514話 対応力
「内部圧縮属性付与!」
「そんな物を我が食らうとでも?」
「俺達の攻撃程度ではダメージは食らわないんじゃなかったのか?レイン?」
「ッ!?」
俺は両手の平からレインに向けて熱気と冷気を含ませた強烈な衝撃波を放ちながら後ろへと吹き飛び、距離を取る。俺の両手から放たれた衝撃波を身を軽くいなして重光が設置した爆裂弾ごと回避したレインは俺の言葉に目を見開いた。レインは己のミスに気がついたのだ。ダメージを食らわないのであれば、そもそも俺達の攻撃を回避する必要は無い。それなのに自分が思わず俺達の攻撃を回避してしまった事に。それ以前に俺は気が付いていた。俺が自分を逃がすために放った衝撃波でレインの体表に薄い傷が付いた事を見逃していない。要するにこの形態のレインの耐久力はかなり下がっている。並ならぬ攻撃力とスピードを得る代わりに。俺はそんなレインの様子を見てにやけ顔を浮かべて地面に着地しようとして、地面に設置されている物を見て炎を逆噴射し、強引に着地する方向を変えた。
「危ねえ!撒びしか!」
それだったならばレインのあの驚いた表情も演技か!それに気をとらせて撒びしを設置していた事を俺に悟らせない様にしていたのか……。地面からは硬質な白色の長いレインの体毛が幾層にも重なって設置されていた。あの野郎……ジジイと違って演技が上手い。それならば、今度は添島が危ない!
「撒びしを避けたか、我もまだまだ演技が足りんな。それに奥で隠れている者よ。お前のスキルはもう見切った」
レインは上空から飛んで来る無数の炎の槍を見もせずに回避し、亜蓮が隠れている方向に向かって身体を震わせて針の様になった無数の体毛を飛ばす。針の様な体毛を飛ばす際に身体を激しく動かしている為あの添島ですら、接近するのは困難だ。あの巨体で重光の燃焼槍を避けているのも有り得ない。本当は重光も威力の高い藍水槍を放ちたいのだろうが、レインに単発魔法である藍水槍が当たるとは思えなかった。だが、それを当てる技が俺にはある。
「重光!藍水槍を放て!」
「分かったわ」
俺の指示で重光は並列詠唱で複数の藍水槍を燃焼槍の中に紛れ込ませて放つ。渦を巻く巨大な槍の出現にレインは身軽なステップでは回避し切れなくなったのか、大きなステップを踏んで添島に接近する。その瞬間俺はあの技を発動させた。
「時間付与」
「また妙な技を……」
俺が時間付与を発動出来るのはほんの数秒。だが、それだけあれば十分だ。レインは近づいて来る添島を牽制する様に蹴りを放つがその蹴りは添島の遥か上空……全く別の場所をすり抜ける。その瞬間レインの顔は驚愕に変わる。その顔は今までしていた演技の表情では無かった。そしてその隙を気円蓋を発動させた添島が見逃す筈が無い。レインが放った体毛も亜蓮がいる場所とは全く異なる場所に飛翔し、レインの背後からは重光の魔法が放たれる。
奴はこの攻撃を回避する事は出来ない。俺の時間付与がある限り。そして、今のお前の耐久力だと身体強化と気円蓋を得た添島の攻撃を受けたら一たまりもないだろう。終わりだ。レイン。
添島の振るう大剣はレインの身体に吸い込まれ、バキッと言う大きなレインの股関節を砕く音を響かせた。と俺達は錯覚していた。
「ぐぁっ!?」
だが、悲鳴が上がったのはレインでは無くて添島の方だった。レインの身体は一回り大きく肥大化し、レインの身体には無数の棘が付いた巨大な亀の様な甲羅に包まれていた。添島の大剣は亀の甲羅に阻まれ、大きなヒビを入れて添島の右腕には肩の根元まで鋭く長い棘が突き刺さっていた。
「今のは危なかったぞ。だが詰めが甘いな。若造よ」
そう言うレインの甲羅に重光が放った魔法が叩き込まれるが、そのダメージは一切無かったかの様に掻き消され、甲羅には傷一つ付いて居なかった。さっきの音は添島の大剣が壊れた音か……!俺は時間付与を解除し、身に纏った熱気と冷気を解き、地面に膝をついて倒れこむ。
やべえ、今ので大分マナも使ってしまったし、添島も負傷させてしまった……。こいつにどうやったら勝てるんだ……。そう思ってレインを睨みつける俺だったがとある事に気がつく。添島の大剣の破片には赤い血が付いており、その血は添島の血では無く、間違い無くレインの血だった。そして、レインの甲羅の足付近からも血が流れている事から添島の攻撃が少しではあるが通った事が分かった。
だが、それが分かった所でどうしろと言うんだ……。奴は初見で時間付与の性質を見極めて添島の攻撃による傷が深層に達する前に形態変化を行なって添島の攻撃によるダメージを出来るだけ抑える様な奴だぞ?元の戦闘力は愚か対応力が高すぎる。
「クソッ!バケモノが!」
「まぁ、そう暴れるな若者よ。我も殻に篭るだけでは面白く無い。もう一度チャンスを与えようぞ」
棘に腕を貫かれて尚暴れる添島を殻の中から見ていたレインは自分の身体を縮小させて再び格闘形態に戻り、添島を解放する。地面に転がった添島は腕の傷を無理矢理抑えて止血し、壊れた大剣の柄を左手で握ってレインに向かって投げつける。
レインはそれを容易く躱し、再び笑った。防御形態……一度見ていたにも関わらず何故それを警戒しなかったのか……。それは俺の時間付与に対する絶対的な自信のせいだった。あれを回避される訳が無い。防げる訳が無い。今のレインもそうだが、油断こそが一番の敗因だ。防御形態でずっといたならばお前の勝ちだったものを……もう同じ事はしない。レイン。お前のその余裕が命取りになる。それ自分の心に刻め。俺はレインの左の太腿の付け根に出来ている深い傷を見て再び立ち上がった。




