6話 メンタルの問題
一週間のトレーニングを終えて迷宮に行く事を許可された俺は早く迷宮に行きたくて堪らなかった。一週間の拘束から解放される。それだけで俺の心は大きく揺れる。その間の食事は基本的に小麦の様な作物を潰した様な物を食べた。あまり美味しくはない。と言うよりは不味い。一応米もあるっぽいが主な主食はジジイの好みで小麦焼きである。
胸が踊るとは言っても先日の件があったからか俺は少し控えめな言動を心がけていたのだが、好奇心の方が大きくなっていた。
本来であれば普通は先日の様な体験をした場合トラウマを抱いてもおかしくは無いのだが、俺はどちらかと言うと先日の件での記憶はモンスターが怖いと言うよりはジジイがヤバいと言う印象の方が強く残っている。取り敢えず早く実戦がしたい。
「よっしゃあ!早く迷宮に行こうぜ!」
「まぁ、待て。迷宮に入る前に自分の実力がどれくらい通用するか知りたくないかね?」
ジジイは落ち着きの無い俺に対して少し呆れながらも落ち着いた口調で言った。
確かにそうだ。この一週間のあのトレーニングで効果があったのかどうか怪しい所だ。俺も試してみたい。 そう思う俺を他所にジジイはそそくさと拠点の奥へと消える。そして、どこから持ってきたのか、直ぐにジジイが肩にモンスターを担いで持って来た。
「と言う訳で、小手調べにこのモンスターと戦ってみないかい?武器は貸与するぞい」
俺は思わずジジイが担いで来たモンスターを見て驚愕の表情を露わにする。なっ……こいつは!?全身を青色の鱗で覆った熊……。間違いない。
この前の鱗熊じゃねぇか……。
こいつ今の俺達で倒せるのかよ……?
「え……こ、こいつは……!?」
余りの驚きに俺は声を漏らして大きく動揺して一歩退き、その様子を見た添島が不思議そうな顔で俺に尋ねる。
「え、お前何か知ってるのか?」
別に特に隠す意味は無いが、惚けとくか。
この前夜抜け出したの何か知られたく無いし。
「えええ、えーと、知らないよ?」
あまりの動揺で思った以上に棒読みになってしまったせいか、惚けたつもりが圧倒的冷凍空気を産み出してしまった気がするが気のせいだろう。
きっとそうだ。すると間髪入れずにスルースキルを発動させた亜蓮がノリノリで添島に尋ねる。亜蓮はゲーム好きの為、こういう時にテンションが高くても不思議ではない。
「安元は放って置いて添島!こいつはなんだ?」
「こいつは確か、鱗熊だ。まぁ名前の通り鱗に覆われた熊だな。見た目は強そうに見えるが、大して強く無い。食物連鎖でも下の方に位置するモンスターだ」
亜蓮に説明を求められた添島はまるでマニュアルをそのまま暗記している様な喋り方でスラスラと解説を行い、その姿に俺は感心する。流石添島だ。伊達に本読んでた訳では無いんだな。
俺は添島の説明にあった食物連鎖の下の方とかと言う説明に疑問を抱いた上でこの鱗熊が食われる映像を想像するが全く食える映像が浮かんでこない例え食えたとしても凄く不味そうなんだが……。
「おい重光!こいつの弱点は何処だ!俺はモンスターについての知識はあるが生態については知らん!」
添島のこの一週間で蓄えた知識量に感心していた俺だったが、その後の丸投げ発言に耳を疑う。ええ……何それ。そんな一部分だけ覚えるものなの……?
