その点では俺には大きな自覚があった。鎧熊……ジジイが一撃で葬ったモンスターである。
ジジイの実力を知っているからか添島も静かに確かにそうだ。みたいな顔で頷いていた。
「とか言っている合間にお主らモンスターに囲まれているぞい」
「「えっ……」」
ジジイは笑った。そして俺達はいつの間にかモンスターに囲まれていた。
ジジイ……その顔は絶対少し前から囲まれてる事に気付いていただろ?所詮俺達はその程度の実力しか無いのだ。
ジジイはそっと顔を逸らして距離を取った。ジジイは一切加戦する気が無いようだ。
距離を取ったと言ってもどこに行ったか分からない。目の前に先程まで居たのにジジイは姿を完全に消していた。
しょうがないな……。
それでだ、このモンスター達をどう倒そうか……俺は思案する。空中には人間の子供程はありそうな大きさの身体の割に巨大な耳が特徴的な大コウモリが複数体と、また人間の子供程のサイズはありそうな大きな芋虫が複数いた。
芋虫の横腹には何かを分泌しているであろう管があり大きな膨らみから全身に向かって繋がっている。これを見るとやはり俺達は異世界に来たのだと言う実感が湧く。
なんだあの気持ち悪い生物は……?
「あれはイヤーバットにワイヤーワームじゃの。その中でも注意すべきなのはワイヤーワー……」
何処からかジジイの声が聞こえて来たがその声が終わる前に添島が敵を一網打尽にしようと背中のホルダーから大剣を勢いよく引き抜き、強く前方に踏み込んだ。
「おりゃぁぁぁあ!」
添島の全力とも言える横薙ぎの一撃。そして、添島が大剣を薙ぎ払うのとほぼ同時にそれを重光が魔法で援護する。
「援護します!火弾!」
「キィィイ!」
拳大の火花が花火の様に弾け飛び、空中にいた蝙蝠を強襲した。
添島の大剣は何匹かの芋虫を巻き込み切り裂いた。芋虫達は体液を大量に撒き散らしながら体を寸断された影響で倒れ動かなくなった。重光が放った魔法の音と光に驚いたのか、空中にいたイヤーバットが様々な方向に逃げだし、その逃げた数匹に追撃とばかりに重光が放った火の玉が当たり蝙蝠は地面に落ちる。
炎に驚いて逃げ惑う蝙蝠を見て弱点を解析した重光は更に追撃をかけた。
「逃がしません!音弾!」
重光が透明な弾を散弾状に飛ばし、それが爆散する。
それと同時に甲高い大きな音が鳴り響き、聴覚の鋭いイヤーバットが悲鳴を上げて一斉に落ちる。
そして、予期してなかった俺にも被害が……。
「ああ!!!?耳が!耳が!」
バ◯スかよ。いや、バ◯スは目か……。マジで耳が痛かった。音弾には直接的な威力は無いものの耳が良く聞こえる敵を驚かす事が出来る。俺は思わず耳を塞ぎ、走ってきた足を止める。
せめて仲間には防音壁とかの魔法かけられなかったのかなぁ……?
イヤーバットだけにイヤぁ!。
うん。まぁ、いいや。
「お前何やってんだ?」
後ろから走って来た亜蓮は耳を塞いで立ち往生する俺を飛び越えて俺の先で落下したイヤーバットにククリソードで止めを刺した。
「ごめんなさい!」
重光が謝る。
それを他所に亜蓮の隣では山西が槍でワイヤーワームを一体仕留めていた。
「虫の体液は大丈夫なんだ……」
「それは……元々私が血が苦手になっーー」
俺の問いかけに対し山西が不満そうに俺の方を向いて何かを答えようとした時
「きゃぁ!?」
別のワイヤーワームが放ったであろう糸が硬いものが擦れる様な甲高い音を上げて山西に向かって飛んで来た。山西はワイヤーワームに槍を突き立てた体制のまま糸を躱す事も出来ず、拘束されてしまう。
山西も女の子らしい声出せるんだなぁ。俺はふと山西の高揚して紅くなった頬を眺める。
そんな事を考えながら別に山西に怪我を負わせている訳でも無いのでぼ〜っとした感じで山西を眺めていると、山西が起こった様子で
「あんた達ただ眺めて見てないで助けなさいよ!バカ!」
何か叫んでいる。
俺は空返事をして、山西の様子を見て遊んでいるとまた別の方向から糸の出る音がした。
「うわっ!?」
ちょっ……。
俺も糸に巻き取られて拘束された……。
ちょっと遊び過ぎたか……?
