465話 毒
「全身内部属性圧縮付与 不死鳥!」
先程俺が不意を突かれたのは色欲之王の初期位置が俺の背後だったからだ。軽減の能力を発動させた今となってはその手は俺には通用しない。軽減のマナ消耗は大きいがそれでもエンチャントのスキル発動の際に使うマナの量を減らしてくれる為、普段よりも少しマナの消耗が増える程度のデメリットしか無い。最近は使う機会があまり無かったが、かなり優秀なスキルだ。腰に据えた刀の柄に手をかけた俺は出来るだけ色欲之王に動きを悟られない様に左右交互に、ステップを踏みながら両脚から炎を噴射し、間合いを一気に詰める。
それを援護する様にアクアは色欲之王の背後に回り、両翼から水を噴出させて、身体を回転させながら色欲之王に向かって突撃する。逃げ場の無い挟み撃ち。それにも関わらず、色欲之王は余裕のある笑みを浮かべて俺の方を眺めていた。
何だ?色欲之王の余裕溢れる笑みに狂気を感じた俺は少したじろいだものの、俺の動きが止まる事は無い。俺の炎の残像が消え、俺の間合いに色欲之王が入る。その瞬間を俺が見逃す訳が無かった。両脚から噴出させていた炎を一気に逆噴射し、急ブレーキがかかった俺の身体の重心は一気に腕に集中し、力が上乗せされる。一気に制止した際に移動させた強烈なエネルギーを上半身に集めた俺はそのまま腰を捻って腕から炎を噴射させながら刀を引き抜いた。それを見た色欲之王は巨大な図体を重そうに動かし、俺の攻撃を躱そうとするが、既に遅い。ゴッと言う空気の焼ける音と共に俺の刀からは炎が迸り、白煙が上がる。それと同時に空気を切り裂く強烈な斬撃が放たれ、俺の間合いの中にいた色欲之王は刀によって切り裂かれた筈だった。だが、俺の腕に残ったのは何も無い。空気を切り裂いた感覚のみ、攻撃を躱された。その事実は間違いなかった。
だが、先程の一撃を俺が放った際に色欲之王は俺の目の前にいた上、俺の攻撃を奴が避けようとした時には既に俺の刀は振るわれていた筈だ。あの状態から俺の攻撃が避けられるとは思えなかった。俺の攻撃が空を切った直後にアクアが俺の攻撃を避けた色欲之王の背後から口を開けて突っ込むが、その攻撃を色欲之王は振り返る事無く、避けた。俺の時もそうだったが、攻撃が当たる瞬間に色欲之王の身体は不審な動きをしていた。残像を残して僅かにズレる様な……。
「中々良い攻撃であるぞ。それでは次は我のターンと行こうか」
俺がそれを考察しようとしても色欲之王はその時間を許してはくれない。色欲之王が不気味な笑みを浮かべて俺に向けて三本の尾を伸ばし、頭はアクアの方へと向けて口を開きそこからは灼熱の業火が迸った。
鞭の様にしなやか且つ、一本、一本がまるで生きているかの様なの尾の動きに俺は心の中で舌打ちをしつつも、冷静に刀を構えて動きを読む。尾の動きは精神世界でアクアと対峙した際に、経験を積めている。それに今回はあの時と違って躊躇する必要は無い。ただその尾が三本に増えただけの事。何も焦る必要は無いのだ。
「切り落としてやる」
俺は自分に言い聞かせる様に言葉を発して脚から炎を噴射させて身体を時計回りに回転させながら一気に上空へと駆け上る。尾は右から順に時間差で来る。そのタイミングを読んで順番に対処する。それで良い。そう思った俺は引き抜いた刀を自身の右側から口を開いて俺に襲い掛かろうとしている蛇の首目掛けて、刀を勢い良く振り下ろした。
「な!!っ!?」
だが、その瞬間俺の右肩に激痛が走る。俺の右肩には蛇が噛み付いており、牙が深く突き刺さっていた。その上、俺の肩の傷口からは紫色の液体が滴り落ちており、明らかにそれは危険な物だと認識させられた。幸い、マナの代謝によって俺の肉体には毒耐性が備わっている。その為すぐに全身に毒が回る事は無いだろうが、色欲之王クラスの敵が使う毒の強さは予想もつかない。その上、多少でも毒の効果が出てしまったならば奴の幻術次第でその効果を何倍にも増幅させて俺に感じさせる事も可能だ。俺の攻撃が当たらない。その上、反撃まで……。軽減のスキルを使って見えている色欲之王の姿はまだ幻覚とでも言うのか?
馬鹿げている。俺の今見ている映像はまだ幻覚。俺は右肩に噛み付いた蛇を突き放そうとするが、その前に残りの二匹の蛇が俺を襲い、俺はその攻撃を回避する事が出来ずに地面に叩きつけられた。奴の居場所も幻覚ならば俺が見ている奴の攻撃も当然、幻覚。道理で回避出来ない訳だ。それに、それだけでは無い。奴のスキルの使い方は洗練されている。俺が軽減を発動したのを確認して、驚いたフリをした上で幻術の効果を調節し、俺達に幻覚が解けたと思わせる。だが、実際には幻覚は解けておらず、薄い幻覚が発動している状態だ。実際に軽減で、幻覚は軽減出来ているのだろうが、それを考慮した上で幻覚を調節する行為が可能って事はあの野郎……アクアの精神世界で色々試して軽減の効果を大体把握していたな?俺が苦悶の表情で色欲之王の強さを再認識した頃、アクアの奴の業火を食らい身体に傷を負いながら、上空へと退避する姿が見えた。
流石に俺達二人じゃ無理がある。そう感じた俺は軽減の能力を広範囲で発動させる。お前ら、頼むぞ。やっぱり俺にはお前達が必要だ。俺にはこれしか勝ち筋は無い。俺は肩から走る激痛に顔を歪めながら仲間達に未来を委ねた。