俺達がこうやって話している間にモンスターが襲って来そうだが、鱗熊は俺達の前で行儀良く立ったまま動かない。本来ならば会話中にやられそうだけどそんな事は無いのか?それにジジイの奴どうやって生きたままここに鱗熊を連れて来たんだか……これがご都合主義と言うものか……。
まぁチュートリアルみたいな物だし別に良いんじゃないか?そう思う俺だったが、何気無く横でジジイが鱗熊を睨んで威嚇し、若干、鱗熊は震えていた為、この戦闘の場はジジイによって全て仕組まれた物だと俺は理解する。
そして、添島の質問に重光が素早く応えた。
「えーとスケイルベアの弱点は鱗の裏よ!鱗は下向きに生えてるから……下から抉る様に攻撃したらダメージを与えられる筈よ!」
ほう、成る程蛇みたいな感じだな。でも下から抉るの結構難しく無いか……?もろに鱗熊の腕の攻撃範囲だぞ。鱗熊の弱点である腹部はかなり面積が広く攻撃を当てやすい場所ではあるが、当然肩からは丸太の様に太い腕がぶら下がっており、真っ直ぐ突っ込んだら鱗熊の強靭な腕の攻撃の餌食になる事は間違いない。
弱点を理解した様子の添島は俺達の方を向いて大きな声で指示を飛ばし始めた。
「よし了解した!陣は俺が取るから重光は指揮を任せたぞ!」
「分かったわ」
いきなり戦闘始まるみたいなんだが……大丈夫か……?重光の返事が聞こえ、それが戦闘の始まりを示す合図となった。ジジイの睨みが解け、それとほぼ同時に鱗熊が唸り声を上げながら右腕を俺目掛けて振り上げる。
俺、武器とか使った事ないけど本当に大丈夫か?俺はジジイに手渡された武器の柄を強く握り、鱗熊を見る。そして、何故か俺の武器が刀だと気が付いた時には既に遅かった。何で刀!?
「っ!?」
俺は前の状況と光景が重なった事や俺に手渡された武器が偶然にも刀と言う癖がある武器だった為固まってしまい、刀を鞘から引き抜く事は出来なかった。何故ジジイが俺に刀を渡したのかは分からない。あるとすれば武器種を考えずに適当に用意していた可能性が高い。
俺は鱗熊が振るう太い右腕を視界に捉えながら目を半分瞑る。避けられない。
俺がそう思った瞬間だった。視界が一瞬にして変わる。俺が目を開けるとジジイに俺は抱えられて安全な場所へと移動していた。
速すぎて一切ジジイの動きを目で追う事は出来なかった。それ以前にジジイに抱えられた事に俺が気が付いた時には既に俺の場所は移動していた。やっぱりこのジジイ強い……!?
「ありがとう。ひげの爺さん!」
素直に感謝の気持ちを述べると軽く会釈をジジイは返し、早く続けろと言わんばかりに俺を地面に置いて顎で鱗熊の方を指した。
「グォオオォ!」
俺への攻撃を避けられて腹が立ったのか鱗熊は唸り声を上げて四つん這いになり、ターゲットを添島に変える。鱗熊は大きく吼えながら地面を四本の手足でしっかりと蹴って添島の方へと走る。その速度は直ぐに加速し、自転車程の速度になった所で添島の元へと距離を詰める。
添島は渡された大きな幅の広い鉄の大剣を鞘に入れたまま盾にして防ごうとしていた。いや、無理だ!普通に熊の突進だぞ!重さ数百キロは有ろうかと言う巨体が自転車程の速度まで加速したのだ。ぶつかった時の衝撃は計り知れない。普通に骨折れるぞ。もしも、添島と鱗熊との距離がもう少し離れていたならば鱗熊は更に加速していた事は間違い無い。だが、自転車程の速度でも俺は添島がその重量を受け止め切れるとは思わなかった。
「ぐぁぁぁぁあ!」
案の定、鱗熊の突進を大剣の鞘ごと受けた添島がボールの様に軽々と吹き飛ばされ、それをジジイが走ってキャッチする。
「無理をしおって……少し休んでおれ」
