468話 騙
添島が切断した筈の尾の切断面から紫色の液体を周囲に散りばめながら尾を再生させ、余裕そうな表情でゆっくりと歩いてくる色欲之王に対してマナのバイパスを伸ばして地雷を複数個設置する。少ししかダメージが入らないと分かっていてもこれしか奴に攻撃可能な手段が俺には残っていないのだ。やるしかない。
「またその技か。我に同じ技が二度効くと思うなよ?」
色欲之王は口元を綻ばせてそう言うがそれは半分ハッタリで半分正解でもある。確かに、一度見た技は奴の幻術によって意味をなさなくなる。だが、それは奴が技の効果を見切った上で幻術で対処、又は事象の予測が可能な場合に限られる。
共鳴属性付与はマナの動きさえ読めれば事前回避も容易であり、起こる事象も込めたマナに火属性が込められていれば爆発、雷属性のマナが込められていれば雷撃と起こる事象は限られている。それでも魔力感知や操作に長けている奴でも初見では俺が広範囲に地雷を展開した事もあって完全に見破る事は出来なかったみたいだがな。マナを上乗せして発動する事象をある程度は誤魔化せるのだが、奴にはその程度の小細工は直ぐ見破られる。今俺が設置したのは足止め様の地属性のマナを込めた地雷だ。これにかかってくれれば儲け物だが、そう上手く行くとは思えない。色欲之王は軍旗だけを左手に握ったままゆっくりと俺との距離を詰める。
「ギュルル!」
「今奴を攻撃したらダメだ!」
アクアが上空から高圧力で水をレーザービームの様に色欲之王に向かって噴射するが、色欲之王は身体を殆ど動かすこと無くその水の刃を回避した。それと同時にアクアの放った水ブレスは俺が張り巡らせていた地雷の一部を起動させ、岩塊と土煙を周囲に発生させた。だが、当然その岩塊の中には色欲之王の姿は無い。不味い!もう既に色欲之王の毒蛇の攻撃射程に俺は入っている筈だ。一先ず距離を取らないとーー
そう俺が思って全身に炎を纏い、後ろにステップを踏んだ直後の事だった。
「我はお前達を過大評価していた様ぞ」
「っ!?」
俺の頭に鉄パイプで殴られた様な強い衝撃が走り一瞬意識が飛び、俺の身体が紙のように宙を舞い地面と平行に吹き飛ぶ。今の一撃で黄金の鱗で出来た兜の鱗は剥がれ、中の強化ガラスは粉々に砕け散った。地面に横たわる俺は立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。一つ幸運だったのは軽減能力を発動していた影響で意識を失う事を回避出来た事だろうか?俺の頭から地面にポタポタと赤黒い液体が流れ落ち、俺の視界は歪む。脳震盪だろうか?それも、あるだろう。だが、それ以上に身体に毒が回り始めている。血に染まった兜を脱ぎ捨てた俺はその兜を色欲之王に向かって投げつける。
「正に満身創痍って感じか?お前と目の前の子龍。その二匹をもう少し早く殺っておけば、我はもう少し楽に勝てたのかもしれないな。冒険心と言う欲。我の悪い所ぞーーん?」
「潜在覚醒。三面相!」
だが、当然そんな物は奴に当たるとは俺も思ってもいないし、奴も安安と俺が投げつけた兜を避けて軍旗を構ようとしたした時だった。時だった。色欲之王の後ろから山西が鬼の形相で槍を正面に構えて突き出していた。スキルを発動させた山西の身体は一つだが、身代わりと攻撃は三撃分に増えている。だが、それでも今山西が攻撃しているのは元々奴が居ない場所である可能性が高いのだ。だからいくら一つの攻撃で三回分の攻撃が行えた所で意味は無い。
「山西!無駄だ!今見えているのは本当の色欲之王では無い!」
「これまた、偶然か。それとも何かの秘策を持っての事か?だが、我にその攻撃がーー」
「な!?」
その為、色欲之王はそんな山西を相手にもせず、俺の方へと軍旗を横薙ぎに振り払い、尾を持ち上げて山西を狙った。だが、俺の目の前ではあり得ない事が起こる笑って山西を嘲笑っていた色欲之王が突然目の色を変えて即座に俺の方へと向けていた軍旗を止め、山西の方へと軍旗を切り返したのだ。色欲之王が切り返した軍旗は山西に命中するが、それで消えたのは山西が身に纏った分身のみ、そして、山西が放った槍での一撃は色欲之王の右肩を貫いた。
「ぬっ!?」
右肩を槍で貫かれた色欲之王は顔を歪めて、右腕を地面に付かせながらも、口を開いて自分の目の前の山西に向かって灼熱の業火を放つ。それと同時に山西の最後の分身は姿を消し、炎の中に姿を消した。
「山西!」
俺は山西の名を叫ぶがどうする事も出来ない。だが、そんな中一つだけ疑問に思う事があった本来ならば、山西程度の存在が放つ一撃は身体強化の威力補正や潜在覚醒の補正込みでも添島の通常状態と良い勝負、又は少し上回る程度しか持たない。それにも関わらず、俺の共鳴属性付与や、添島の斬撃などでも少ししか傷を負わせられなかった色欲之王があの程度の攻撃で声を上げて腕を地面につけるだろうか?
「おのれ……まぁ良い。その豪運を持ってしても……我を倒す事は叶わぬぞ!」
色欲之王は額に汗を浮かべながら負傷した右腕を無理矢理地面に叩きつけながら半分倒れかけた自身の身体を起こして地面に倒れこんだ山西の身体を握ったまま腰を捻って俺の方へと勢い良く反転させる。その際に色欲之王の身体全体に一瞬薄っすらと酷く爛れた火傷痕が浮かび上がったが、それは直ぐに消えた。それよりも俺は色欲之王が今から行おうとしている事に気がついて解決手段を急いで模索する。
「お前諸共、この迷宮の中を永遠に彷徨わせてやろうぞ」
「不味い!!付与!!!」
山西を握った拳を高々と上げて俺を睨む色欲之王を見た俺は焦る。こいつ、山西諸共俺を拳で叩き潰すつもりだ。ヤバい。これは本当にヤバい。何とかしなければ、何かこいつに通用する技を!
「付与!付与!付与!付与!」
「無駄だ。我も少し遊び過ぎた。久しぶりの良い刺激となったぞ。だが、そろそろ終わりの時間にしようぞ」
俺はくらくらする頭の中、必死に全てのマナを様々な所に込める。己の肉体、周囲の空間、色欲之王。もう何でも良い。何か起こってくれ。だが、何も起こらない現実に俺は絶望した。身体に深い傷を負っていない山西ならまだしも、満身創痍の俺はあの質量の攻撃を食らってしまえばタダでは済まない。だが、奴の攻撃は避けられない。詰みだ。俺は死を覚悟した。




