485話 誘導弾幕
九十四階層に突入した途端、俺達は不思議な音を聞いた。何かが低く唸る様な音。機械音である事は間違い無いのだが、その音はあまりに低く聞き取る事も難しい。低周波だ。基本的な景色は九十三階層と変わっていないがまた何かギミックが変化しているのだろう。俺はそう思いながらアクアに乗ったまま九十四階層に飛び出した。すると、九十三階層と同じように迎撃人工衛星が砲塔を俺達の方へと向ける。
どっからでもかかって来やがれ。そう意気込む俺達だったが、迎撃人工衛星の見た目が九十三階層の物と違う事に俺は気がついた。九十三階層にあったものよりも一回り大きな機体と追加された太陽光パネルの様な折畳式のパネル。迎撃人工衛星が砲塔を俺達に向け、熱光線や弾丸を放つ為のエネルギーを充填し始めるとそれに従って折り畳まれていたパネルは横に展開され、忙しく回転し始めた。エネルギーの充填速度は遅いものの、視界いっぱいに広がる程の数の巨大な機械が一斉にエネルギーを蓄えながら光を放ち、パネルを激しく回転させる様子は圧巻だ。
俺達の耳には機械特有の嫌な音が響き、俺は思わず耳を抑える。
「うるせえ……」
アクアに騎乗してて風のゴォーッと言う音ですらかなりうるさいのにそれに加えて大きな機械音だ。当然、迎撃人工衛星は階層全体に配備されている為その音が途中で鳴り止む事は無い。それに一個一個が巨大な為それが発する音の大きさは想像するに容易い。人間が使う機械や隠密作戦に投下する機械であったならば、静音機能は必須だろう。だが、このエリアには人間は愚か生物や国家すら存在しない。その為、音を小さくして周囲に配慮する必要は無いのだ。連絡手段で言えば音以外にも沢山ある為この程度の騒音でこのエリアの機械兵達が困る事は無い。機械達が何で俺達を感知しているのかは分からないが恐らく超音波や赤外線などのレーダーの類だと俺は考えている。
そして、俺は九十三階層と比べて明らかに充填量の多いエネルギーに危機感を感じ、少し周囲を警戒しながら呟く。
「威力は城壁に搭載されたレーザー光程では無いだろうが、警戒は怠るな。明らかに貯蓄しているエネルギーの量も多いし、充填時間も長い」
返事は無い。だが、この程度の事は俺達全員が分かっていて当然と言えるだろう。そして、時は来た。エネルギーの充填が完了したのか、迎撃人工衛星は一斉に赤や黄色、青色などのカラフルな色のレーザー光や弾丸を俺達に向けて発射する。
「やはり来たか」
しかも、それは俺が九十二階層で初めて迎撃人工衛星を見た時に予測していた。誘導性能付きの弾幕だった。防御態勢を取るならばあの時言ったように耐えられないだろうな。
《アクア、まだ行けるか?》
《勿論!》
《じゃあ、行くぞ》
《了解!》
「お前ら!しっかりアクアに掴まれ!」
俺の叫び声と共にアクアの背中には巨大な魔方陣が浮かび上がる。飛んで来るホーミング弾幕を回避する方法。それは目的地まで最短距離で突っ走る。それしか無いのだ。
「グルルル!」
アクアの掛け声と共にアクアの背中からは今までにない程の勢いで水が噴射されアクアの肉体が一気に上昇する。その勢いで俺達が吹き飛ばされそうになるのだから今までアクアがどれだけ力を抑えていたのかがよく分かるだろう。姿勢を低くしてアクアから振り落とされない様にする俺達の様子を見てか、自分が十分な高度まで上がったのを確認したアクアは更に水を噴射する勢いを強めて加速する。下降時の速度は優に五百キロを超え、俺達の肉体にはとてつもない重力がのしかかる。分かってはいたけど、この速度はヤバい。この場合アクアの体力が持つかどうかよりも俺達の体力が持つかどうかの勝負になりそうだ。
地上で姿が見えていた巨人機兵もあまりのアクアのスピードに付いて行く事が出来ずに槍を投擲するタイミングを失い、呆然とアクアを見送る。行ける。この速度なら階層突破まで数時間もかからない。このまま突っ切るぞ。そう思った俺だったが、アクアがとてつもない速度で飛翔してから数十分後の事だった。俺達の正面には見覚えのある黒い壁が姿を現わした。そして、城壁に搭載されている巨大な砲塔はゆっくりと俺達の方へと向き、エネルギーを充填し始める。
「な!?」
そんな馬鹿な。俺はそう思った。九十三階層では城壁に搭載された砲塔が俺達を知覚したのは射程一キロを切ってからだった筈だ。だが、今回俺達と砲塔との距離は四キロ以上も距離が離れているのにも関わらず、砲塔は俺達に反応したのだ。時速六百キロメートルの速度で城壁に向かって突っ走った場合、城壁に辿り着くまでにかかる時間は約六秒だ。そして、砲塔の充填時間は約五秒である。それを考えると俺の計算では普通に突っ切れると言う計算になっていた。
だが、実際にはそうも上手くはいかない様だ。現代の数千キロ先も的確に射撃できるミサイルとかの性能を考えるとこの階層に存在するギミックはまだ優しい方か……威力の割に精度が悪い。俺はそう考えを切り替えてアクアに指示を出す。今の速度のまま俺達が城壁に近づいてしまうと必然的に砲塔との距離は近くなってしまうし、直線的な動きしか出来ない。
その為アクアにはエネルギー充填時間を上手く使って、速度を調整してもらうしかないな。俺はそう思いながらアクアに細かな指示を念話で伝えながら遠くに見える砲塔を眺めた。