ジジイは心配して、添島を地面に置くが、あの攻撃こそジジイが止めるべきだった。幸い、添島は肩の辺り痛そうに抑えているがまだ動ける様だ。どんな身体スペックしてんだよ。どうやら添島は既に人間を卒業しているみたいだ。さすが筋肉ゴリラだな。俺が添島のタフネスに若干呆れていると、突進を終えて方向転換を行おうと四つん這いのまま動きを制止させた鱗熊に向かって大きな声を上げて突撃している人物がいた。
「うおぉぉぉお!」
添島の方にスケイルベアが向いている隙を突こうと思ったのか亜蓮が渡された刃渡り五十センチ程の若干大きめの湾曲したナイフを両手で握り、鱗熊の傍から走った勢いのまままるで重光の説明を聞いていなかったかの様に鱗の上から斬りつけた。お前ら刃物扱うのに躊躇ないのな……。初めて刃物を扱ったとは思えない程手慣れた手つきで刃物を扱う仲間達に若干恐怖を感じつつも俺は亜蓮の様子を見る。
「くっ……硬い……」
案の定、鱗熊の鱗から甲高い金属音が響き、剣が鱗に弾かれた。鱗熊の鱗には薄い傷が入ってはいるものの、それは致命傷にはなり得ない傷だ。
うん。分かってた。重光の指示を聞いていないからだ。
そして、鱗熊は自らの鱗を攻撃した亜蓮の方を振り返りながら立ち上がり身体を捻りながら腕をなぎ払う。
「亜蓮君!前!」
重光が叫ぶ。
しかし、亜蓮はキョトンとしたまま動かない。俺も思わず重光と同じ様に叫びそうになったが、俺の目は鱗熊の横から駆ける黒い影をしっかりと捉えていた。
「うらぁぁあ!!!」
添島だ。鱗熊の正面から駆けて来た添島は既に鞘から出した大剣を下向きに構え、自身の間合いに鱗熊を捉えると自らが構えた大剣を走って来た勢いそのままに下から上に斬り上げた。
「グォォォオ!」
そしてその剣は綺麗にスケイルベアの胸を切り裂き、鮮血が舞う。鱗熊は叫び声を上げながら自分の体重を支えきれなくなり、腕を振るった勢いのまま後ろに倒れてしまった。こんなに呆気なく終わって良いのだろうか?そう思った俺だったが、もしもまともに奴の攻撃を食らっていたとしたならば、俺達は大怪我を負っていた可能性が高かった。
そして俺は気づいた。いや、気がついてしまったのだ。
幾ら筋肉ゴリラの添島でもいきなり重さ数十キロもある大剣をあの勢いで振り上げる事は不可能に近いし、重さ数百キロもある巨体にぶつかられて擦り傷で済んでいると言うのはジジイが衝撃を幾ら逃して大剣を盾にして攻撃を受けたと言っても明らかに異常だ。
そしてさっきの亜蓮のスピード……どう考えてもおかしい。
この世界に来てからみんな身体的スペックが著しく成長している。そんな気がした。
そして、今回の戦いで俺は何も出来ずに終わってしまった。まただ。悔しい。俺は先日無断で拠点を抜け出してジジイに迷惑をかけた時の事を思い出して、唇を噛んだ。しかし、それより今は初めてモンスターを倒した事を祝福するべきなのではないか?俺は正直にそう思った。
「添島!もう傷は大丈夫なのか………?」
亜蓮がさっき吹き飛ばされた添島の傷を心配して駆け寄って来た。
「ああ、もう大丈夫だ」
「相変わらず型破りな肉体だ」
添島が安心させた瞬間亜蓮が毒を吐いた。だが俺もそれには同感する。やはりどう考えてもおかしいだろう。幾ら添島でも添島だからで片付けられる問題とは思えない。明らかに耐久力も向上している。
「きゃああああ!」
俺達が唯一負傷した添島の傷を確認しているといきなり後ろの方から山西の叫び声が聞こえて来た。なんだ、なんだ……?て言うか居たのか……。
山西は戦闘に一切参加して無かった気がするのだが何か異変でも起こったのだろうか?
「山西……?いきなりどうした……?」
山西に叫び声の原因を尋ねてみるとどうやら撒き散った鱗熊の血液や、肉片が嫌だったらしい。
そうか……山西は昔からそういうのダメなタイプだもんな……?
