500話 時限
金剛不壊龍が俺達に狙いを定めて口元に収束させていたエネルギーを一気に解放する。それと同時に奴の口から噴き出たのは一筋のレーザービームでは無く、広範囲の炎ブレスだった。予想もしていなかった炎ブレスに俺は少し慌てるが、冷静にアクアに指示を出して逃走する。重光が範囲防御壁の詠唱を即座にしてくれた、お陰で俺達の身体は炎に包まれても大した損害は無かった。炎ブレスか……これは全くの想定外だな。普通距離が百メートルも離れてるのに範囲攻撃なんて撃つか?確かに距離が離れている程攻撃範囲を狭めれば、当たりにくさは一気に上がるのだが、それでも例え攻撃が当たったとしても大したダメージを与えられない範囲攻撃を相手が選択するとは思ってもいなかったのだ。
となると、相手の目的は俺達にダメージを与える事じゃ無いな?俺は重光が形成した球状のバリアの中から外で轟々と燃え盛る炎を眺めて後ろを振り返る。俺が後ろを振り返るとうっすらとだが巨大な影が後ろから迫って来ているのが見えた。その影との距離五十メートル。先程よりも明らかに近づいている。それに重光が形成した防御壁がドラゴンとの距離が縮まった事によって炎ブレスの火力が増幅したのか、少しずつではあるが、崩壊を始めていた。この火力だとこのまま近付かれたら俺達でもダメージを食らってしまうだろうな。
迎撃とか面倒だし、そのまま逃げ切るか。
《アクア、水流噴射を使え》
《分かった》
事前に俺が指示していた事もあってアクアの背中には迅速に魔法陣が形成された。そして、重光の防御壁が破壊されるのと同時にアクアの身体は風と炎を切って加速する。金剛不壊龍もアクアがそんな動きを出来ると予測していなかったのか、直ぐに俺達の追尾を辞めて炎ブレスを吐くのをやめた。炎ブレスを目隠しに使ったり、追撃が不可能と見るや否や撤退する辺り、知能レベルはかなり高め……か、そう言う点では単純なプログラムで動く機械兵と比べると厄介ではあるな。ただ、俺がここに来た当初に予測していた程甘くは無かったものの、機械兵達と比べてどちからが逃走するのが難しかったかと言われれば機械兵の方に軍配があがる。
あくまで逃走するのに限った話で言えばだ。コイツらと交戦する事を考えるとこちらの方が確実に面倒だろう。特に上空にいる飛竜ならばまだしも、地上にいる金剛不壊地龍何かとは相見えたくない。金剛不壊龍の皮膚は鱗と一体化しており、全体的にゴツゴツとした印象を受ける。四本の四肢に巨大な両翼を持ち、翼にすら鉱石の様な漆黒の鱗が裏までびっしりと覆っているが特徴のドラゴンだ。漆黒の三十メートルを超えるボディに佇む黄金の瞳は見たものを恐怖させるだろう。
ラヴァロックドラゴンの時にも思ったが、これだけ重そうな鱗を身に付けているのに何故飛べるのだろうか?正直意味が分からない。見た目的には正統派のドラゴンがそのままゴツくなったイメージの為かなりカッコいい。地龍の方はその巨大な体格の所為か小さな山にも見えなくは無い。
この鉱山エリアには他にも様々な種類のドラゴンが生息する。金剛不壊龍の様に耐久力とパワーに重きを置いたドラゴンも入れば属性エネルギーや魔法エネルギーに重きを置いたアクアの様なドラゴンも存在する。だが、大抵のドラゴンの戦闘能力は高く交戦は推奨しない。元から交戦する予定は無かったのだが、俺は周囲の飛竜や地龍達の様子に違和感を覚える。
幾ら知能が高いとは言っても、先程金剛不壊龍が放った攻撃の威力を見る限り、俺達が何かミスをすれば奴らに狩られる可能性は十分にある。それは知能が高い奴らならば尚更分かっている事だろう。それなのに、異常と言える程に謙虚なのだ。俺達に放ってくるのは牽制の一撃ばかりで決定打を与えてくるドラゴンは殆ど居ない。まるで何者かに俺達を襲うフリだけしろと指示されている様なイメージだ。
だが、それが機械兵ならばまだしも金剛不壊龍は群を作らない孤高の龍種だ。奴らに指示できるモンスターなど存在するのだろうか?いや、存在しないだろう。そんなモンスターがもしここに存在していたとするならば、俺達がその相手に勝てる可能性はかなり低いだろう。
――神宮は安元達が九十六階層に潜っている頃、闇智などの強力を取り付けながら忙しなく階層間を駆け巡っていた。
《奴らが、九十六階層に現れた。ここで竜巳よ。悪い話があるが、どの話から聞きたい?》
《悪い話しか無いじゃろう……。レインよ。話の内容は何となく察しはついておるが、お主が思うにあとどれくらいだと予測する?》
神宮は階層間で素材を集めながらとある生物と念話で会話しながら苦笑を浮かべる。
《知っていたのか?流石だな。一カ月だ。いや、そこまで保たないかも知れない。一週間から数週間。そんなレベルだ》
《そうか……》
《我の僕達には攻撃を遠慮する様に指示を出している。タイムリミットだ。許せ》
《分かっておる。想定よりも大分早い復活じゃ。やむを得んじゃろう》
会話が進むにつれて神宮の表情には苦悩の表情が浮かび共に不安の表情も現れる。だが、その表情には覚悟の表情も現れ始めていた。




