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学校内の迷宮(ダンジョン)  作者: 蕈 涅銘
19章 虚無エリア
475/544

471話 償

「やれやれ、無理しおって。お主らに残された時間は無いと言うのにの」


  聞き覚えのある声が俺の耳へと入り、俺は目を覚ます。俺が目を開けるとそこには見慣れた天井が映る。それと同時にジジイの顔が目に入り、身体を起こそうとするが何処か全体的に気怠い。


「しんどいか?当たり前じゃよ。あそこまで毒に侵されていたのじゃ。今回の治療は怪我人の数が多かった事もあり、治癒型の回復魔法を使わせて貰った」

「ああ、すまない。それよりも尾根枝の様子はどうなった」

「奴の手術は無事成功した。じゃが、奴の身体は完全に回復しても神経の感覚が元に戻っておらん。故に直ぐに戦線復帰する事は不可能じゃろうて」

「そうか」


  ジジイの言葉から俺以外の負傷者は全員無事な事を察した俺は以前から休養中だった尾根枝の容態について尋ねたのだが、肉体の傷が癒えたとは言え、やはり長時間昏睡状態だった後遺症は大きい様だ。


「お主も万全ではないのだから、今日はゆっくりと休むべきじゃ。防具の素材は貰っておこう」

「ああ、ありがとう」


  俺がマジックバッグから色欲之王アスモデウスの死体を出してジジイに手渡すとジジイは俺の装備品を確認して溜息を吐く。


「全く頭の防具を損失しおって……。想像していたよりかは損傷が少なかったが、やはり予備を用意しておいて正解じゃったわい」


  脱ぎ捨てた兜の回収を忘れた上、今回の唯一の戦利品である色欲之王アスモデウスの素材についてだが、軍旗は回収したものの、槍は回収するのを忘れていた。ジジイの防具は、かなりの業物だ。だが、それでも俺達が冒険をしている間に予備を製作している辺り用意周到過ぎる。ん?俺達が虚無エリアに入ってからそんなに日にちが経っているのか?俺の体感だと数日って感じだったが……。


「なぁ、俺達が八十六階層に向かってから何日経過している?」

「二週間じゃよ」


  俺の質問に対して返ってきたジジイの答えに俺は息を飲む。道理で九十階層に入った時に腹が異様に減った訳だ。マナの代謝のお陰でエネルギー使用量はかなり抑えられていたみたいだが、それでも奴の精神世界でそれなりに暴れ回ってたから結構餓死寸前だったのかもしれない。だが、その感覚も色欲之王アスモデウスの幻覚によって曖昧になってたって訳か?


「正直ワシはあそこから抜けるのに一カ月近くかかると思っておったぞ?」


 二週間と言う数値に驚く俺に対してジジイは惚けた顔で話す。それにしても、色欲之王アスモデウスとの戦いは少し腑に落ちない。俺が無我夢中でエンチャントを発動させた時から俺のマナと引き換えに奴の様子がおかしくなった。もしかしたら、あの時何か新たな力が働いたのかもしれない。あの時の色欲之王アスモデウスの反応を見る限り、自分は俺の姿が見えているのにも関わらず、何故か攻撃が当たらないって感じだった。それに俺の攻撃を奴が食らった時も攻撃を食らう直前まで余裕の表情を浮かべていたと言う事は奴は俺の攻撃を簡単に避けられると踏んでいたと言うことになる。つまり、それは最初に奴に幻覚をかけられた俺状態に奴がなっていたと言う事になる。奴が感じる空間と俺が感じる空間が異なっていた。そう思わせる雰囲気だった。あの時俺は奴の幻覚を解くのでは無く、術者にも幻覚をかける事で対処したのかも知れない。とにかくこの技は謎が多い。何処かできちんと効果を試す必要がありそうだ。


「他のお主の仲間達は食堂で飯を食べておる。お主もそこへ行ってみたらどうじゃ?後お主には後で伝えなくてはならない事がある。飯が終わったらワシの元へと訪ねて来れんか?とても大事な、お主の命に関わる話じゃよ」

「……分かった」


  深く考え込んでいた俺の思考を遮断する様にジジイは先程とは全く異なる真面目な顔で話を告げる。大事な話?何だろうか?俺の命に関わる話?迷宮の管理者関連の話だろうか。それは後でジジイの元へと伺えば分かる事だと俺は考えて食堂へと移動した。


  食堂では重光がオークの肉などを使用して簡単な肉料理を作っており、みんなそれにガッツいていた。


「重光。今回はありがとな」

「礼を言われる様な事は何もしていないわ。寧ろ、私は最後にいい所を取っただけね」


  皮肉の様に俺に笑みを浮かべて呟く重光だったが、その表情の奥には悲しみの色が見えた。俺達に気を遣わせない様に彼女は振舞っている様に見えるが本当は瀕死状態になっても戦う俺達をかなり心配していたのだ。普段ならば俺達がダメージを負わない様にサポート出来るのに今回は出来なかった。そう今までの重光ならば思っただろう。だが、精神世界で何かがあったのか今の重光は違った。自分の行動を恨む事無く、最大限に自分の出来る事をやった。その充実感に満ち溢れていた。勿論奥に潜んでいる俺達を心配する気持ちは本当ではあるが、それ以上に俺達を救えた喜びの気持ちの方が大きそうだった。





 全員での食事を終えた俺はジジイと二人で椅子に座って話をしていた。


「では本題を告げるぞ。正直言ってお前達ではここの管理者には勝てない」

「なっ」


  ジジイの唐突なカミングアウトに俺は立ち上がりそうになるがそれをジジイは制止する。俺も勿論薄々感じていたが、それをはっきり言われると心に来るものがある。


「まぁ、落ち着け。手段がない訳では無い。だが、奴に勝つにはそれなりの代償が必要じゃ。お主にその代償を払う覚悟はあるか?」

「ああ」


  ジジイの真剣な目を見て俺は即座に頷いた。


「そうか。ならば、生きて帰る事を諦めろ」

「っ!?」


  その直後にジジイが放った言葉に俺は絶句し、思わず後退りする。ジジイが放った代償は俺にとって重過ぎる代償だった。


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