469話 間
ドンッと言う大きな音が響き、それと同時に俺の隣で砕かれた大地の破片や、土が舞い上がる。それと共に俺の体も巻き起こる風圧によって蹌踉めき、地面に倒れ込んだ。スローモーションに見える世界の中俺の目に映ったのは色欲之王の右腕と、大地に叩きつけられる山西の姿だった。
「何だと!?」
色欲之王は地面に山西諸共拳を叩き付けながら、驚愕の表情を浮かべたまま叫ぶ。今の反応を見るに色欲之王がわざと攻撃を外したとは思えなかった。今の俺は奴の拳が掠る程度、いや、それ以下の拳が近くにぶつかった事によって巻き起こる風圧にも耐えられない程、弱っている。
それ程までに弱っている俺に幻術で自らの姿の虚像を作り上げて俺を騙す事で必中の攻撃を浴びせる事が出来る奴が攻撃を外す筈がなかった。それに今の奴の目は本気で俺を殺しに来ていた筈……とは言っても奴の攻撃を躱した所で今の俺に奴をどうか出来る訳でも無いだろう。だが、やれる事はやるべきだ。
《アクア!俺の位置は念話で分かるな?意識を失わ無い程度に俺に全力で軽減能力をかけろ!やるならば今しか無い!》
《分かった。くれぐれも無理はしないでね》
「無理位はするさ。無理せずに奴を倒せるならもうとっくに倒している」
未だに山西を地面に叩きつけたまま唖然とした顔を浮かべて固まっている色欲之王目掛けて俺は残りの力全てを使って立ち上がり、走る。ほぼ視界は見えていない。身体の平衡感覚も分からない。だが、ひたすらがむしゃらに走る。何故か大量にマナを消耗している気がするが、そんなのは気にしない。アクアの全力軽減能力が俺にかけられ、俺の歪んでいた視界は少し良好になり、フラついていた身体も軽くなる。そして、頭の傷も少し塞がったのか止まらなかった血が凝固を始めた。延命処置完了……!これならばまだ俺は戦える。
「そんな馬鹿な。我が攻撃を外すなどあってはならぬ!」
左腰に挿した刀の鞘を左手で掴んで地面に投げ捨て、刀の柄を握った右手を大きく旋回させる様に振り回した俺に対して色欲之王は地面に叩きつけていた山西から手を離して後ろに飛びながら長い尾で俺のいる場所を薙ぎ払ったーーつもりだった。
「一体何が起こっている?」
「知るか!それは俺の台詞だ!」
俺の刀は空を切り、色欲之王の尾は俺の遥か上空、頭の上を薙ぎ払い、紫色の液体を刃の様に巻き散らす。おかしい。色欲之王がここまで攻撃を当てられなくなったのもそうだが、アクアの残りのマナの殆どを使って発動させた軽減能力を発動させているのにも関わらず、俺の身体からは大量のマナが抜き去られていく。軽減能力の効果で今の俺のマナ消費量は半分以下になっている。その筈なのに、半分も残っていた俺のマナは既に四割を切っていた。今の俺は全身内部圧縮属性付与も使っていない。それなのに……一体今俺と色欲之王との間に何が起こっているんだ?だが、幾らチャンスとは言っても身体強化込みの生身の俺がただ刀を振るったとして、奴に致命的なダメージを与えられるかと言われるとそれは無い。長期決戦は己の命を縮めるだけだ。
「全身内部属性付与曙光!」
「我の攻撃が当たらぬならば、全てを燃やし尽くしてしまえばいいのだ。お前は後回しでも問題無かろう?」
全身に炎と冷気を同時に纏って後方にエネルギーを射出させながら高速で加速する俺に対して自身の当たらない攻撃に苛立っていたのか、色欲之王は口を大きく開いた。広範囲のブレス。俺の背後には地面に叩きつけられてダメージを負った山西もいる上、奴は俺の攻撃が自分に当たるとは微塵も思っていない。俺も同じように自分の攻撃が当たるとは思ってもいないが、先程から色欲之王の様子がおかしい事もあり、小さな可能性に賭けていた。だが、流石に山西に灼熱のブレスを食らわせる訳にもいかない。山西の意識があるならばまだしも意識がない状態で灼熱の炎の中に閉じ込められた場合彼女の命は無いだろう。それに、俺のマナも異常に減少している。
頼むぞ。俺の身体。耐えてくれよ!
「吸引付与!」
色欲之王の口から吐かれた熾烈な温度を誇る炎は俺の身体に向かって集まり、俺の肉体を焼く。俺が身体に纏った冷気や炎とぶつかり合った灼熱の業火は俺の身体の周囲で爆発を起こし、俺の肉体にダメージを与える。全身内部属性付与との併用は初めてだったが、これは予想以上にキツそうだ。軽減能力により受けるダメージが軽減され、その上俺の得意属性という事もあって更に受けるダメージは軽減出来たものの、全身内部属性付与と相殺し合った部分が大きかった影響か、回復出来たマナの量は一割にも満たない。その割に俺が肉体に受けたダメージは甚大であり、俺は今にも倒れそうな程疲弊していた。
「仲間を庇ったか?愚かな。我に攻撃を当てられるとでも思っているのか?」
「はぁ……はぁ、そんなのやってみなくちゃ分かんねぇだろ?」
その代償として色欲之王との距離を詰める事に成功した俺は両手を色欲之王に向けて全身に纏ったマナを一気に放出させた。