すると、残った芋虫達を全部駆除したらしい添島が俺達に気付き、呆れたような声で言った。
「馬鹿かよ」
馬鹿で悪かったな。だが流石添島だ。今の所添島は俺達の中で一番の戦闘能力を誇っている。
「おお、これで全部か……?ってお前達なんで繭に包まれてんだ?」
はい、すみませんでした。油断です。
イヤーバットを軽々と仕留めて俺と一緒に山西の様子を見て遊んでいたにもかかわらず、ワイヤーワームの糸をスラリと躱しやがった亜蓮が糸を切ってくれた。
次からは気を付けます。
すると、多分俺に対してだろうが山西が少しキレた様子で愚痴っていた。兜の頰当ての関係で顔全体は見えないが中の様子は分かる。
それはそうとこれで初めての戦闘が終わった訳だ。
こんなのが何戦も連続で続くとなると、流石にしんどいな……次からは本当に気を引き締めていかないといつか取り返しのつかない事になるような気がする。それに俺は戦闘よりも別の事に注意を取られすぎて手元が疎かになっていた。その点では俺は添島どころか亜蓮にすら劣っている。
ジジイはここが一階層と言っていたがこの迷宮は何階層まであるのだろうか?
そして、二階層まで後どれくらいの距離があるのだろうか?
「やっと、モンスターの群れを倒したな……(倒したのは殆ど添島と重光だが)二階層の入り口までどれ位の距離があるんだ?」
すると何処から現れたのか既に真後ろに立っていたジジイが言った。
「ん?二階層か?それならもう目の前に入り口が見えているぞい」
「「えっ……?」」
俺達は狼狽えた。ジジイが指差した先には階段の様なものがあった。
しかし、階段の途中の辺りに空間が歪んでいるのだろうか?薄い膜の様なものが張ってあった。
あれは恐らくジジイみたいな強者等が床などを蹴破って一気に下へと行ったり出来ない様になっているのだろうか?ジジイであれば、膜ごと蹴破って移動しそうだが……。
あの膜が何なのかは今の所は分からない……だが、それよりも一階層短か過ぎだろ!
全部の階層こんなのだったら、逆にこの迷宮を突破出来ない方がおかしいだろう。
まぁ、多分今はチュートリアルみたいな物だろうし、流石に全階層がこんな筈は無いと思う。
「一階層はただ、モンスターが出る部屋が一部屋あるだけじゃよ」
ジジイの言葉に安心した。
そりゃ、そうだ。
「まぁ、そうじゃの。しかし、これからが本番じゃぞ。この先はボスモンスターがいるのじゃよ」
ジジイが俺達を試すという感じの笑みを浮かべそう言った。そして、添島がその言葉に対し、何かを思い出した様な顔で言った。
「ああ、そう言えばこの迷宮には一定階層毎にボス部屋が設けられているんだ。確か二階層は蛙蟷螂とか言うモンスターで、これ以降の階層は五階層から五の倍数の階層毎にボスモンスターが配置されているんだっけな?」
なるほど、ボスモンスターか……。
普通のモンスターよりも強めのモンスターって事か……?
添島はその知識は本を読んで知ったのか……?
戦闘面でも知識面でも頼りになる男だ。
「その通りじゃ。よく勉強しておるのぉ。ここでお主らに試練を与えようと思うのじゃ。これをクリアしたら自立しても問題無いじゃろうて……(まぁ、こっそり付いて行くかの……)」
最後が良く聞こえなかったが、ジジイが試練を与えると言い出した。
そして、それをクリアしたらジジイ無しで冒険しても良いらしい。ジジイがいないのは、ある意味嬉しいんだが……大丈夫かな……?
しかし、その試練とは何だろうか……?
「ワシの援護無しで蛙蟷螂を倒すのじゃ」
ん?それだけか……。
本当にそれで良いのか……?
つまりだ、ジジイ無しでボスモンスターでも倒せることを証明してジジイを安心させてみろ!って事か……良いじゃねぇか!
やってやるさ。
しかし、何故かあまり乗り気出ない様子で添島が言った。
「……。俺はあまり行きたくないんだがな……」
何でだよ……?
お前には男として何かワクワクするものがないのか?
