537話 千年
「ならぬ!!!」
「ゔぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
管理者は口を大きく開けて胸を押さえて泣き喚く安元に対して焦点を合わせた。そして、今までにない程のマナが一気に収束した。
「吹き飛べ!」
大地が揺れた。管理者の口元から巨大な紫色の禍々しい光線が安元目掛けて一直線に放たれる。それを安元は避ける事はしない。いや、それどころでは無かった。
「やったか!?」
内心管理者はにやけた。いや、にやけたかった。今のこの攻撃が通用しなかったのであれば、自分の千年以上かけて溜めたマナすらも放出しなければ相手には通用しないだろう。そのマナを放出する事態だけは避けたかった。管理者が放った光線は安元の身体を包み込み、周囲の地面すらをも打ち砕く。
「この状況で迷宮の管理などに力を割いて居られるものか……!」
管理者が破壊したのは階層間の境界線を含む序盤の階層であった。正しくは己の攻撃の余波が初層だけに留まらず他の階層にまで被害を及ぼしたと言った方が良いだろう。周囲に漂う魔素の濃度はかなり濃くなっており、ワイヤーワームなどの低ランクモンスター達は生命活動を存続させる事すら難しくなっていた。
それ以前に管理者の攻撃の余波で初層の直ぐ下のモンスター達は肉体を消失させていてもおかしくは無い。
「っ!?」
「……グアァァ!」
管理者の攻撃によって上がる土埃……空気中に漂う微細な塵……それさえも融解し明瞭になった視界の先には安元……いや、炎に包まれた化け物が佇んでいた。炎の化け物は身体を燃やしながら燃え盛る無数の鞭を振るう。その鞭は光線を放った管理者の首に絡み付いて締め付ける。
「魂に肉体を乗っ取られたか!」
管理者は力付くで自身に絡み付いた鞭を引き千切り、翼を羽ばたかせて後方へと退避しようとした。だが、それは叶わない。炎の化け物は背後に炎を噴かせながら口の端を釣り上がらせて管理者と距離を詰める。炎の化け物の通った場所は余熱で一瞬にして炎に包まれ、地面は融解した。化け物が浮かべる狂気の笑みに安元の面影など一つも残ってもいない。
「そこまでして守りたかった物はあるのか!それはお前の意志では無いんじゃないか!?」
「グルァァア!」
管理者は思った。彼は何の為に戦っているのかと。守りたいものを失い、希望を無くし、自分の目的すら忘れて暴走し、意識無き今彼は何を考えているのかと。
「オレはお前と違って明確な目的がある!だからお前なんかにやられるのは気に入らないっーー」
管理者は自らの胸を貫いた化け物の腕を必死の形相で掴もうとして霧散した腕に歯軋りした。寧ろ掴もうとした手が熱で焼けて痛い。オレは千年以上も待っていたのだ。不条理。理不尽。意志を持つという事がどれだけ辛い事か……。オレの天から授かったこのスキル……これがオレを救ってくれる……そう信じていた。
「何故!オレは目的なんか無い奴に全てを壊されなければならないのだ!」
管理者の鎧に大きな亀裂が入る。鎧に入った亀裂から淡い光が漏れて鎧が剥がれ落ちる。その中から現れたのは小さな半透明の人型の姿をしたモンスターだった。
小さいとは言っても鎧に比べてである。身長二メートル程まで縮小した管理者の姿は複数の鉱石や、水晶などが複雑に絡み合って混ざり合って産まれた様な姿をしていた。半透明の身体の中で輝く複雑な色と胸元から全身に向かって脈を打っている血管の様な物は人間よりも鮮やかであった。
「おい……なんて事をしてくれたんだ……。あの鎧はオレの溢れる力を抑える為の容器だ。核そのもの……今のオレは力を抑える事が出来ない」
「グルゥア?」
管理者は輝く肉体で拳を強く握った。
「それがどう言う事かお前に分かるかぁぁあ!?」
拳を振り放った瞬間、管理者の正面に立っていた炎の化け物の姿が掻き消えた。管理者が放った拳の余波は背後の炎の地獄すら消し去る。その威力は先程までとは別物であった。
「このレベルの力を放出したらオレの迷宮で還元出来るとは言っても千年はかかる。つまりだ。オレはお前を倒したとしてもまた憂鬱な千年を過ごさなくてはならないって事だ!」
管理者が拳を放ち、化け物が消失した場所から再び炎が巻き上がり、炎の化け物は復活する。純粋な魂と魔素の集合体になっている炎の化け物には打撃が効かない。そんな事は管理者は分かっていた。だが、己の怒りをぶつけずには居られなかった。
「オレは意識の無い核のままで良かったんだ!突然、世界を隔離され、意識を持って!オレが核から分離して閉じ込められて!このスキルがあったから!オレはオレを世界に隔離した方法と同じ方法で脱出する糸口を見つけた!それで千年以上だ!オレはーーっ!?」
管理者は喚いた。感情が爆発したように。だが、その言葉が最後まで続く前に炎の化け物は拳を管理者に向けて放った。管理者はそれに対して応対する。分かっていた。ただの化け物相手に話をしても聞こえる筈が無い。と。だけど管理者は叫んだ。管理者は恨んでいた。次元の戦争で自分を隔離した存在を。管理者の拳が焼ける。それと同時に二人の攻撃がぶつかり合った際に周囲に及ぼした余波は凄まじい物であった。
一瞬にして、階層全てが炎に包まれた。数階層したの地面まで融解しただろう。当然そこには何人もの屍があった。それも全て一瞬にして焼き払われた。単純迷宮階層……その存在も管理者と炎の化け物の攻撃のぶつかり合いでほぼ無かった事になった。
管理者に痛覚など存在しない筈だった。それなのに。
「痛い……痛いぞ!」
管理者は痛みを感じていた。心だけで無く、肉体の痛みすら……。




