478話 戦闘機
アクアの背中から水が噴射されるのと共に俺の視界は一気に加速する。九十一階層には天井がある為、あまり垂直方向に加速してしまうと天井にぶつかりかねない。天井までの距離はおよそ三千メートル位だと目測している。因みにこれは時速二百キロで上昇した場合には一分弱で到達できる距離である。天井は鉄の様な金属質の物質が覆っており、所々に何かが出入りする為の穴が空いていた。金属で出来た天井からは人工的に作られたと思われる鉱石製の照明が複数並んでいて、辺り一面を激しく照らす。
この影響もあり、上空に行くにしろ地上付近を飛行するにしろ煌びやかな照明光が非常に眩しく、視界は少し制限される。背中から水を高圧で噴射して急上昇してある程度の高度まで飛行したアクアは身体の向きを変えて水を放出する向きを変えて急降下と急上昇を繰り返して飛行する。急降下する際の時速は体感で五百キロを超えており、地球にいた頃、航空自衛隊の公開訓練を観に行った時に低空飛行していたジェット機を観た時の事を思い出す。スマートフォンを構えていてもジェット機の姿を動画で撮る事は難しい。そんな速度だった。遥か遠くから飛んでくる豆粒の様な大きさのジェット機が一瞬にして自分の所へと飛んで来て轟音をあげながら一瞬で空の彼方へと消えて行く。あの時一眼レフを構えていた友人の動画にはジェット機は半分しか映っておらず、それを大きなカメラで撮影するのがどれだけ難易度が高いのかが分かるだろう。
流石に今のアクアでも現代のジェット機程の速度を出す事は不可能だし、F16の様にあの速度を維持しながら不規則な動きをして飛んで見せる事も当然不可能だ。だが、低空を時速五百キロで飛行すると言うのはそれだけ速度を感じる物なのだ。現に実際にアクアに乗っている俺からしてみたら時速千キロ近く出ているのではないか?と思わせる程視界が過ぎて行く速度は速い。俺の体感だと自身にのしかかる重力や吹き荒れる暴風の影響もあってリニアモーターカー以上だ。
だが、そんな俺達を周囲から追う影があった。大きさ的には大きくは無い。今は距離が離れている為、何かは分からないが明らかに飛竜の類などとは逸脱した動きをしている。それこそ先程俺が言っていたF16などの現代の戦闘機の様に迫り来る物体は全体の向きをぐるぐると変えながらこちらに近づいて来ている。
「馬鹿な!今俺達は高速で移動しているんだぞ!」
俺の驚きの声は風に乗って掻き消され、仲間達に伝わる事は無い。だが、当然迫り来る物体には仲間達も気がついており、警戒を露わにする。流石にアクアが下降している時は対象との距離を引き離す事が出来ているが、こちらに近づいて来ている物体は上昇の際に速度を落とす事が無い。Aランクの飛竜系のモンスターでもアクアに追いつけるモンスターは数少ない。それに上昇する際に速度を落とさないモンスターなんて聞いた事も無い。
どうする?迎撃を行うか?正直高速移動中は俺達も応戦は不可能だ。だが、このまま逃げ続けても高度を上げる時に起こる減速の際に距離を詰められて追いつかれてしまうだろう。生憎エスカーチに力を貰った事により、今俺達を追って来ている物体がAランク上位のモンスター程度の強さの相手だった場合は然程苦戦せずに葬る事が可能だろう。
そう思った俺だったが、時間が経過するにつれて周囲から鳴り響くエンジン音の様な轟音が大きく、そして多くなっている事に気付いた。これは俺が高速で移動している事によって巻き起こった暴風が耳に入る音のせいでは無いだろう。敵が自分達に近づいているのは確かだが、それ以上に数も増えている。これは立ち止まったら詰みかもしれないな。
《アクア、敵がこちらに近づいて来ているのは分かってるな?お前は無視して進む事に集中しろ》
《了解。それで?そっちはどうするの?》
《亜蓮のスキルを使ってある程度相手の攻撃を誘導しながら重光と俺が遠距離攻撃で迎撃する》
《分かった。それなら安心だね》
亜蓮はともかく、俺と重光は手を使わなくても遠距離攻撃か放てる為、アクアから振り落とされる可能性は少ない。亜蓮のスキルは相手の数が増えて来た時に形勢を立て直す際に使う。俺は背後の味方達に指で重光と俺で迎撃する事を示し、最前列で目の役割を担っている亜蓮の肩を二度叩いた。これは、いざと言う時に宜しくと言う意味であり、亜蓮もそれを分かっている。亜蓮には重光と俺が迎撃すると言う合図は多分伝わって無いのだが、俺と重光が魔法やエンチャントを発動し始めたらその時点で察するだろう。
轟音をあげながら近づいて来ていた物体との距離は既に数百メートルまで縮まっており、姿形もはっきりと見えて来た。轟音をあげながら近づいて来ていた物体はカラフルな戦闘機の様な見た目をしているのだが、その翼やエンジン部には手や足の様な物が見える。そこには刃の様な物が複数搭載されており、近接戦闘も可能な事を表していた。戦闘機って言うよりかはロボットがトランスフォームした戦闘機って感じだ。ロボットの種類は様々で飛竜を模したロボットが翼を折り畳んだタイプの物から人型のロボットが変形した物まで様々だ。轟音を立てて俺達に近づく戦闘機は尾翼付近から緑や赤などのフレアをばら撒きながらこちらに近づく。その様子はさながら自衛隊の編隊行動の様だ。パフォーマンスでもやっているかの様に大量のフレアをばら撒いてやがるな。
重光。応戦準備は出来たな?返事は待たない。どうせ返事をしたところで聞こえないのだから。俺はそう思いながら自分の周囲にマナを散らして、意識を集中させた。