添島の事だ。何かあるのだろうと思って理由を聞いてみた。
「どうした?何か気にかかる事でもあるのか……?」
「いや、別に俺は大丈夫なんだが……ボスモンスターの見た目とか色々あってなぁ……。気分があまり乗らないんだよなぁ……」
どんな見た目なんだよ……。何となく蛙蟷螂って名前から察するが……。
まぁ行ってみるか、とか考えているとジジイが
「まぁ、そうグダグダ言っておるよりも行ってきた方が早いじゃろう?ホレ!」
とか言って俺達を目の前の扉の方に突きとばした。あのジジイやりやがった……。
そして、俺達の視界は光に包まれ扉の向こう側に切り替わった。
「「!?」」
「グワァァァァア!」
俺達が扉の内部に入るや否や目の前に佇んでいたモンスターは甲高い奇声をあげた。その目の前のモンスター。改めて蛙蟷螂。
特徴を言えば、虫の様に周囲を見渡せそうな複眼にカエルの様な頭を持ち、その頭からは二本の長いカエルの様な舌が生えている。
そして、カマキリの様な強靭な鎌を持った腕と四枚の羽。カエルの様な強靭な太くて伸縮性のある脚、それに加えて腹部は昆虫の様に節があって長い。
そう、カマキリとカエルの合わさった様な生き物なのだ。大きさは高さ三メートル位てかなり大きい。めちゃくちゃ気持ちが悪い。
何故この様なよく分からない生き物が最初のボスなんだよ!?
絶対選択間違ってるだろ!
皆嫌そうな顔をしているが仕方がない。
こいつを倒さないと先には進めないのだから。
すると、添島が弱点などの指示を出す。
「みんな!よく聞け!あいつの弱点は腹だ。注意すべき点は内骨格と外骨格の弱点が違う事だ!外骨格の弱点は氷と雷だ。そして火が効かない!内骨格は火が効いて雷が効かない!」
添島が早口で伝えた。
恐らく外骨格と言っている部分はカエルっぽい青白い薄皮が張っている表皮の部分の事だろう。
そして内骨格と言っている部分は緑色と黄色を基調とした節のある部分だろうか?こいつの皮膚?はカマキリの様な甲殻の上にカエルの皮膚を貼った様な感じだ。
両方で弱点属性が異なるか……これは俺の固有スキルが生きそうだな。
「あと舌の攻撃範囲が広いから気を付けろ!」
「「了解!」」
添島の指示を聞いて皆が走り出した。隊列など知らない。ただ単純に身体能力の高い添島と亜蓮が前に出る。
重光は走らずに後方で何かを詠唱していた。彼女は俺達の中で唯一の後方支援者だ。全体を見渡しながら広い範囲をカバーできる。
「キィィィイ!」
蛙蟷螂は俺達の動きに合わせる様に両手の鎌を振り上げて強靭な脚を使って添島の方向へ飛び上がって加速した。それに対して添島はカウンターとばかりに大剣を横に一閃する。俺達もそれに対して援護する。
「属性付与。氷!」
「身体強化 防!」
「うおりゃぁああ!」
蛙蟷螂の巨体とまともにぶつかり合うのはあまり加速していないとは言え少し低速の軽自動車と真正面からぶつかり合う様な物だ。それだと幾ら添島が化け物とは言っても耐えられない。その為山西は添島に防御力向上の強化魔法を掛けた。
添島の身体に白い冷気の様な物と緑色の靄が纏わりつき添島の大剣は霜を帯びた。そして、その添島の大剣とフログマンティスの鎌がぶつかり合う。
「ぐっ!?」
金属が擦れ合う様な音が辺り一面に響き渡り、添島の身体は少し上空に浮いた。蛙蟷螂はそれを好機と見たのかもう一方の鎌を振り上げ添島を狙う。
マズイ!添島は片方の鎌を抑えるので限界だ。
今受けている鎌をいなすか無理やり強い力を添島に与えて添島を下げさせたりしない限り躱すのは難しいだろう。
「カァァァ!」
フログマンティスが鎌を振り下ろすコンマ数秒前に添島の横あたりから亜蓮の声が聞こえた。添島を軽く追い越した亜蓮が地面を蹴って添島に向かって突っ込んだ。
「射盾加速!」
何てスピードだ。ここに来る前とは大違いだ。ただの全力疾走。それだけ。それなのにその速度は添島をも凌駕していた。
その状態で添島の前に突っ込んで来た亜蓮は手甲に付いている盾で腕ごと後ろにいる添島を殴った。
おい!何してんだ亜蓮!そのままだとお前が鎌で切り殺されるぞ!心配する俺を他所に亜蓮は兜の下で笑みを浮かべていた。
カチッと何かが起動する音が響き、亜蓮の盾が爆発した。その際に起こった爆風で亜蓮の盾は大きく開き、煙を上げていた。盾が開いた際の衝撃で添島は後ろに吹き飛ばされ、その反動で亜蓮が空中に飛び上がった。
「痛ぇぇえ!?」
亜蓮は盾が爆発した場所を手で掴みながら叫んだ。
なんだ、あれ!?
