517話 八百長試合
「来ないで!来たら撃つわ!」
「そこの女。そう言うで無い。それは脅しにもならんし、魔法を撃ちながら言われても説得力が無いわい」
重光が魔法を撃ちながら怒りを露わにした状態でレインに向かって決死の表情で叫ぶがレインの脚は止まらない。ゆっくりと笑みを浮かべるレインの身体に魔法が当たると無残に魔法だけが空中に霧散していく。そして、レインが翼を広げ、重光は退く事無くどしりと杖を構えた。もう逃げられない。重光はそう感じて決意を固めた。だが、その決意を固めてから重光が意識を失うまでの時間はほんの数秒だった。
レインの巨体が加速し、重光の上空を通り過ぎる。そして、重光が振り向く前にレインの拳は牙を剥いた。一瞬にして放たれたレインの拳は重光の柔らかい身体を撫で、上空へと吹き飛ばした。人体からなったとは思えない音と共に重光の声にもならない悲鳴は虚空に消える。
「少しやり過ぎたか?思ったよりも耐久力が無かったもんでな」
そう言いながらも、重光は意識を失っているものの、死んではいなかった。それを添島は分かっていた。その為添島はその様子をただ悔しそうな表情を浮かべて見ていた。いや、何か抵抗は試みたのだろう。だが、それを身体に突き刺さった棘が許してくれなかったのだ。添島の元へとゆっくりと歩いて近寄って拳を放ったレインは目を細めた。
「お前程の者がこう遊ぶとはみっともないな。一思いに殺せばいいものを」
「ぬ?お前は我の話を聞いていなかったのか?まぁ、お前は今から殺されるのだから関係ないだろう?」
レインの拳の威力を高密度の気による衝撃波で軽減した添島は血を吐きながらレインに語りかける。
「何を。殺す気などない癖に。お前の発言には矛盾が多過ぎる」
「お前以外の仲間達は死んだ。そう言う事にしてくれ、じゃなければ我の顔が立たぬ」
「?そうか。そう言う事か。それならば俺も最後の抵抗をさせて貰うぜ」
「何を!?」
仲間達をいたぶられたとは思えない程に添島は饒舌だった。そして、レインの発言から何かを汲み取った添島は円状のドームをレインを覆う様に二重に展開して言った。
「二重気円蓋」
「手間を掛けさせるな!お前!自分の身を死に晒す気か!」
添島が二重に気で作ったドームを展開させた所で初めてレインの目に焦りの色が浮かぶ。それは決して自分がダメージを受けるからと言う意味ではない。むしろ逆だ。添島の身体が危ないと言う意味だった。レインの背後から襲う衝撃波はレインの分厚い装甲に薄い傷を付けレインは背後に跳んでポツリと呟く。
「馬鹿が……自滅する気か!我が攻撃を引かなかったらあやつ死んでおったぞ!」
レインの視線の先には己の攻撃で自分の身体をボロボロにして気絶した添島の姿があった。
「終わったぞ。神宮よ」
「お主も馬鹿よのう」
「何がだ?」
レイン以外が全員気絶して動ける者はレイン以外にいない筈の百階層のボス部屋の隅から一つの黒い人影が姿を見せレインに話しかける。その人影の招待は神宮であった。レインは神宮がそこにいた事を最初から知っていたかの様に話しかけた。
「体力があれだけ残っている状態であの技を使い、自分からエネルギーを消耗させて安元達との戦いで消耗した様に演技したかったのじゃろう?あれだけ力の差を見せつけたのならばあやつらが相当馬鹿じゃ無い限りは気付いておる筈じゃ」
「生憎時間が無かった。ここの管理者の復活までの時間と我の復活時間。そして、我が死した事によるお主の能力減衰。それと奴らのこれからの短期間での成長を天平にかけた場合どう考えても我が無理をしてでも今死ぬ必要があった。許せ神宮よ」
神宮の言葉を一つ一つ噛み締めているのか若干辛そうな顔をしたレインだったが、レインは即決していた。もはや迷う必要など無いと。そんなレインに神宮は攻める事も無く優しい口調で語る。
「悪かったな。無駄な迷惑をかけて。八百長試合ご苦労じゃった」
「何をあの短期間でここまで成長させられただけでも十分だ。それはお前の初期投資と奴らの潜在能力にある。それに奴らのスキルには大きな可能性を感じた」
「ああ、それはワシも分かっておる」
レインと神宮の二人は背を合わせて真面目な表情で会話を交わして最後に言った。
「「最期は一か八かの大勝負。何としてでも管理者を穿つ!」」
その声と同時に神宮は振り返りざまに拳を振り抜き、レインの胸元に大きな穴を開けた。
「さらばじゃレイン。また会おう。その時はワシ達が管理者を無事穿ち、再び階層を登る時じゃ」
「ああ、達者でな。我も出来るだけ早急に復活して力添えしようでは無いか」
レインは自らの胸元にポッカリと空いた穴を鱗を立てて塞ぎ身体を出来るだけ縮み込ませた。そんなレインの姿を見て神宮は険しい顔をしたまま安元達の元へと向かい、傷を最低限動ける程度になるまで治療を施し、ボス部屋の隅へと消えた。
レインは大量の血を滴らせながら安元達が起き上がるのを待った。そして、安元達の中で一番軽傷だった山西が目を覚ますや否や、笑みを浮かべてこう言い放った。
「もう我は体力を使い果たした様だ。あの大きな大剣を持った青年に付けられた傷も開き始めた。お前達の勝ちだ。お前達は迷宮の管理者を穿つ者になる」
と。




