467話 砕
「そうか、いい顔であるぞ。戦士とはそうあるべきでなくては我の役目も務まらんという事よの?」
何かを企み、絶望的な状況にも関わらず、自分を打ち砕こうとする俺達に対して色欲之王は嬉しそうに左腕に握った巨大な軍旗を高々と天に掲げ、毒蛇に軍旗を握らせて両手で槍を回して脇を締めながら槍を構えて言った。
「行くぞ」
「良い顔だ。我もお前達のその雄姿に答えようぞ」
俺の掛け声と共に色欲之王は三対の翼を羽ばたかせながら胴体から生えた四本の足を動かして走る。側から見るとドタドタと騒がしい動き、とてもそれは精巧な動きとはかけ離れている動きではあったが、その動きは強く荒々しく速い。大きな図体というデメリットを諸共しない程に躍動する筋肉。それと普通ならば支え切れないであろうアンバランスな肉体をカバーする様に三対の翼と太い手脚は力強さを感じさせた。奴からは基本的に十メートル以上の距離を取るのが基本だ。炎ブレスの射程もそうだが、それ以上に全長十メートルを優に超える奴の巨体から放たれる槍の突きは十メートルの間合い程度一瞬で詰められてしまう。それにこの作戦を実行する際に注意すべき点はまだある。それは亜蓮のポジションと重光が魔法を撃ち込む際の陣形である。
最終的にはアクアに騎乗して離脱する事になるが、タイミングが少しでもズレてしまえば色欲之王に攻撃を当てる事は出来ない。そして、色欲之王が大地を踏みしめた直後の事だった。ドンッと言う大きな爆発音が響き、それと同時に大量の白煙と業火が上がる。
「ぬ?地雷とな?確かにこれならば我をーー!?」
その合図を起点にして俺の身体を緑色の靄が包み込み、全身の身体能力が著しく向上する。この身体強化具合は山西の八重強化か?最初から飛ばしてんな。当然仲間達も色欲之王を突破するには初見殺ししか無いと思っている為、短期決戦を挑むのは至極当然の事と言えるだろう。
「やっぱりな」
俺は賭けで仕掛けたある事が成功した事に笑みを浮かべる。今までのお互いの位置を幻術でズラされたまま状態の場合であれば仲間の正しい位置も把握出来ない為、身体強化魔法すらまともに発動させてバフを掛けることも出来なかったが、亜蓮が指向性除去を発動させた事で、亜蓮が色欲之王を引きつけている間は俺達の幻覚が解ける事が発覚した。いや、解けたのでは無い。俺達分の幻覚を亜蓮が背負っているのだ。
亜蓮は一人俺達から距離を取る様に離れ、盾を構えて色欲之王を引きつける。亜蓮のスキルを甘く見ていた色欲之王は地雷を踏んで身体に軽傷を負いながら驚いた表情を見せたものの槍を勢いよく突き出す。幻覚が一時的に解けた俺達には色欲之王の動きははっきりと見えているが当然幻覚に掛けられている亜蓮にはそれが見えていない。その為、亜蓮は色欲之王の攻撃を避けようとするが、明らかに自分から色欲之王の攻撃に当たりに行っている様にしか見えない。
だが、この程度の事は予測していた。だから、脱出方法にアクアを使ったのだ。山西のバフを含めた強引な方法で。地雷を自らの身体で破壊しながら槍を構えたまま亜蓮に向かって突撃する色欲之王を追って添島が大剣を構えて走り、その上空をアクアが水を高圧で背後に噴射させながら追い抜く。正に危機一髪。と言うタイミングだ。
アクアが亜蓮に追いつき、強引に亜蓮の身体を尾で巻き取って亜蓮を回収し、上空に離脱。それとほぼ同時に添島が横薙ぎに振るった大剣は走る色欲之王の尾の一本を切り落とす事に成功したものの、その尾から噴出した大量の紫色の血液を添島は直に浴びてしまう。色欲之王が翼を羽ばたかせてアクアを追おうとするが、既に時遅し、アクアは既に添島を回収し、上空に退避していた。そして、色欲之王の真横からは巨大な火球が迫り奴を業火に包み込んだ。
「なっ!?」
そして、想定外の事態も一つ起こった。アクアと共に上空に退避した筈の添島だったが、切り落とされた筈の毒蛇に左腕を噛まれ、身体を拘束された状態でアクアの背中から声を上げて落下する。幸い、添島の筋力も相まってすぐに蛇の肉体は引き千切られて添島は地面に体を回転させながら着地するが、添島の左腕からは大量の血が流れており、不覚の攻撃と言う事もあって毒蛇の牙がかなり深くまで刺さっていた事が窺える。俺の肉体にも少し毒が回り始めたのか、幻覚にかかっていない筈なのに、頭が若干くらくらする。数カ所軽く噛まれただけでこの毒の回りようだ。軽減能力があるとは言え、傷口から大量に毒を浴びた添島の身体に毒が回る早さは俺の比では無いだろう。寧ろ軽減能力が無かったら俺もくらくら程度では済んでいない。
「今のは効いたぞ、悪あがきはそこまでか?」
そして、俺のくらくらとする意識を覚ます様に業火の中から嗄れた声が響く。共鳴属性付与は連鎖属性付与などと違ってそれなりの威力を誇る技だ。それでも軽い傷しか奴が負わなかった事から何となく察してはいたが、まさかこれ程までとはな。業火を振り払う様に業火から飛翔した槍は暴風を周囲に放ちながらアクアに乗った状態でスキルを発動している亜蓮を追う。アクアの速度を重視した水流放射では直線的な移動しか出来ない為、アクアは槍を回避する事が出来ずに亜蓮を貫き、亜蓮の肉体は重力に従って空中から落下する。亜蓮の崩れ落ちた肉体をアクアが尾で支え、それと同時に俺達の視界は色欲之王の幻覚に再び蝕まれる。そもそも、亜蓮のスキルが自分に攻撃を誘導する技なのだから槍が当たるのは確定された未来だったのだろうか?流石に奴が重光の魔法を食らって尚ここまで動けるとは思って無かった。
山西の身体強化により、防御力も向上している上、軽減能力のダメージ軽減も発動している為、即死まではいかないがアクアと亜蓮の二人が甚大なダメージを負った事は確かだ。
添島も毒に侵され、重光、山西も幻術でまともに活躍出来無い上、毒を解除する魔法も使えない。この状況でどうやって勝てと言うのだ?俺は自分の唇を噛み締め、拳を強く握る。今残っているのは軽減能力を発動して尚半分近く残っているマナのみだ。何かをやらないと殺される。
「悪いな。あの作戦には驚いたが、お前達では我には勝てない。今の連携から我はそう感じたぞ?」
業火から出て来た色欲之王の肉体は傷こそついていたものの、大きな傷は一つも付いていなかった。