手甲と盾の間に火薬を挟んでおいて自分で起爆させたのか?そうか、あの盾との何かを挟む隙間は火薬を入れる場所だったのか……。
クッション材はあるのだろうが、亜蓮は相当痛かったのか片手で盾の辺りを押さえながら空中で回転しながら蛙蟷螂の目を斬りつけた。
「はぁぁぁあ!」
蛙蟷螂の右の眼球?はひび割れ奴は奇声を発し、怒りからか標的を亜蓮に変え、二本の舌で亜蓮を空中から叩き落とした。鞭の様にしなる長い舌は空中にいる亜蓮の肉体を確実に捉える。
「ぐわぁぁ!」
亜蓮の身体から鈍い音が響き、亜蓮は地面に叩き付けられた。そして、さっきから唱えていた詠唱が完成したのか重光が亜蓮を心配しながら魔法を対象に向けて放つ。
「亜蓮君!?多重雷火槍!」
「だ、大丈夫」
亜蓮は地面で撃たれた背中を痛そうに抑えながら転がっている為どう見ても大丈夫じゃなさそうだ。しばらく休んでろ。
重光が放った槍の形をした複数の塊は紫電を放ち、炎を噴き出しながら上空を加速して、蛙蟷螂の頭に多段ヒットした。
「グオォォォオ!」
フログマンティスは何かを呼んでいるかのような様子で、叫んだ。
亜蓮は舌で叩き落とされたものの軽い打撲と切り傷で済んでいる様子だ。だが、普段ほんわかな日常に浸っている俺達にとってはその程度の傷でもかなり痛く感じるだろう。
案外鎌と違って舌の威力は低いのかも知れないが、行動に支障が出る辺り食らっていい攻撃では無いな。
実際に皮の鎧を切り裂いてダメージを与えている事を考えるとかなりの威力だ。特に亜蓮の装備は動き重視で軽い装備の為亜蓮の受けたダメージはかなりの物だったと想定された。
「はっ!大して強くないな!」
だが、そこから何を学んだのか、金属鎧を着ている為安心している添島は声を上げてあと少しだと言わんばかりに追撃を仕掛けようとした時だった。それでまともに動ける時点で添島もある意味モンスターなのだろう。
だが、そんな添島の自信も空回りする。上の方から無数の羽音が聞こえてきた……ん、なんだ……?
