497話 備え
亜蓮の治療を重光に預けた俺達は亜蓮を襲って来ていた巨人機兵を破壊し、全員でアクアに乗り込んで周囲の探索を続けた。その後、九十五階層を飛行していて洞窟の中央付近……巨大な機械があった場所の辺りに向かって残った全ての機械兵達が歩みを進めている事が分かった。
この階層を突破する手段が分からない以上は迫り来る機械兵達と戦う他無かったのだが、俺が残しておいたマナの残量的にもまともに機械兵達と戦えるのは添島と重光、山西位だった。そのメンバーで中央に迫り来る残りの機械兵達を数時間かけて迎撃すると俺が怪しいと見ていた巨大なトラップドアのハッチが開いた。そのトラップドアの下には階層の切り替わりを示す虹色の被膜があり、ダイヤモンドの様な宝石や、吸い込まれる様な美しさを誇る黒色の鉱石、虹色に輝く水晶などが散りばめられている半径百メートル程のあまり大きくは無い円形の洞窟に出た。
「亜蓮の治療の為に転移碑を探さないと……」
「転移碑?そう言われると転移碑が見つからねえな」
重傷の火傷を負った亜蓮を背負った俺は転移碑を探すがどこにも見当たらない。いつもならば五階層毎の階層の切り替わりの被膜を通り抜けた直ぐの場所にあるか、その被膜の直前にある筈なんだが……。そこで俺はある記憶を思い出す。確か誰かが最後は十階層もの間転移碑が無いって言ってた気がする。多分ジジイ何だろうがあまりそこら辺の話を良く聞いていなかった影響であまり記憶が無い。だが、ジジイが二エリア先のモンスター情報を見ておいた方が良いと言っていたのは覚えている。
亜蓮の火傷跡も重光の回復魔法で直接死に影響が無い位には回復出来ているが、完全に回復出来たとは言い難い。亜蓮の治癒力の関係でマナ形成型の回復魔法と治癒型の回復魔法を上手く織り交ぜて回復させてはいるが、重光が使える中級魔法クラスでは真皮まで到達した火傷を治療するのは困難である。とは思っていたのだがエスカーチに強化された事によって潜在するマナの量が大きく増えた影響か、高位回復魔法を重光は使える様になっていた。注ぎ込むマナと回復量の効率はまだ悪いものの、これで骨折などの大きな傷も治療が可能になった。
まぁ、高位回復魔法に関してはかなり前から重光は練習していたしそろそろ使える様になる頃合いだとは思っていた。だが、今の重光ですら高位回復魔法を掛けるには直接手で対象に触れて治療する必要があり、直接手を触れていても少しの時間を要する。とても戦闘中に使える代物では無いのは明らかだ。マナ形成型の回復魔法で治療した場合には修復した部分の根元に傷痕が残り、治癒型の回復魔法で回復した場合には傷があった場所に傷痕が残る。
回復魔法で回復しても傷痕無しに治療する事は難しい。だが、久しぶりに戦闘から解放された安心感からか俺達は大きくため息を吐いた。
「今回は長めに休息を取ろう。流石にしんどい。それに亜蓮の事もある」
「ああ、俺も同様の意見だ」
「そうね。そうしましょう」
俺達は重光の施術を受けながら、俺がマジックバッグから取り出したオークの肉を焼いて齧り付く。オークの肉って美味いって思ってたけど、今考えたらそうでも無いな……いや、不味くは無いのだが……多分地球にいた頃の身体でこれを味わったならば肉を噛みきれないだろう。
最初にオークの肉を食べた時は鱗熊のクソ不味い肉を食った直後と言う事もあるし、地球にいた頃の退屈な日常から解放されてゲーム感覚で旅をして楽しんでいる頃だったからかなり美味しく感じた。オークの肉は豚肉の割に赤身が多く地球の肉と比べるとかなり血生臭い。それは俺達の手入れが雑と言うのもあるが、肉本来の味でもあるのだ。要するにジビエ料理だからな。それを臭い消しせずにただ焼いただけなんだから臭いに決まってる。それに赤身は筋肉質でかなり硬めだ。味自体は悪くは無いが現代人の感覚からしたらちょっと……って感じだな。
元々ファンタジーの世界が中世のヨーロッパ基準だとしたならば畜産業で得られる肉や野菜は今程美味くは無い。農奴はやせた土地で税金を納めるので精一杯であり、牛などの家畜は農業の大切な道具だ。肉を食べる事はあまり無いだろう。品種改良もされてなければ、飼料にお金を割く余裕も無い。土地も悪い。それを考えればどんな味なのかは想像しやすい。まだジビエの方がマシなレベルだろう。農奴が狩猟などを楽しむ余韻があるのかどうかは別としてだ。
まぁ、オークの肉に関しては不満は無い。今考えると良くあの時抵抗なく食ってたなって思っただけだ。ジジイのクソ不味い料理による洗脳効果だな。
飯を食い終えた俺達は交互に見張りを交代させながらマナが回復するまで休息をとる事にしたジジイの図鑑を見る限り、次のエリア鉱山エリアもあまり休めそうに無い。ただ図鑑のモンスターを見る限り忙しさで言ったら多分この九十〜九十五階層の古代文明階層の方が忙しそうには感じた。
俺は洞窟に散らばっている貴重な鉱石をいくつかマジックバッグの中に回収してからモンスターの毛皮を地面に引いてからその上に横たわり、ゆっくりと地面に眠りについた。そして、俺はまたあの夢を見る事になる。




