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学校内の迷宮(ダンジョン)  作者: 蕈 涅銘
22章 終焉
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524話 激震

  俺は予想もしていなかった山西の行動に目を見開き固まる。


「んーー」

「――」


  山西は未だに俺に接吻したまま薄い唇を離さない。俺の顔に彼女の頰を伝った涙が触れ、しとりとした感覚が伝わる。しばし数秒の事だった。山西は口を離して、ゆっくりと閉じていた目を開けた。俺の心臓は激しく瞬いていた。だが、それは山西に接吻をされてトキめいたと言う訳では無い。あまりの驚きで俺の心は動揺したのだ。


  俺の唇と山西の唇との間に銀色の糸が垂れ山西が頰を赤らめ、口元を鎧の手甲で拭う。流石に鈍感な俺でも分かった。状況を理解出来ていない俺は山西の頰が赤くなってしまっているのは涙を流し、感情的になってしまったからだと思った。だけど違う。山西は明確に耳元で囁いた。


「貴方はいつも昔からそう。貴方が心配をする位なら私達に心配を掛けさせないで。でも、そんな貴方の事が脳裏にいつも浮かぶの」


  と。



  俺には予想のつかない言葉だった。山西とは最近会話自体していない。急ぎ足で戦闘に明け暮れる毎日。迷宮を進むにつれて山西との会話は次第に減っていった。それに寂しさも感じていたのかもしれない。俺はここで自分の勘違いに気付き、決心した。言わなければならない。


「っ!?」


  俺は強く山西の身体を抱擁した。鎧を着込んでいる為、人間特有の温かみや柔らかさは感じないが、山西を無理矢理抱き寄せた事によって山西の顔は俺の首元にうずまる。




 山西を抱擁して何分が経っただろうか。恐らく現実ではそんなに時間は経っていないのだろう。だが、その時間は数時間にも感じられた。山西は俺に抱擁されている間何も言わなかった。首元にうずまった顔は良く見えない為表情を窺う事も出来ない。


「――そろそろ良いか?」

  添島は気まずそうに声をかけた。


「ああ。ありがとう。落ち着いた」



  俺の言葉は誰にかかったのか。それは恐らく添島では無い。その言葉は山西にかかっていた。側で顔を赤らめて悶えている重光も俺が抱擁を解いた事で立ち上がり、表情を固める。


  何で重光が一番恥ずかしそうなんだよ。


  再び自分がやった事を思い出すと俺の胸は再び刻を激しく打ち始めた。思い出せば出すほど鎮めた心臓が再び刻を打つ。あまりにも心臓がばくばくするので俺は思わず咳き込み、恥ずかしさを紛らわす様にして真剣な表情を作った。


「今から俺が言う事は紛れも無い事実だ。そして、俺はそれを実行しようとしている。真面目な話だ。聞いてくれるか」

「ああ、当然だ」


  添島は兜を脱いで神妙な顔付きで地面に座った。


「俺は自分の命を犠牲にして、あるスキルを発動させる。それによって俺の戦闘力は格段に上昇する。それも今までの比では無い位に。俺はそのスキルの発動を迫られている。だから俺は死ぬのは確定だ」


  俺の言葉を聞いた仲間達は最初の話から何となく予想が付いていたものの、より現実味を帯びた俺の話に表情を暗くした。


「だけど、俺からはお願いがある。俺がスキルを発動したら逃げろ」

「何故だ?俺達は加勢したらいけない理由でも?」

  その場にいた全員は表情を曇らせて添島は声を荒らげたい気持ちを抑えて尋ねた。


「その気持ちは分かる。だが、そのスキルを発動したら俺が俺じゃなくなってしまうかも知れない。それに、多分ジジイの話によるとそれによって得る力は小さなレベルでは無いらしい。それを考えるとお前達を俺は自らの手で殺めてしまうかも知れない。それだけは避けたい」

「」

 何かを言おうとした山西の声を遮り俺は続ける。

「何も言うな。さっきの山西の話を聞いて、お前達が俺の事を想ってくれいるのは分かる。だが、俺が嫌なんだ。これは俺の我儘だ」

「そうか」


  添島は一言だけポツリと呟いて地面に座ったまま、溜息を吐いた。


「お前の勝手にしろ。だけどな。我儘ってのはお前の専売特許じゃないって事を覚えておけ」

  添島は悪い笑みを浮かべた。

「お前……まさか……」


  「ああ、最後まで俺達は戦う。例えお前が反対したとしても」

「私も」

「俺も」

「グルル?」


  アクア以外はみんな頷いた。アクアはイマイチ状況が分かっていない様だった。


「お前は気にしなくて良いよ」

「グルル?」


  俺は苦笑を浮かべながら首をこちらに伸ばして来たアクアの首を撫でた。


「あーーっ」


  次の瞬間俺の体は山西によって地面に押し倒された。そこで山西は〝だけど〝と続けながら顔を再び俺の胸に埋めて言った。


「せめて最期だけは一緒に居させて」


「ああ、また始めやがった。あんまり熱を帯びるなよ。今が戦闘中だと言う事を忘れるな」


  添島は頭を抱えた。だけど、俺としてもそこまでイチャイチャする気は無い。戦闘中なのは俺が一番分かっていた。そして、それを明確に俺達に意識させる出来事が直ぐに起こった。


  茨燕の眷属のマナが減少し、乱れた。眷属は眉を寄せ、苦しそうな表情をして影になったり人の姿になったりを繰り返す。そろそろ時限か……。俺は俺を地面に押し倒したまま離れない山西を見るが無理にそれを解く気持ちにはならなかった。不安定になる眷属を見て不安になった重光は俺と山西の様子を見て火照った顔をそっぽに向けながら添島の手を握ろうとするが、添島はそれを見ずに躱した。


  その時重光は少し切なそうで何かを言いたそうにしてたが何も言わなかった。普段魔法詠唱の指示くらいでしか話さない重光も何か拠り所が欲しかったのかもしれない。だが、山西ももう時間がない。こうして出来るのは今が最後かもしれない。いや、最後だな。俺は苦しそうにもがく眷属を眺めて心を決めた。


 だが、決めようと思えば思うほど俺の胸は締め付けられた。


 ここまで来て引き返す事は出来ない。それなのになんなんだこの感情は。俺の身体は震えていた。



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