これ見たらまぁ、そうなるわな。俺達の周囲は大量の鱗熊の血液で染まり、真っ赤に変色し、添島が大きく胸を切り裂いた事により鱗熊の臓器などがいくつか飛散している。こんな状況でも殆どたじろがない俺達は異常だろう。
「むむ……そうか……メンタルの問題を考えて無かったわい。ワシの時は戦時中だったのもあるし全然平気じゃったのじゃが……逆に他の四人の耐性が異常な位じゃのう」
ジジイの的を得たコメントに自覚症状のある俺は考える。やはりこう言うのに慣れているジジイから見ても異常なのか……最近のゲームはリアリティが高すぎるから、それで自然に耐性が付いていたのかもしれない。
だが一つ言える事はこのジジイが一番異質を放っている。これだけは確実だ。
「重光は血とか見ても大丈夫なのか……?」
亜蓮が不思議そうな顔で尋ねるが、重光は笑顔で答える。
「うん。私は大丈夫!」
重光は問題なさそうだ。こう言うのも重光がアウトドア好きなのが若干関係しているのかもしれない。たまにキャンプの時に家から持参したよく分からない生物の解体とかを重光に見せられて反応に困ったのはいい思い出だ。
重光は言動は弱弱しくても変な所の肝は座っている。ただ真面目な為責任感が強い。自分で沢山の事を背負い込もうとするのは重光の悪い癖だ。
俺は今回の戦闘で成果を上げられなかった為項垂れ、呟く。本当に悲しい。それに対して亜蓮も同調して来たが、亜蓮はまだマシだろう。亜蓮は一応攻撃を一撃は入れているのだ。
「だがそれにしても、俺最弱のモンスターに傷一つ付けられなかったんだよなぁ……なんか虚しくなってくるな」
「安元、俺もだ」
俺達の間に不穏な空気が流れる中ジジイは俺達の中心に移動して口を割った。
「実は……こいつが最弱のモンスターでは無いのじゃ」
「「は!?」」
衝撃の発言だった。
いやいや、そりゃ最弱が熊っておかしいとは思っていたけどさ……もしもの事があったらどうするのよ……あ、ジジイが入れば大丈夫か……めっちゃ強いし、うん。多分。今のジジイの発言にかなり動揺したのか、俺もよく分からない思考に至ってしまうが、一旦物事を整理してみると普通に考えるとおかしな話だと言う事に俺は今更気付く。
「お主達なら倒せると見込んでな。挑戦させてみたんじゃよ」
ジジイはおちゃめに舌を出しながら俺達に媚を売るが全然可愛いくない。寧ろキモい。俺がそう思っていると添島がジジイの胸ぐらを掴んだ。
「おい!ジジイ!俺達にとっては初めての実戦だったんだぞ!万が一の事があったらどうするつもりだったんだ!」
添島の気持ちも分からないが俺はジジイがいるだけでかなり安全だと思っていた。みんなこのジジイの戦闘を見た事無いからジジイの強さが分からないんだ……。
多分変なジジイ位にしか思っていないんだろうなぁ……。
「ワシが援護に入るつもりじゃったぞ……ん?」
胸倉を添島に掴まれて尚ヘラヘラとしているジジイだったが、突如ジジイは顔を引き締めて鱗熊の死体?の方を眺め始めた。
「どうしたんだよ!」
添島はイライラした様子で尋ねる。
「まだ戦いは終わっていないようじゃの」
何があったのか見てみると死体だと思っていたスケイルベアが胸から血を流しながら立ち上がった。
そして最後の力を振り絞って飛び掛かって来たのだ。するとジジイは半身を後ろに引き突きの体勢をとった。そして……。
「まぁ、ワシに任せるのじゃ」
「グオォォォォ!」
向かってくるスケイルベアに向かって目にも止まらぬ速さで貫手を繰り出した。ジジイが繰り出した貫手は最も容易く鱗熊の身体を貫きた鱗熊は絶命する。余りの速さに俺達は唖然とするしか無かったが、俺はこれを予測していた。やっぱりこのジジイ強い。
「言ったじゃろ?ワシはこう見えても結構強い……と」
うん。知ってる。それはそれだ。先ずは初の獲物を祝福しようぜ。少し不穏になっていた空気を変えようと俺は大声で初めての実戦終了を祝う。
「よっしゃぁ!倒したぞー!!!」
「いやいや、お前殆ど戦って無いだろ」
誰かが、俺をdisった気がしたが聞こえなかった事にしよう。
その時聞き覚えの無い声が俺達の背後から聞こえた。
「やはりか、ジジイ」
「歓喜に浸っている所悪いが少し後ろに下がっておれ。今更何をしに来た。龗牙よ」
急に出て来たこの人物。ジジイに龗牙と言われ全身を黒い布に包んだ男。その男は鋭い眼光を持ち、歳は二十台だろうかそれとも三十行っているか行っていないかくらいだろうか……。
そして、髪は帽子に隠れている為よく分からない。如何にも怪しい男だ。
ジジイがここまで警戒するのも珍しいな。そして、その男がまた口を開いた。
「ふふふ、久しぶりだな。ジジイ……いや……またの名を神宮竜巳と言ったか……」