嫌な予感がする……。
「見て!あれは何!?」
山西が突然羽音が聞こえてきた方向を指差した。
山西が指差した方向を向くと大量の小さなカマキリが降ってきていた。小さなとは言っても人間の赤ちゃんサイズはあるのだが……。
「あれはフログマンティスの子供だ。くそっ、さっきので仲間を呼んだのか……」
添島がさっきとは変わって歯切りの悪そうな顔で言った。
「だが、関係ない!フログマンティスの子供はかなり弱い!だから、一気に薙ぎ払う!」
「うぉりゃぁぁあ!」
添島が赤ちゃんカマキリに対して大剣を横薙ぎに振るってかなりの数を葬った。その時重光が魔法を放った影響で生まれた添島の正面を覆っていた煙幕が薄れた。その煙幕の後ろに影が見えた事で添島は武器を戻そうした。
「添島君!前!」
重光さんもそれに気が付き叫ぶ。
「間に合わねえ!」
「キィィィイ!」
赤ちゃんカマキリの陰から蛙蟷螂が鎌を添島目掛けて振るっていた。添島は剣を戻すのが間に合わない事を悟ると咄嗟に剣を盾にして防いだ。しかし、蛙蟷螂の力は予想以上の物だった。
「ぐわぁぁぁぁぁ!」
添島の身体が浮いて後方へと鞠の様に弾き飛ばされた。
しかし、俺は添島の肉体なら問題無いと信じていた。蛙蟷螂に隙が出来るのを待っていた。奴の攻撃の威力は最初に攻撃を受けた時に理解していた筈だ。それを剣を盾にして防いだと言うのは勝算があってやった事だろう。彼はああ見えてちゃんと計算している。
さて、俺に良いとこ取りをさせてもらおうか!そう思った俺はフログマンティスの残った目を潰さんと顔に斬りかかった。
「悪いな。添島!はぁぁぁあ!」
「身体強化 撃!」
山西の補助を受け、跳躍して頭の位置が下がった蛙蟷螂の頭部より少し下辺りに移動すると、俺は左腰に刺している太刀を勢いよく引き抜く。山西の強化を乗せた俺の一撃はフログマンティスの残った眼球を容易く砕いた。これも普通であれば高さがある蛙蟷螂の頭には俺の攻撃は当たらない。だが、それを可能にしたのは太刀の長いリーチであった。
「ギィィィイ!」
フログマンティスは大きく怯んだ。
しかし、様子がおかしい。追撃をしてこない。いや、両目を目を潰されたから上手く動けないのか?俺の脳裏にはそんな安易な考えが浮かんだ。
だが、どうも添島は違う様で地面から咳をしながら立ち上がると焦りを見せて息を吸う音が聞こえた。
どうしたんだ?もう奴の目は見えてない筈だぞ……?
「おい……あれは……!」
「ギィィイァァア!」
蛙蟷螂は今までとは明らかに違う様子で吼えたかと思うと、狂った様に自分の子供のカマキリを食べ始めた。
ーーなんだ……?自分の子供を食べ始めたぞ?
乱心したか……?そう思った俺だったが重光も添島と同じく、焦った様子で言った。
「水弾よ!みんな急いで腹を狙って!」
そして、重光はもしもの時の為にとか小声で呟きながら何かを詠唱し始めた。俺はその発言によって全てを理解した。成る程、さっきのは広範囲の水弾を放つ準備行動だったのか……だが、これは大きな隙だ。
「言われなくても狙ってる……よ!」
俺が目を潰した時から走り出して蛙蟷螂の背後に回り込んでいた亜蓮がフログマンティスの腹部にククリソードを突き刺した。緑色の血が流れる。だが、フログマンティスは悲鳴もあげずに、水弾の準備行動を続けている。
威力が足りない……!?だが単純な斬撃で奴の巨体が誇る生命力を潰せるとは思えない。奴は即死でもしない限り水弾の発動を止める事は無いだろう。あれは体内から焼き払う位しないとダメだ!
それなら……添島。信じてるぜ!
「属性付与。火!添島!頼んだぞ!」
そう叫ぶと俺は炎を自分の剣に纏わせ、添島に俺自身をフログマンティスの方向に弾き飛ばす様に合図した。
「おう!任せとけ!」
合図に従って背後から走って俺に追い付いた添島は俺が飛び上がったタイミングで添島が剣の腹で俺をフログマンティスの方向に弾き飛ばした。
「はぁぁぁぁあ!」
俺は弾丸の様に一直線で蛙蟷螂の腹部目掛けて飛翔する。赤ちゃんカマキリが親を守ろうと前方に出るが関係ない。それを跳躍の勢いで弾き飛ばした俺は右に刺している刀も鞘を後方に投げ捨てて両手に刀を握り両手の剣をローグマンティスの腹に突き刺し、そのまま属性付与で纏わせた炎の火力を上げた。この使い方はまだよく分かっていないが火力の上下と属性変更だけイメージ出来れば簡単だ。これが固有スキルの恩恵と言う奴だろう。
重光の魔法は勉強の成果としか言いようが無い。
「ギィィイ!」
蛙蟷螂に突き刺さった刀は勢い良く炎を上げて蛙蟷螂の体を体内から激しく燃やし尽くす。体内から体を焼かれた痛みからか……奴は悲鳴を上げたがそのまま俺を振り落とそうと羽根を羽ばたかせ飛び立った。虫に痛覚があるのかどうかは定かでは無いが蛙と混ざった事で痛覚が生まれた可能性もあった。
俺も流石に上空から振り落とされたら堪らないと思い、そのまま刀を引き降ろし……腹を斬り裂きながら剣を抜いた。刀に纏わりついた炎は赤い尾を引きながら俺と共に落ち、蛙蟷螂の腹部からは大量の緑色の血とボロボロになった肉片が零れ落ちる。
その時だった。
「待って!防御壁!」
薄い透明な壁が俺の前に展開される。重光の奴……こんな魔法までこの短期間で習得したのか!?
