466話 挑
「っ!?」
俺の軽減能力によって仲間達の幻覚が緩和されたのか、何もない場所を攻撃していた仲間達はふと我に返って、色欲之王の尾に完全に拘束されている俺の姿を見て、武器をすぐに構えてこちらの援護に回ろうとするが、俺はそれを声で制止した。
「やめておけ。こいつは幻術を使って虚偽の五感情報を与えている。こいつに攻撃は当たらない。だが、俺には良い技がある」
「む?これは……!?」
俺の身体の周囲を覆う様に冷気が覆い、一気に凝縮して行く、その様子を見た色欲之王は俺が何をするのか理解した様子で、俺の身体に噛み付いていた蛇を引き剥がして尾を引いた。だが、長い尾は俺が球状に展開した氷の壁に取り囲まれて拘束される。
「外部圧縮属性付与 氷」
「我を拘束した所で、我の場所は分からぬぞ?我はお前の五感すら幻に変える能力を持っている」
色欲之王の尾が氷に包まれ、やがてその冷気は色欲之王の身体に向かって奴の身体を蝕み、侵食する。だが、色欲之王の尾を引き抜く力によって俺が形成した氷の壁には大きな亀裂が入った。
「近づくな!今見えている奴の姿は幻覚だ」
一時的とは言え、氷の壁に拘束された色欲之王に勝機を感じた仲間が攻撃を仕掛けようとしたが、再び俺はそれを制止する。色欲之王が氷の壁に囚われたのは間違いない。だが、奴が氷の壁のどこに囚われているのかは分からない。軽減能力によって自分の肉体の痛覚に関する幻覚や、攻撃を当てた時の物体感などの感覚は正常に近い状態にまで戻っている。だが、相手との距離感や、お互いの位置感覚の幻覚までは完全に緩和が出来ていない。その為、敵がいるのは分かっていても俺が敵を感知している場所には色欲之王は居ない。例えばマナで座標を探ったとして、奴が八十・十の座標にいると俺が感知したとする。俺の目に見えているのも当然八十・十の座標にいる奴の姿だ。だが実際には奴が十五・二十五の座標にいるかもしれないし、九十・八十の座標にいるかもしれない。分かっているのは俺がマナで位置を探った範囲内に奴がいると言う事実のみだ。その為、今俺が拘束している奴の姿が見えている場所に奴は居ないと俺は考える。だからこうする。
「氷槍!」
「中々やりおるな。だが、その程度の攻撃では致命傷にはならんぞ」
外部圧縮属性付与で形成した氷の壁の表面を棘状に変形させ、複雑に絡み合わせ、氷の壁に拘束された色欲之王の尾を引き千切ろうと目論見る。だが、氷の槍が色欲之王に突き刺さるのとほぼ同時に俺の形成した氷の壁は大きな音を立てて砕け散った。色欲之王の尾に突き刺さった氷の槍も色欲之王の分厚い皮膚と鱗に阻まれ、大したダメージを与える事は出来なかった。
「攻撃を当てる事すら難しいってのに、流石に硬すぎるだろ……」
俺はそう言いながらも、手先からエリア全体にマナのバイパスを伸ばし、マナを込めながら仲間達に目配せをする。色欲之王に炎だけは吐かせてはならない。炎の攻撃を奴にさせてしまっては全てが水の泡だ。共鳴属性付与。敵が触れると俺の意思とは関係無しに自動的に着火し爆発する地雷爆弾だ。この技ならば、相手の位置が分からなくてもほぼ確実に攻撃を当てる事が出来る。だが、問題もある。それは仲間が触れる事でも起爆してしまうと言う事だ。この技は色欲之王に対しては見せた事は無い。その為、初見の状態で奴が俺の地雷源の位置を幻術を使ってズラす事はほぼ不可能に近い。その為、俺の指示で連携が取れている仲間達が地雷を踏む事は無いだろう。その上、初見という事であれば奴の本当の居場所も特定可能だ。地雷が起爆したタイミング。そのタイミングで一気に奴を倒す!亜蓮の指向性除去は、奴の本当の居場所が分からなくても相手や技のヘイトを稼ぐ事が出来る。だが、色欲之王相手に有効とは言えない。
幻術の指向性をズラせるならばまだしも……ん?幻術の指向性……。そうか、それがあったか。
「重光は追加統合魔法の準備、添島は亜蓮のスキル発動と同時に攻撃、山西はタイミングを合わせてバフ掛けを頼む!亜蓮のスキル発動のタイミングは俺とアクアが何とか奴の隙を作る!」
「了解!」
山西の潜在覚醒のスキルを使えばほぼ間違いなく色欲之王の盲点を付けるのだろうが、それはあくまで奥の手だ。山西を今すぐに行動不能にする訳にはいかない。ただそれが通用するのは山西が精神世界で潜在覚醒のスキルを使っていなかった場合に限る。
「ほう。その魔力量は相当なものであるな。それで、我相手に時間を稼ぎ、その上我にその攻撃を当てる?それが出来るとでも?」
「ああ、可能だ」
「全く、お前達は挑戦者だ。その強大な魔法を放つと言うことは自滅の可能性も高いと言うのにの」
高笑いをして俺を嘲笑う色欲之王だったが、その目の奥は一切笑っていなかった。先程自分の予測もつかない方法で攻撃を食らった事を考え、色欲之王は俺を警戒していた。それに加えて重光の魔法の威力を危険視している辺り色欲之王でも直に食らえば一溜まりも無い事は明らかだった。その点、格下相手でも慢心しない辺り色欲之王はかなり厄介な強敵だった。