へえ、そう言えばジジイの名前聞いてなかったな……。だがこの黒いオッサン?もジジイって読んでるし呼び方は変えないけどな。
「お主こそ久しいのう。確かチーム闇龗とやらだったかのう?」
なんだ?チーム?闇龗?凄くダサい名前だな……卍かな?ジジイの話し方から察するにこの龗牙とか言う男はジジイの知り合いの様だ。
「そうだ。俺はその闇龗のリーダー 龗牙 闇智龗牙だ」
アンチかなるほど。いや、多分関係ないと思う。多分。
「ジジイ。こんな所で何をやっているんだ?フッまさか落ちぶれたのではあるまいな?」
龗牙の発言にジジイは食い付くが、会って直ぐの俺達からしてみてもどう見ても中身が落ちぶれてると思うんだが……。
「そんな事は無いわい。わしは心も身体も若いままじゃ!」
「「うわっ。。。」」
つい心の声が漏れてしまった。みんなも同意見の様だ。
「フッ相変わらず中身は変わっていない様だな。まぁ良い次会う時を楽しみにしておくぞ!フハハハハハハ!」
「俺はあの時の事を忘れる事は無い。例え、俺がどうであってもな。じゃあな」
ジジイの言葉を聞いた龗牙は愉快に声を上げて笑い、颯爽と背を向けて拠点を後にする。
「待て、お主らの目的は何じゃ?それだけでも教えてくれんかのう?」
そして、龗牙はジジイの問いには答える事は無く。どこに隠れていたのか分からなかった仲間達数人と闇に包まれ消えた。今奴らが瞬間移動した様に見えたんだが気のせいか……?気のせいだろう……きっと。
「くっ龗牙め何を企んでいるのじゃ!」
「あいつらって何者なの!!」
山西がジジイと黒服の男との関係について食いつくが俺も気になる。
「龗牙は昔お主らと同じように後からこの迷宮に来たワシの弟子なのじゃ」
俺達以外にも来た人がジジイ以外にもいたんだな。
「でも何で対立しているのですか?」
重光が不思議そうに尋ねた。確かにそうだ。弟子と何で対立したのかは気になる。するとジジイは過去を振り返る様に語り始めた。
「あの日のあの出来事は忘れておらん。あの日ワシはこの広場でお主らと同じ様に訓練をして迷宮に挑む所じゃった」
「 そこで、易々とモンスターを倒した奴らは勝手に迷宮を進み始めた。そして、最下層手前まで辿り着いた奴らはワシの止めを無視して最下層に進んだのじゃ。そして、敵わなかった」
「ワシが命辛々庇って上に逃がし、奴らも多大な死傷者が出た。奴らは死傷者の原因をワシに押し付けて去って行った。そして、ワシも大怪我を負っており追う事は出来なかったのじゃ」
「しかしどうしてこの時期に急に帰って来たのじゃろうか……?」
成る程、そりゃ向こうも気まずくなるわなあの人本当はジジイに謝りたかったんじゃないか?ジジイはお節介だとは思うが人の死は覆らない。現実を受け入れられなかったのだろうか……?
それよりも今の話を聞く限り最下層の敵は未だに突破できていないのだろうか……?ジジイでも勝てない敵……。
いや、もしかしたら他の人を庇いながらだったから勝てなかったのかもしれない。もう深くは考えない様にしよう……。
「そうだったんだ……」
「まぁ、この事は忘れて、モンスターの素材を持って帰るぞい」
とジジイは言いながら軽々しく鱗熊を肩に担いで拠点の広場の方向に歩き始める。何百キロは有ろうかと言う鱗熊を軽々しく持てる辺り流石はジジイだ。
「そうだな。ここで考えたってしょうがないよな!」
添島が周囲を盛り上げる様に言って俺達はそのまま拠点の広場に向かって歩き始める。
「あ、そうじゃ、お主らに溶鉱炉を紹介していなかったのう。今から案内するぞい!」
広場に着くと俺達はジジイに言われ溶鉱炉という場所に案内され、俺達は溶鉱炉の前に立っていた。溶鉱炉には巨大な転炉などが沢山設置してあり如何にも鍛治師とかが居そうな場所だと俺は思った。中には高さ数百メートルを超える化け物サイズの転炉もあった為、俺は若干気押されていた。ここが溶鉱炉の全てでは無いのだろうけど、一部だけでもかなり大きな場所だ。
「それでここは何をする場所なんだ……?」
何をするのか分からずジジイに尋ねると他の四人から割とお前溶鉱炉知らないとかマジかよ的な冷たい目で見られた。何となくは知っている。だが、ちゃんとした役目は聞いておくに越したことは無いだろう。
「え、何?本当に分からないんだけど……?」
「お前……ゲームとかで良くあるだろ……?」
亜蓮が呆れた声で言った。
「仕方がないのう……わしが説明しよう」
ジジイが言いたそうな顔して寄って来た。いや、良いです。
「いや、別にみんなから聞くから良いけど……」
「説明したいから、ワシが説明しよう!」
結局するんかい!