そしてーー
「ギィィィイ!」
蛙蟷螂の口元に巨大な水球が現れそれに奴は自ら飛び込む様に突っ込んだ。巨大な水球を身に纏って質量を上げた蛙蟷螂は空中で身動きの出来ない俺に向かって水球ごと突っ込んで来た。
そして、俺の目の前に展開されたバリアに奴は当たりバリアと水球が砕け散る。
そして、水球が破裂した余波で俺は吹き飛ばされる。水球が破裂してくれた影響で俺は水球の質量を食らう事無く、水が破裂した際の衝撃波だけを受けた。
もし重光がバリアを張っていなかったら危なかっただろう。
もしもの時の為にと詠唱してくれていたバリアが役に立った。
「ありがとう」
重光にお礼を言い、その場を離脱しようとした時だった。
「安元!上だ!」
唐突に添島の声が聞こえ、上を振り向くとさっき俺に水球をぶつけたフログマンティスが追撃を加えようと羽根を羽ばたかせながら突っ込んできた。水球は割れたものの奴はまだ上空に居たのだ。
不味い!
しかし、さっきの俺の攻撃や水球の破裂によって自分もダメージを受けているのかイマイチ狙いは定まっていなかったが、先程吹き飛ばされ、地面に着地したばかりの俺にはあの高速の突撃を躱せるとは思えなかった。
「身体強化 防!」
山西が俺がフログマンティスの攻撃を躱せないと思い、俺の防御を上げる。さて、どうするか……俺が目を瞑り身体で突撃を受ける覚悟を決めた時だった。
「極小炸裂弾!」
重光の手元から小さな赤い塊がフログマンティスのさっき俺が開けた腹部の穴の部分に飛んでいき炸裂した。
「ガァァア!」
体内で炸裂した攻撃に既に瀕死のフログマンティスが耐えられる筈もなく奴は断末魔を上げながら落ちてきた。羽を羽ばたかせる気力すら無くした蛙蟷螂は重力に従って落下を始めた。
だが、攻撃を食らう覚悟を決めて目を瞑っていた俺に奴の巨体を躱せる筈が無かった。
「だぁぁぁあ!」
多少失速したものの俺は突っ込んで来たフログマンティスの下敷きになった。だが、身体が昆虫だからか、大きさの割に重さはそうでも無かったが、全身の骨が軋む程の衝撃を俺は受けて悲鳴をあげる。
「おい、大丈夫か?」
添島が心配して近寄って来た。
重いわ。
早く助けろ。
そして、重光に回復魔法をかけてもらい、みんなに引きずり出してもらった。重光の回復魔法は擦り傷などは治るものの身体の芯の痛みは取れなかった。ジジイの魔法とは大分違う様だ。そして、回復魔法には種類があり、治癒力を高めて回復を促す治癒型魔法と不足している身体の部位を形成して結合させるマナ形成型の回復魔法があるそうだ。
前者は回復させる為にマナ消費が少ないが被験者が体力を奪われる。後者は専門的な知識と正確なマナコントロール能力を必要とする上でマナも大量に消費する代わりに欠損部位も治せるし、被験者の体力も奪わない。
それに損傷具合によって形成組織が変わる様で術式が変化するみたいだ。被験者が強すぎる場合も術者はそれなりの力を必要とするらしい。治療後の傷についてもだが、前者は再生した際に自然治癒と同じような傷痕が、後者は結合部に傷痕が残るらしい。後者は傷が出来ないのかと思っていたがそうでも無いみたいだな。重光の魔法の知識量はこの短期間で身に付けたとは思えない程多く、その場で語られても殆ど理解の出来ない話が多かった。
こうして初めてのボス戦は終わりを告げた。
それにしても添島も鎌を食らって吹き飛ばされた筈なんだが……大丈夫なのか?
