461話 疑
俺の横腹を強烈な衝撃が襲い、俺は地面に向かって真っ直ぐ吹き飛ぶ。背中や腕から炎を噴出させて、地面に着地しようとした俺だったが、泥沼状に変化した足場に足を取られて俺は転げた。これは重光の泥沼形成か!?俺は驚きの表情を浮かべ直ぐに全身の炎を噴射させてその場から退こうとするが、そうはいかない。俺の上空から大量の炎の槍が降り注ぎ俺の身体を炎に包む。全身を炎に包みながらやっとの思いで泥沼から抜け出した俺だったが、追撃の手が止む事は無い。
「添島!?」
泥を被って潰れた視界から僅かに見えたのはアクア達と戦闘を繰り広げている間にいつの間にか距離を詰めていた添島の姿だ。俺と添島との距離はかなり離れていた筈だが、気貯蔵を発動させた添島にとってその距離はほぼあって無い様な物だろう。添島の右膝が俺の腹部に食い込み俺の肉体に強烈な痛みが走る。胃の内容物を全て吐き出しそうな衝撃に俺は口を大きく開け、仰け反るが、俺の胃から内容物は何も出ない。俺が意識を整えるのを待つ事無く添島は仰け反る俺の背中から容赦の無い大剣での横薙ぎの一撃を繰り出した。普通ならば、大剣の間合いにするには近すぎる距離ではあったが、気貯蔵を発動させて並ではない身体能力を身につけた添島にとってそんな事は些細な問題でしかなかった。
「ぁぁぁあっ!?」
俺の腰から腕にかけて激しい痛みが走り、鮮血と黄金の鱗が宙に舞う。だが、不思議と感じるのは痛みのみで大量に血液を失った際に感じる筈の冷たい感じは一切無かった。もし俺が生身であったならば、今の一撃はほぼ間違い無く致命傷になり得る一撃だっただろう。こいつ……本気で俺を!?
俺の防具の外皮の金色の鱗は千切れ、胸部の硬質な筈な泥人形の鉱石を使った胸当てがパックリと二つに割れ、綺麗に寸断されている内部の皮部分は添島の攻撃の威力がどれ程のものかを物語っていた。本来ならば、添島の大剣の一撃は斬れ味よりも威力を重視した攻撃の為、こんな鎧の壊れ方はしないのだが、身体に走る激しい痛みと仲間に本気で殺されかけた事による動揺で俺はまともに思考する事が出来なくなっていた。激しく脈打つ心臓に俺は自ら問いかけるが答えは生まれない。
本気の四人と一匹相手に俺が勝てるビジョンが全く浮かばないのだ。俺は諦めたくは無かった。だが、どう考えても俺はここを突破する事は不可能の様だ。俺が目を瞑って次の添島の最期の追撃を待つが一向にその追撃はやって来ない。
「がぁぁあああああ!?」
俺にやって来たの添島の追撃では無く、重光による広範囲殲滅魔法だった。火災旋風。俺と泥沼を巻き込んだ炎は泥沼の中に敷き詰められた小さな金属片や俺を巻き込み、巨大化する。金属片に肉体を抉り取られる痛みと継続的に身体を焼かれる痛みに俺は震え、意識を失いかけながら上空を彷徨う。終わりだ。俺はこの火災旋風を耐える事は出来ない。何故だろうか。火災旋風の中にいる筈なのに、俺は熱を感じない。神経まで焼き切られてしまったのか、それとももう既に俺は死んでいるのか。俺は現実と夢の世界のどちらに自分がいるのかも知覚出来なくなり、虚無を彷徨う。だが、その広範囲殲滅魔法は俺以外にも影響を及ぼした。火災旋風は周囲にいた添島や、亜蓮、アクアを巻き込み、肉体を切り裂き燃やし、破壊する。
その光景は既に安元には見えていなかった。いや、見なかった方が良かったのだろう。仲間達が身を引き引き千切られ、燃やされる姿を見た者は精神を破壊される。それに加えてその行為を行ったのは自分の仲間だ。裏切り?違う。操られていたと分かっていても自分の仲間に殺される、仲間同士で争いそれを止められずに同士討ちで最期を迎える。それがどれだけ愚かな事かは想像するに容易い。
「……」
「目が覚めたか、我は寛容なり。全員が揃うまで待ってやろう。ようこそ、色欲の間へ」
暗い部屋の上空に浮かぶ一つの巨大な老年の人間の頭。その頭が俺の方を向いてニヤリと笑い低く嗄れた声で話す。俺は全く自分の状況が分からず、困惑し、周囲を見回す。そこには、添島の姿があり添島は坐禅を組んだまま俺に気が付いたのか、俺の方を睨む。
「ひっ」
先程の事を思い出した俺は思わず身体が震え、反射的に戦闘の構えを取った。
「やはり、お前も見たのかあれを」
頭の兜を外して俺に疲れた声で話しかける添島を見て俺は戦闘の構えを解除する。添島の顔はかなり窶れており、添島と言われなければ分からない程に疲弊している事が窺えた。そして、あの世界ではコロスとしか喋らなかった添島が言葉を喋った事によって唐突に我に返った俺は極度の空腹感を感じて地面に倒れこむ。それと同時に自分の腹部に追った筈の傷……いや、先程負った筈の全ての傷が治っている事に気がつく。
「飯をくれ、食糧は殆どお前が持ってるんだ」
「あ、ああ」
俺に多少苛立った様子で食糧を催促する添島に俺も苛つきながら食糧を渡し、あらかじめ焼いておいた肉を頬張る。
「はっはっは。我ながら悪趣味よのお。このもしかしたら目の前にいるのは偽物かも知れんぞ?それどころかその人物はそこに存在せず、映像だけをお前が見ているのかもしれん。実際に我も今はお前達に幻覚を見せている。その回復した肉体も幻覚かもしれんな」
俺の上空に浮かんだ巨大な頭が不気味な笑みを浮かべて笑う。どこまでが、幻覚でどこまでが現実か分からない。訳の分からない状況に錯乱しながら俺は俺が分け与えた肉を一心不乱に頬張る添島の姿を眺める。確かに、添島にしては態度が横暴だ。もしかしたらーー俺の中に良くない気持ちが湧き上がるが、俺はそれを堪えて兜を外して肉を頬張る。顎が痛い。まるで数日もの間なにも口にしていなかったかの様に。俺はあの体験の直後と言う事もあってか現実と幻覚、区別のつかない空間で仲間達を完全に信じる事はどうしても出来なかった。