「ここはモンスターの素材や鉱石等を加工して武器や防具などを製造したりする場所じゃ。分かったかのう……?」
大体分かった……気がする。つまり鍛治出来るぜ。って事だろう?
「では、今日は武具を作る前に鱗熊の肉を調理するかのう。武具は後でワシが個人に合わせて作っておくわい。それでは調理場に案内するかのう」
ジジイのにより俺達はまた暫く移動して調理場へと案内された。だが、そこは調理場と言うよりも加工場と言った方が正しい場所だった。俺はそこで嫌な予感がした。調理場と言う割には調味料などはあまり見当たらず、巨大なシンクとコンロには乱雑に巨大な鍋が放置されている。ジジイの拠点の施設は大体充実しており、かなり性能も高い。それなのにキッチンだけこんなに雑なのは何かがある。素人の俺にもそう思わせる程の使用感の無さを感じた。
「うむ、ここが調理場じゃよ」
「「う、うん」」
うーんやっぱり何か雑なんだよなぁ……。
「今何かしらお主ら失礼な事を考えたりしなかったかのぉ?」
「い、いや、特にありません」
「まぁ良いわい。今回は特別にワシが調理するわい!」
「えーなんか不味そう」
本当に不味そうなんだもの。そう、この後ジジイに調理をさせた事を後悔する事になる。
「うるさいわい!さっさと作るぞい!」
ーー♪ジジイの三粉屈筋具(三分クッキング)♪
「鱗熊の肉は硬いからじっくりと煮込むぞい!」
「着火!」
ジジイは鼻歌を歌いながら白いエプロンを着用して鱗や内臓などを取り除いた鱗熊に手を翳す。そして、何かを唱えると鱗熊の肉全体に火が付いた。
な、なんだ手から火が出たぞ?
そして今更だがまだ味付けしてないよな、大丈夫だよな……まだ……。
「この世界では魔法もあるのじゃ。まぁ今度教えるわい」
おお魔法か。心踊るな。The異世界って感じするぞ。
「確かその魔法初級魔法の本に載ってましたね」
「まぁ、あの大量の本は全部ワシが作ったんじゃよ」
え……マジかよ。凄いなこのジジイ。ただこの時の俺はある点を見落としていた。あくまで本はジジイが作った物ではあるが、本に記載されている魔法自体はジジイが作った物では無いと言う事は後日分かる事になる。
「それにしてもまだ飯は煮えてないのか?」
添島はお腹が空いて料理を待ちきれなくなったのか愚痴を言い始めた。
「あと少しの筈じゃ……」
本当かよ……。ジジイ曰く後少しで出来るらしい。
ーー三時間後
まだか……もう限界なんだが……。
「まだー?腹減ったー」
「まだって言ってるでしょうが!少しも我慢出来ないの?」
山西に怒られた。みんなイライラしてるぞ。早くしてくれ……。そして少しじゃない……。
ーー更に二時間三十分後
「そろそろ煮えたじゃろう」
ジジイが鍋の蓋を開けた。ジジイ曰くいい感じらしい。
「それでも繊維がまだ硬いからちょいと解すぞい!衝撃!」
(ドン!)
ジジイが肉に触れて力を込めた瞬間大きな音と共に調理場が揺れ、肉の繊維が一瞬にしてぐちゃぐちゃになった。
最初からこれで良かったのでは。とか思ったが口には出さない。あと少しの辛抱だ。 もう既に俺達は飯を待たされて飯以外の事を考えられなくなっている。後は切って味を付けるだけらしい。とても楽しみだ。
「切断!」
お、おう。このジジイ素手で切りやがった。そして味付け塩以外振らずに終了したぞ……?本当に大丈夫かこれ?