「?」
添島を俺が添島は兜を外して不思議そうな顔をした。うん、大丈夫そうだ。
流石は筋肉ゴリラだ。
「これで試練達成で良いんだよな?」
「あ……」
「「あ、」」
「「よっしゃああ!やったぞぉぉお!!!」」
添島の声に対し、しばらく間があった後に大歓声が起こった。
これで俺達だけで迷宮に挑戦出来るんだ!と歓喜に浸っていると、何処に隠れていたのだろうかジジイが意外そうな顔をして
「おめでとう。合格じゃよ。これならワシ無しで迷宮探索を進めても問題ないじゃろう……」
と苦笑いを浮かべて言った。
おい、ジジイお前まさか本当に倒すとは思わなかった。
みたいな顔してるな。
酷くね?
「お、そうじゃ。扉は内側からも開くぞい。ただし、中のモンスターはワシら以上の速度で回復するがの」
ジジイの発言に俺の中で何かが冷えた。え、これボス部屋って入っても出られるのかよ……。
それ先言えよ。
「フォッフォフォッ、言おうとは思っていたのじゃが言うと撤退しようとすると思って言わなかったのじゃよ」
なんだそれ、絶対言うのを忘れてただろ。
「ほれほれ、そこに転移碑があるぞい。あれに一度でも触れた者は最初のワシの拠点と行き来出来るようになるぞい。基本的に一階層を除く各階層の最後か、ボス部屋抜けて直ぐの所にあるぞい……最初の内はな……」
ジジイに対する怒りのせいか、最後の方がまた聞こえなかったが、ジジイが指差した方向を向くと淡く光り輝く碑があった。
成る程それは便利だな。
各階層を突破する度に準備を整える為に拠点に戻れるのは大きい。すると、ジジイの話に疑問を持ったのか重光が
「あの、すみません。この迷宮は何階層まであるのですか?」
と尋ねた。確かにそれは気になる。
「ん?百一階層じゃよ。ただし、百一階層には絶対に行ってはダメじゃ。あいつにはワシでも敵わん。あのチーム闇龗みたいに死にたくなければ絶対に行くな」
ジジイはいつもと違って真面目な顔で答えた。
「ありがとうございます。それなら百一階層を突破したら元の世界に帰れるのですかね?」
ジジイは何も答えなかった。
しかし、もし百一階層を突破したら元の世界に帰れるとしても元の世界に帰れるのは大分先になりそうだ。
そして、あのジジイでも勝てない敵……。そんな化け物にまず俺達なんかが勝てるのだろうか……?
「あの……おじいさん……?」
重光が返答して欲しいと言うようにジジイに尋ねる。
すると無理矢理話を切り替えるように話を始めた。
「よしよし、お主らはよく頑張った!早速拠点に素材を持ち帰ってゆっくり休んでおれ!ワシがその間に料理をーー」
だが、料理の一言を聞いた俺達はジジイが話を言い終える前に
「「自分達で作ります!!!」」
と言いきった。
一先ず今は先の話よりも今だ。今は勝利を喜ぼう。そして、俺達は転移碑に触れた……が何も起こらない……何でだ?
「転移碑が発動しないか?転移碑に触れて『転移』と唱えて行きたい階層をイメージするだけで発動する筈じゃぞ」
ジジイが言った。それ先に言えよ。
「「転移!」」
転移碑に触れてキーワードを呟き俺達は転移した。
安元達が転移した後残ったジジイは何処にいたか分からない闇智と話をしていた。
「フン……付いてきておったのか、龗牙よ……」
ジジイが不可思議な顔をして闇智に話しかける。
「まぁな。ここに居るクソジジイには興味ねぇが、あのクソガキ共の様子を見に来てな……」
闇智は笑いながら言った。
「心配しておるのか?」
ジジイの返しに対して
「ハッ!まさかな……。また、あのクソガキ共が昔の俺と同じように突っ込んでジジイと一緒に死んでくれたらいいと思ってな……」
闇智は冗談めかした感じで言った。
「そうか……それにしても、お主の話し方からあいつらが元から最下層に辿り着ける事が前提のような感じじゃのう?」
ジジイは楽しんだ様子で闇智に問いかけた。
「あ?お前も気付いてんだろ?あいつらの潜在能力の凄さに……だが思考がまだゲーム感覚だ。あれは直ぐに痛い目みるぜ。しっかり、育てろよ?俺の二の舞はもう見たくねぇ」
闇智は当然分かってるよな?と言う様にジジイに忠告した。
「当たり前じゃ、ワシを誰だと思っている?何ならワシの所で一緒に鍛えていかんかのう?」
ジジイは頷いた。
それに対して
「フッ……老いぼれジジイが。だがあの時の事はすまなかった……。ではそろそろチームメンバーも待っているのでな。せめて、あのガキ共が五十階層を突破したら稽古をつける事でも考えておこう。じゃあな、……」
闇智はジジイの返答も聞かずにそう言い残し立ち去って行った。
「ああ、五十階層と言えばコロッセウムか……あそこまで行くのにどれだけかかるかのう。そろそろワシも戻らんと怪しまれそうじゃの……転移!」
俺達が仲間達と談笑しているとジジイが戻って来た。
「お、やっと帰って来た!何やってたんだよ」
俺がジジイに尋ねると少し考えてから
「おお、ちょっと良い素材を見つけてな!素材収集をなーー」
嘘だな。
まず、俺達が来た二階層までには何の飾り気も無い部屋があっただけだ。
素材も何も無いだろう。
皆からの疑いの目にジジイは
「そんな事よりもまずは祝勝会じゃ。初めてボスを撃破したお祝いをしようぞ!」
どうやらお祝いの準備をしてくれていたらしい。それなら別に隠さなくても良いのに。
「ああ、ありがとう。でもジジイは料理すんなよ」
添島が言った。
ジジイは少し落ち込んでいたが、それは俺も同感だ。
絶対にあの料理は食べたく無い。
ーーその日の夜
俺達はあの蛙蟷螂を実食していた……。
料理は重光さんがしてくれた。
しかし、思った以上に美味しかった。鶏肉の様なあっさりしたお肉なのに海老みたいに噛めば噛む程味が染み出してくる。見た目はアレだが。
「無理無理無理!絶対に無理!こんなの食べられない!」
一人山西が食べられないとか言って駄々をこねている。
だがこれ今日のメインディッシュだし、他の料理と言えばイヤーバットのパサパサした肉しか無いぞ?重光さんは普通に美味しそうに蛙蟷螂の肉を食べている。
やっぱり意外に重光さん図太いのかも知れない。結局山西も重光さんの説得に諦めて食べていた。
目を瞑ってだが……。
こうして俺達の初めてのボス戦は本当の意味で終わりを告げたのであった。
〜〜〜単語とかスキルなど〜〜〜
迷宮一階層…百一階層ある内の最初の階層。ただ部屋が一つあるだけ。敵も弱い。
イヤーバット…羽を広げると人間の子供程のサイズがあるコウモリ。耳が非常に良い。攻撃は集団で噛みつきにくる程度。ドラキュラとかにはなりません笑。
ワイヤーワーム…これも人間の子供程のサイズがある幼虫。毒などは持っていない。体に分泌線が通っており尾や口から糸を出したりする。結構糸は丈夫だが、刃物で切れる程度。
火弾…散弾状に小さな火の玉を飛ばす。
音弾…散弾状に飛び爆発し甲高い大きな音を撒き散らす。
迷宮二階層…ボス部屋。フログマンティスが守っている。
フログマンティス…カエルとカマキリが混ざった様なモンスター。気持ち悪い。両腕の鎌で攻撃したり、脚力を活かして跳ね、羽根を使って滑空したりして攻撃。二本ある舌を使っても攻撃する。ピンチになると大量に赤ちゃんカマキリを呼んだり、巨大な水球を撃つ事もある。
射盾加速…亜蓮の手甲と盾との間に火薬を詰め。破裂させて爆発の勢いで軌道力を得る。空中でも軌道が変えられるのが強みだが、クッションがあっても本人は痛いらしい。
多重雷火槍…攻撃魔法。雷と火属性の塊を複数飛ばす。威力は高いが今の重光では詠唱に少し時間がかかる。
防御壁…防御魔法。透明な壁を対象者の前に作り衝撃を緩和する。防御力は込めた魔力の量と魔力変換効率に比例する。大体の魔法の威力はこれで決まる。
極小炸裂弾…小さな爆発を起こす弾を飛ばす。
転移碑…個人と転移場所を記憶する事が出来、一度転移碑に触れた事のある階層ならばイメージして転移と唱えると転移できる。最初の頃は各階層にあるらしい。
安元の固有スキル魔法付与の追記…今回の戦闘でフログマンティスの体内で火力を上げて体内から燃やす事が出来たが、他の人に付与した時は直接触れたりしない限り出来ない。