「まぁ、これで完成じゃ。モグモグ……んっこれは我ながら上出来じゃのう……ほれ腹空いてるじゃろう?早く食べるのじゃ」
ジジイは完成したらしい白色化した肉を摘んで口に入れて満足そうにしているが、なんか俺食いたくねぇわ。誰か試食しろ。
「俺いらねぇわ。お前食えよ」
添島に振った。すると
「いや……お前が食えよ。オイ、亜蓮いるか?」
「いや、俺もちょっと……」
「ほれ、!好き嫌いは許さんぞ!」
「んぐっ!?」
先程までとは一転して飯の押し付け合いが始まり、それを見たジジイに俺は無理やり口の中に飯を突っ込まれた……。口に肉が入った途端俺の目は涙目になる。
うっ……なんだこれ!?繊維が無くなったぐちょぐちょの食感に水を吸わせたような味……。
しかも、肉の癖と香りが落とせていない。まるで排水口の掃除をしたスポンジの様な味だ。
食ったこと無いけどな。とにかく不味い。俺に続いて食ったみんなも同意見の様だ。 ただし、食う飯がこれ以外無いため俺達は必死に不味い飯を無心で食い続けた。まだあの小麦焼きの方がマシなレベルである。ジジイの方針としては俺達に自給自足をさせたいらしくあまり、自分で狩った生き物以外の飯を食べらせてくれない。
小麦は栄養バランス的にも必要な為免除してあるらしい。どうせなら主食を米にしたい所だが、生憎マシなおかずも無ければ米の品質も分からない。ジジイはこれらの食材をどこかで栽培してるっぽいが詳細は不明のままである。
「あ、あの次から私が作りましょうか?」
そして、食事を終えた頃に重光から救いの手が伸び、それには誰からも異論は無かった。
「「賛成!」」
満場一致の賛成だ。文句は受け付けない。
「そ、そんなに不味かったかのう……」
ジジイは一人落ち込んでいた。
「まぁこやつらも大分、迷宮での生活に慣れてきたかのお……」
ジジイは小声で呟いた。
ーー次の日
「おーい。起きろ!みんな溶鉱炉前に集合だってよ」
添島がジジイから伝言を受けたらしく呼びに来た。昨日も見たが、この巨大な溶鉱炉を見ると改めてジジイの建設力の高さを感じる。
「おお、やっと来たか。聞いてビックリせい。昨日言ったお主らの装備が遂に出来たぞい」
ちょ、早すぎだろ。このジジイやっぱり人外だ。普通は装備品を作るのに防具一式で数ヶ月、武器だけでも数週間はかかる。本当は据え置きの事前に作っておいた武具の中で俺達に合うものを倉庫から取って来たのだろうがそれでも十分有難い。
「しかし、それを使いこなせねば意味が無い。だから、ワシが一人一人に個別で武器の扱い等を教えてやろうと思うのじゃ。まぁ、心配するでない。前みたいに長くはせんぞ。精々三日じゃのう。そしたら直ぐに実戦に移そう」
ジジイは指を立てて俺達に武器の訓練を行う事を宣言する。以前のトレーニングの時の俺達の嫌そうな表情から察していたのかジジイは前よりは若干優しめの口調で且つ、短いトレーニング期間を俺達に伝える。まぁ、これに関しては大事な事だし許容範囲か。このジジイは戦闘面においては信頼しても良いと思う。
「しかし、ワシの指導はキツイぞ!」
「分かったでもそれで俺達は強くなれるんだな?」
「勿論じゃ」
必要事項と分かればやる気が出て来た。決して意味を見出せないトレーニングでは無いと信じたい。
「頑張るぞー!!」
「「おー!」」
こうして俺達は初めてのモンスター狩りを達成し、武具訓練に臨むのだった。
スキル等
魔法…マナと言うエネルギーを使用。後の話で説明あり
着火…火を付ける。攻撃にはあまり使えなさそう。
衝撃…物体に衝撃を与える。威力は使用者の身体能力、マナに依存。ジジイの場合固有スキル補正もあり後の話で説明。
切断…切断できる衝撃波を出す。衝撃の形を変化させただけ